表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
494/543

"渓谷を越えて"

 両側を囲むように続くこの渓谷はどこも高く鋭い岩山で、とてもではないが安全に登れそうな場所が見当たらない。たとえ強引に登ったとしても、そのまま北東へは迎えないような地形となっているようだ。

 "周囲地形構造解析テライン・ストラクチュアル・アナライズ"の効果によると、どうやら岩壁の先は深い谷間のような場所が続いているようで、上り下りを繰り返すことになってしまう。

 険しく危険な経路となるだけでなく、体力的にも危ないと言えるような場所を進むことはできない。このまま川に沿って東へと向かうしか道はないように思えた。


 深い谷のような狭間を歩くイリス達。

 思わず見上げてしまうような切り立った渓谷は、とても人が生きられるような場所だとは思えないほど厳しい世界のように思えた。

 川は十分に流れているので、水の確保という点ではこれといって問題はないだろう。

 しかし、草木の生えないこの場所は、人が住めるような環境にはなっていない。

 この辺りもドライレイクから続く、マナの乾いた大地なのだろうか。


 そしてひとつ気になる点がある。魔物の姿が見られないことだ。

 当然サーチは使っているが、イリスは周囲に魔物の気配を感じることができない。

 尤も、たまたまいない場所を歩いているだけなのかもしれないが。



 人の手によって造られたとは思えない地形がひたすらに続く。今まで感じたこともない大自然を歩く一同は、飽きることなく同じ景色を興味深げに見つめていた。

 歩き、休息し、食事を取り、眠り、また歩いていく。同じことの繰り返しではあるが、イリス達は同じようなことを体験しているとは感じていなかったようだ。


 川幅がかなり広くなってきた二日目の朝と昼のちょうど間頃、ようやく北へと迎えそうな場所を魔法の効果で捉えることができた。

 その場所に行くまでは、流石に日が暮れてしまう。

 北への入り口とも言える斜面にまで来られたのは翌日の昼過ぎとなったが、目の前に広がる道とも言えない斜面を見つめながら、イリス達は歓喜の声を上げてしまった。


「随分と時間はかかったが、これで先に進めそうだな」

「ですわねっ。渓谷も嫌いではありませんが、挟まれた地形にいるとどこか圧迫感のようなものを感じてしまっていましたわ」

「急斜面ではあるけど、これくらいなら問題なく進めるだろうね」


 周囲を確認しながら足を進めていく。

 急な坂となっているが、岩山に比べれば大したことはないよねとファルは話した。


 あんな地形が続いていると、流石に体力的に難しくなってしまう。

 必要以上に疲労させることも得策ではない以上、これからもそういった場所は選ぶべきではないだろうなと話すヴァンだった。


 魔法による身体能力を強化した状態は、常にマナを消費し続ける。

 長時間その状態を維持したままの戦闘を行うことができるイリス達にとって、マナの枯渇が一気に命の危険に直結することとなるだろう。

 調薬にも限りがあるため、マナがなくなればすぐにマナポーションを飲めばいいという問題でもないこの旅は、できる限り薬の消費は避けるべきだと思われた。

 当然だが、帰ることもしっかりと想定しなければならない以上、使える薬は半分を上回ってはいけないという厳しい制限も付いてしまうが、それらを踏まえた上で未開の地を進むとなれば、やはり必要以上に慎重にならざるを得ない。


