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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"世界を見通せるような場所"

 休息を取りつつ慎重に、かつ素早く登っていくイリス達は、山頂まで残り二百メートラというところまで足を進めていた。


 徐々に勾配の険しさは増すものの、並ぶ岩の数自体は減っているように思える。

 しかし、やたらと大きな岩が増えてきたような印象を強く受けた。

 どうやってこんなものができたのかと疑問に思ってしまう仲間達だったが、雨風に晒されることで次第に風化して削り取られるように岩山から離れ、細かいものは下方へと落ちてしまったものではないかとイリスは予想した。

 その推察が正しいのかは分からないが、確かにそれならば巨大な岩だけが残る理由も何となく理解することができる気がした一同だった。

 そんなことを話していた仲間達は、現実的にこうして存在する巨大な岩を見つめながら、こんな物が落ちてくれば危険極まりないなと続けていく。


「流石にこれだけ大きな岩がこちらへと向かって来ていたら、本当に危なかったと思います。真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースならば問題ないかもしれませんが、場合によっては中級魔法盾ですら貫いていた危険性を感じてしまいますね」


 その推察に驚きを隠せないシルヴィアとネヴィア。

 ヴァンは巨大な岩が持つ重量から力を予測してその可能性があると考え、ロットは転がる岩の回転から加えられる力を想像し冷や汗を搔き、ファルはそれらに加え言の葉(ワード)の強さも考慮した上で、巨石が持つ力に血の気が引いていた。


 それらを二人に話していくイリスに、驚愕しながらシルヴィアは尋ね返す。

 想像も付かないほどの凄い力が、この巨大な岩にかかりながら落ちてくるのかと。

 そんな彼女へイリスは、神妙な面持ちで頷きながら答えていった。


「これだけの大きさともなれば、急勾配を回転しながら落下する速度と巨大な岩が持つ重量を考慮すると、数十万リログラル以上の力がかかるのではないでしょうか」


 それはもはや、危険種が最高速度で突進してきたものよりも遙かに危険だと断言できるほどの威力となることは予想される。

 しかしそれも正確なものではないため、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースであっても防御しない方が安全かもしれないほどの危険性を秘めていると彼女は話した。

