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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"出現する前に"

 雄大な大自然をその目にしているイリス達は、立ち竦むように景色を眺めていた。

 正面には現在いる場所と同等の標高を持つ岩山が聳え立つ。


 しかし、あちら側は斜面が鋭過(するどす)ぎて登るのは非常に困難だと思われた。ブーストを使って強引に登ることもできなくはないだろうが、崩落と転落する危険性が高い。

 ここは正面に進む選択は、取らない方がいいと考えていたイリスだった。


 この場所からは草木の姿が見えないが、川が流れていることから少しは生えているかもしれない。ポーションの補充はまだ必要ないが、それでも可能な限り見つけたら作っておいた方がいいだろう。もしくは、乾燥させてバッグに入れてもいいと思えた。

 尚も立ち続けながら景色を眺めていると、ヴァンが呟くようにぽつりと話した。


「……さて、どうするか」


 とはいえ、選べる経路には限りがある。

 北西に向かう道は選べないだろう。

 であれば選択はふたつとなる。

 眼前に聳える岩山を登るか、それとも川を下るように進むか。


「川が北西から東へと流れているので、これに沿って進んでいけば北東への道も見つかるかもしれませんね。山を越えるとなれば、色々と違った問題も出てくるでしょう。

 足場は非常に悪く高山病になってしまうかもしれませんし、危険な山道を進むよりは渓谷を進めるだけ進むのが私には最良に思えます」

「まぁ、それしかないだろうね」


 ファルの言葉に頷いてしまうシルヴィア達は、落石させないように細心の注意を払いながら、急斜面をゆっくりと降りていく。

 途中ネヴィアが脚を踏み外しそうになることはあったが、それ以外は特に問題なく進むことができたようだ。


 川辺まで来たイリス達は、透き通る水の流れを見ながら話し合っていく。

 思っていた以上に川幅は狭く、ブーストを使えば飛び越えられそうだと判断する。


「ここから向こう岸に渡って北東を目指しましょうか?」

「ふむ、そうだな。こういった場合は、渡れる場所で渡った方がいいかもしれない」

「下流になれば川幅も広くなるでしょうし、俺も二人に賛成ですね」

「これくらいなら飛び越えられそうだし、いいんじゃないかな」

「そうですわね。私も問題なさそうですわよ」

「私でも渡れそうですので、大丈夫だと思います」

「では、一旦向こう岸に向かっちゃいましょう」


 軽々と向こう岸へ飛び越えていく。

 装備や荷物を濡らすことなく渡ることができた。

 たとえ濡れたとしても、イリスやネヴィアの"乾燥(ドライ)"があれば問題ないのだが。

 尤もネヴィアの場合はそれほど効果が強くないので、水に浸かるほど濡れてしまうと流石に乾燥させることはできない。まだまだ途上の魔法なのでいずれは解決するだろうが、今現在では残念ながらそれほどの効果は期待できないとネヴィアは話した。


