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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"光差す浅い森で"

 林を越えたイリス達は、そのまま浅い森を歩きながら採取をしていた。

 その手に持つ様々なキノコ。夕食に使うための食材を集めているようだ。


 これだけ木々が立ち並べば、それなりに食材は手に入る。これまで減る一方だった食料品の補充もすることができて安堵しながら、野草も含めて捜し歩くイリスだった。

 鞄の中へ直に入れるわけにもいかないので料理鍋に集めていたが、すぐに一杯になってしまうほど素材が集まってしまった。

 それだけこの辺りは豊かな土地なのだろうと思えた一同だった。


 お鍋を持ちながら歩くイリスだったが、しばらく歩いていると一本の木を見つける。

 高さは五メートラもある見上げてしまうほど高い木ではあるが、実らせている果実は手を伸ばせば届くほどの場所になっているようだ。

 しかし、木になる楕円形の果実のほぼ全てが完熟しているらしく、鮮やかな赤い色をしていますねとイリスはとても残念そうに言葉にした。


「あら? 完熟すれば果物とは美味しくなるのではないかしら?」

「あー、これはミシュカだからね。流石にこれだけしっかりと完熟しちゃったら、あたしでもこれは食べないかなぁ」


 イリスに続き、ファルも残念そうに話す。

 果物が大好きな彼女も、ここまで熟してしまうと手を出さないらしい。

 彼女が手を出さないほどの果実に興味が湧いてしまうシルヴィアとネヴィア。

 そんな二人へファルは真っ赤に育った実をひとつ取り、二人に渡していく。

 皮ごと食べられるというその実を持ち、首を傾げながらも噛り付くシルヴィア。

 同時に彼女はとても険しい顔になり、その場で固まってしまった。


「ね、姉様? 大丈夫ですか?」

「……ええ、問題はありませんが、何事も経験だと言います。

 美味しさは感じませんが、ネヴィアも試してみるといいですわ」


 なるほどと素直に頷いたネヴィアも、その実を一口食べてみる。

 同時に姉と同じような表情へと変わっていった。

 甘ったるい香りは食べる前から分かってはいたが、口に入れた瞬間に広がる重ったるい甘さ。ねっとりとした独特の口触りにクドさを強く感じてしまう。

 とてもではないが美味しいとは言えないような果実となっていた。


「……これが、完熟したミシュカ……」

「流石にもう時期が遅いからねぇ。残念だけど、食べられそうなものは……。

 …………あ、一個だけなってるかも?」


 少々高い場所になっている実を見つけたファルは、するすると上手に木を上ってそれを採取し、飛び降りて戻ってきた。

 その手に持っていたのは、まだ熟していないと思われる黄緑色の果実だった。


「わぁ! 凄いですファルさん! とっても美味しそうなミシュカですね!」

「いやぁ、まさかこんな時期にまだ食べ頃のが残ってるなんてねー」


 早速食べましょうと、イリスはレスティに貰ったナイフをバッグから取り出し、丁寧に切り分けていく。

 皮を皿代わりにして実を載せた見事な手捌きのイリスに、一同は唸る。

 切り分けられたミシュカを摘んでいく仲間達。

 最後にイリスが手を伸ばし、口へと運んでいった。


 その実はシルヴィア達が想像もしていなかったような上品な味がした。

 やっぱりこれだねぇと、感慨深そうに言葉にしながらもぐもぐと食べるファル。

 ヴァンとロットもこの味を知っているので、特に強い反応を見せることはなかった。


「……す、凄いですわね、ミシュカとは……」

「こんなにも美味しくいただけるなんて……。完熟したものとは大違いです……」

「まるで別の果物と言われても納得してしまいますわね」


 姉の言葉に頷いていくネヴィア。

 それほどの美味しさを感じると彼女も感じていた。

 そんな二人へ、イリスはこの実について話していく。


「食べ頃のミシュカは、さっぱりとした味わいがありながらもそれでいてクドくなく、癖のないすっきりとした味わいをしっかりと感じることのできるのですが、この実が完熟してしまうと、甘ったるく重々しいお味になってしまうんです。

 香りも強過ぎるので、美味しくいただくことのできないんですよ」


 この実は熟す前に食べるのが一番美味しいのだと、イリス達は二人に話した。

 世界でも珍しくはない果実ではあるものの、食べ頃となる時期を過ぎてしまうと食べられなくなってしまうので、あまり市場には出回らないのだとロットは続けた。


「こういったものを美味しく食せるのは、冒険者の醍醐味とも言えるだろうな」

「そうだねー。でも、中々時期が合わないと食べられないから、貴重って言えば貴重なんだよねぇ」


 ヴァンの言葉を残念そうに返すファルだった。

 逆にこの果実は、早過ぎても美味しくないんだよと続ける。

 味の表現はイリスに任せるよと笑顔で言わた彼女は、二人に話していった。


「完熟されたミシュカのこってりとした濃厚過ぎる甘さと強烈な芳醇な香り、ねっとりとした舌触りは落ち着いていて、未熟な実とは違い、青臭く強めの酸味も程よく落ち、また果実自体もある程度の硬さを残しているためにしゃきしゃきとした食感を楽しむこともできます。