 それだけの危険な物が上から降り注ぐように襲ってくれば、間違いなく命を刈り取られるほどの威力になることは疑う余地もなく、回避以外の選択肢は選べないと続けた。


 イリスの言葉にゾッとしてしまう二人だったが、彼女ならばそれも問題ないほどの防御ができるとシルヴィア達を安心させるように話していった。


「"願いの力"であれば、問題なく抑えられると思います。ここまで来てから言うのもなんですけど、もし落っこちてきた場合も想定していましたので大丈夫ですよ」


 その言葉に胸を撫で下ろす二人。

 そんなものがいきなり襲い掛かってきては、かなりの精神的な負担になりかねない。

 イリスであれば安全だと思う一方で、同時に二人は気になることが頭を過ぎる。


「……普通にこういった場所を進む場合は、どうすればいいのかしら……」

「山での調査依頼もギルドから出ているのですよね。とても危険に思えるのですが」

「……あぁ、えっと……まぁ、そう……だね……」


 目を逸らしながら言葉にしてしまうロットは口を噤む。

 どうやらなんと言葉にしていいのかと悩んでいるようだ。

 ヴァンも同じように考え込んでしまうが、ファルは一足先に答えを出してしまった。


「……まぁ、諦めるしかないんじゃないかな」


 彼女の言葉にすべてを察した二人は青ざめ、言葉を失ってしまった。

 それだけの危険性を持つギルドから出された山での調査依頼は、文字通りの命をかけることになってしまうとても危険な依頼となる。

 それは魔物の脅威という意味だけでなく様々な点から安全とは程遠いものであり、しっかりとそれらを理解した者でなければ山に入ることすら許されないのだろう。

 一体どんな人が依頼を出すのだろうかと考えていた頃、ようやく山頂と思われる場所まで辿り着いたようだ。



 強めな風が身体を吹き抜けていくこの場所は、秋としてはいささか寒々しかった。

 流石に獣人の二人には平気なようだが、暖かなローブが冷たい風から護っている。

 大地を踏み締めるように立つイリス達は、ここまで登ってきた場所へと振り返るも、並の高さとは思えない光景を見つめながら話していく。


「……凄いねぇ。あたし、こんなに高いところは初めてだよ」

「俺もこれほどの高さまでは登らなかった。中々に壮観だな」

「俺が依頼を受けたのも、ここよりはずっと低かったですね」

「それにしても、よくこんな場所を登ってきたと感心してしまいますわ」

「凄い急斜面ですもんね。ブーストがなければとても登れませんでした」

「とても美しい景色ですね。ドライレイクが一望できるだけではなく、大空洞まで見えていますよ」


 これだけの高さともなれば、非常に遠くまで見通せた。

 大空洞出口の左右には同じような岩が繋がっているらしく、深い森や"暗闇の森"と思われる場所が分断されるように岩壁で囲われているようだ。

 まるで世界を見通せるような場所に立ちながら、周囲一面を見ていく。非常に興味深い地形となっているが、それよりも先に感じたことをファルは言葉にしていった。


「あー。あれじゃどこでも岩壁を登ってたのかぁ。エステルは連れて来れなかったね」

「ですわね。あの子には可哀想ですが、険し過ぎます。戻ったらいっぱいなでなでしてあげなくてはいけませんわね」

「ふふっ。そうですね、姉様」


 楽しく微笑む姉妹達。

 そんな中、イリスは前へと向けて指をさし、この先の話をしていった。


「ここから先は凡そ二百メートラほど台地のような岩場が続いているようですね。

 とはいえ、安全に進めそうな場所にも見えます。念の為、崩落の可能性も考慮して進んで行きましょうか」

「そうだな。見た目では正直足場がしっかりしているかも分からない。警戒をしながら進むのがいいだろうな」

「お二人とも大丈夫ですか? 少し休憩していきましょうか」


 心配するイリスへ笑顔で答える二人だった。


「あら、大丈夫ですわよ。これでも随分とマナの総量が上がってますから」

「ツィード以降の修練がしっかりと実を結んでいる、ということなのでしょうか」

「いい傾向だと思うよ。あれだけの時間をブースト使いっぱなしで岩山を登りきれたのは、マナが相当多くなってる証拠じゃないかな。

 やっぱりイリスの教えてくれた、レティシア様式修練法が凄いんだね、きっと」

「あの方法は非常に効率がいいと思います。身体に無理することなく修練できるので、負荷もかからず安全な方法ですからね」


 どこぞの国のように、強引な方法でマナを上げることもなく、非常に安全かつ安定してマナを上げることが可能となる訓練法だった。

 これを肌で感じ取り、自らその方法に辿り着いたイリスは本当に凄いという話になっていくが、実際には彼女だけではなく、身近にそれを成している者達がいると話した。


「エリーザベト様やフェリエさんも、同じように自ら学んで力を手にしていると思いますよ。特にエリーザベト様は何でもできるような印象を強く受けますので、どことなく母に似ていると思ってました」

「そういえばイリスのお母さんは、何でもできる凄い人なんだよね?」

「はい。家事全般だけでなく、あらゆる面で何でもできちゃう凄い人でした。なんでも運動もかなりできるのだとか。話に聞いただけなので、私は知らないんですけどね」

「イリスの母君はどちらも凄いな……。習得速度が人よりも遙かに速いのだろうか」


 恐らくはそうなんでしょうねと答えるロットだった。



 この世界には、天才など存在しないと彼らは思っている。

 それはイリスにも言えることだった。


 彼女は天才などではない。

 努力し、ここまで必死に上り詰めていっているのだから。



 "天才とは、努力し続ける凡才のことである"


 そう言葉にしたのはどこの学者だっただろうか。

 名は思い出せないが、確かにそうだと言える言葉だと彼らは感じていた。


 この世界に天才などいない。いるはずがない。

 いるのは人よりも学ぶ速度が早い者だけだろう。

 言うならば、洞察力と理解力が人並外れている、ということではないだろうか。


 それを人は天才と呼ぶのかもしれない。

 しかしそこには、そう呼んでしまう者達よりも遙かに努力をしている者がいることは確実だ。


 誰よりも努力し、誰よりも強さを欲していた彼女を見つめるシルヴィア達。

 この場に努力をせずとも強さを手にした者などいない。だが、それでも彼女の強さには届かぬほどの意思と覚悟を彼女が持っていたと、ここにいる誰もがそれを知る。

 それを目の当たりにしていないファルでさえも、揺るがぬ覚悟がなければ手にできない領域にまでイリスが到達していることを知っていた。


 彼女もまた、並々ならぬ努力を積んできた者なのだから。



   *  *   



 崩落することもなく無事に山を越えられそうなイリス達は、その先となる場所を見つめながら目を丸くして立ち止まっていた。


「これはまた、凄いな……」


 ヴァンが思わずそう言葉にしてしまったのも仕方がないだろう。

 頭には地形が伝わっていたが、やはりその目にするのとは大きな違いがあるようだ。


 険しい岩山を越えた先は深い渓谷となっているようで、荒々しい岩肌に囲まれながらも清流が静かに流れていた。

 雄大な大地に立ち竦むように、イリス達は眼前に広がる大自然を見つめながら、これからのことを仲間達と話し合っていった。

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