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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十八章 役目は達せられたと
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"廻り廻って"

「もう、大丈夫です」


 そう言葉にしたレティシアは明るく振舞ってはいるが、未だ想いを引きずっているように見えた。

 最愛の人からの想いを知ることができたのだから、それも尤もなのかもしれない。

 彼女にしてみれば想定もしていなかったことでもある今回の件は、そう簡単に割り切れるものではないだろう。

 それでも精一杯の笑顔を見せてくれる彼女は、とても強い女性だと本心から思う三人だった。

 心を落ち着かせたレティシアは、本当にもう大丈夫ですからと笑顔で言葉にした。


 そんな彼女にイリスは話す。

 もうふたつ、お伝えしたいことがあるんですと。


 イリスの言葉に再び驚かされる三人は、瞳を大きくしてしまう。

 彼女達の視線を集める中、再度イリスは力を発現させていく。

 今度は先程よりも遙かに早く、力を発動できたようだ。


 彼女達の良く見知った仲間の姿が現れ、想いを話し始めていった。

 語り続ける、今はもう遠い昔に生きていた彼を懐かしく思いながら、三人はそれぞれ違った笑顔で彼女の話を聞くことができた。


 想いを受けとったレティシアは、アルト君らしいわねと優しい笑顔で話しながら、消え入りそうな声でもう逢うことのできない友人にありがとうと言葉にした。

 彼女の純粋な想いはきっと彼にも届いたのだろうとイリスは思っていると、小さく笑いながらメルンとアルエナも話す。


「朴念仁にしちゃ、中々に気が利いてるじゃないか」

「メルン、それは失礼よ。アルト君はあれでも結構気を使っているんですよ」


 とてもそうは思えないなと笑顔で即答するメルンは、続けて言葉にした。


「しかし、本当に凄いなレティシアは。

 あれだけの力を使っても、肉体と魂は外の世界に残っていたようにも思えるな。

 ……それもごく一部が残ったのかもしれないが、中々に研究し甲斐のあるテーマだ」

「でも、一年しか生きられなかったのでは、フェリシアも寂しかったのでは……」

「それほど寂しい想いはさせていなかったと、私は思いたいですね。

 私は全てを整理して、しっかりとあの子に覚悟を伝えて納得させてから、石碑に移入するためにエデルベルグに戻って来ましたし」


 そんな彼女に疑問を持つメルンはふと、どうやって帰ったんだと尋ねていく。

 それはイリスも聞きたかったことではあったが、中々にこういった質問はし辛く、この場でも聞くことはできないだろうと思っていたものだった。

 どうやらエデルベルグまでの旅にはアルト達も同行していたそうで、世界を新たな言の葉(ワード)で改変した五人の英雄達以外の仲間が集まっていたらしい。

 彼女のエデルベルグからの部下であり、友人としての間柄となったメレディス、クリストフ、ヴァレリー、アサレア、マリベル、リゼット、シルヴェーヌ達七名に加え、彼女の旧友であるエルとクレス、そして彼女の創りあげた"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"を託されたアルト、ルーファス、レベッカの三名がエデルベルグまで彼女に付いてくれたそうだ。

 そして、レティシアの愛娘であるフェリシアも、母の最後の旅に同行した。


 それぞれに別れを告げ、彼女が起こした奇跡を目の当たりにしたフェリシア達。

 その時の現象を鑑みると、レティシアが移入に失敗したのかと本気で心配しただろうと自ら推察するが、同時にそういった状況であれば本人が一番その状態を理解していたと、アルトの話からそれを感じ取ったイリス達四人だった。


