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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"話のタネ"

 猫人種の集落"セルナ"。


 いつだったかも定かではない遙か昔、同種族の女性がこの場所に街を造ったと言い伝えられているが、その文献は勿論、言い伝えすら伝説とまで言われてしまっている。

 アルトがいた八百年前には、大陸全土に存在する猫人種の凡そ七割が集まるとても大きな街として存在していたが、ある事件を切欠にその数を急激に減らすこととなった。

 "ディレトス"と呼ばれた猫人種には忌むべき最悪の存在が街を蹂躙し、多くの者達がその戦いで尊い命を失ってしまう。


 それから数百年。

 街は縮小を余儀なくされたことすら忘れられるほどの時間が経つも、多くの同胞達が失われてしまった忌々しい事件は、決して彼らの心から拭い去れることなどなかった。

 それはまるで魂に刻み付けられたように、決して忘れ去られることはなかった。

 彼らは常に歩き続け、アルトの創り上げた覇闘術を体得し、研鑽し続けた。


 二度とあの時の悲しみを現実にしない為に。


 もし仮に、ディレトスが再び集落近くに現れたのなら、ファルも含め覇闘術を収めた全ての猫人種が全力をもって叩き潰すことになるだろう。

 勇敢に戦い、それでも命を散らしてしまった偉大なる英霊の為に。その身を失うこととなってしまった、今も尚彷徨い続けているかもしれない魂の安寧の為に。

 勝つか負けるかなど問題ではなく本能がその存在を決して許さないだろうと、以前のファルはイリス達にそう話していた。


 多くの犠牲者を出した存在を前にして、冷静でいられる者など猫人種にはいない。

 子供達はそれをまだ理解できないが、それも大人になるにつれて怒りへと繋がるだろうと思われた。そうして何百年という時が過ぎても風化することなく在り続ける想いに驚きながらも、いつか出現するかも分からないその存在と対峙した時、自分が戦うのだと多くの者達が覚悟をしていた。




 セルナに暮らす人々は少ないように見えるが、実際にその人口は非常に少ないらしく、現在は三十代半ば以上の大人と十五歳以下の子供ばかりだという。

 若くて元気な者達は、世界で自由に冒険者を続けているそうだ。

 パストラとメラニアもそんな元気な若者で、集落へ戻る事は少ないとファルは話す。

 実際に世界で自由を謳歌している猫人種の若者達の多くは、五、六年に一度くらいでしか戻ることはないらしい。それだけ楽しく世界で過ごしていると言えなくもないが、やはり故郷となるこの街は若者達にとっては退屈に思えてしまうのかもしれない。


 ここを発つ猫人種のほぼ全てが自由を求めて旅立っていくが、ファルの場合は少々特殊だったそうだ。それもツィードの宿屋で聞いたように、どうしてもそうしなければという使命感に似た何かを強く感じながら旅立ったのだと改めて彼女は話していく。

 そのお蔭で色々と問題事になるのが確定したと確信している彼女にとって、故郷に戻るという選択肢は相当に覚悟のいることだったと今更ながらに言葉にした。


 その一番の原因となる物が、彼女の右手に下げられていた。

 布に包まれたそれを持ち出したことから始まった、彼女の冒険という名の逃走劇。

 それもようやく終わりを迎えることとなると、彼女は涙目で震えながら思っていた。 

 全てはアルトが仕組んだことだったとはいえ、それを説明したところで姉達のようには信じないと、どこか確信染みた何かを感じ取っていたファルは、この街から逃げるように遠くへ遠くへと行くつもりだったようだ。


