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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"星降る夜に"

 ぱちぱちと爆ぜる音が耳に届き、涼しげな風が身体に触れる。

 ゆっくりと瞼を開けていくと、その瞳に移り出したものは美しい満天の星空。


 現状把握をしようと視線を音の鳴る方へ向けようとすると、自分の名を叫ぶように呼ぶ声が聞こえた。

 ぼんやりとした意識のままでいると、暖かい温もりに包まれていく。


 ようやく気をしっかりと保つことのできたイリスは、泣きじゃくる子供のように声を上げながら抱き付くファルとシルヴィアに視線を向ける。

 そんなイリスは彼女達を抱きしめながら一言、大丈夫ですからと言葉にした。

 彼女の傍に両膝を地につけ涙ぐむネヴィアは、優しい眼差しをイリスへと向ける。

 ヴァンとロットもイリスへと駆け寄り、彼女の様子に安堵したのかそのまま地面に座り込んでしまった。


 大切な仲間の温もりを感じながら、戻って来れたことをようやく実感できた。

 優しくふたりを慰めるように撫でるイリスは、星空に視線を向けながら思う。

 あぁ、なんて美しい世界なのだろうかと。


 夜の空に輝く星がひとつ流れ、まるで彼女達の涙のようだとイリスは微笑んだ。



 ふたりが落ち着きを取り戻し始めた頃、焚き火を囲みながら現在の状況についてイリスは尋ねるも、どうやら丸一日と半分も眠っていたのだとヴァンから聞かされた。


 心底絶望し、覚悟すらしたあの状態から戻れたことに驚きを隠せないヴァンとロットではあったが、イリスが眠り続けていたのはその影響ではなく、恐らくは新たな力が覚醒したことによるものではないだろうかとイリスは考える。

 それはまるで身体に馴染ませるように深い眠りに就いていたのではと推察するも、その答えとなるものを見出すことは残念ながらできないだろう。


 黒い(もや)が全身を覆い尽くした直後から記憶のないイリスは、その前後に起きた影響について尋ねるも、特に大きな変化を起こすことなく立ち竦んだまま状態を維持していたと彼らは話した。

