"再会"
光が徐々に集約し、女性の形が現れていく。
濃紺のローブをその身に纏った金色の髪を真っ直ぐと伸ばしたその女性は、ゆっくり瞳を開けてイリスを正面に捉えて言葉にした。
その声にとても懐かしさを感じてしまったが、笑顔でイリスは挨拶をする。
「――来たか」
「お久しぶりです、メルン様」
金色の美しい尾をふわりと揺らした彼女は、優しげな眼差しを向けた。
あまり驚いていない様子のイリスへ、少しだけ頬を緩めながらメルンは話した。
「あまり驚いてはいないんだな。
アタシとしては、もう少し違った反応を期待していたんだが」
「これでも一応は驚いているのですが、もしかしたらメルン様もいらっしゃるのではとも思っていましたので、そこまで驚愕することはなかったみたいですね」
「そうか。……まぁ、もう一度逢えたことを素直に喜ぶべきだな」
「もう一度お逢いできてとても嬉しいです、メルン様」
相変わらずいい笑顔だなと言葉にしたメルンに、満面の笑みを見せるイリスだった。
そんなことを話していると、メルンの左側から光が集約し、もうひとりの女性が現れていく。
艶やかな銀糸の髪をさらりと腰まで伸ばし、美しいドレスを纏った女神のような女性に、イリスは再び逢えたことを感謝しながら挨拶をしていった。
「ご無沙汰しています。もう一度お逢いできて光栄です、アルエナ様」
「こちらこそ、お逢いできて光栄です、イリスさん」
微笑み合うイリスとアルエナ。
その姿にメルンは呟くように話した。
「……こうして並ぶと、本当に似ているな、お前ら」
しみじみと言葉にする彼女へと視線を向けたふたりは、とても良く似た笑顔で同時にくすりと笑ってしまった。
まるで母娘みたいだなとメルンが話していると、最後の一人が姿を現していく。
メルンとも違う少しだけ薄い金の色をした髪に、ほっそりとした痩せ型の女性だ。
アルエナが着ているものと良く似ている純白のエレガントドレスを身に纏った美しい人だ。
こうして再びお逢いしてみると本当に彼女と良く似ていると思いながら、イリスは現れた女性へと話した。
「お久しぶりです、レティシア様」
「お久しぶりですね、イリスさん」
再会できたことに胸を撫で下ろすレティシアだったが、まずはゆっくりと話ができるように椅子とテーブルを出現させていった。
それぞれ席につく四人は、ティーセットを出したレティシアがお茶を用意するのを待ちながら、何を話すべきだろうかと考えていく。
話すべきことは沢山ある。
それこそ、この世界で丸一日話していても尽きることはないほどに。
だがまずはイリスが疑問に思っているだろう彼女達が、どうしてこの石碑にいるのかということについての話から始めていく。
「まぁ、イリスなら大凡察していると思うが、アタシもアルエナもお前を送り出した後、この石碑に移ることができるようにレティシアが仕組んでいたんだ」
「……仕組んでいた、という言い方は気になりますが、概ねその通りです」
「その後私達は再会し、それぞれイリスさんとお会いしたことを含むお話をこの場所でしながら、貴女が来るのを待っていたんです」
三人の話に頷いていくイリスだったが、すぐさま気になることができてしまい、それについて尋ねた。
「……ということは、皆様がここに来られてから、一体どれだけの時間が経過してしまったのでしょうか……。もしかして、何年もお待たせしてしまっているのではありませんか?」
とても申し訳なさそうに尋ねるイリスに、頬を緩ませながらメルンは答えた。
「相変わらず聡いな、イリスは。だがそんなことは気にしなくていい」
「私もメルンも、そうなることをしっかりとレティから聞いた上でこの場にいます。
イリスさんが気に病むことなど、何ひとつないのですよ」
「それにとても有意義な話し合いができました。それにこの場所は以前お伝えしたように、とても穏やかな気持ちで居られるようにと創ってあります。
それこそお茶やお菓子からソファーなど、様々なものを具現化できるようにもしてありますし、自分の意思で眠りに就くことも可能になっていますから、かなり快適な空間なんですよ」
満面の笑みで答えるレティシアに続き、メルンとアルエナはここでの暮らしをとても楽しそうに話しながらイリスへと伝える。
そんな三人にイリスは、表情には出さずに申し訳なさで心が一杯になってしまう。
この世界は、確かにさまざまなことはできるだろう。
食べ物も飲み物も、家具や書物だって出すことは可能かもしれない。