「まずアルエナが石碑に移入したんだったな。

 それはアタシもその場にいたから、今でも良く覚えているよ。

 光の粒になって石碑に、いや正確には宝玉にか。

 光が徐々に吸い込まれていく姿は、中々に興味深かったな。

 それを見届けて、アタシはレティシアとアルル、じゃないんだったか……。

 アルリオに別れを告げて、身辺整理をするために帰郷したんだ」


 その後、故郷へと無事に戻った彼女は身辺整理をしつつ、思い残しがないようにと小さな集落を何週も周ったそうだ。


「身辺整理って言っても、研究した書類を処分するだけだったからな。

 一日もかからなかったし、何もない集落だから、大して面白いもんでもなかったよ。

 ……しいて言えば、空が澄んでて高かった印象を強く感じたくらいか」


 そう答えた彼女は、どこか寂しそうな瞳をしていた。

 それはとても複雑な表情で、寂しさとも懐かしさとも思えるようなものだった。

 その気持ちを今ならば分かる気がするイリスは仲間達のことを想っていると、懐かしそうにメルンは世界に残してきた仲間達のことを話し始めた。


「アルトは想いを残すくらいだから元気に生きたんだろうが、ルーファスは元気に過ごせたのかね」

「あら、彼なら大丈夫よ。綺麗な奥様と子供達に囲まれて幸せに暮らしたと思うわ」


 満面の笑みで、自分のことのように幸せそうな顔を見せるレティシアは答えた。

 石碑に移入することも、世界を改変することもできなかったルーファス・アルバーンは、彼女達と別れる時までそのことを謝罪していたらしい。

 だが彼には妻だけでなく、小さな子供達が三人もいた。

 そんな彼が命をかけることはもうできないと、心の底から申し訳なく思っていたとメルンは言葉にした。


「それでもダンジョン攻略には参加してくれたからな。それで十分だよ。

 正直あの時もアタシ達は反対したんだが、そのくらいは仲間の力にならせてくれと真剣に言われて断りきれなかったんだよな。

 その気概は嬉しいんだが、家族どうすんだよって本気で反対したんだが……。

 まぁ、結局はアイツも無事に帰郷しただろうし、ミレーヌやがきんちょ共々幸せに暮らしたんだろうな」


 とても嬉しそうに話すメルンにアルエナも続く。


「奥様も綺麗だけど、子供達がそれはそれは可愛らしかったですね。

 みんな屈託のない笑顔を見せて抱きついてくれるのよね。本当に可愛かったです」

「白虎の子はとても好奇心が旺盛って聞くから、どんな人でも近付いてくれるのよね。

 うちのフェリシアとは随分と違う可愛らしさを感じるわ」

「る、ルーファス様は、白虎族だったのですか?」


 レティシアの言葉に目を丸くしてしまうイリスは、驚愕しながらも彼女に尋ねた。

 想像もしていなかったことに、どう反応していいのやらといった難しい表情になっていた彼女へ、レティシアはその話をしてくれた。

 確かに白虎は珍しい種族で、基本は猫人種と違って世界を放浪することなく、集落で生涯を終える人も少なくは無いそうだ。

 そんな中、ルーファスのような変わり者が時たま世界に出ては、自由を謳歌するように冒険者になることがあるという。


「そういや、ミレーヌも同じように世界に出たひとりだって聞いたな。

 変わり者同士意気投合したって、ルーファスが惚気てたのを思い出したよ」

「あれを惚気と言うのはメルンだけだと思いますよ。

 彼はそういった感じを表に出すような男性ではありませんし」

「ふふっ、そうね。彼ならいつもどこか恥ずかしげに瞳を閉じて『むぅ』って言葉にするものね」


 レティシアの話に驚愕するイリス。

 同時にそれが何を意味しているのかを悟った気がした。

 涙してしまいそうな表情になりながらも、彼女達の話を聞いていたイリスに気が付いた三人はどうしたのかと尋ねると、彼女は呟くように話した。


「レティシア様の仰ったように、本当に石碑の役割は達せられたのかもしれませんね。

 人の善意から始まっているこの魔法が衰退した世界に、悪意が蔓延ることもなく八百年もの長きに渡り平和を保ち続けて来られた理由が、ようやく理解できた気がします。

 きっと人はもう、大丈夫なんだと私には思えます。

 たとえ人の可能性が危険なものであったとしても、たとえ魔物以外の存在が現れてしまったとしても、人は人と助け合いながら、この世界で幸せに生きてくれると」


 イリスの言葉を真剣に聞いていた三人は、それぞれ話した。


「そうだな。そいつはもう、アタシ達は関わるべきことじゃないんだろうな」

「困難が訪れても、きっとその時代に生きる者達が私達のように行動をしてくれます」

「私達にできることは、本当にもうひとつしかないのですね」

「ならば、私達にできることを、私達にしかできないことをしましょう。

 皆さんがいてくださるのならとても心強いですし、必ず成功させられます」


 自信に満ち溢れたイリスの言葉に、強く頷いていくレティシア達。

 こんな状態でもやれることがあるってのは嬉しいもんだなとメルンは言葉にし、本当にそうねとレティシア達も微笑んだ。


 そしてイリスは、楽しげな彼女達に最後に伝えたい想いを発現させていった。

 アルトの想いを伝えた時よりも滑らかに力を扱えている彼女に驚きながらも、現れていく姿へと視線が集まる。

 ぼんやりとした輪郭が徐々にはっきりと見えてくると、それは数名の人物だった。


「……随分若いが、レティシアとフェルディナンか……」

「ルーファスもいますね。それにこちらの方は、アルト君のお知り合いかしら」

「まさか、アルトの連れ……てことはないな。それならアタシ達も知ってるだろうし、大体右端にいるのはフェリシアじゃないのか? ……一体何だ、これは?」

「…………これは……まさか……」


 不思議そうにその姿を見ていたメルンとアルエナとは違い、目を丸くして言葉にするレティシアにイリスは美しい笑顔で答えた。


「そうです。ここにいるのは、私の旅に同行してくれる大切な仲間達です。

 左からヴァン・シュアリエさん、ファル・フィッセルさん、ロット・オーウェンさん、ネヴィア・フェア・フィルベルグさん、そしてシルヴィア・フェア・フィルベルグさんです」


 イリスの言葉に、その場にいる誰もが言葉を失っていた。

 こんなことが実際に起こり得るのだろうかと、本気で考えているようだ。

 そんな思考停止状態にある彼女達にイリスは話を続けた。


「シルヴィアさんはネヴィアさんの姉にあたる、フィルベルグ王国第一王女殿下になります。そしてネヴィアさんは、隣にいるロットさんと婚約をしています」


 自分のことのように幸せそうに話すイリス。

 眼前に映る金色の髪をした男性に釘付けになっているレティシアに、イリスは静かに話を続ける。


「初めてフェルディナン様を拝見した時は、本当に驚きました。

 まるでロットさんとそっくりでしたから……。

 シルヴィアさんがフェリシア様に似ているとは、流石に思いも寄りませんでしたが、ヴァンさんとファルさんが私の旅にご一緒にしてくれていることも含め、私達がこの時代、この場所で廻り合い、集ったことにも意味があるのかもしれませんね……」


 そう言葉にしたイリスだったが、彼女はもうこれは必然だったのだと感じている。

 そうでもなければ、こんな偶然が重なることなどあり得ないと言えてしまう。

 

「……そうか。……本当にあるんだな……。"運命"ってやつは……」

「……人は廻り廻って、新たな命へと繋がっていく、ということなのでしょうね……」


 ぽつりと聞こえないほど小さな声で呟くメルンにイリスも続いた。

 本当にこれが、最初で最後の好機なのかもしれないと思えてしまう必然は、そう呼ばれるものであると信じてしまいそうになるほどの重みを感じていた四人だった。

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