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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"妹を包み込む、優しい光"

 月明かりに導かれるように、誰もいない街を歩く一人の女性。

 まるで街全体が眠りに就いたかのような静寂の中、果てのない夜空を見上げながらある場所に向かっていたその女性は、唯一光の差し込んでいた建物へと足を進める。


 大きな扉を小さく静かに開けていくと、中ではエステルが落ち着かない様子で鳴いているのを、ベレンはなだめるように撫で続けていた。

 暴れることはなかったようだが、何かに向かっていななき続けているようにも見える彼女の姿に、少々困った様子を見せているベレンへ話しかけた。


「こんばんわ、ベレンさん」

「おや、お嬢さん。ごめんよ、折角大切な子を預かってるのに、こんなことになって」

「いえ。こんなに落ち着きのないエステルは初めてです」

「でもお嬢さんを見たら大人しくなったね。

 ……そうかい。あんた、やっぱり気が付いてるんだね。本当に賢い子だね」


 優しい眼差しで、丁寧にエステルの頬を撫でていくベレン。


「随分と時間を空けてしまうことになりますから、凄く寂しかったんだと思います。

 もしかしたら、このままずっとここに置いていかれるんじゃないかって心配なのかもしれませんね」


 そんなこと絶対にしないのに。

 イリスはどこか悲しげな顔で小さく言葉にした。


「それでお嬢さんは、こんな時間に心配になってここに来たのかい?」

「はい。私もエステルとしばらく一緒にいられないのは寂しいので、今晩は二人で過ごそうと思いまして」


 そうかいと笑顔で答えるベレン。

 本当にあんたは大切にされてるんだね。そう思いながらエステルを撫でていく。

 これほどまでに大事にされる子は、正直なところ初めて逢うかもしれない。

 道具のように扱ってしまう者達がいる中、この目の前にいる女性は大切な仲間として接している。それはもう自分の家族と同じなのだと感じ取れるほどに、この子が愛おしいのだろう。それがはっきりと伝わってきた。


 その気持ちを、まるで自分のことのように嬉しく思うベレン。馬の世話が好きな彼女からすれば、厩舎にいる子は全て自分の子供のように可愛く思える子達だ。

 だからこそ乗っている者達の気持ちが、手に取るように彼女には理解できる。

 その者がどう思っているのか、どう扱っているのかが理解できてしまう。


 大切にされ続けて来たエステルを優しい笑顔で撫でていると、イリスからひとつの提案をされた。一晩厩舎で彼女と過ごさせて欲しいと。

 そんなイリスにベレンは答えた。


「ならいっそ、こんな狭い場所じゃなくて、放牧地で過ごすかい?」

「いいんですか?」

「勿論さね。お嬢さんが来てからこの子もすっかり大人しくなったし、今日はとてもいい天気だからね。それにこれで安心して眠れるよ」


 ありがとうございますと満面の笑みでお礼をベレンに伝えると、彼女はイリスの手に持っていた毛布を見ながら尋ねた。


「毛布一枚だけかい? 他に何か必要なものがあれば持ってくるよ」

「いえ大丈夫です、ありがとうございます。旅でもこうして二人で寝ていましたから」

「へぇ、珍しい子だね、エステルは。それも関係してるんだろうね、きっと。

 長期も離れることを感じ取って、普段寝ているお嬢さんを探していたんだね。

 ……ごめんね、気付いてあげられなくて」


 優しく彼女を撫でていくベレンを、どこか満足そうに見つめるエステル。


 そんなベレンにイリスは心から感謝をしていた。

 これまでエステルを良くしてくれなかった厩舎の方はいない。

 だが、これほど親身になって大切にしてくれる方は流石にいなかった。

 "まるで家族のように"ではなく、"本当の家族として"面倒を見てくれている彼女に感謝の念に堪えないイリスだった。



 厩舎から手綱を付けることなく彼女の前を歩くイリス。

 その後ろをゆっくりとした歩幅で付いて行くエステル。

 シルヴィア達にはとても馴染みのある光景ではあるが、ベレンにとってはかなり不思議な光景に見えていた。


 あぁ、そうか。あの子にとってお嬢さんは本当に特別な存在なんだねとベレンは思い、放牧地へと入っていく二人を優しい眼差しで見送ったあと、安心した気持ちで自宅へと戻っていった。




 優しい月明かりが照らし出す放牧地。

 それはまるで草原のようで、どこか懐かしさをイリスに感じさせた。


 心地良い秋を感じさせる涼しげな風をその身に受けながらイリスは立ち止まり、妹へと笑顔で振り返って言葉にした。


「この辺りで寝ましょうか」


 返事をされることはないが、エステルに了承してもらえた気がしたイリスは広い草原のような敷地内に毛布を敷き、その場に座っていく。

 エステルも彼女に続き、イリスを囲うように座っていった。


 夜空を見上げながらイリスは静かに言葉にする。

 世界はこんなにも美しいんだねと。

 星が瞬く空を見つめ、小さな声で妹に話していった。


 風が吹き、草をさわりと揺らしていく。

 本当にあの日の草原のようだ。


 あの時とは違って怖さを感じることはなくなっていたが、いずれこの世界に生きる人達にもそれを知ってもらえるような世界になればいいとイリスは考えていた。


 この世界は美しい。

 でも、そう思わせない脅威が存在する。


 しかしそう思ってしまうことは、とても悲しいことだ。

 人のためではないかもしれないが、もし本当に動物が身代わりとして存在しているのなら、魔物となってしまった子達へ意識を強く向けることはとても悲しいことだ。

 そうさせてしまっているのが、仮に人の歪んだ想いの影響を受けているのならば、それを知った者達はどうしようもないと言葉にするしかないのではないだろうか。


 それでもこの力が、本当に願いを具現化してしまう強大なものなのだとしたら……。



 難しい表情を彼女はしていたらしい。

 エステルは優しくイリスの頬に触れていった。

 どうやら妹に心配をかけてしまったようだ。

 頬を寄せながらエステルを撫でていくイリスは、静かに話していった。


「……あのね、エステル。明日からのことを、お話しようと思うの」



 誰もいない草原に二人だけ。

 それは大切なひとと過ごしたひと時のような、とても優しい時間に感じられた。

 静かな時間をエステルと過ごしながら沢山の話をしていくイリスは、エステルが眠ってしまったあとも、彼女の頭を優しく撫でながら話し続けた。

 大切な妹に優しく触れながら、イリスはこれからのことを話し続けた。




 空が次第に明るくなってきた頃、イリスは静かに唄っていた。

 それはまるで子守唄のようで、エステルはこれまでにないほど熟睡できているとイリスには感じられた。

 とても不思議な感覚ではあるが、彼女にはそう思えていたようだ。



 唄い終えた後、イリスはエステルに力を使っていく。

 暖かな純白の光が彼女を包み、エステルに溶け込むように光は消えていった。

 静かに眠る妹を優しく見つめるイリスは、安心した様子で横になり瞳を閉じた。


 あれだけの力を込めたのだから、安心して石碑へと向かえる。

 イリスは祈りを捧げるように、再び心の中でエステルに込めたものを言葉にしながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


 これから先もどうか、エステルを護り続ける光となりますように、と。

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