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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第三章 小さな天使
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"その先"にあるものを信じて


 「それじゃあ次の太陽の日、朝の鐘が鳴ったら迎えに来るから草原に行こう」


 半分だけ色が戻ったような感じがするミレイは、イリスに向かってそう告げた。


 それまでは魔法の修練をしつつ、しっかりと魔法盾が使えるようにしておく必要があると、ふにゃふにゃお耳のミレイさんは言った。

 今の段階で強度の問題は無くとも、実戦となるとまた変わってくる可能性があるから、との事だった。


 まずは魔力総量を増やしつつ、魔法盾の練習をして行こうとイリスは思っていた。正直な所、実戦と言われてもぴんと来ないからだ。


 対処法と言うわけではないけれど、図書館へ行ってホーンラビットについても調べなくてはいけない。知りもしないでいきなり相対するのは怖すぎるし、どんな攻撃を仕掛けてくるのかもわからないと不安で仕方が無い。



 次の日のお昼、図書館でホーンラビットについて調べに行った。マールさんによると、魔物の類の本は魔法書に比べてたくさんあるらしく、フィルベルグ周辺以外の物もいっぱいあるそうだ。良く考えてみれば、フィルベルグから他の国や街に行く冒険者の為には、必要になる知識なのだろうなと私は思っていた。

 フィルベルグ周辺の魔物が書かれた本をマールさんに紹介してもらい、その本を開いて見ると真っ先にホーンラビットが載っていた。読み進めていくと、どうやらこの角兎は弱い魔物のようだ。成り立て冒険者が狩る魔物なのでマールさん曰く、最近ではもう間引きもしないのだとか。


 彼女から紹介された『フィルベルグ周辺魔物図鑑』を見てまず真っ先に思ったことは、恐ろしいほど丁寧にわかりやすく書かれていたことだ。

 この本1冊でホーンラビットの全てが書かれているのではないだろうかと思えるほどの充実振りで、正直驚いてしまった。メモをしっかり取りながら勉強している間、どうしても雑念が入ってしまう。魔法書と(あの本)は一体なんだのだろうと。

 本気で分かりづらすぎる。というよりも、この図鑑が普通なのではないだろうか。そして私はメモを取りながら、やはり魔法研究の類には関わりたくないなと、本気で思ってしまっていた。


 私はお昼になると時間を貰い、魔法の勉強をさせてもらう事にし、夕方からはお薬のお手伝い、夜にはまた魔法の修練を続ける。

 そして寝る前には今日練習した事と、ホーンラビットの情報の復習をし続けていった。



 早朝の鐘の音と共に起き、支度を済ませて1階へ向かい、顔を洗い歯を磨き、優しい祖母に挨拶をする。会話をしながら食事を取り、今日の予定を笑顔で話し合う。いつもと変わらない日常だ。


 ただひとつ違っていたのは、今日が私にとって、とても重要な日になったという事だ。


 「――それでね、そのあとオーランドさんはお酒をいっぱい飲んだんだって」

 「うふふ、オーランド君も大変ねぇ」


 いつもと変わらない日常、いつもと変わらない楽しい会話。そして、その時がやってくる。


 カァーン、カァーン、カァーン


 「……朝の鐘だね」

 「……そうね」


 急に言葉数が少なくなってしまっていた。胸がどきどきしている。どうやら私は相当緊張しているようだった。そんな私を気遣って、おばあちゃんは優しい笑顔で話しかけてくれた。


 「イリス、まずは落ち着くこと。冷静になること。焦らないこと」

 「……うん」


 それはとても不思議な感覚だった。一言一言丁寧に紡がれたレスティの言葉は、まるで身体に行き渡るようにゆっくりとイリスの中を流れていき、次第に胸の鼓動も落ち着きを取り戻していった。

 そんな頃合を見計らって、レスティはイリスに話を続けていく。


 「大丈夫。ミレイさんがすぐ傍でついてるから。安心して、落ち着いて、イリスに出来る事をやってごらんなさい」

 「……うん、そうだね。ミレイさんが一緒にいてくれるんだもんね」

 「えぇ、そうよ。だから大丈夫、イリスならしっかり出来るって信じてるわ」


 イリスが笑顔を取り戻した頃、店の扉がこんこんとノックされた。どうやらミレイが着てくれたようだ。イリスは立ち上がり、薬の入ったかばんとダガーを腰につけ、胸の前に両手のこぶしを握り気合を入れてミレイのもとへ向かっていく。

 レスティはそんな孫の後姿を、ただただ不安に見つめていた。


 鍵を開けて扉を開くと、そこにはミレイが完全武装して待っていた。そしてイリスはミレイの異変に気がついてしまう。彼女はいつもとは違い、にこやかな笑顔を一切見せずに真剣な表情でイリスを見つめていた。


