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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"漆黒の世界"

 漆黒の世界。

 風すらも感じさせない、すべてを黒で塗り潰す闇の世界。

 ありとあらゆる不の感情が渦巻き、生きとし生けるもの全ての精神を侵食するかのような気配をびりびりと肌に感じる。

 その元凶たる眼前に佇む女性は視線をイリスから(そら)へと変え、両腕を仰ぎながら嬉々として話した。


『あなたの代わりに私が真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースの全てを開放して、この世界を一瞬で何もない不毛の大地に変えてあげる!

 そうすれば世界は正常化される! 人のいない世界! これこそが世界の浄化に繋がるんだ! 人がいなくなれば魔獣も魔人も存在することはない! 本当の意味で真っ白な世界にすることができる!

 それですべてが解決する! もう"魔王(・・)"なんて現象に悩まされる心配もなくなる!』


 女性が言い放った単語に、イリスはぴくりと眉を僅かに動かした。

 だがすぐにイリスは、彼女がその言葉を知るのも当たり前だろうと察する。

 彼女の存在、この世界、彼女が何をしようとしているのか。そして彼女がどうしてそれをしようとしているのかをはっきりと理解することができた。

 同時に姉に起こった現象と、その理由についてもようやく確証を得ることができた。


 そんなイリスを無視しながら、女性はとても楽しそうに天へと向けて話していく。

 まるでその遙か先にいる誰かへと語りかけるように。


『すべては人が元凶! これこそがこの世界を破滅させる唯一の災厄なの!!

 それなら話は簡単だよ! 私がすべてを終らせる! この世界を、私が救うの!!』

「そんなこと、できないよ」


 とても恐ろしいことを言ってのける女性に、イリスは静かに言葉を返す。

 しかし女性には全く通じない。満面でありながらも恐ろしい表情で即答する。


『できるよ! できるに決まってる! できないわけないでしょ!?

あなたが一番それを理解し、この力の凄まじさに恐怖しているんだもの!

私が分からないと思ったの!? 丸分かりだよ、あなたのことなんて!

あなたのことなら何だって分かる! ……だって私は――』


 忽然と消えた女性は瞬時にイリスの背後に回り込み、耳元に口を近づけて不気味な笑みを浮かべながら呟いた。


『――"あなた"なんだもの』




   *  *   




 腕を力なく下ろしたままのイリスを、仲間達は静かに見守り続けていた。

 ネヴィアの言葉に士気を戻したヴァン達も彼女を信じ、彼女の帰りを待ち続ける。

 イリスならばきっと……。そんな期待と願いを込めながら、彼らは待ち続けてた。


 しかし、あれから随分と時間が経ったように思えてしまうというのにも関わらず、彼女に変化が一向に見られないことに違和感を感じてしまう。

 ミレイの時は腕を振り上げ、攻撃してきたようにも思える動作が、彼女には一切見られない。だらりと腕を下げたまま俯きがちの体勢が続き、微動だにしなくなっていた。

 あの時とは違っているようにも思えた彼らは、本当にイリスは黒いマナと戦っているのだろうと確信が持てた。


 ならば自分達も戦うことを彼らは選ぶ。彼女が帰ってくるのを信じるという形で。

 何の力にもなることができない自分を戒めながら、永遠にも思えてしまう時間を彼らは大切な仲間の帰りを待ち続けていった。




   *  *   




『"極大の大暴風(イクストリームリィ・)よ、斬り裂けテンペスト・スラッシュ"!! "極大の大暴風(イクストリームリィ)よ、荒れ狂え・テンペスト・ブラスター"!!』


 凄まじい暴風がイリスに次々と襲いかかる。

 ほんの少しでも風に触れてしまえば、一瞬で刈り取られてしまうほどの威力を持つが、そのすべてをイリスは完全に見切り、回避していく。

 上級攻撃魔法を放ち続ける女性は、にやにやと嘲笑しながら話した。


『あははッ! どうしたの!? 防戦一方じゃない! そんなことでいいのかなぁ!?

 ほら、いくよー? "極大の大暴風(イクストリームリィ・)に押し潰れろテンペスト・プレッシャー"!!』


 音もなく、全てを圧縮するかのような一撃を放つ黒髪の女性。

 放った痕跡を見つめてみるも、イリスの姿はなかった。

 無言で視線のみをぐるりと右後方へと向けていく女性。

 表情を一切変えずに立っているイリスへ忌々しく言葉にした。


『……苛立たせる天才ね、あなた……。何故、攻撃しないの?

