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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"贈り物"

「――さん。イリスさん」


 ゆっくりと瞳を開けていくと、そこには仲間達が笑顔でこちらを見つめていた。

 どうやらあれから随分と深く眠ってしまっていたらしく、エステルもまだイリスの傍を離れずに座ったままでいてくれたようだ。

 だから心地よく眠れていたのかもしれない。そんなことを考えながらぼんやりとした意識をはっきりと持ち直すと、仲間達へ挨拶をしていくイリスだった。


「おはようございます、皆さん」

「おはようございます、イリスさん」

「ぐっすり眠っていたので起こすのも躊躇われたのですが、フェリエ様が朝食をご用意して下さったので、イリスちゃんを呼びに来たのですよ」

「そうだったんですね、すみません、何も言わずに出て来てしまって」

「気にしなくていいよー。というか、イリスのベッドに書き置きがあったから、どこに行ったのかはすぐに分かったんだけどね」


 起き上がるイリスに続き、エステルも立ち上がっていく。

 ずっと横になったまま、イリスが起きるのを待ってくれていた妹を優しく撫でたイリスは、お食事をしてくるねと彼女に伝えながら優しく撫でると頬を摺り寄せてくれた。

 まるでそれは答えてくれたようにも思え、微笑んでしまう一同だった。


 道場へと向かう途中、エステルと過ごしていたことについて話すイリス。

 個人的には自分も一緒に過ごしたかったと思うシルヴィアだったが、やはり身体が痛んでしまうので難しいですわねと、とても寂しそうな表情で答えた。

 ネヴィアもそれは同じ気持ちだったようでとても残念そうにしていたが、すぐにまた逢えるよとファルは話していく。


「二十日間なんて、あっという間だよ。すぐ着いて、すぐ戻る感じになるよ、きっと」

「ふふっ。そうですわね。これまであの子と長く離れることがありませんでしたし、少々神経質になっているのかもしれませんわね」


 楽しげに話をしながら道場へと向かい、朝の挨拶をして朝食を頂いていくイリス達。

 今日の予定をいつものように話し合う中、やはり大きな問題となる話へと移る。

 距離的には二十日で行けると予測をしているが、それはあくまでも最短距離としての推察であり、状況に合わせて休息地点を選びながら進まなければならない。

 予想通りにいかないことを想定した上で進んだ方がいいと、ヴァンは話した。


 基本的には全行程の半分まで消耗品が持たなければ戻ることを考えなければならなくなるが、倒した魔物から肉を、いざとなれば材料を探して調理鍋で薬を製作することで、何とかしようと考えているとイリスは話す。

 水に関しては、シルヴィアとネヴィアがいてくれるので問題はないだろう。


 そして魔物についても話していく。

 その先に一体どんな存在がいるかも分からない。

 急襲される事も想定しつつ、常に周囲を警戒した方がいいだろうねとロットも続く。

 これまで何度もそういった目に遭っているので、後輩達であっても問題ないだろうと考えてはいるが、そこに異例の事態も考慮するべきだとイリスは話す。


「魔法が効かない存在がいることも考えて行動した方がいいと思います。正直に言えば、あれだけ強力なものを無効化する魔物がいるとは思いたくないですが……」


 言葉に詰まるイリス達の元へ、フェリエは真剣な面持ちで話していった。


「常に平常心を保ち、如何なる時も冷静に行動するのは、どんなことにも言えます。

 それは覇闘術に限ったことではありません。私達猫人種は常に自然体でいられる種族だと言われていますが、その実、行動として取ることができる者は限られます。

 日々それを心掛けるようにしているといいかもしれませんね」


 "自然体で"と言葉にするのは非常に簡単なことではあるが、実際にそれを行動として起こし続けることは難しいとフェリエは話す。それは心の強さが必要不可欠になるそうで、それを手にするには精神的な修行を積まなければ身に付き難いものだという。

 今から修練しても一朝一夕に体得できるようなものでもないので、そういった気構えだけは忘れない方がいいですよと彼女は続けて話した。

 そういった意味では、"旅を楽しみましょう"とチームの方針を決めている彼女達にとっては、体得しやすいかもしれないねとファルも続けていった。


 娘のその言葉に、とても安心したような表情になるフェリエとヴィクトル。そういったこともファルが行動を共にする理由のひとつなのだろう。そう思えたふたりだった。



 食後の休憩にお茶をいただきながら、その間に紙とペンを借りて熟成肉のレシピと注意点、保存魔法の使い方とその修練法をイリスは書き記していく。

 どちらも料理と魔法技術のあるフェリエであれば、問題なく理解できるだろう。

 攻撃魔法とは違い、補助魔法である"保存(プリザーブ)"であれば世界に大きな影響を与えないとイリスは考えている。

 ただし、レティシア達の成したことのひとつである、言の葉(ワード)の制限を解除させることになると思われるので、必要以上の者に教えないことを学ぶ者へ伝えた方がいいとイリスは話した。


 その詳しい話も既に聞いている夫妻は、しっかりと頷いていく。

 彼女達であれば間違ったことにはならないだろうが、それを伝えた者の中に誤って口が滑ってしまうとも限らない。

 そこは徹底するべきだろうねとヴィクトルは言葉にし、妻もそれに賛同する。


「猫人種なら大丈夫だよ。あたし達はアルト様やご先祖様に顔向けができないようなことはできないから。それでも心配なら、いっそ母さんみたいな"最高師範のみに扱える秘術"とかにでもすればいいんじゃないかな」


 笑顔で話す娘の言葉に納得した両親は、それについてもじっくり考えることにした。

 続けてイリスは書き上げたレシピをフェリエに手渡し、話していく。


「始めは数日の熟成を試してみて下さい。それだけでも味が変わりますので美味しく食べて頂けると思います。慣れてきたらひと月を目指してみるといいかもしれません。

 長期熟成をすればするほどお肉の管理が難しくなるでしょうが、手間暇をかけた分だけ美味しいお肉になりますよ。当然、お肉の種類だけでなく、使う部位によっても変わりますので、色々と試してみると楽しいと思います」


 一体どれほど味に深みが増すのか、まるで見当も付かない一同にイリスは話していくが、食べてみたいという強い衝動に駆られているのが目に見えて分かるファルに、馬車を使わなければ冒険中に熟成は難しいですよと彼女は申し訳なさそうに答えていった。

 それについても聞いていたので分かってはいたことではあるのだが、それでも食べたいと思ってしまうのも仕方のないくらいに美味しかったと彼女は言葉を返していく。


 その言葉に、思わず同時に頷いてしまうイリス以外の者達。

 誰からともなく笑みがこぼれ、楽しく笑いが込み上げていった。



 レシピと魔法技術の提供に、心からの感謝をするフィッセル夫妻。

 やるべきことは多々あるが、安定して作ることができればセルナの者は歓喜の声を上げることは間違いないだろう。それほどの美味しさを秘めた肉であったと確信する。


 そしてそれだけでは留まらず、特産品としてエグランダで売りに出せば、いずれはこの街にまで行商人が買い付けに来てもらえるかもしれない。

 そうなればこの街は潤い、子供達に様々なものを用意してあげることができる。

 まるで夢のような話にも繋がるこのレシピは、猫人種の宝にするべきだと思えてしまうほどに素晴らしいものだ。


 そんなことを考えてしまう夫妻は、イリスの贈り物へ優しい眼差しを向けていた。

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