風の"盾"
レナードが現実へ戻ってくる前に、また後ろから声をかけられた。今日は良く声をかけられる日だなぁと思いつつ、声のする方へ振り替えるイリス。
「やぁ、イリスちゃん。こんにちは」
「ロットさん、こんにちは。今日は鎧を着てるんですね?」
イリスが振り返るとロットは冒険者の格好をしていた。
普段の格好も素敵だけど、まるで光り輝く白銀の鎧を身に着けているロットさんはとてもカッコイイ。背中には鮮やかな青いマントをつけていて、持ち前の容姿と合わせると、やはり物語に出てくる騎士さまに見えてしまう。
この格好もカッコイイなぁとイリスが思っていると、レナードの意識がこちらの世界に戻ってきたようで、ロットへ話しかけた。
「おう。ロットか」
「こんにちはレナードさん、オーランド。って、あれ? オーランドはどうしたんですか?」
「……何というか、猪にも思うところがあったんじゃねぇかな?」
ロットから目を逸らしつつ答えたレナードだった。オーランドは未だに遠出をしているようだった。現状、どういった事になればこうなるのか興味はあるが、何よりもここにイリスがいるという事の方が、遥かに興味を強く掻き立てられたらしいロットは、イリスに話しかけた。
「それでイリスちゃん、こんな所で合うなんてびっくりだよ。今日はまたどうしたの?」
「実はレナードさんに盾がどういうものかを見せていただいていたんです」
「盾って、興味あるの? イリスちゃんは」
実は魔法の勉強の一環なんですと話し始めるイリス。防御魔法の練習で盾を作り出そうとしたのだが、強度が足りないために魔法を維持できない事を告げつつ、盾についてここで何かが掴めるかもと思ったんですと答えるイリス。ロットはその理由に納得したように頷き答えていく。
「なるほど、防御魔法か。あれも俺には無理だったなぁ」
「何度か魔法を試してみたんですけど、へなちょこ魔法しか使えないみたいなんです。それで悩んでる時にレナードさんに会いまして、じゃあギルドの訓練所に行って盾を見てみるかとお誘いされたので、お言葉に甘えてお願いしたんですよ」
ふむふむと聞いていたロットは何となく自分の持っている盾を背中から取り外し、イリスに差し出してこう言った。
「これ、持ってみる? ミスリル製だから軽いし、これならイリスちゃんでも持てるんじゃないかな」
「いいんですか?」
もちろんいいよ。でも盾の下が尖ってるから足に落とさないように気をつけてね、と言ってくれた。早速甘えて持たせてもらうことにしたイリスは、両手で受け取った。
ミスリルとは物凄く軽くて丈夫というのが特性ではあるのだが、それでもイリスには相当重かったようだ。ロットが盾から手を離した瞬間、ずんっと重さが下に突き抜けていくような感覚を感じながらも、イリスは何とか盾を落とさずに持ち堪えたようだ。
「ぐ、ぐぬぬ……」
「だ、大丈夫か、嬢ちゃん……」
「だ、だい、じょう、ぶ、ですっ」
「……全然大丈夫そうに見えないぞ、嬢ちゃん」
半目になるレナードと、苦笑いをするロットであった。イリスは今、ものすごくぷるぷるとしていた。イリスは今ままでの人生の中で、恐らく一番重いものを持っているのではないだろうかと感じていた。
しばらくすると足元がちょっとだけふらっとなったのを見たロットが、それを危なく思い慌ててひょいっと片手で持ってくれた。肩から息をしているイリスに優しくロットが安否を確認した。
「だ、大丈夫? イリスちゃん」
「はぁ、はぁ」
息も絶え絶えのイリスは会話どころではないらしい。必死な目をしていた。
「嬢ちゃん……。力なさ過ぎだろ……」
「これでも盾の中では相当軽い方なんだけど、イリスちゃんにはちょっと重かったみたいだね」
年齢相応とは言えないが、どこかほっと出来たように呆れたレナードと、苦笑いしながらちょっと無理させちゃったかなと、若干後悔するロットであった。さすがのロットも、まさかここまでイリスの腕力が無いとは思っていなかったようだ。
イリスが少々息を整える頃合を見計らって、ロットが魔法について話し出した。それにレナードも相槌を打つように続けていく。
「盾の魔法か。俺は使えないからわからないけど、どうすればいいんだろうね」