「それでもこの短期間に、それも旅をしながら習得できたのは凄いと思いますよ」

「そうだね。やっぱりネヴィアは、細かなマナの流れを扱うのが上手なんだろうね」


 イリスとロットに褒められたネヴィアは、頬をほんのりと赤く染めた。

 周囲を確認しながらバッグや装具を確認した後、川沿いを東へと進んでいく。


 この辺りにもどうやら魔物の気配はないようだ。

 安心していいのか、それとも不安になっていいのかも分からなくなってきた一同だが、安全に進めるのならそれはそれでいいだろうと結論を出したようだ。

 気になることは多々あるが、それを全て解決できるまで考えるのは時間がいくらあっても足りないだろう。

 ならば、あまり深くは考えずに進んだ方が精神的な疲労が少なくなるのではと、イリス達は結論付けた。


 気になるのはエグランダ北西にあるドルトから、更に北へと向かった場所に出現するという、危険種並の強さを持つという魔物のことだ。

 この辺りは随分と北へと進んでいるだろうし、もしかしたらもうそういった魔物が出るような場所へと入っているのかもしれない。

 あくまでも推察ではあるのだが、強い魔物や"凶種"並の存在が出る可能性を考慮して進む方がいいだろうなとヴァンは仲間達に話し、一同は強く頷いていく。


 何が起こるか予想など付かない場所であることは、あの大空洞を抜けた後から思っていたことではあるが、本当にとんでもない存在が出て来ないとも言い切れない。

 警戒を強めながら進んだ方がいいだろうと、イリス達は気を引き締めながら歩く。


 当然、それらが出現した際の対処法も決めてある。

 出ても問題ないとは、とてもではないが言うことなどできない。

 しかし、イリスであればという期待と安心感を非常に強く感じている仲間達だった。

 本音を言えばイリスの力になれないことに申し訳なく思えるが、"凶種"ともなればやはりまだとても相手にできないほどの差を感じてしまう。


 修練すればかなりの強さにまで辿り着けるとは思うが、それも一朝一夕で手に入るものではないし、何よりもあの存在は流石に規格外過ぎると言わざるを得ない。

 こんなことを思うのは情けないという感情が出てくるが、イリスにしか対処ができないと言えてしまうような凄まじい存在となるのは間違いないだろう。


 情けないし、悔しいし、申し訳なく思ってしまう。しかし同時に、十分に修練をすれば凶種と対等に渡り合えるのかと聞かれても、頷くことはできない。

 本当にイリス頼みになってしまう存在に、この上なく危うい世界だと思えてしまう。


 あんな存在が街の近くに出現すれば、被害はとても予測など付かないほどの大打撃となるどころか、街そのものが落とされることも考えられる。その対処がイリス以外にできないのであれば、そう遠くないうちに最悪の事態が起きてしまうだろう。


 何とかしなければならない。

 しかし、あれほどの強さと対等に渡り合えるのは、イリスの持つ"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"だけだが、この力は"想いの力"だけでは手にすることができない。

 そして本来の言の葉(ワード)を習得しても使用不可能となっている。

 真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースとして使用するには、レティシアに"開錠"されることに加え、彼女の知識を託してもらわなければならない。

 様々な条件を達成しなければ手に入らない強さとなるが、それだけの危険性を秘めている力ではあるし、悪用されたらたった一人に世界は滅ぼされかねない。

 つまりは現在の世界において凶種の脅威を退けることができるのは、イリス以外に存在しないということになってしまう。


 このことに一番危機感を覚えているのは、イリス当人である。

 もし自分に何かあれば、本気で世界が崩壊しかねない。


 それをレティシアは予測していたのだろうか。

 凶種の存在をメルンから聞いていたのだろうか。

 全てを知った上で言の葉(ワード)の制限を考え、実行したのだろうか。


 ここで考えても答えなどでない問答が、イリスの頭をぐるぐると駆け巡る。

 レティシアに直接聞かなければ答えなど知ることは叶わない。


 しかし、それでも思わずにはいられない。

 凶種を魔法が衰退した世界の住人に対処ができると思ったのだろうかと。


 恐らく凶種の存在を彼女は知らないのだろう。

 そうでもなければ、言の葉(ワード)の制限を実行しないはず。

 いくら眷属の存在が厄介とはいえ、その存在を知っていれば対策を立てることは間違いない。


 危険種の存在ならば理解できる。

 本来の言の葉(ワード)の力を発揮できなければ、犠牲者が出るのも想定の上だろう。

 たとえそうだとしても、制限をしなければならなかった。

 六十万人という途轍もない悲しみを生み出してしまうことになるのだから。

 今度は滅ぶかもしれないどころか、その可能性が非常に高いと言える存在を抑えることは急務だったと思えるし、現に八百年間もの長きに渡り平和を維持し続けてきたのだから、レティシアの考えと英雄達が成したことは間違いないことも揺るがないだろう。


 やはり、レティシアが想い描いていた未来である現在、彼女の想定外の出来事が起きていると考えるべきだとイリスは感じていた。


 ならば、先を急がねばならない。

 戻っている余裕など、もうないかもしれないのだから。

 ここ最近それを強く感じているイリスは、先へ先へと急ぐようになっていた。


 だが、目的地はまだ遠い。

 遙か彼方とも言えてしまうような地形をこれまで進んできた。

 そしてこれからもそういった場所は続くのかもしれない。

 しかし、できる限りは早く石碑へと向かわなければならないとも彼女は感じていた。


 確たるものを感じているわけではない。

 それでも、そう何となく思うといった曖昧なものではなかった。

 イリスの内側からそれを強く言葉にしているようにも思える。

 未だ曖昧とも言える情報の欠片を組み合わせ、彼女はそう結論付けていた。


 もう、本当に時間がないと。

 次の凶種が出現する前に、レティシアに逢わなければならないと。

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