 その後、純白の光に全身が包まれると次第に黒い靄が霧散されていき、そのまま崩れ落ちるように眠りに就いたようだ。


 まるで起きる気配を感じないほど深い眠りについている彼女を見守るシルヴィア達にとって、これほど生きた心地がしなかった時間はなかったと涙ながらに話した。

 ネヴィアとファルのふたりは休憩を取りながらもイリスを見守り続けていたが、シルヴィアは一睡もせずにイリスに寄り添い、祈るように待ち続けてくれていたそうだ。

 彼女は休憩を取ることすらできない、とても不安定な精神状態が続いていたようで、ひたすら女神様に祈りを捧げていたのだとネヴィアが教えてくれた。

 お礼を言葉にするイリスにシルヴィアは、大粒の涙をぼろぼろと零しながら自分を庇わせてしまったことに心からの謝罪をしていった。


 しかし、それは違うんですよと、シルヴィアに優しく言葉を返すイリス。

 確かに彼女を庇ったことも間違いではないし、他の仲間達でも全く同じように行動することも変わらなかったが、そうしなければならない理由があったと続けて話した。


「あの靄を受けてしまえば振り払うことができないと、ヴァンさんとロットさんに聞いていましたから、あのままではシルヴィアさんは眷族化していたと思います。

 そうなればもう助け出すことはできなくなってしまいます。だから私は、もうひとつの可能性に賭けたんです」

「もうひとつの、可能性?」


 冷静に尋ねるヴァンだったが、彼もまた相当に取り乱していた。

 正直なところ生きた心地がしなかった彼は、言葉こそ落ち着いて発することができていたが、その内心は未だ入り乱れているようだ。

 そんな彼の気持ちを察し、笑顔を向けてもう大丈夫ですからと表情で応えるイリスは、そのことについて話を始めていった。

 彼女であればそれも可能とするかもしれない、彼女にしかできない方法について。


 それを聞いた仲間達は誰もが目を見開き、激しく涙していたシルヴィアでさえも凍り付かせてしまう。

 寧ろ、驚かない方がどうかしているというほど現実離れした解決法とも思えない方法に、この場にいる全ての者の思考を完全に凍らせてしまったようだ。

 しかし、それ以外の方法がなかったと、イリスは話を続ける。


「現実的にそれが可能かどうかは、正直なところ賭けだったと言わざるを得ません。

 ですが、その方法を取らない限り、一度取り込まれた者にへばり付くように黒いマナが襲い続けると、あの瞬間にどこか確信をしてしまったんです。

 これも賭けでしたが、シルヴィアさんに一度付いた黒いマナをこちらに引きつけることができたのは、本当に良かったと思います。私であれば解決できると信じていましたから」


 満面の笑みで答えるイリスに、返す言葉が見つからない仲間達。

 だが、シルヴィアだけはどうしても尋ねてしまう。

 どうして自分を庇ったのかと。たとえ眷属になろうとも、イリスがそれを引き受ける必要などなかったのではないだろうかと。


 それにもしものことが起きれば、それこそ世界が破滅してしまうところだった。

 世界と仲間一人を天秤にかけてはいけないのではないか、とも思えてしまう。

 だが現実問題として優先順位があるのではと、彼女は本心から強く言葉にする。

 それはイリスではなく、自分自身を叱責するかのような嘆きの叫びだった。


 涙を流しながら激しく続くシルヴィアの言葉に、返すことができない仲間達。

 同じ立場であれば、彼女と同じように話していただろう。


 そんなシルヴィアをいつも以上に優しく見つめるイリスは彼女を抱き寄せ、穏やかな声色で彼女を安心させるように話した。


「そんなこと、できるわけないじゃないですか。シルヴィアさんもネヴィアさんも、ファルさんもロットさんもヴァンさんも。皆さんは私のとても大切な人達なんです。

 皆さんは私の大切なお友達で、心安らぐ仲間達で、頼もしい戦友達で、掛け替えのない家族なんです。誰が欠けても私は嫌ですし、そんなこと絶対させたくありません。

 だから、自暴自棄になるようなことを、どうか思わないでください。

 もし同じようなことが起きて世界と皆さんを天秤にかけることがあったとしても、私は同じように自分が解決できるかもしれない方法を取ります。

 今回は勝算があってのことですので、決して自己犠牲で行動をしたわけではないんですよ」


 だからどうか気にしないでください。

 イリスはそう言い聞かせるように、とても丁寧に言葉を紡いでいった。


 焚き火から枝が弾け、周囲に静寂が訪れていく。

 イリスの言葉に、不安や戸惑いの感情が嘘のようになくなっていった。

 とても不思議な感覚だと思えるこの気持ちは、一体何なのだろうかと仲間達が考えていると、"それが想いを言葉に乗せる"ということだと、彼らの気持ちを察したイリスは話した。


 言の葉(ワード)とも違うそれは、特別な力であって特別なものではないと彼女は話す。

 それを扱う者達ともこれまでに出逢っているイリスは、フィルベルグ教会にいるローレン司祭や、アルリオン大聖堂のテオ法王も同じようなことができるんですよと話して彼らを納得させた。


 聖職者を何十年と務めてきたふたりと同じような落ち着きのある言葉を話すことができてしまうイリスに、本来であれば驚愕するところだとは思えるのだが、不思議とそれを納得してしまう仲間達だった。

 そう思えてしまうのは、これまで彼女が見せてきた言動に、それらを連想するような落ち着きを感じていたせいなのかもしれない。


 そしてこれは、アデルも同じようなことをしていたのだと彼女は続けた。

 歌姫と呼ばれた彼女の唄は不思議と人々を優しく魅了する、とても心地良い響きを奏でていた。そんな彼女も、想いを言葉に乗せることができていたとイリスは話す。


 この力もまた、"想いの力"や"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"となんら変わらないありふれたもので、誰でも至ることのできるものなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、イリスは満天の星空を見つめていた。


 これについては、やはり仲間達には話さない方がいいだろうとイリスは再考する。

 どんな影響が出るのかも見当が付かない以上、不用意な言葉を吐くことは大切な彼女達を危険に晒すことになりかねない。

 自らがその考えに至ってしまっては仕方がないと諦めるしかないが、軽々しく言葉にしてはいけないものだとイリスは口を噤んだ。



 そして話は彼女の体験したものへと移っていく。

 驚愕以外の感情を抱くことのできない仲間達に、静かに話していくイリス。


 漆黒の世界。

 不の感情が渦巻く常闇。

 もうひとりの自分との対峙。


 そのどれもが理解の範疇を大きく逸脱し、信じられないという感情しか持てない彼らに、イリスは話を続けていく。

 事の顛末を話し終えた後、彼女は静かに姉のことについて話した。


「あの世界での体験がなければ、私は確証が持てませんでした。

 お姉ちゃんは"魔力限界領域(レッドライン)"と呼ばれた魔力の限界領域を自ら越えてしまい、必要以上に体内のマナを失ったことで、その身を保つことができなくなってしまったんです」

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