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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"全てが終わっていた"

 今、目の前で何が起こっているのか。

 それを判断できるほど冷静ではいられない彼女達。


 信じられない。

 ただ一言そう思うことで精一杯だった。


 愕然とするファルとネヴィア。

 シルヴィアに至っては、両膝が地についてしまっている。

 自分を助けるために行動を起こした親友に、絶望に近い感情を抱いていた。

 あの時、一瞬でも躊躇うことなく移動していれば。そう思わずにはいられない彼女ができることは、ただ親友が堕ちていく様を見つめるだけしか残されていなかった。


 まるで悪夢としか思えない光景が眼前に広がる。

 かつての戦友に起きた現象を目の当たりにしているヴァンとロットにとって、再びその場にいることそのものが苦痛でしかなかった。


 何故こんなことに、どうしてこんなことに。

 そう思えば思うほど己の無力さを噛み締め、自分自身に嫌気が差す。


 彼らは誓ったはずだった。

 もう二度と、あんな想いは誰にもさせないと。

 彼女の墓碑の前に佇む大切な仲間を想いながら、そう誓ったはずだった。

 なのに……。



 何だ、これは。

 何故こんなことになっている。

 俺は確かにそう誓ったのではないのか。

 なのに何故こんなことになっている。


 力を付け、魔法と習得し、彼女の力になるべくこの場にいるのではなかったのか。

 所詮その程度なのか。俺は彼女の力にも、彼女の代わりにもなれない愚か者なのか。

 結局立派なのは気持ちだけで、俺はあの日から何も変わっていないではないか!!


 情けない! 情けない!! 情けないッ!!

 自分自身にこれほど怒りが込み上げたことなど一度もない!!

 一瞬で台無しにするところか、全てを失ってしまった!!


 彼女はミレイとは違う。

 この世界で彼女ほどの強者はいない。

 彼女を止められるものなど、この世界のどこにもいはしない。


 終わりだ……。

 全て……。


 彼女が変貌を遂げれば、そう時間をかけずして女神が降臨するだろう。

 かつてイリスであった存在を、女神の力で消滅させてしまうだろう。




 ヴァンはただただ自身の無力さを噛み締める。

 せめて自分が変わっていればと思わずにはいられない。

 同じことを考えているロットも悔やみきれない表情を浮かべながら、その瞳は大切な人を諦めようとしていた時と同じ色をしていた。


 彼女には成すべきことがたくさんあった。

 レティシアへ伝えたい想いも、大切なひとと再会する約束も。

 その全てを彼女は失い、そして世界も終焉に向かうことになるかもしれない。

 女神が降り立つ余波は彼らには想像など付かない。

 降臨した瞬間に世界が消えてしまうかもしれない。


 たとえ事態を女神が収束させても、そこにはもう彼女はいない。

 たとえ世界を救えたところで、彼女がいないのでは意味がない。


 終わりだ。

 文字通りの意味で。



 ヴァンとロット、そしてファルは同時に膝をつく。

 あの時のミレイでさえ、止めることは今でもできない。

 イリスであったものが力を振るえば、周囲を消失させるだけの力をみせるだろう。

 絶望する仲間達は、おぞましい黒いマナで覆われている彼女を見つめながら、救えなかったことに心からの謝罪をしていた。




   *  *   




 意識を保てなくなり、手放してから一体どれほどの時間が経ったのだろうか。

 ゆっくりと瞼を開けたイリスは、暗闇の世界に囚われていた。


 周囲には何もなく、ただただ黒で塗り潰された世界。

 表現するのもおぞましい様々な不の感情が渦巻いている場所に、彼女は立っていた。


 そしてイリスは、それをようやく理解することとなる。

 この世界がどういったもので、姉がこの世界に囚われていたのだということに。



 くすりと彼女の真後ろで笑い声が聞こえた気がした。

 いや、彼女は気配でそれをずっと感じていた。

 それが真後ろに来ただけだとイリスは感じ取っていた。


 気配がする方向へと視線を向けると、そこにいたのは純白のエレガントドレスアーマーを身に纏ったひとりの女性。

 その瞳はおぞましい赤いものだったが、彼女がそれを見つめて怯むことはなかった。

 黒髪ということに良くない意味を考えてしまうが、問題となるその女性を見つめていると、薄気味悪く口を開きながら笑った瞬間、その場から忽然と姿を消した。

 同時にイリスはセレスティアを抜き放ち、後方上段へと剣を払っていく。

 鋭い剣戟が周囲に強く響き渡り、びりびりとした衝撃が世界に広がっていった。


 剣の更に上方にはドレスアーマーの黒髪女性。

 にやにやとした笑みを浮かべながら、後方へと飛び退いて小さく呟いた。


『……へぇ。やっぱり見えてるんだね。マナの流れかな?』

「それだけ重い気配を纏っていれば、流石にマナを感じると思うよ」


 イリスの言葉を聞き終えると、再び消える女性。

 右後方上段、左前方下段、後方上段と様々な角度で攻撃をしてくるも、イリスはその全てを片手でいなしていく。

 憎たらしそうにイリスを睨み付けた女性は、重々しい声で話した。


『どうして嘘を吐いたのかな?』

「……嘘?」

『そうだよ。真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースでは上級攻撃魔法が使えないっていう嘘だよ』

