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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"みんな家族なんだよ"

「わぁ! あれがファルさんのふるさとなんですね!」


 彼女達の視界に広がるように映し出される集落を目の前に、荷台から乗り出したイリス達四人は、小さいと以前から聞いていたその街を見つめていた。

 とても楽しそうに言葉にしたイリスはファルへと笑顔を向けるも、三角座りで真っ青になりながらかたかたと震える彼女は、とても小さな声で何かを呟いていた。


「……着いちゃった……着いちゃった……でもだいじょうぶ……母さんはいない……。

 ……ぱぱっと行ってすっと出発するんだから大丈夫……何も問題なんてない……」


 呪文のように呟き続ける彼女に何とも言えない表情を向けるイリス達と、それを白い目で見つめているシルヴィアは、エグランダから丁度五日という予定通りの日程で彼女の故郷に到着したようだ。


 視線を街へと向け直すと、外側からはそう見えないほどの大きさに思えたイリス達ではあったが、実際にこの集落はそれほど大きくはないと前々からファルが話していた。

 城壁のように囲われたものも石を組み合わせて造られた堅牢なもので、街門もしっかりとした鉄製の大きな扉が付けられているようだ。


 残念ながらこの街には本当に住民が少ないらしく、特に十五歳となった若者は我先にと言わんばかりに瞳を輝かせては集落を飛び出してしまうそうで、この街にいる者達のほとんどは三十代後半以上の大人か、十五歳以下の子供達くらいしかいないようだ。

 それでは危険な魔物が出現した際、街の防衛という意味で危険なのではと、非常に尤もらしいことを言葉にしたシルヴィアだったが、それも特に問題とはならないらしい。

 この街にいる大人の殆どは少なからず覇闘術を学んでいる。戦う気概を持ち合わせないような性格の者でさえ、武具の扱いは誰でもできる武闘派集団なんだよと彼女は答えながら、自分よりも遙かに武器の扱いが巧い人達しかいないから大丈夫だよと、涙ながらに語っていた。


 そんなファルは格闘術であれば他の追随を許さぬほどの強さを持ち、覇闘術師範代にまで実力で登り詰めてはいるが、こと格闘以外の武器ともなれば、現役を引退した近所のおばさまにも勝てないんだよと、とても悲しそうに遠くを見つめながら答えていた。

 更にはこの街の頂点に座している者とその次席が半端な強さではないらしく、夫婦揃って討伐に向かえば一瞬で勝負がつくほどの強さを持つと彼女は話していたが、それもどうやら冗談や誇張した表現などでは一切ないようで、彼女達がいればこの街は安泰だと、ファルよりも武具の扱いに長けた者達が口を揃えて語っているという。

 更にはその下にいるパストラとメラニアの二人が頂点へと行くだろうと思われているので、後世も安泰だと集落に住まうほとんどの大人達は思っているらしい。


 実際に彼女達の強さは並みの冒険者程度では計り知れぬほどの実力者で、彼女達が勝てない存在は猫人種に二人しかいないと言われているのだとか。

 集落を出る猫人種の半数以上が修行の旅にと言葉にして世界へと向かうが、ただ自由を謳歌したいだけなのが現状の中、パストラ達はしっかりと修練も続けているとエグランダでのお酒の席で話していた。

 彼女達の目標は歴代猫人種でもアルトに次ぐのではないだろうかと噂される、ファルの母フェリエを超えることのようで、日々鍛錬を欠かさずこなしているらしい。

 そんな彼女達の強さは集落を出る前から次席であるファルの父ヴィクトルに迫る勢いを持ち、そう遠くないうちに彼を追い越してしまうのではと街の者達は囁いているそうだが、やはりブーストの練度の差でそれはまだまだ難しいだろうと彼女達が語っていたのを思い出したイリス達だった。



 街門に付けられた扉が徐々に開かれていき、中へと脚を進めるエステル。

 大きな街とは違い二重の扉にはなっていないようだが、それでも強固なその扉を突破できるような存在はとてもいないと思えてしまうほどのもので護られていると思えた。

 閉じられた扉を背にエステルを止めて待っていると、そう時間をかけずして一人の中年男性がこちらへと向かってやって来たようだ。

 やはりと言うべきか猫人種のその男性は、少々鋭い瞳ではあったがアルトと同じような黒猫族と呼ばれた種族のようで、大きめの剣を腰に、大きな弓を背に携えていた。


 年齢は三十代半ばといったところだろうか。

 相当の実力者を思わせる風格を持つその男性は、渋い声でヴァン達に話しかけた。


「こんなところに冒険者とは珍しいな。何かの討伐依頼でも受けたのか?

