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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"まるで別人のようで"

 街の中央へと歩いていくイリス達。

 石造りの家が間隔をあけて建っているようで、随分と広い印象を受ける。

 この街は八十五名ほどの猫人種が暮らしていて、その殆どが家族として接している。

 住民が少ない代わりに、顔見知りどころか性格や好みまでよく知る者達で暮らしているこの街は、誰もが家族で誰もが友人なのだとファルの父は語った。


「名乗り遅れて申し訳ありません。私はヴィクトル・フィッセルです。

 ファルの父としては聞いていると思いますが、覇闘術の主席師範を勤めています」

「はじめまして。私はファルさんやこちらにいる仲間達と旅をしているイリスと申します。ファルさんにはとてもよくしていただいています」

「そうですか。ご迷惑をおかけてしていなければ良いのですが……」

「ファルさんは私達の頼もしい仲間で、いつも楽しく旅をご一緒して貰っていますよ」


 満面の笑みで答えるイリスの表情にヴィクトルは安心したのか、目元が更に優しくなりながら嬉しそうに『そうですか』と答えていった。



 主席師範とは、覇闘術という流派において最高の存在の下にあたる。

 これは単純な強さとしても言えることではあるのだが、経験や精神力も高めなければなることは出来ない。

 パストラとメラニアはその下に位置するらしく、立場的にはパストラが上になるのだが、強さという点ではパストラが群を抜いて技術力が高い。経験のなさからファルはその下となるのだが、それでもメラニアとは相当離れているほどの力の差があった。


「尤も、それはファルが旅に出てしまう前の話になりますし、あれから二年は経っていますから、私も妻も娘の成長を楽しみにしているのですよ」


 とても優しい口調で話すヴィクトルに、シルヴィア達はファルが恐れているのは母だけであることを理解した。思えば先程帰省の挨拶をした時も父に対しては恐れるそぶりはなく、普通に会話をしているように思えた。

 であれば、彼女の母であるフェリエがとても怖い方なのかと考えてしまうシルヴィアだったが、これまでの旅で聞いてきた彼女の印象からはとても想像ができない。

 本当にファルが恐れおののいてしまうような存在なのだろうかと考えてしまうのも、仕方のないことだった。

 疑問符の抜けないシルヴィアは、最後尾にとぼとぼと付いてくるファルに視線を向けるも、彼女はうなだれながらしょぼくれた様子で歩いているようだ。


 街を歩いていると、イリスは畑がとても多いことに気が付く。

 やはり野菜や穀物は必須となる以上、かなりの力を入れて育てているのだと感じた。


 この街は基本的に外部の街との交流がない。ひと月に一度、来るか来ないかという程度で商人が訪れるが、それ以外は非常に静かな街となっているそうだ。

 それはあのニノンに通ずるように思えたが、ここはあの街と違い他の街に行くための経路に存在していないので、ほとんど外からのお客様は来ないのだろう。

 恐らくは、帰省する猫人種くらいしか訪れることのない街になっていると思われた。

 どこか物悲しく思えてしまうが、どうやらヴァンの集落も同じと言えるようなものらしく、妙な懐かしさを感じると彼は頬を緩めながら言葉にした。



 街の中央とはいえ、噴水など置かれているわけでも、広場となっているわけでもないようで、かなりの距離を空けている長閑な家々と畑が続くとても静かな街だった。

 そういった景色が好きなイリス達にとって、ファルの故郷はとても過ごしやすく思えているようだ。都会の喧騒も嫌いではないが、やはりこういった静かな街の方が性に合っているらしく、ほんわかとした表情で穏やかな街を眺めながら歩いていた。


