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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十八章 役目は達せられたと
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"時を越えて"

 大切なお言葉? フェルから? 預かっている?

 何を……。イリスさんは今、何を話していたの?



 レティシアの頭の中は自問を繰り返すも、未だに答えへと辿り着けずにいた。


 それもそうだろう。

 彼女が今いる時代は、あれから八百年以上も過ぎた遙かな未来となる。

 そんな世界で、誰もが忘れ去ってしまったエデルベルグ王の話を知る者がいるとは、とてもかなしいことだがありえないと断言できてしまう。

 それだけの歳月が流れてしまっているのだから、それも当然だとも思える。


 しかし、イリスは確かに言葉にした。

 フェルディナンから大切な言葉を預かっていると。


 まるでそれは、愛しい人から直接聞いたかのようにも受け取れてしまう言い方だ。

 そんなはずはないと確かに思う一方で、どこかそれを期待している自分がいた。

 絶対にありえないことが起きようとしているのか、それともイリスの勘違いなのか。


 いや、彼女の性格上、後者はありえないだろうとレティシアは確信する。

 そんな人物ではないと逢ったその日に理解しているし、だからこそ魔法の新技術が入った知識を彼女に託した。それは絶対にありえない。



 …………では、本当に?

 フェルから言葉を預かっていると、そう仰るんですか、イリスさん……。



 そうは思っていても、言葉にすることができないレティシアは、それを尋ねることで真実を聞くのがとても怖いのだろう。

 この姿もあまり彼女には見られない表情だと思いながら、アルエナとメルンは静かに彼女達を見守っていく。


 随分と時間をかけ、必死に考え出した彼女の言葉は、尋ね返すことくらいしかできなかったようだ。

 たった一言、本当にと尋ねたレティシアに、美しい微笑みで肯定するイリス。


 続けて彼女は、事の詳細を話し始めていく。

 彼が戦場に出る前に残していた物の話を。

 彼が愛しい人へ想いを伝えるために綴った、"白の書"のことを。


 そのことについてはアルエナとメルンも流石に知らなかったようで、目を丸くしたまま固まってしまった。

 想いを告げられずにいなくなってしまった彼が想いを書に遺していたことに、メルンは一言アイツらしいなと、消え入りそうなとても悲しい声で言葉にした。


 呼吸を整え、心を落ち着かせていくレティシア。

 随分と時間はかかったが、冷静さを取り戻した彼女は言葉にした。


「お願いします、イリスさん」

「はい」


 覚悟を決めた彼女に短く答えたイリスは、力を発現させていく。

 この新たに彼女が手にした力であれば、きっとそれも可能になると信じていた。

 美しい白銀の光がイリスを覆い、徐々に手のひらへと集約されていくと、メルンは興味深そうに話した。


「……そいつがイリスの創りあげた、新たな力か……。

 "願いの力"に似ているが、確かに違う力になっているな……」

「美しい色ですね。メルンが魂の色を見せているのではと話した"願いの力"とも違う色なのですか?」

「そのようだな。アタシが見たのは純白の光だった。

 こいつは銀色が混ざっているな。……何ていうか、神々しいな、この色は……」


 見ているだけでも心が穏やかになるとても不思議な光に、三人は魅了されていた。

 そんな中、メルンは白銀の光に見蕩れながらも話した。


「……"想いの力"と"願いの力"を融合した新技術、か……。

 言うなれば、"想いと願いの力ウィシーズ・フィーリングス"ってとこか?」

「流石メルンね。

 私は、ザ・パワー・オブ・ソウズ・アンド・ウィシーズとしか出なかったわ」

「……それは流石にないな。いや、ある意味その発想はアルエナっぽいか……」


 どういう意味かしらとぽつりと呟くアルエナ。

 どこか残念そうな彼女とメルンが話していると、力は更に変化していく。

 手のひらから白銀の光玉が出現し、まるで月のような優しい光を照らし出した。


 その球体の中央に、ゆっくりと一人の男性を映し出していく。

 アルエナとメルンの友人であり、レティシアの最愛の人の姿を。

 愛しい人へと手を伸ばしてしまう彼女は、途中で手を止める。

 それが叶わぬことだと知りながらも、触れようとしてしまった手を押さえ、とても辛そうな表情を浮かべてしまった。

 そんな彼女の下へ、優しくも穏やかな男性の声が光の世界に響いていく。