旧友と再会できることは何よりも嬉しいことだとも思える。
だがそれも数年続けば、どれだけの精神的な疲労となるかは計り知れない。
もしかしたら十数年かもしれない時の中で、精神を保ち続けることがどれだけ大変かとイリスは思ってしまう。
彼女達はそれを言葉にすることも、表情に出すことも一切しないだろう。
そうしてしまえば、イリスに精神的な負担を強いることになるかもしれない。
イリスの性格上、それを聴いた瞬間に自分を責めることを彼女達は理解していた。
ならば、それらを言葉にも表情にも出すことなどできない。
そんな想いを感じ取ってしまったイリスも、それについて尋ねることができなくなってしまった。
「アタシが手にした情報についても二人には話してある。石版の件も含めてな。
だが、何故それを知ることができたのかについては話していない」
とても個人的な話になるからな。
そう彼女は話を続けた。
メルン達の時代でも読むことができない文字を知ることができるということは、その時点で既にありえないことだと断言できてしまう。
しかし、その理由となるものを伏せてくれたメルンに感謝をするイリス。
「こういったことは、本人が言うのが一番だからな」
「ありがとうございます、メルン様」
イリスの感謝に笑顔で応えるメルンだった。
アルエナとレティシアに視線を向けたイリスは、真剣な面持ちで言葉にしていく。
自身の出生の秘密を。
こことは違う世界で女神と暮らし、この世界に降り立って力を付けていったことを。
どうしてこの世界へと来ることになったのかという推察も含め、今度は何ひとつ包み隠すことなくイリスは話していった。
流石に驚愕以外の表情を浮かべることができなかった二人だったが、どこか妙に納得してしまっているようだ。
そんなふたりの様子に首を傾げてしまうイリスに、メルンが二人の変わりに話した。
「イリスはどこか不思議な魅力を持っているからな。
それが"願いの力"所持者特有の何かとも思っていたが、恐らくは違うだろう。
しいて言えば、イリスが言葉にした"祝福された子"という、女神と惹かれ合うとても特殊な魂を持つからだとアタシは考えている。
そいつは"徳"とか"カリスマ性"と呼ばれるものと似ているが、全く別のものだとも思える。しかしこれについては答えは出ないから、話し合う必要もないだろうな」
残念ではあるが、そういったことを話し合っても不毛だなと彼女は言葉にした。
メルンの話を静かに聞いていたレティシアは、イリスへ話を始めていく。
今後は以前に逢った時とは違う。
その全てを話す覚悟を彼女は決めていた。
だが、それほど先が見えていたわけではないと、彼女はどこか申し訳なさそうに言葉にして話を続けた。
「……メルンから聞いた女神の石版については、私もアルエナも驚愕しました。
あまりに私の想像からかけ離れ過ぎてしまった事態に、正直な所どうしていいのかも思考が止まってしまったほどです。それとは全く別のことを、私は計画していました。
私が考えていたのは――」
「――"人の可能性を抑えること"、ですね」
イリスの言葉に驚愕するレティシア達三人。
何故そう思ったのかと聞きたい表情を前面に出すも、あまりの驚きに言葉にならなかったようだ。
いち早く正常な状態へと戻ったメルンは声に出して笑いながら、イリスへと話した。
その姿はとても誇らしげに愛弟子を見つめる師匠のようで、どこかルイーゼやエリーザベトを連想してしまうイリスだった。
「ここまでの旅でそれを自身で導き出したのか……。本当に凄いな、イリスは。
アタシの生まれた時代で逢いたかったと本気で思うよ」
「私自身は、それが正しいのかを理解しているわけではありません。
もしそうであるのなら全てが繋がってしまうからとしか言えない、とても曖昧なものなんですけどね」
苦笑いで答えるイリスに、尚も驚いたままレティシアは瞳を閉じて息を整えた。
流石の彼女も、少な過ぎる情報からそれを導き出してしまった彼女に驚愕の二文字しか出て来なかったようだ。
「……本当に凄いのですね、イリスさんは……。
……いえ、魔法の本質すらもあんな魔法書から手にしてしまいましたし、それも当然なのかもしれませんね」
呟くような小さな声で話すレティシア。
イリスが答えから察すると、恐らくはそれだけでないだろう。
彼女の思考を読み取るようにイリスはその件についても話し、彼女を大いに驚かせていった。