 丁度食べ頃となるこの実は甘過ぎず、香りもほどよい上に適度の酸味を残し、口の中をとても爽やかで芳醇な香りが広がっていくんですよ」


 相変わらず表現が豊かなイリスの説明に驚きながらも、なるほどと言葉にする二人。

 これをジュースにすると甘さが増してしまうため、果物のまま食べるのが一番美味しいと言われている。ただ、このまま実を街へと持ち帰ってもすぐに熟してしまうので、ジュースにして持ち運ぶのが一般的と言われているらしく、街でミシュカと言えば甘い飲み物だと言葉にする者も非常に多いそうだ。

 そんな話をリシルアでしていたのを思い出しながら、二人は美味しいミシュカの実を口に運んでいった。



 鍋に溢れんばかりのキノコを集めたイリス達は、今晩の食事はキノコ尽くしとなることに喜びながら、そう広くもない浅い森を歩いていた。

 光が差し込む森の中はとても穏やかな場所に思え、魔物も目視できないことから随分と気持ちを落ち着かせて足を進めることができているようだ。


 しばらく森を歩いていると、イリスの足がぴたりと止まる。

 仲間達は彼女へと視線を向けていくと、何かを見つめているようだ。

 どうやら彼女は一本の木に意識が向かっていた。


 その場所へと足を進めるイリスに続く仲間達。

 高さは凡そ三メートラ程度だろうか。大きめの葡萄のような黄色い果実を数多く実らせるその木を見たイリスは、思わず声を上げながら驚いてしまった。


「こ、こんなにたくさん実ってるなんて!」


 興奮したように言葉にするイリスは、持っていた鍋を落としてしまいそうになるも持ち直し、隣を歩くシルヴィアに手渡してバッグから採取用のナイフを取り出した。

 じっくりと沢山ある果実を見つめていた彼女は、背を伸ばせば届く位置になっているひとつの実を採取していく。

 麦のような鮮やかな黄金色の果実を見たシルヴィアは、首を傾げながら尋ねた。


「美しいですわね。それにとても芳醇な香りがしますわ」

「とても上品な香りですね。食べられる果実なのでしょうか?」


 ネヴィアの言葉に勿論食べられますよとイリスは答えていく。

 どうやら博識なロットも黄色い葡萄については食べたことがないらしく、興味深そうにイリスが持つ実を見つめていた。

 そもそも葡萄とは、物凄く沢山の種類があると言われている。そしてその形も様々で、丸ではなく長細い指のように伸びた実が連なる葡萄などもあるらしい。

 そのすべてを知る者はいないのではと言われるほど多くの種類があるので、これもその知らない葡萄のひとつなのだろうとロットは考える。


 試してみますかと仲間達に尋ねていくイリスは、採取した黄色い木の実に"洗浄(クリーン)"を使って綺麗にし、仲間達へと差し出しながら笑顔で話した。


「どうぞ。房以外は皮も種もそのまま食べられますよ」


 言われるまま果実に手を伸ばしていくシルヴィア達。

 ほぼ同時に口へと運び、一瞬で顔色が驚愕のものへと変化していった。

 あまりのことに言葉にならないとは、今まさに彼女達に言えるものなのだろう。

 誰も口を開くことなく、目を見開くだけの彼女達。唯一ファルは物凄い量の涙を滝のように流しながら、瞳を閉じてそのえも言われぬ余韻に浸っているようだ。

 そんな仲間達へイリスは説明をしていった。


「これが"ルセク"の実です。とても貴重な果物で、大陸東部には生息しているとは聞きますが、滅多にその姿を見ることができないと言われるほど少ない木なんですよ。

 青々とした実はとても渋くて食べられないですが、完熟した宝石のような輝きを見せる黄色い実は、とても上品で芳醇な香りと清々しくも透き通る果汁が優しく広がり、一粒食べるだけでも至福の味で心までも満たされると言えるほど美味しい果実なんです。

 私はこの実がとても好きなんですが、非常に珍しい上にすぐ悪くなってしまうため、街で見かけることも少ないんです。更にこの実は、乾燥させてしまうと味が極端に落ちるのですが、それでも希少価値からかなりの高価なものになってしまうんですよ。

 まさかルセクの木を自分の目で見付けられるなんて思ってもみませんでしたので、足が止まってしまいました」


 そう言葉にしたイリスはルセクを静かに口へと運び、満面の笑みで味わっていく。

 これほど多く実になっているとは彼女も聞いたことがなかったが、原生林である以上はそういったこともあるのだろうかと考えていた。


 まるで宝石のように黄金色に輝く美しいルセクを見つめながら、世の中にはこれほどまでに美味しい果実があるのだということを知ったシルヴィア達だった。

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