 どれほど石碑に近くなったのかも分からない、先の見えぬ旅となっている現在、後どのくらいで辿り着くのかという見通しも立てることができなかった。

 それでもどこか楽しげに旅を続けているシルヴィア達にイリスは微笑みながら、居心地のいい大切な仲間達に感謝をしながら足を進めていく。

 傍にいてくれる者達がいなければ、ここまで来ることはできなかった。

 自分には勿体無い程の優しい人達に囲まれ、この上ない幸せを感じるイリスだった。



 急勾配の坂を歩いていると、徐々にその終わりが見えてきたようだ。

 辺りは既に日が落ちかけている。そろそろ休息する場所を見つけなければならないが、流石にこんな斜面では休まるものも休まらない。

 ようやく先が見える場所まで辿り着いたイリス達は、目を大きく見開きながらその先となる場所を見つめていた。


 これもまた、凄い景色だな。

 ヴァンがそう呟いたのも当然かもしれない。


 眼前に広がるは荒野。

 荒々しい大地ではあるが、少し歩いていけば木々が再び生い茂っているようだ。

 燃えるような色の明かりが一面を照らし、立ち止まらせたイリス達に感嘆のため息をつかせていった。


「……本当に凄いですわね、大自然とは」


 瞬きをすることもなく見つめ続けるシルヴィアは、まるで人の存在がちっぽけに思えてしまいますわねと小さく呟き、イリス達も頷いていく。

 夕暮れ時ともなれば、これ以上進むのは得策ではない。

 休息の時間も不規則になりかねないので、この周辺で休むことを決めたようだ。


「ここはまだ坂だし、あっちに下りられそうな坂があるね。

 とりあえず荒野に下りて休息を取るにしても、そこからはどうしよっか?」


 ファルの言葉に視線を荒野の先へと向けていくイリス達。

 そう遠くないと思える場所に浅い林、更には浅い森へと続いているように思える。

 林も森も、どちらも一日で越えられそうなほどだと思われた。


 その先に広がる場所は魔法の効果でも分からないが、それだけ植物が生い茂っているということは、果物や野草もあるかもしれないとイリスは言う。

 思わずゴクリと喉を鳴らしてしまうファルは、とても幸せそうな顔で話した。


「あれだけ林があれば、果物もなってるんじゃないかなぁ。

 ミシュカとかならあるかもしれないねぇ。探してみよっか」

「そういえば、最近果物は食していませんわね」

「食べきれないほど()っていれば、乾燥させて持ち運ぶこともできると思いますよ」


 イリスの言葉にうっとりとした表情を見せる女性達。

 最近は肉や野菜しか取れていないので、どうにも甘いものを欲してしまう彼女達。

 だが、あれほど植物が群生しているのであれば、果物のなっている木の一本や二本あるはずだとも思える。

 どんなものがあるのだろうかと話を弾ませながら坂を下っていく。

 その日の野営では果物の話が楽しげに続いていた。


 今更言っても仕方がないことではあるのだが、そういった嗜好品も少しは入れておくべきだったかもしれませんねとイリスが言葉にすると、先輩達もそれを考えなかったわけではなかったと続けていった。


「まぁ、荷物重くなっちゃうし、入りきらなくなるとまずいからねぇ。乾燥した果物も入れちゃうとお野菜入らないし、イリス特製の燻製肉を優先しちゃったんだよねぇ」

「俺もだ。流石にあの肉を優先するべきだと思えた」

「イリスちゃんの燻製肉はとっても美味しいですからね」

「果物なら採取できるかもしれませんからね。俺も流石に入れて来ませんでした」


 残念ながら果物が生っていそうな場所はこれまでなく、深い森を進んでいた時くらいしか思い当たらないが、採取できるような状況でもなかった。


「思っていた以上に険しい場所が続きましたからね。まぁ、それはこの先も言えることかもしれませんが、できるならそういったものも鞄に詰めておきたいですね」

「賛成ですわ。それに果物はとても栄養価が高いと聞きます。

 嗜好品という意味だけでなく、健康のためにも食べるべきなのかもしれませんわね」

「甘くて美味しくて栄養価も高いから健康にもいい。万能だね、果物は。

 ……まぁ、お腹が膨れ難いのは難点だけどさ……」

「果物で腹を満たすのは流石にいいとは思えないが、手付かずの林や森なら多く実っているかもしれないな。明日、探してみるか」


 ヴァンの提案に強く賛成をしていくイリス達。

 暖かい焚き火を囲みながら続く談笑が、星空に響くように溶け込んでいく。

 今日も満天の星が眩く輝きを放っている。明日もいい天気となるのだろうか。


 雨が降るのも想定していたが、ありがたいことにここまで振られることはなかった。

 そんな話をしていると、折角とっても素敵なローブがあるのに残念ですわねとシルヴィアは子供のようなことを言い、イリス達を笑顔にしていく。


 広く見通しの良い荒野に、魔物の気配はない。

 そこに何も思わぬイリス達ではなかったが、それでも今は仲間達との時間を何よりも大切に感じながら、穏やかな夜を過ごしていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