"派生させた力"
これまでの旅路で考え続け、辿り着いた答えを三人に話していくイリス。
"想いの力"が誰にでも発現し得る可能性を秘めた力であること。
この一点のみで全てが見えてきましたと彼女は答えた。
この力が発現した者は、いずれ"真の言の葉"に酷似した力を手にしてしまうだろう。それこそレティシアやイリスのように考えが至ってしまう者が出ないとはとても言えない。
そう遠くないうちに必ず手に入れる者が現れる。
レティシアはそれを確信し、その対処法を考え付いたのだとイリスは思っていた。
「六十万人もの尊い命が失われてしまった眷属事件よりも、レティシア様は人の可能性を遙かに危険視していたのですね」
イリスの言葉にとても悲しそうな笑顔でレティシアは彼女を見つめる。
それが答えであることは明らかではあるが、同時にレティシアの考えは概ね正しいだろうと、この力の強大さを身に染みて理解してしまったイリスは考えている。
これらは全てイリスの推察によるものではあるが、十中八九間違いはないだろうと確信を持っていると、レティシアはぽつりと呟くように話し始めた。
「……そうですね。まずは私が考えていたことからお話させていただこうと思います」
レティシアの透き通る声が、穏やかな光の世界に響く。
エデルベルグでは話すことのできなかった全ての話を、彼女はイリスへと伝えた。
彼女が何を想い、何を成したのか。
そして彼女の仲間達が快諾し、協力してくれたことも。
しかし、大凡イリスの推察通りのことだったようだ。
「イリスさんが思っているように、この"真の言の葉"は強大なものとなります。"想いの力"ですら凄まじいものを秘めているのに、その更に先を私は見つけてしまったのです……」
当時、彼女はまだ若く、魔法研究を続けていた。
フェルディナンとも出逢っていなかった頃のことになる。
探究心から"想いの力"の応用法を探っていた彼女は、"真の言の葉"の原型となる新たな技術の理論を確立させてしまう。
同時にその力が持つ凄まじさに気が付くも、"想いの力"と酷似している力全般に、彼女は恐怖心とも言えるような危機感を強く抱いたのだと話した。
それに関してもイリスには理解できる。
メルンは彼女の表情からそれを察して尋ねた。
「それもお前には理解できてるって顔をしているな」
「正確には理解ではなく、持論になるのですが……」
「構いませんよ。是非、イリスさんの考えをお聞かせください」
どことなく寂しさを秘めた瞳をするレティシア。
彼女はもう気が付いているのだろう。
イリスが自身と同じ答えにまで追いついてしまったことに。
それを察しながらも、イリスは答えていく。
それは、ある意味では最悪な状況へと導きかねない、とても危険な推察だった。
「"想いの力"とは、"魔法から派生させた力"だと、私は推察しています」
その言葉に驚愕するアルエナ。
メルンはどこかその答えに気が付いていたのだろう。
そんな彼女にアルエナは尋ねる。
「……メルンも、それに気が付いていたの?」
「レティシアやイリスほどじゃないが、これでもアタシは研究者の端くれだからな。
だがそれも、その可能性には気が付いていたという程度の曖昧なものだ。
魔法を専攻していたわけではないから、確証などない極論だとも思っていたが……」
レティシアに答えを求めるように、アルエナはその詳細を彼女に問う。
だが、残念ながらイリスの考察は彼女も感じていたと答えた。
それも確信じみたものをレティシアは持っているようだ。
「私もイリスさんと同じように、魔法の直線状にある系統の力だと思っています。
魔法とは、使用者の感情によっても威力を左右させてしまう力です。
自らの意思でマナの量を込めることができる時点で、それが言えるのではとも思っていましたが、恐らくはそうであることに間違いはないでしょうね」
その推察をありえないと切り捨てることはたやすい。
しかし、そうではない可能性が非常に強いと、研究者ではないアルエナでさえも思えてしまう。
もし仮にそれが正しいのであれば、とんでもない状況になることは間違いない。
彼女もその可能性でしかない考えが正しいと思っているのだろう。
暗く沈んだ声色で、それについてアルエナは尋ねた。
「……つまり、魔法を扱える者すべてに、"想いの力"だけでなく、イリスさんが言うところの"真の言の葉"に至る可能性がある、ということなの?」
「……残念だけど、私はそう考えているわ。
使う者の感情によって大きく威力が左右される力は、言い換えるのなら扱いこなせなければ世界を滅ぼしかねないという危険性を誰もが秘めているということなのよ。
これだけ強大な力を手に入れて、人に振るわぬ者がいないとはとても言えないわ。
まず間違いなく、世界は"混沌とした最悪の戦場"へと変わっていくでしょう」
それが、私の出した結論のひとつなのよ。