 徐々に見えてくる大きな建物を視界に捉えたイリス達。

 どうやらとても立派な造りをしているようだ。

 一般的な家の五倍はあろうかという大きさに、思わず感嘆のため息をついてしまう一同だったが、この建物はファル達の自宅ではないそうだ。


「ここは、私達猫人種が修練を積む為に必要となる道場となっています。扉の先、正確には玄関の先は、靴や足具の類を付けての入室はご遠慮させていただいています」


 この先は所謂神聖な場所となるらしい。

 武を嗜む者であれば、その気持ちは分からなくはない。

 修練場に遊びに来る者がいないように、ここから先にある道場にも真剣な者しか踏み入れないような造りとなっているのだろう。

 ヴィクトルの言葉に納得したイリス達は装具を外し、履いていたものを揃えて道場へと向かう廊下を歩いていく。


 真っ直ぐ続いている廊下を静かに歩きながら、まるで気持ちが引き締められるような思いを感じるイリスだったが、とても楽しそうな言葉がシルヴィアから飛び出していった。


「なんだか裸足で歩くのは、どきどきしてしまいますわねっ」

「ふふっ。普段はそんなことしたら怒られてしまいますものね、姉様」

「そうなんですか?」


 前の世界ではよく裸足で草原を歩いていたイリスにとって、やはりお姫様ともなるとそういったこともできなくなってしまうのだろうかと感じていた。

 そんなことを考えているイリスに、お城でのことを二人は話していく。


「ええ。子供の頃よく母様に注意されたものですわ。

 でも絨毯を裸足で歩くのは、とても気持ちがいいのですよね。

 皆が寝静まった頃、静かに部屋を歩いていましたわ」

「アンダーウェアだと滑りやすくなってしまうのですね……」

「これは中々に貴重な体験ですわね。滑りながら遊べるかしら?」

「ね、姉様、流石にそれは……」

「ふふっ。大丈夫ですわよネヴィア。人様のおうちでそんなことはしませんわ」


 それは自宅ならするつもりなのだろうかと考えてしまうヴィクトルとファル以外の一同だったが、あえてそれを笑顔で言葉にしたシルヴィアに聞き返すことはなかった。

 もしそうしても、恐らくは即答で肯定してしまうと感じていたイリスだった。

 楽しそうに話すイリス達へ、この道場について話していく父。

 未だにしょんぼりとした様子でとぼとぼと付いてくる娘に気を遣うことなく、父はとても立派で長い廊下を歩きながら説明していった。


 このまま直進すれば道場へと出るらしく、途中にある部屋には様々な目的に使うための部屋や、食堂といったものが造られているらしい。

 非常に長く続くように造られているこの廊下は、道場に入るまでに精神を統一させ、心を落ち着かせる為に用意されているとヴィクトルは話した。


 どうやらここは覇闘術継承者が住まう場所も隣接して設けられているそうで、同時にこの広い道場の管理も彼らの仕事となっているらしい。とはいえ、覇闘術を教えることはお金になるものではないので、住民達のお手伝いもよくしているのだそうだ。

 そうしてお手伝いをした御礼を受け取って生計を立てているそうなのだが、基本的にこの集落に住まう住民はお金でのやり取りをしないそうで、昨日は美味しい大根と白菜を貰ったよと、とても嬉しそうに彼は話していた。

 当然、他の街で必要になるお金の使い方もこの道場で教えているらしく、覇闘術だけでなく多くの一般的な常識や教養を含む、幅広い知識を身に付ける場所となっているようだ。


 しばらく進むと大きな横開きの扉が目の前に現れた。

 それは二枚設けられているようで、その右側を開けていくヴィクトルはイリス達を招くように手のひらで道場内を示しながら言葉にしていった。


「どうぞ、お入り下さい」


 ヴィクトルの対応に恐縮しながらも、道場へと入っていくイリス達。

 とても広々とした造りでありながら、隅々まで手入れが行き渡っていた。


 道場内は風通しがよくなる造りとなっているようで、先程用意されていた横開きの扉が壁側にたくさん設けられ、その全てが開けられていた。

 左側面の壁には木製の小さな板が綺麗に並べられてかけられていて、そこには名前が書かれているようだ。

 彼女の母の名を頂点として、主席師範ヴィクトル・フィッセル、師範パストラ・フレータ、メラニア・アレナスと続いた横にファルの名が刻まれていた。

 正面右から左にかけて立場が低くなるようで、彼女は四番目の立場となるらしい。



 明るい光が差し込む道場内の奥に、胴着を身に纏い正座をして待つ一人の女性。

 瞑想をしているのだろうか。瞳を閉じながら座る大人の女性の凛とした姿勢に、同じ女性であるイリス達でさえも思わず息を呑むほどの美しさを感じた。


 一言、美しいとしか言葉が出てこないようなその女性の下へイリス達は足を進めようとするも、見蕩れてしまっている彼女達は動けずにその場に立ち竦んでしまっていた。

 そんな中、一人の女性が奥にいる女性へと向かい、三メートラほど手前で正座をして両手を床につけ、深々と頭を下げながら覇気のある声色ではっきりと言葉にする。

 その声色は普段の表情が非常に豊かな彼女とはまるで別人のようで、明確な意思が含むと感じられるものであり、先程ヴィクトルが言葉にしたように精神を統一させる為に廊下が使われるのだと理解できたイリス達だった。


「アルチュール流覇闘術師範代ファル・フィッセル、本日帰途に就きました」

「……随分と長い旅路だったようですね、ファル」


 ファルの言葉に答えていく美しい女性。

 その声は透き通るような心地良い響きを奏でていた。

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