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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十九章 誰もが笑って、幸せになれる世界を
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"それでも前へと進み続けた"

 寒々とした詰めたい風が頬を吹き抜けていく野営地で、暖かな焚き火の光に温められながら、イリス達はたくさんの話をしていた。


 思えばここまでの旅路で、会話が途切れたことなど一度もなかった。

 随分と遠くまで、それこそ大陸の最北端にまで辿り着いたとも言えるほどの長い長い旅だったと、イリスは仲間達との会話を楽しみながらこれまでのことを振り返る。


 本当にたくさんのことがあった。

 本当にたくさんの人達と出逢った。

 そのどれもが尊いもので、どんなものにも代え難い宝物だった。


 こんな気持ち、この世界に降り立った日には、思いもしなかったことだ。

 あの時はただただ頑張ろうと一生懸命だったけれど、ようやく落ち着いて過ごせていることに気が付くことができたようだ。



 本当に、たくさんのことがあった。

 笑顔で前を向いていたけれど、自分が何もできないことを実感させられた。

 無力感に苛まれ、絶望し、嘆き、苦しみ、涙し、自分がどうすればよかったのかを本気で考え続け、自分には何もできない子供なのだと思い知らされた。


 結局、その答えは出なかったけれど、ただひとつ、自分が弱いせいだと思えた。

 身体を鍛え、魔法を修め、知識を深め、技術を高め続け、ようやく手にした強さをもってもまだ足りないのだと知り、それでも前へ前へと進み続けてきた。


 いつしか、自分にしか手に入れることができない力を持つにまで到達してしまった彼女は、自身が成すべきことを、まるでそれが運命のように感じることになる。

 それが正しいのか、それともただの自惚れなのかはきっとこれからも答えが出ないだろう。本当に運命である確証など、これから先も手にすることはないとも思える。


 だからイリスは、我侭になろうと心に決めた。

 それは、自身を高めた時から誓っていたことだ。

 自分のしたいように我侭になろうと、あの時の彼女は強く誓った。


 もう二度と、後悔をしないようにと。



 でも。

 それでもイリスは、これからも後悔するだろう。

 後悔しないことなど、女神であってもありえない。

 その想いを石版に深く刻んだエリエスフィーナのように。

 魂を切られるような想いでイリスをこの世界に送ることとなった、神々のように。


 それは、創造神と呼ばれる者であろうと変わらない。

 きっと変わることなどないだろう。


 人も、神も、変わらない。

 何ら変わることがない。


 人を超える力を持とうとも、人を超える永遠にも等しい寿命を持とうとも。

 人であろうが、神であろうが、それはきっと変わることはない。

 後悔しながら、それでも前へと足を出して進むしかないのだろう。


 そうしなければ立ち止まることしかできず、ただただ時間ばかりが過ぎてしまう。

 それはきっと、良くないことだとイリスには思えてならなかった。

 悲しみの中に生きることはとても辛いことだと、身を持って体感している。

 あんなにも辛い想いを、誰にもして欲しくなどない。


 温かくて、優しくて、穏やかで、誰もが笑っていられる、そんな夢みたいな世界を、レティシア達も心から望んでくれていた。

 だから、自分にできることを、自分にしかできないことをイリスは始めていく。



 白のボンサックから、ある物をイリスは取り出していく。

 重いものなので、フェルディナンが遺した"白の書"の上に大切に入れてあった物だ。


「なんですの、それは」

「黒い石……ですか、イリスちゃん?」

「ふむ。鉄鉱石、とも違うようだが」


 大切に取り出した物を見つめた仲間達は、首を傾げてしまう。

 どうしてそんなものが、バッグの中に入っているのかと。

 疑問符の抜けない思考の仲間達の中で、それを唯一知る者が言葉にする。

 その表情はかなりの驚きと、何故そんな物をと思っているようではあったが。


「……もしかして、ブリジットさんのお店で手に入れた石かい?」


 驚きながらも言葉にするロット。

 それは、イリスが始めて冒険に出かけた日。

 気になるように見つめていたイリスに、ミレイが買ってくれた石だ。


 懐かしいと思えてしまう、あの日の出来事。

 姉が購入し、初めての冒険の旅記念として贈られたものだった。


 大きさは十センル。