「……それこそあたし、十年は帰る予定がなかったんだよ。そしたら母さんのお怒りも収まるだろうと思えたし、その頃までには母さんよりも強くなるつもりだったんだ」

「大丈夫ですの? どうしてもお母様にお逢いしたくないのであれば、私達がお届けしましょうか? ……それはそれでファルさんへのお怒りが強くなりそうですが……」

「だだだ大丈夫だよ母さんいないから……」


 歩きながら焦点の合わない目でがたがたと震え出すファル。

 いまだに現実逃避を続ける彼女が、段々可哀想に思えてきたシルヴィアだった。

 本当に大丈夫だろうかと仲間達が考えていると、背後から大人の女性の声が響いた。


「ファル?」

「ぴゃうッ!?」


 びくんとその場で飛び跳ねるファルは、着地と同時に背後を勢いよく確認するも、女性の顔を見た彼女はホッと胸を撫で下ろしながら答えていった。


「あぁ! ファル! 帰ってきたんだね! おかえりファル!」

「ただいま、フラビアさん。……あー、びっくりしたぁ……」

「ファルだって!?」


 フラビアの言葉を聞きつけた人達が、続々とファルの下へと集まってくる。

 すぐさま人だかりになってしまったようで、がやがやと賑やかな空間へと早代わりした。始めはよく帰っただの、元気だったのかだのといった話だったが、ついに例の話へと移ってしまったようだ。


「そういやファル、またとんでもないやんちゃ(・・・・)をしたそうじゃないか」


 びしりと笑顔のまま一瞬で凍り付くファル。

 いずれ聞かれるとは思っていた彼女だったが、それを面と向かって言葉にされることが、思っていた以上の衝撃として彼女は受けてしまった。

 固まり続ける彼女をよそに、セルナの人々は話し始めていった。


「あー、そうだったそうだった。まさかあんなことするとは思ってなかったなぁー」

「そうよね。流石にあれにはびっくりしたわよね」

「あれはもう言葉にならないくらい驚いたなぁ」

「集落のどこかに隠してあるんじゃないかって、随分探したんだぞー」

「いくら探しても出てこなかったから、持って行ったんだろうねって話をしてたのよ」

「そうそう。結局、一昨年と去年の成人の儀が執り行えなかったのよねー」

「……うぅ……ごめんなさい……」


 素直に謝るファルだったが、集落の人達はとても楽しそうに話をしているようだ。

 彼らは自由に世界を歩くことはなくなっていたが、その志とも言えるものはしっかりと心に秘めていた。そんな彼らが集落でも大切に扱われている経典を持ち出したファルを強く叱責しないのは、それもまた自由であると認識しているのだろう。

 経典を持って旅に出るなど誰も考えないことではあったが、実際に本の中身が白紙であるのを知っている彼らにとって自由であり続けることの方が重要なのかもしれない。

 それともアルトのようにふわふわとした思考を、彼らは引き継いでいるのだろうか。

 悪戯が過ぎると言葉にしたとしても、それ以上追及することは全くないどころか、それを話のタネにしているのではないだろうかと思えてしまうようにイリス達には感じられた。


 そんな人だかりのできている場所に、一人の男性がゆっくりとやって来たようだ。

 年齢は三十といったところだろうか。とても優しい瞳でファルを見つめていた。

 黒猫族と思われるその男性は、内に秘めた力強さを感じられるような方だった。

 その姿に目を少々大きく見開きながら、ファルは静かに言葉にしていった。


「…………父さん」

「おかえり、ファル」

「……うん。ただいま、父さん」


 満面の笑顔で答えるファルの下へ、わらわらと小さな子供が駆け寄ってきた。

 彼女の両腕やお腹に抱き付いていく子供達は、屈託のない笑顔で話しかけていった。


「ファルおねーちゃんおかえりー!」

「おかえりー!」

「おー! みんな元気してた? おっきくなったねー!」

「うん! だってあたし、もう七才だもん!」

「ぼくだってもう六才だよー!」

「ファルねーちゃん! あそぼあそぼー!」

「またおっかけっこしよー!」

「いいよー! みんながどれだけ速くなったか、あたしに見せてねー!」


 きゃっきゃとはしゃぐ子供達に笑顔で答えるファルだったが、横から静かな口調で父は娘を呼び止め、ファルはぴたりと背中を向けたままその場で固まってしまう。

 そんな娘へ父は優しい声色と笑顔で、一言だけ伝えていった。


「母さんが待ってる」

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