 それとも私なんかいつでも倒せるっていう余裕なのかな?』

「そんなつもりは全くないよ」


 涼しい顔で答える彼女に苛立ちを抑えきれない女性は、振り向きざまに怒鳴り散らしながら魔法を放つ。


『――消えろ!! "虚無の風よ、(エンプティーニス・)激しく吹き荒れろ(オブ・デヴァステイト)"!!』


 "風よ大きくうなれ(グランド・スウェル)"の十倍はあろうかという大竜巻がイリスに襲い掛かる。

 暴風に吸い込まれていくイリスを見た女性は、忌々しくも愉快な表情で話した。


『あっははははッ!! 虚無の風に切り刻まれてしまえ!!』


 瞬間、大竜巻の下方が弾け飛び、周囲に静寂が訪れていく。

 そこに平然と立つイリスに忌々しく舌打ちをした女性は、暗く重苦しい声で最悪の言葉を発してしまった。


『…………もういいや。完全に消滅しろ。

 "虚無の風よ、全てを薙エンプティーニス・オブ・ア・ぎ払い、災厄を齎せディザスター・トゥ・オール"』


 彼女の発言と同時に、上級攻撃魔法とは比べられないほどの災厄がイリスを襲う。

 天上世界まで届いてしまいそうな凄まじい魔力の奔流が、無防備な彼女に直撃する。

 黒い髪の女性は嘲笑うこともなく、ただただ強い殺意をイリスに向けていた。


 全てを灰燼に帰す災厄。

 こんなものを直撃すれば、たとえ女神だろうとただでは済まないだろう。

 それ程の威力を持つ最上級攻撃魔法をその身に受けて、立ち上がれる者などいない。

 その欠片ですら残すことはない、最大の攻撃魔法になる。

 それもこれは言の葉(ワード)ではなく、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースでの発動だ。

 この世界にこれほどの力の奔流を止められる存在などいるわけがない。


 この魔法は、先に出した者が勝つ。

 防ぎようのない威力を持つものだからだ。

 レティシアの時代にこれを使える者は、ミスリルランクと呼ばれた者達だけだ。


 当然、こんなものを使う者など、誰一人としていなかった。

 試し撃ちでは済まされない、災厄を齎してしまう魔法になってしまうからだ。


 最早、暴風とすら呼べないものを見つめる黒い髪の女性。

 この力があれば世界を蹂躙し、人間を根絶やしにすることが可能となる。

 たった一撃、城や街に撃ち込むだけでいい。それだけで全てが終わる。

 痛みも恐怖も感じる前に、真っ白な世界に戻すことができるだろう。


 次第に威力が収まってきたのを確認して、女性は魔法に背を向ける。

 まずは外にいる私の(・・)大切な仲間達を無へと帰そう。

 そんなことを考えただけでも笑みが抑えられない。

 あぁ、なんて素晴らしい日になるのかと考えた瞬間、女性は背後から気配を感じ、勢い良く振り返った。


 最上級攻撃魔法の中に光る純白の球体。

 魔法の効果が完全に消えるとその球体もなくなり、姿を現した涼しい顔のイリスに驚愕の表情を浮かべてしまった。


『な、なん、で……。最上級、攻撃魔法なんだよ? どうして立っていられるの……』

「……やっぱりあなたはこの力を知らないんだね。

 あなたがガルドの話をしなかった時点で、それを分かってはいたんだけど……」


 どこか寂しげにイリスは話す。

 驚愕したまま立ち竦む女性に、彼女は話を続けた。


「あなたは私。……でも、あなたは私じゃない。

 私の記憶の一部を持っている、私に良く似たもうひとりの私」

『…………だったら……どうだっていうのよ……』


 穏やかに話すイリスへ睨み付けながら警戒を強める女性。

 だがその勢いは既に疲弊しているようにもイリスには見えた。

 上級攻撃魔法を連発しただけでなく、最上級攻撃魔法を放ったのだ。

 それも仕方がないと言えるほどの疲労感を感じているはず。

 そんな彼女へイリスは呟くように話した。


「……ずっと考えてたの。お姉ちゃんがああなってしまった理由を。

 どうしてあんなことになってしまったのかを。どうすれば良かったのかを」

『……なら、私を消せばいい! お姉ちゃんを殺したのも私が原因(・・・・)だもの!』


 強く言葉にする女性に視線を向けたイリスは即答する。それは違うよと。


「あなたは確かにそういった存在に近しいと思うよ。でも、お姉ちゃんが亡くなった理由はあなたじゃない。そしてあなたと同じような"黒いマナ"がそうさせたんでもない」


 この世界に来なければ確証が持てなかったが、ようやくイリスは最愛の姉の死の真相に辿り着くことができた。

 その答えとなるものを言葉にするイリスだったが、それを口にすることは彼女にとって重く、辛いものだった。


「お姉ちゃんは、魔力の限界領域と呼ばれた線を自ら越えてしまったから、その命を失うことになってしまったの」


 とても悲しく切ない声色が、漆黒の世界に小さく響いていった。

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