 黒くてごつごつとしたその見た目からは、一体何に使うのかと思えてしまうような、極々普通のありふれた石にしか見えなかった。

 更に謎は深まるばかりの仲間達は尚も考え続けているようだ。

 そんな中、あの日のことを思い出したように、ロットはイリスに尋ねていく。


「……でも、確かその石は、鉱物専門の鑑定士にただの石って鑑定された物だよね?」

「はい。その後、おばあちゃんにも鑑定して貰いましたが、同じような結果でした。

 ……ですが、あの日からずっと引っかかっていたことがあったんです」


 それに気が付き、思わず石を見ながら驚愕してしまったという話をイリスはする。


「そもそも"石"という鑑定結果が出ること自体、ありえないことだったんです。

 雑草と名が付く草がないように、石もまた、それぞれに名前が付けられています」


 イリスが発した言葉は、一同を驚かせるには十分だった。

 ロットはそのことにあの日を思い起こしながらも驚愕し、ネヴィアとヴァンは何故そんなものがブリジットの店に置いてあるのかと驚いてしまう。

 そしてシルヴィアとファルは、全く別のことを考えながらも驚きを露にした。


 ありえない鑑定結果であることにイリスが気付いたのは、様々な勉強をフィルベルグ図書館でしていた頃となるが、石が持つ意味に疑問を持つようになったのは、フェルディナンが遺した"白の書"を解読した後のこととなる。


「……それは詰まるところ、何らかの魔法的な施錠がされている可能性が高い、ということですね、イリスちゃん」

「なるほど。だとすると、"想いの力"で強固に魔法加工されているのだろうな」


 ネヴィアとヴァンに『はい』と短く答えたイリスは話を続けた。

 この石が何かを確信できたのは、メルンと出逢った時だった。

 その役割も同時に理解はできていたが、レティシアと再会するまでは加工せずに取っておいた方がいいとメルンに言われたことを話すと、神妙な顔をし続けていたシルヴィアとファルはイリスに尋ねていく。


「……その石は、まさか、あの場所(・・・・)にある石、なんですの?」

「……あたし達がいた場所は五層という上層だ。そこにある石は灰色で、とても柔らかいものだったことを考えると、それはメルン様達が持ち帰った石ってことになるね」


 二人の言葉に驚愕しながら、イリスの手の中にある黒い石へと視線を向ける仲間達。

 もしそれが正しいとすれば、この石が何を意味するのかをネヴィア達でも十分に理解することができる。


 エグランダ鉱山にて出遭った危険種ザグデュス。

 溢れんばかりの質量を秘めたものを体内に取り込んでしまっただけで、途轍もない存在へと変貌を遂げた。


 その時に見たものは、青白く光る魔石。

 イリスの手に鈍く光る、漆黒とも思える色の石に、あの時の魔石とは明らかに違うものだと言えるが、マナが見えないことが却って不気味に感じられた。

 仲間達から視線を手のひらに持つ石へと向けたイリスは、それについて話をする。


「これは、シルヴィアさんとファルさんが推察するように、コルネリウス大迷宮の、それも最下層にあった石だそうです。

 マナを取り込み過ぎた石は、黒く変色するのではとメルン様は推察されていましたが、何百年、もしかしたらそれ以上の長い歳月を経て、創られたものだと思われます」


 それだけ濃密なマナを取り込み続けたものである可能性を持つこの石は、イリスの推察では青白く光るマナよりも遙かに凄まじい力を秘めていると考えていた。

 それを証明するかのように、地下に降りれば降りるほど"地底魔物(クリーチャー)"が強くなっていくことを、アルトの知識から察していたファルは言葉を失ってしまう。


 そんなものが何故彼女の手にと思えてしまう偶然に、それすらも意味があるのではと曖昧な表現でイリスは言葉を濁すが、それすらも必然であると彼女は確信していた。

 全ては、大いなる意思とも言えるものの計らいによって、導かれているのだと。


 手のひらに乗る石に力を込めていくと、五センルほどの小さな球体に変えていった。

 純白の宝玉に、内部はまるで大嵐のような凄まじい暴風が吹き荒れているようだ。

 その姿は、明らかにあの魔石とは違う印象を強く受ける仲間達だった。


 更にイリスは続けて"願いの力"を使い、宝玉が破裂しないような状態にする。

 もしそんなことになってしまえば周囲にどんな影響を与えるのか、想像するだけでも血の気が引いてしまう。しっかりとした状態に保存しなければならないだろう。


 透明な暴風が吹き荒れる純白の宝玉を見つめながら、シルヴィア達はイリスが作り上げてしまった魔石の結晶体を一体何に使うのか、聞く機会を完全に失ってしまった。

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