 イリスにはその理由はまだわかっていない。魔物に会いに行くのだから、これがきっとミレイさんの冒険者としての顔なのかもしれないなどと、そんなことを考えていた。ミレイはほんの少しだけ目を細め、イリスへ挨拶をしていく。


 「やぁ、おはようイリス。夕べはちゃんと眠れたかな?」

 「ミレイさんおはよう。うん、しっかり眠れて元気いっぱいだよっ」

 「……そっか。準備ももう出来てるんだね」

 「はい!」


 ミレイはレスティに視線を向け、それに彼女も頷いて答えていく。少々時間を置いてレスティは挨拶をはじめ、ミレイもそれに返していく。


 「おはよう、ミレイさん」

 「おはよう、レスティさん」


 またしばらく時間が空き、レスティが頭を下げながらミレイに向かって話していった。


 「今日はイリスをよろしくお願いします」

 「はい。イリスをお預かりします」


 その只ならぬ雰囲気に飲まれそうになるも、イリスはあまり深くは考えなかったようだ。どうやらこれから会いに行かねばならないホーンラビットの事を考えているようだ。


 「……それじゃ、行こうかイリス」

 「はい!」


 二人は店を離れていく。妹は祖母に手を振り、姉はそんな妹を複雑な表情で見つめていた。そしてギルドを通り、噴水広場を素通りして、城門を抜けて草原まで歩いていく。

 イリスはいつもよりも口数が少ないミレイに首を傾げるも、あまり気にせずに付いて行った。


 草原まで出るとミレイが確認を取るようにイリスへ話しかけた。


 「それじゃあ、今日の達成目標を言ってみて?」

 「はい。ホーンラビットの攻撃を一撃でも確実に魔法で防御する事、ですね」


 イリスがそう答えると、ミレイはまた複雑な表情を浮かべている。イリスにはそれが、とても悲しそうに見えた気がした。続けてミレイはイリスへ聞き返す。


 「うん、そうだよ。ホーンラビットについては勉強してる?」

 「はい、知識だけですが」

 「言ってみて?」


 そう言われるとイリスは図書館で調べた事を話し出した。もうメモなど見ずとも暗記している。


 「はい。ホーンラビットは褐色で兎型の魔物です。体長は60センルから80センルほどの大きさで、額に10センルから15センルほどの角がある事が特徴です。その角は歪な形をした刃物のように尖っている物で、攻撃は主にその角を使った突進や強靭な脚力による飛びかかりになります。3センルの板くらい軽々と貫くほどの威力があり、その攻撃力は危険です。稀に鋭い牙で噛み付いてくる事もありますが、ほとんどは角で攻撃して来る魔物で、動きは遅く、攻撃後の隙も大きく、また攻撃方法も限られているため、冷静に対処すれば倒せる魔物で、視覚、聴覚、嗅覚があまり発達しておらず、索敵範囲は25メートラほどまで近づかなければ襲ってくる事は無いそうです」


 とても良く勉強をしているね。だけどイリス、もうひとつ大切な事を忘れているよ。そこまで勉強してるのならもう知っているよね?


 ミレイは心の中で考えつつも、イリスに質問をしていく。


 「それで、ホーンラビットはこの周辺でどのくらいの強さか調べてるかな?」

 「はい。フィルベルグ周辺ではホーンラビットは弱い魔物と書いてありました」

 「うん、そうだよ。ホーンラビットは初心者冒険者向けとも言われる魔物で、王国側もギルドも今現在では間引く事もしていない。成り立ての冒険者に任せて地力を付けされる為に討伐依頼書を出しているんだ。討伐推奨ランクは一番下のアイアン。討伐報酬は1匹15000リルだよ」


 冒険者としてホーンラビットの説明をしたミレイの顔はとても暗かった。


 その討伐報酬を高いとみるか安いとみるか、今のイリスには全くわからない事だった。ただ思うところがあるとすれば、魔物を退治するとお金が貰えるということ事態、お仕事としては危険で難しいのだろうなと考えていた。


 「それじゃあ、ホーンラビットを探そうか」

 「はい!」


 これだけの広さと何もない場所だと言う事もあり、すぐに見つかったようだ。それでも草原の魔物はかなり少ないので、20ミィルほどかかりはしたのだが。


 ホーンラビットまであと50メートラほどと思われる位置でミレイは止まり、イリスへ振り向きながら話し始める。


 「あれがホーンラビットだよ。この位置ならまず襲ってくる事はないから安心して。それじゃあ達成目標の復唱を」

 「はい。ホーンラビットの一撃を魔法で止める事」

 「そうだよ。そして、それが達成できない場合は聖域に連れて行けない」

 「はい」


 そこまで話すとミレイは固まったように動かなくなってしまった。考え事でもしてるのだろうかと、ミレイを見つめるイリスはその複雑な表情に驚いてしまった。とても悲しそうな顔をしていたからだ。