「……」


 言葉を返さないイリスに、剣を地面に突き立てた女性は話を続ける。


『攻撃魔法にマナを多く必要とするのは本当だし、レティシア様が上級攻撃魔法を使わなかったのも事実だけど、マナの消費なんて微々たるものだし、レティシア様が使わなかったのは、扱うのが難しいからじゃなくて威力が強過ぎるからじゃない。

 攻撃魔法だから極端に消費マナが増えるなんて、そんなことあるわけないでしょ。

 レティシア様の知識には『威力が強過ぎて人の持ち得るマナではとても扱えない』とあったのではなく、正しくは『威力が強過ぎて人ではとても扱いきれない』とあったじゃない。

 使おうと思えば幾らだって上級攻撃魔法は使えた。

 ……なのに、あなたはどうして嘘まで吐いて、それを使わなかったのかな?』


 仄暗い地の底から聞こえるかのような声が黒の世界に響き、イリスの心に直接刺激するように威圧する。だが彼女は、そんな重々しさをまるで感じないと言わんばかりに平常心で言葉を返していく。


「そんな力なんて、必要ないからだよ。だから使わなかったの」

『大切な仲間達にも嘘を吐いて?』

「嘘を吐いた訳じゃないよ」


 その言葉に黒い女性は大きな声で笑いながら話す。

 それはまるでイリスを嘲笑うかのような嫌らしさを感じる口調だった。


『あっはははは!! そうだよね!? 言う必要なんて無かったんだもんね!?

 あなたはただ"威力が強過ぎる"というたったそれだけの理由で、上級攻撃魔法を使うのを躊躇った! 大切な仲間達に嘘を吐いてまで、強大な力を使うことを恐れたんだ!

 おまけに真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースの使い方も、レティシア様から知識を受け取った瞬間からその全てを理解していたのに、使っていたのは極々弱いものばかり!

 挙句の果てには自分まで死にそうになりながらも、結局使ったのは上級攻撃魔法剣(・・・)だなんて、とんだお笑いものだよ!

 その気になれば一瞬で世界を滅ぼせる力を秘めているのに、あなたもレティシア様も、アルエナ様もメルン様ですらも、それを一切使おうともしなかった!

 情けなさ過ぎて笑いが止まらないよ!!』


 漆黒の闇に波紋のように広がる女性の笑い声。

 ひとしきり笑った彼女は、忌々しくイリスを睨み付けながら言い放った。


『――"虚無の風よ、全てを薙エンプティーニス・オブ・ア・ぎ払い、災厄を齎せディザスター・トゥ・オール"。

 この最上級攻撃魔法(・・・・・・・)ひとつを放つだけで、その全てが終わっていた。

 ギルアムも、グラディルも、ドレイクでさえも。微塵も残すことなく終っていた。

 凶種だろうがなんだろうが、この魔法に耐えられる存在などいない。

 結局あなたは使いもしなければ、それを使う選択肢すら持たなかったね』

「そんなこと、私達は望んでいないもの。必要のない過ぎた力だよ」


 表情を変えることなく言葉にする彼女に、再び女性はイリスを嘲笑う。


『あっはははッ! そうなんだ!? ……それじゃあ』


 ギロリと睨み付けながら、おぞましい口調で話す女性。

 それはまるで、この世界の全てを憎んでいるかのような感情が溢れていた。


『あなたが使えないなら、私が有効に使ってあげるよ』



   *  *   



 ヴァン達の目の前で、イリスであるはずの存在からおぞましいマナが脈動するように放出され、一気に気力を根こそぎ持っていかれてしまった。

 うなだれながら、両手をだらりと下げていくイリスであったモノ。

 その姿はミレイと完全に重なる。


 絶望し、イリスであったモノに恐怖する仲間達。

 あまりのことに瞳すら閉じてしまいそうになる彼らの下へ、一人の女性が覇気のある声色で強く言葉にした。


「まだです!! イリスちゃんは戦っています!!

 私も諦めていません!! 必ず無事に帰ってきます!!」


 唯一膝をつくことなく事態を見守っていたネヴィアは、彼女が帰ってくるのを心から信じていた。

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