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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"儚げな煌き"

 二日と少しが経ったとても天気の良い昼下がり。

 峡谷を抜けたイリス達は、眼前に広がる景色に圧倒されるように立ち止まってそれを見つめていた。

 これまで幾度となく驚愕させられたが、流石にこれはそれ以上に驚いていたようだ。

 流石のイリスでさえも理解の範疇を超えてしまっている景色のようで、その見えている場所が何なのかを必死に考え続けていた。


「……これは……想定していなかったよ……」

「……大丈夫だよ、ロット……あたしも全く同じ気持ち……」

「……し、信じられん……」


 ただただ唖然という言葉が一番しっくりくるだろうかという表情を浮かべる三人。

 彼らの経験上でもこんな光景は見たこともないし、想像したことすらなかった。


「……とても……綺麗ですね……」

「……そうですね、イリスちゃん……本当に、美しいです……」

「……一面咲く花畑のようですわね……」


 後輩達である三人も、眼前に広がる美しい場所を見つめる。

 峡谷を抜け、開けた場所となるそこには、色とりどりの花が咲き乱れていた。


 しかし、そこに咲くものが信じられないと断言できてしまうものだった。

 一面に広がる美しい花。いや、花というにはとても無理がある無骨なもの。

 様々な色が咲き誇るそれら全てが、とても異質なもので作られているようだ。


「……これはまさか……ここにあるもの全てが魔石の結晶体……ですの?」


 地面に飛び出るようにも見えるそれは三センルほどではあるが、そのどれもが美しく透明度の高い宝石のような輝きを放っている原石だった。

 しゃがみながらそのひとつに手を触れたイリスは、それをじっくりと調べていく。

 続けて彼女は幾つか別の場所の結晶を触っていくと、何かに納得したように頷いて立ち上がり、仲間達へと向き直って話した。


「これは魔石の結晶体ではなく、石英です。

 ……これだけ多くの水晶を見るのは初めてですし、こんな地表に存在するとは聞いたことがありませんが、どうやらマナはほぼ感じられないようですね」


 周囲を確認するように見渡しながら、イリスは話を続けた。


「……凄いです。こんなにも多くの水晶が、所狭しと存在するだなんて。

 まるで水晶の花畑のようですね。とっても綺麗です」

「……では、問題ないのか、この場所は」


 ヴァンが尋ねると、イリスは頷きながらはいと言葉にし、それを肯定した。

 マナが極々少ないのであれば、たとえこれらを食したところで問題にはならない。

 そもそも魔石ではないのだから、変異したりもしないだろうとイリスは考えた。


 とはいえ、現実的にこんなことが起こり得るのだろうかと思ってしまう彼女は様々な推察をするも、そのどれもがしっくりくるような答えは出なかった。

 何故こんな場所に、どうしてこんな地表に、何がどうすればこんなに沢山の水晶がと、次から次へと疑問は飛び出してくるものの、明確にそれを答えられるような知識を持ち合わせていないイリス達がその理由を導き出すことは難しかったようだ。


 しかし、似たような話ならイリスは聞いたことがある。

 小さかった頃、あのひとから寝る前に聞かせてくれた物語のひとつ。

 ひとりの女の子が旅をしながらとても美しい花を探していく中で、宝石が一面に置かれた場所に辿り着くという不思議なお話だ。

 その物語に出てくる子は宝石に手を付けることなく、不思議そうにその光景を見つめながらも先を進む、というものだった。 


 きらきらした可愛らしい絵の本に、自分までその子と同じような気持ちになったのを思い出したイリスだったが、それが実話かどうかは今でも判断ができない。

 そういった不思議な世界を知っていたのではとも思う一方で、出てくる登場人物が自分と同い年くらいの女の子であったりと、どこか自分に寄せてくれていた作り話のようにも今では思えてしまう。

 彼女はとても自分を懇意にしてくれていたし、彼女から聞くお話はそのどれもが夢物語のようにきらきらとしていたものばかりだった。絵本として読み聞かせてくれてはいたが、もしかしたらそのどれもが実話だったのではないかとイリスには思えた。

 思い起こしてみても判断できないとしか言えないのだが、もしその全てが本当のことであるのならば、あの絵本の中の子もこういった場所を歩いていたのかもしれない。


 尤も、宝石が置かれていた場所を歩くのと、宝石が群生しているとも言えるような大地を歩くのとでは随分と意味合いが変わってはくるのだが、それすらも子供に合わせて作った内容だったのかもとも思えてしまうイリスだった。