 そしてしばらくするとミレイは優しくイリスを抱きしめた。


 ごめんね、イリス。あたしはこれからイリスに非情な事をする。それはイリスにとって耐えられないほどとても辛い事かもしれない。もしかしたら一生残ってしまう傷をつけてしまうかもしれない。


 ……だけど、あたしは信じてるから。イリスがこの先に何を見つけ、何を想ってくれるのかを。上手く行きさえすれば、もしかしたら違った道も出てくるかもしれないんだ。


 だからイリス。どうか自分に負けないで。勝たなくていい、ただ、負けないで。危ないと判断してくれたら必ず助けるから。安心は出来ないと思うけど、それでもあたしは全力でイリスを助けるから。


 だからどうか、悪い事にはなりませんように。どうかこの子が笑って達成できますように……。


 そしてミレイはイリスから離れて言葉を放った。達成失敗の場合の事を。


 「……もし、もしもイリスが、どうしても無理だと判断した場合は、あたしに助けを求めること。それまではあたしはホーンラビットを倒さない。……いい? これは絶対に守って。必ずあたしに助けを求めて。そうすればあたしは必ずイリスを助けるから」


 とても真剣に語るミレイをイリスは真っ直ぐ見つめていた。この言葉の意味も今のイリスには理解できていない。

 この時のイリスには、魔物は危険だから油断しちゃダメ、という程度にしか聞こえていなかったのかもしれない。


 「わか、り、ました」


 イリスはそのミレイの気迫に()され、言葉を途切れさせながら返事をしてしまう。いつものミレイとは明らかに違う様子に、イリスは戸惑ってしまうも、深呼吸をして心を落ち着かせていく。


 「……落ち着いた?」

 「はい!」

 「それじゃあ、行こうか?」

 「お願いします!」


 イリスの瞳に映る前向きな色をミレイは見つめ、また胸がズキンとしてしまう。


 だがそんな資格はあたしにはないだろう。これからイリスにすることを比べれば。胸を痛める資格なんてあたしにはない。そう心を戒めながらミレイはイリスを連れて魔物へ近づいていった。


 おおよそ30メートラまで近づいた頃、ミレイは確認を取るようにイリスへ話しかける。


 「あと5メートラほどで奴が気が付くよ。今は後ろを向いているからこのまま進んで、あたしがクロスボウで奴の近くに攻撃する。わざと外すから奴は警戒してこちらに気づくよ。そこからイリスの魔法を使ってもらう」

 「はい!」

 「……念を押しておくよ、イリス」


 きょとんとするイリスに、ミレイはきつめの低い声で言い放った。


 「アレ(・・)は魔物で、あたし達の()だ。理屈なんて通じないし、ましてや話なんて絶対に聞かない存在だ。だから――」


 一拍置いてミレイは目を鋭くさせてイリスに警告した。


 「――だから、躊躇(ためら)っちゃだめだ」


 いつもの優しいミレイとは全く違う鋭い顔に、引いてしまうイリスはその言葉を聞き、それに返事をするが、イリスはその言葉の意味を理解は出来なかった。


 「は、はい」


 ミレイはその言葉を不安に思うが、結局は相対すれば嫌でも理解する事になる。そしてイリスがそれをどう思うかで、今後のイリスの生き方そのものが大きく変わっていく事になるだろう。


 「準備はいい?」

 「はい! お願いします!」


 それじゃあ行くよと進んでいく二人。5メートラほど進み、ミレイはイリスへ言葉で伝えた。


 「行くよ! 集中して!」

 「はい!」


 確認を取った後、ミレイはボルトを放つ。撃ってしまえばもう後戻りは出来ない。あとはイリスを信じるだけだ。

 そう考えている間にも、ボルトはホーンラビットの目の前に刺さってしまう。ホーンラビットはこちらに振り向き、走ってきた。


 足の速さは大した事がないようにイリスには見えた。次第に近づくホーンラビットに警戒しながらも、イリスは落ち着いて攻撃をされる前に魔法盾を発動しようとした。


 ――だが、それは叶わなかった。なぜなら今にも襲い掛かろうとしている魔物の異常さに、気がついてしまったからだ。


 その様子にイリスは完全に凍りつき、その顔色は血の気を失っていた。手足がまるで痺れたような感覚になり、身体は震え、口の中の歯はかちかちと音を鳴らせていた。



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