とても悲しそうに言葉にしたレティシアだったが、実際にはそれが何よりも危険だったと彼女は続ける。
言うなればそれは、力の使い方と言い換えられるものだろうか。
「魔法の威力をより大きくしてしまうのは"負の感情"よ。
怒りや妬みといったものであれば力は普段よりも引き出しやすく、殺意といった特別に強い感情であれば更に力を出しやすいと私は推察してるわ。
もし、そういった力の使い方を人が選んでしまえば、きっと周りだけでなく世界ですらも不幸にする」
正しく力を使わなければいけない。不の感情に流されてはいけない。
しかし、そう思わない者が彼女達の時代には考えるのも恐ろしいほど存在していた。
そしてそれは眷属と呼ばれた、黒いマナに汚染された存在にも言えることだった。
凄まじく強い負の感情で動かされてしまっている存在。
この世界の全てを憎み、何もない大地へと還そうとする存在。
だからこそ強大な力を振るっていたと、レティシアはとても悲しそうに話した。
人の"想いの力"を掻き集めたものをその身に宿してしまったのだから。
だからこそ、人の可能性を押さえつけるように封印する計画を彼女は考えた。
そうしなければ、世界がどうなるかは想像に難くなかったとレティシアは話す。
しかし同時に、それはとても危うい状態であることも間違いはない。
それをイリスと彼女の仲間達が証明していた。
「レティシア様の成したことのひとつである魔法書による制限ですが、これも言の葉の知識を理解してしまうと、その効果を完全に消失させてしまうようです。
それは他の者から学んでも同じことで、私の仲間達にもその制限が解除されてしまっています。これは仲間達だけではなく、フィルベルグの現女王陛下や国王陛下、騎士団長、そして一部の冒険者達や、アルト様の子孫数名にも広まってしまっています。
自ら魔法について知識を深めようとする者には、効果を示さないのかもしれません。
もし魔法の延長線上に"想いの力"や"真の言の葉"がある、とてもありふれた力だということが知られてしまえば、その者達に身体的な影響すら出かねないと私には思えてなりません」
レティシアの時代である魔法が日常化され、子供のうちから使い続けた魔法が使えて当たり前だと言われてしまうような世界とは違い、今現在は彼女の仲間達が制限してくれた魔法の衰退した世界となっている。
ありとあらゆる面で彼女達の時代とは違うことに、様々な不具合が出てしまう可能性が非常に高いとイリスは考えていた。
「現在でも伝説の冒険者として語り継がれている方々のうち、五名もの命を賭して創りあげて下さった言の葉の制限も、たったひとつの情報で全てが無に帰してしまいます。
世界は安定しているように見えてはいても、とても危険な状態であることは変わりません。申し上げにくいのですが、いずれはその制限も失ってしまう危険性すらあると私には思えてしまうんです」
イリスの言葉に驚愕してしまう三人。
誰も彼らの詳細について話してはいない。
それはイリスが来る前に確認済みではあったし、ここにいる誰もが彼女に話すことなど絶対にしないはずだと確信していた。
彼女はとても優しい。
いや、優し過ぎるのだから、彼らのことを知れば必ず悲しむだろう。
イリスのそんな姿を見たくなかった彼女達は、その件についてはこれまでと同じように口を噤むつもりだった。
しかし、そのことについても話さなければならなかったイリスは、今現在でも英雄と言われている人物達の話をしていった。
「エリオット・リンスレイ様、レジナルド・グレイディ様、トラヴィス・アドラム様、アンネッタ・デルミーニオ様、そしてルアーナ・レーニ様。
アルエナ様のお話では、世界の五箇所で同時刻にある魔法を発動させたのだと伺いました。それについても今の私であれば大凡の見解はできています。
眩い輝きを放ち、空へと溶け込むように黄蘗色の美しい光の柱が天に向かっていったそうですね。そして空で弾け、世界に光の波状を響かせていったのだと」
これをイリスが聞いた時には、まるで理解などできなかったと彼女は話した。
それは今現在でも恐らくとしか言いようのない、とても曖昧なものではあるのだが。
それでもどこか確信を持っているような口調で、イリスは話を続けた。
「これだけ凄まじい力を秘めたものが、並の魔法や言の葉ではないことくらいは想像していましたが、旅を続け、皆様から沢山のお話を聞き、レティシア様の知識に含まれていたものと、レティシア様に託していただける"もうひとつの知識"の存在で、ようやく理解することができました」
「……私の渡した知識には、かなりの制限を加えていたはずですよ?
何かそれを連想するようなものなど、入っていないと思うのですが……」
驚きの表情を崩すことなく話すレティシアに、イリスはこの言葉を伝えていく。
その単語を聞いた瞬間、彼女達は思わず口を開けてしまうほど唖然としてしまうこととなる。