 もし本当にそういった場所があるのならば、きっとこういった大地に水晶が生えるような場所で、子供向けに作るのならばそれをある程度脚色するのではないだろうか。


 何故大地にあるのかを説明するにも、子供には難しい話となる。

 現にそれを目の当たりにしている自分達が理解できないのだ。

 説明されたところで疑問符が抜けないことは間違いないだろう。

 水晶だけ存在しても、何故という疑問に繋がるかもしれないのだから。

 だからこそ、様々な宝石が置かれていたと話を変えたのかもしれない。


 思えばイリスはあまり何かを尋ねる子ではなく、疑問に思うこともなくあのひとの話を信じきっていた子だったと、今更ながら思っていた。

 そもそもあのひとを疑ったことなど、これまで一度たりともなかったと思えるが、こうして世界を旅してみるとそれが全て作り話だとはとても思えなくなっていた。

 この目の前に広がる景色も、もしかしたら彼女が話していたもののひとつなのかもしれない。そんなことを話しながら、ゆっくりと先を進んでいった。



 三アワールほど歩いていくイリス達だったが、どうやら未だ水晶はなくならないようだ。正直なところ夢ではないだろうかと思えてしまう彼女達だったが、どうやらそうではないらしい。


 夕日に照らされ、きらきらと輝きを放つ水晶を、ありえない光景だと言葉にするのは簡単だ。しかし、大自然とは斯くも雄大なものなのかと言葉にすることもできない。

 一体どう反応すればいいのかも分からない彼女達だったが、いつもと同じように野営の準備に入っていったようだ。

 だがその心中は穏やかではないようで、しきりに周囲を再確認してしまうイリス達だった。



 日が落ち、月明かりが周囲を覆う頃、不思議な光景を目の当たりにした。

 月から降り注ぐ優しい光が水晶を美しく照らし、乱反射するように美しい光を小さく放っていた。

 その光景に楽しく談笑していたイリス達の会話は途切れ、思わず見入ってしまった。


「…………綺麗」


 一言イリスの声が周囲に小さく響いていくも、それに返す言葉がしばらく続かずに、美しくもどこか儚げに輝く水晶の花畑をいつまでも静かに見つめていた。



   *  *   



 翌日も美しい花畑は途切れることなく続き、晴天の空から降り注ぐ朝日に煌く宝石達は、色とりどりの光を放っているようにも見えた。

 本当に素晴らしい場所だと素直に思えるイリス達は、レティシアの待つ石碑を目指し再び歩き始める。


 涼しさも強くなりつつある秋風は、未だ心地良さを感じさせているが、季節は徐々に冬へと向かっているようだ。

 ここまで北へと来れば、確実に雪で埋もれてしまうことになるだろう。

 もう少しだけ石碑を目指す時期が遅ければ、恐らくは春まで待つことも考えられた。

 そういった意味では、安全に旅ができる季節であるとも言えなくはない。石碑から戻るまでの時間を考慮しても、雪が降る前にセルナへ帰ることができるだろう。

 そんな他愛無い話をしていた、いつもと変わらない早朝だった。


「――何だ!?」

「地震!?」


 ヴァンとファルが強く言葉にする。

 突如として大地が大きく揺らいでいった。

 思わず手を地につくほどの衝撃に、一同はその場を動けなくなる。

 まるで世界全体が揺れているかのようにも思えてしまう。


 思い起こすのはリシルアでのこと。

 これまでにないほどの大きな地震が起きたという。

 まさか世界に何か影響が起き始めているのだろうかと考えるシルヴィア達だったが、その揺れに違和感を強く感じる者が大きく声を上げた。


「違います!! 地面の下から何かが来ます!! 全員その場を離れて下さい!!」


 叫ぶイリスの言葉に意識をそちらへと向けつつ、その場を離れていく一同。

 魔物の気配をサーチで感じることができないヴァンとロット、ファルの三名だが、彼女が言うのだから間違いはないのだろう。何ら疑うことなく飛び退いていった。

 ネヴィアとイリスもその場を離れ、事態の様子を見守っていく。しかし――。


「――え」


 唯一、その場から離れられないシルヴィア。

 彼女の立つ大地が急激に下がり、足を取られてしまった。

 二十センルほどと思われる小さなものではあったが、彼女の思考を止めるには十分過ぎた。


 思わず手を付き、体勢を整えてその場を去ろうと足に力を込めた瞬間、彼女の真下に亀裂が入り、凄まじい勢いで黒い何かが吹き出していった。


「「「シルヴィア「ねえさま」!!」」」


 同時に叫ぶ仲間達。

 黒いそれ(・・)は、シルヴィアの足に絡み付こうと動きを変えていく。

 おぞましいその(もや)のようなものを振り払おうとした瞬間、彼女に強い衝撃が走る。

 その場から弾かれるように飛ばされる彼女の視線に捉えたものは、彼女が一番大切に想う親友の姿。誰よりも早く行動し、自分を護ろうとした者の姿だった。


「――イリスさん!!」


 驚愕しながらも強く親友の名を叫ぶシルヴィア。

 体勢を整えながら見た彼女の姿は、既にその身を黒い靄で覆っていた。

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