『君は確か、レティシアだったね』


 それは、あの日イリスが体験した出来事。

 出逢いから始まる、とても大切な魂の記憶。

 愛しい人の声をこれまで一度たりとも忘れたことはない。

 だが、逢えないのであれば、いっそのこと忘れてしまいたいとすら思っていた最愛の人の声。

 とても懐かしそうに、とても嬉しそうに、そしてとても悲しそうにレティシアはその光景を見つめていた。


 彼女達の出逢いと別れの物語を。



 浅い森で出逢い、言葉を交わし、弱気な彼を支えたいと願い、あの日に重ねた手のひらの温もりは、今も決して忘れたことなどない。

 子供のようにはしゃぐ彼に苦笑いをしながらも、とても幸せだったことを実感していたあの頃も、忘れたことなど、一度たりとも……。


 それは今でも間違いなどではなかったと信じている。

 たとえ最愛の人がいなくなってしまったとしても、未来を託してくれたのだから。

 フェリシアという最高のたからものを、愛しい彼は遺してくれたのだから。


 人と比べれば短いと言えてしまう生涯の中で、彼以上に想える人と出逢おうとすら想わなかったが、それでも笑顔で生きることができた。

 最愛の人はいなくとも最愛の娘はいてくれたのだから、私の人生は決して悲しみで塗り潰されたものではなかったと、今ならば答えることができる。


 でも……。

 それでも彼女は、愛しい人に逢いたいと想ってしまう。

 決して逢えないと知りながらも、そう願ってしまう。




 ……あぁ、なんて素敵な声なのだろうか。

 不安も、辛さも、まるで洗われていくようだ。

 ただ寂しさと切なさは増してしまうけれど、それでももう一度逢うことができて素直に嬉しいと思えてしまう。




 強く、ただ強く逢いたいと願ってしまう彼女の耳に聞こえる最愛の人の声。

 幸せな思い出は一転し、絶望へと向かって進んでいく。


 あの時こうしていれば。

 あの時ああしなければ。

 そう思わなかったことはない。


 そうすれば、もっと別の未来が待っていたのではないだろうかと、レティシアには思えてならない。

 決して叶わぬ夢と知りながらも、それでも彼女は想ってしまう。


 小さなフェリシアを中心に手を繋いで歩く、幸せそうな三人の姿を。




 続けて、この書を手にした者へと彼は語り始めていく。

 これはイリスが言葉で伝えるよりも、遙かに重みが増す。

 それを実現できたことに、心から嬉しく思うイリスだった。

 そして何よりも彼が伝えたかったことの話へとなっていった。



「厚かましい願いだが、どうか彼女に伝えて欲しい。



 愛している、レティシア。

 たとえ俺が生きていたとしても、生涯君のような素敵な女性に出逢うことはないと断言できる。

 君は嫌がるだろうけど、命を懸けて君を救えるのなら、喜んでこの身を君の為に捧げることのできる、本当に特別な女性なんだ。


 ……きっと俺はもう、君のいる世界にはいないのだろう。

 俺は君達と一緒にいることはできなくなってしまったけれど、でも、もし生まれ変われるのなら、たとえ何千年経っていたとしてもまた君に巡り逢い、恋をして、愛したいと心から願う。



 その為に俺は戦うよ。


 レティの為に。

 お腹の子の為に。

 エデルベルグの未来の為に。


 三人で歩くことはできなかったけれど、未来に託すことはできたと信じているよ。



 ありがとう。 

 こんな俺を愛してくれて。


 すまない。

 君に辛い想いをさせてしまって。


 本当にすまない。

 大切な約束を破ってしまって。



 せめて君達は、幸せになって欲しい。

 ……こんな言葉、大切な約束を破った俺が言う資格なんて無いけれど……。

 それでも俺は、君と俺達の子供の幸せを、心から願っているよ。



 最愛のレティシアと我が子へ、心からの愛を籠めて――」




 ゆっくりと、光が収まっていく。

 辺りには怖いくらいの静けさが訪れる。


 嬉しそうな、今にも声を上げてしまいそうな複雑な表情を見せるレティシアは、ひたすらに涙を流していた。

 彼の思いの丈を込めたことや、人伝にでも想いを伝えたかったこと、そして身勝手な願いだと言葉にしたことに涙しながら、レティシアは心中で彼の言葉を否定する。


 本当に身勝手なのは、私なのだと。


 もしもあの時、彼と一緒に行っていれば、きっと別の未来が待っていただろう。

 どうしようもないほどにそう思えてしまうレティシアは、止まらぬ涙を拭うことなく彼が立っていた場所を見つめ続けていた。

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