「俺も使えねぇしなぁ。こんな時にハリスがって、あいつも使えねぇか」
しばらく考えていた2人だったが、回復し終えて落ち着いたイリスが思いついたように話し出した。ちなみにオーランドはまだ旅の途中である。
「そうだ、もしよかったらロットさんの盾をお借りしても良いでしょうか?」
「それはいいけど、また持つの?」
「危ねぇぞ?」
「いえいえ、ここの板に立てかけていただければ」
そう話すイリスに疑問を持つも、こうかい? と素直に盾を立てかけてくれたロット。それをイリスはありがとうございますとお礼を言った後、盾の前でしゃがみながらじっと眺めるように見つめ、時たま盾を優しく撫でるようにさわったり、またしばらくすると盾をこんこんとノックするように軽く叩いた。
それを見ている二人にはイリスが何をしているのか全くわからずにきょとんとしてしまうが、イリスのことだから何かきっと意味があるんだろうと思って黙って見ていた。
しばらくそれを続けていたイリスは、すくっと立ち上がり顎に手を置きながら盾を見下ろすようにして考え込んでいた。ほんの少しの間を開けて、イリスは大きく3歩ほど二人から離れ、瞳を閉じながら魔力を込めだしていく。
徐々に風に変わる魔力を見つめる二人、イリスの魔力の色を初めて見たレナードは、その美しさに魅入られながらも目を丸くしていた。そしてイリスは魔法を紡ぎ出していく。
使う言の葉は〔盾〕、属性は風。今度はロットさんの盾を作り出すように。ロットさんのように強く、美しい盾を――
瞳を開けた少女は魔法を詠唱する。
「風よ、盾となれ!」
急速に一箇所へ集まりだす魔力。そこへ現れたものは、今まで作り上げていたものとは全く違う盾で、それはまるでロットの盾の色違いのような、精巧で立派な盾となった。
「おぉー! いい感じじゃねぇか! やったな嬢ちゃん!」
「すごい。綺麗な色の盾だ。俺のと色違いみたいだ」
作り出した盾を見たレナードは興奮気味に少女を褒め、ロットはまじまじとその盾を見つめながら冷静に分析していた。
ふぅっと軽く息をしたイリスは、レナードたちに完成度を聞いてみることにした。
「どうでしょう、ちゃんと魔法の盾っぽいです?」
「うん。すごくいい感じじゃないかな。立派な魔法の盾だと思うよ」
「だな。かなりいい出来だと思うぞ。一体どのくらい練習すればこれだけの魔法が使えるんだ?」
「昨日の夜からですよ」
「「え?」」
二人の心が重なった瞬間である。いやいやいや、きっと聞き間違いだろう。そうに決まってる。さすがに信じられないレナードはイリスにつっこんでしまっていた。
「いやいやいや。魔法ってそんな簡単じゃねぇから!」
「俺もそう思いますけど、イリスちゃんですからね。属性変換の取得もすごく早かったし、ありえる話じゃないかなと思いますよ」
その言葉に若干怖くなるも、レナードは興味本位で聞いてみたくなった。これぞ好奇心にゃんこを転がす、である。
「ぞ、属性変換ってあのやたら難しいやつだろ?俺は1週間やってみたが全く出来なかったぞ? 嬢ちゃんはもっと早かったのか?」
「いえ、早かったというか、なんというか」
なんだ歯切れ悪いな。やっぱり嬢ちゃんでも相当時間かかったのかとレナードは思っていた。恐らくそれが普通の考えなのだろうが、ことイリスに限っては、若干それには当てはまらないようで。
「……ワールです」
あまりにも言い辛そうにしているロットから発せられた言葉を、しっかりと聞こえていたはずのレナードは、自分の耳を疑うように聞きなおしてしまう。
「な、なん、だって……?」
「ですから、2アワールです」
いやいやいやそんな馬鹿な、ロットもまた面白い冗談を言うんだなと思いつつ、笑顔でイリスに確認を取るように見てみると、そこには少女が、えへへっと頬を少々赤らめて笑ってた。
瞬間、レナードの世界が歪み、両手両膝をついて真っ白になってしまった。
しばらくの時間を挿み、レナードから出た言葉はこれである。
「……まじか」
「まじです。ちなみにミレイも知ってます」
「……そうか。あいつも、こんな気持ち、だったんだな……」
その声は、とてもとても優しい声でした。