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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"一番理解しているはず"

 音のない静まり返った世界で、二人の女性は視線から逸らすことなく見続けていた。

 姉が何故そうなったのかを言葉にしたイリスに、しばしの間呆気に取られていたように行動することができなかった黒髪の女性だったが、それもごく僅かな時間だった。

 急激に苛立ちを募らせていく女性はイリスを射殺さんばかりに睨み付け、怒気を剥き出しにしながら痛烈に言葉を返していった。


『……それが……分かったからって、何になるのよ!

 私を倒せなければ、この世界から出ることなんてできない!

 ううん、私を倒したところで出られる保証なんてない!!

 あなたはいずれ私に侵食され、その魂ごと消滅することは変わらない!!』

「そうかもしれないね。でも、私はあなたを倒すつもりなんて、最初からないんだよ」


 微笑みながら言葉にするイリスに、女性は怒りを激しく爆発させた。


『――詭弁を!! 本当にあなたは私をイラつかせるッ!!』


 目にも留まらぬ速度でイリスに迫る物凄い見幕の女性。

 走り際、地に刺したもう一振りのセレスティアを乱暴に引き抜き、左肩から右腰に向かって両断する勢いで鋭く振り下ろす。

 剣が鎧に触れる刹那、イリスは忽然と消えてしまった。

 同じ力を持つはずの女性であろうとその姿を捉えることはできず、彼女を完全に見失ってしまう。


 背後から感じる気配に高速で飛び退き、身体をイリスへと向き直りながら距離を取ろうとする女性。だが既にイリスは彼女の更に背後に周り、背中の鎧に手を当てていた。

 イリスの気配に気付かされた瞬間、全身を純白の光で覆われてしまう女性は、その姿を一変させるように変化させていった。



 光が収まり姿を見せたのは、二十センルほどの大きな球体。

 表面上のみ純白で創られ、内部は漆黒のマナが渦巻くとても美しい結晶体だった。

 ゆっくりと地に降り立つように下へと向かう宝玉を、掬うように手を添えるイリス。

 右手で持ち、左手で優しく撫でていると、球体の内部から声が響いてきた。


『私を閉じ込めて、どうするつもりなの?』

「閉じ込めたんじゃないよ。あなたを救う(・・)には、こうするしかなかったの」


 イリスの答えに嘲笑しながら返していく女性。

 まるで彼女の存在すべて否定するかのような、そんな嫌味の込められたものだった。


『救う? あなたが? 私を? そんなことをしてどうするの? 言っている意味がまるで分からないよ? まさか私と一緒に冒険でもするつもり?』


 嫌らしく嘲る女性にイリスは静かに答えた。


「あなたを、エリエスフィーナ様の下へ送り届けるの」

『そんな無意味なことなんてしないで、私を消せ(・・)ばいいじゃない。

 この状態なら私は無抵抗なんだから、簡単にできるでしょ?』

「そんなことしないし、したくもないよ。私はただ、あなたを救いたいだけ」


 声色を変えず、本心で答えるイリスだったが、女性は鼻で笑いながら言葉を返す。


『……何の意味があるのそれ。私はただの――』

「――分かってるよ。だから救いたい(・・・・・・・)の。このままじゃ、悲し過ぎるから」


 女性の話を遮りながら返したイリスは、静かに言葉を続ける。

 このままあなたが終わってしまうだなんて、私には受け入れられないからと。


「あなたの私に向ける憎しみも、あなたの激しい怒りも、あなたの世界を壊そうとする強い衝動も、私達の姉を奪われた深い悲しみも。私が全て浄化してあげる」


 はっきりと言ってのけたイリスに、女性は戸惑を隠せない。

 無言がしばらく続く中、女性は静かに言葉にした。


『……何よ、それ。……救いようのない、お人好しじゃない……』

「あなたがそれを一番理解しているはずだよ。

 そうでしょう? だってあなたは、私なんだもの」


 光り溢れるイリスの言葉に、女性は一言どこか悲しそうに『馬鹿ね』と小さく呟き、それ以降、彼女が話すことはなくなった。



 彼女を受け入れないことや、感情に任せて敵意を向けることはとても簡単だ。

 逆に彼女を優しく受け入れ、敵意どころか殺意すら強く向けていた存在を救おうとすることは非常に難しい。不可能だと言う者も、悲しいことだが少なくはないだろう。

 きっとそれは、人同士にも言えることなのだろう。揺らがぬ意思で刃物を自分に向けてきた相手を赦せるかと尋ねられても、一般的にはそう簡単に容認することなどできない。


 だがそれでは悲しみは広がり、憎しみは増すばかりだとイリスは強く思う。

 誰かが途中で、その楔のように縛り付けてしまうものを壊さなければならない。

 刃を向けることではなく、悲しみを向けることでもなく、手を差し伸べることで。


 そうすればきっと、世界は優しい人達で満たされていく。

 イリスが生まれ育ち、沢山の神々に祝福されたあの楽園"リヒュジエール"のように。



 彼女を封じる際、込めた願いの力は宝玉にすることだけではなく、もうひとつある。

 魂の浄化とも言うべき、彼女を縛っている不の感情からの解放だ。

 

 しかし、残念ながらそれは失敗に終わった。

 正確にいえば、彼女に絡み付くような感情の幾つかを取り除くことができた。

 最初の頃と比べて彼女が穏やかになっているのがその証拠だとイリスは確信する。

 だが、力を使った状態でも良くない状況だということは変わっていない。

 "願いの力"だけではダメなのだとイリスは悟る。


 ならばとイリスは意識を集中し、新たな力を覚醒させていく。

 理論は既に構築済みだ。応用となるのはレティシアの創りあげた"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"。

 彼女が確立させた理論を応用し、新たな力として扱えるようにこれまでの旅の中でずっと考え続けてきたものだ。

 きっと成功する。そうイリスはどこか確信をしていた。


 "想いの力"に"願いの力"を組み込む新技術。

 恐らくこの力を使うことができるのは、イリスだけになるだろう。

 途轍もない威力を持つことは、理論上でも分かっていたことだ。

 これは合成魔法の比ではないほどの凄まじい力を持つと、イリスは理解している。

 しかし同じ人物が根底から持つ力であれば、魔法の相反作用の影響なく新たな力を確立させることが可能となることも実証済みだ。

 同時にこの力は完全に人の器を飛び越え、更なる高みに上り詰めてしまうだろう。


 この力に人の肉体であるイリスが耐えられるかは、正直なところ分からない。

 だが、耐えなければ全てが終わる。大切な人達の多くが、最悪の場合はその全てを失ってしまうだろう。ならば選択肢など、始めから一つしかなかったのかもしれない。


 瞳を閉じながらイリスは新たな力の創造を始める。

 ゆっくりと、ゆっくりと力を構築させていく。

 焦る必要はない。確実に完成させなければならない。

 落ち着いて、心静かに。少しずつ力を込め、新たな力を発現させていく。


 徐々に感じる、今までにないほど暖かな力。

 陽だまりの中を寝転がるような"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"でも、太陽のように暖かく感じる"願いの力"でもない全く別の感覚。


 例えるのなら、星の息吹すらも感じてしまうような、意識が冴え渡る感覚。

 透き通る水のせせらぎも、燃え滾る火の揺らめきも、春の暖かな風の囁きも、雄大で果てなく広がる大地も。様々な感覚が統合されていくかのような力強さを感じる。

 それはまるで星そのものから力を得ているような、とても不思議な感覚。

 これまで感じたことのない、とても特別な力の流れをイリスは感じていた。


 ゆっくりと瞳を開け、祈るように力を宝玉に込めていく。

 優しく、とても丁寧に。中にいる私が傷付くことのないように。


 身体全体から溢れる強い純白の光。

 "願いの力"とも違う、どことなく銀色に近い白色の輝きが小さく鼓動するように、宝玉を中心として静かに脈動する。

 やがて光は空間全体へと輝きを放ち始め、彼女の手中にあるものへ集束していった。


 続けて眩いばかりの輝きが世界を覆い尽くす。

 徐々に落ち着きを取り戻していくと、漆黒の世界は純白の世界へと姿を変えていた。

 あれほど強く、不快なほどに濃密だった不の感情の一切が消え、辺りはどこか優しい風が吹いているようにも思えてしまう、とても心地良い空間へと変化を遂げた。

 それはまるで闇の世界が解放され、寒々しいとこしえの夜から暖かな陽だまりが溢れる晴天の世界に生まれ変わったようだと、イリスは周囲を見つめながら微笑んだ。


 大切に両手で持っていた漆黒の宝玉も、とても美しい白緑の宝玉へと変化し、理論上でのみ確立していた新技術が成功したことに胸を撫で下ろしながら安堵するイリスだった。

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