 それとも何かの商売だろうか? だとすると子供達が喜ぶので助かるんだが……」


 そんなことを話していた彼だったが、荷台に尚も足を三角にして座る女性を視線に捉えたその男性は、驚きながらも明るい表情で言葉にしていった。


「……ん? ファル? ファルか!? こいつぁ驚いた!」


 男性の言葉に気が付いた彼女は笑顔に戻りながら立ち上がり、荷台から顔を出しながら笑顔で返していく。


「おひさし、カミロさん。アンドレアさん元気?」

「あいつ元気だけが取り柄だからな。有難い事に病気もしないで傍にいてくれてるぞ」

「そっか、良かったぁ。……あ、そうだ。あたし、ここにいるみんなと旅してるんだ」


 目を見開いて驚くが、すぐに優しい眼差しになりながらそうかと小さく言葉にした。

 ファルとばかり話していたことに気が付いたカミロは、ヴァン達に視線を向けながら笑顔で話していった。


「……と、済まないな、内々の話をしてしまって。

 ファルの連れなら街に何があるかの説明もいらないか?」

「うむ、問題ない。何か変わったことはあっただろうか」

「そうだな、特には感じられなかったな。

 危険種もここ数年見ていないし、平和そのものでありがたいことだ。

 厩舎はここから見えるあの左の家の、二十メートラほど先になる。

 何もない街だが、のんびり休養していってくれ」

「そうか。感謝する」


 エステルをゆっくりと歩かせ、厩舎へと向かうヴァン。

 後方に手を振りながらまたねーと話すファルは、髄分と元気を取り戻したように見えて安心するイリス達だった。


 ここはまだ街の入り口となる場所なので、それほど活気がない穏やかな場所となっているが、元気になったファル曰く、どこに行ってもこんな感じだよと話していく。

 この街は小麦や野菜などの作物を作ることが主となり、肉や果物がなくなれば森へと向かい調達するような、静かで穏やかな生活をしているのだそうだ。

 集落の北西には川が流れているそうで、そこまで行けば川魚も採れるんだよと、楽しそうにファルは仲間達に話した。


「川までは結構距離があるから、魔物に慣れさせるという意味で十三、四の子達に採りに行かせたりもするんだ。当然、実力者である指導員が数人付くんだけど、基本は子供達に任せて自由に楽しませるようにするんだよ」


 いきなり魔物と戦うのは危険ではないかしらとファルに尋ねるシルヴィアだったが、この周辺の浅い森にいる魔物はそれ程強くないらしく、一番危険だと思われる存在はスノウベアくらいだが、猫人種の若者が数人いれば討伐はそれほど難しくはないそうだ。

 それも全ては覇闘術と、武器種に分けての訓練法をしっかりと学ばせることと、精神論を含む心の教育、特に冷静に魔物を見極めて確実に刈り取る術を学び、十分に実力が備わっていると二名の師範代以上の者に認められさえすれば連れて行けるのだとか。

 当然ファルもまた覇闘術師範代なので、後輩達の実力を見極めて許可を出す立場にあるのだが、格闘が得意な彼女が川へ引率することはなかったようだ。

 実力も知識も全く問題ないが、色々と不安要素として子供達に精神的な悪影響を与えてしまう可能性があるという理由から外されていたらしいが、彼女自身も後輩達の命を預かるという大役は厳しいと思えていたと話した。


「人様のうちの子っていうんじゃなくて、見知った兄弟だからね。ナックルなんて装備していたらどうしても精神的な揺らぎになるし、あたしの方からも断っていたんだよ」



 師範代とは、それほど簡単になれるものではない。

 それを彼女は格闘術のみを使い、文字通り力と技術でそれを証明した。

 これは歴代猫人種の中でも、フェリエに次ぐ若さでの就任となる。

 当然それは、パストラとメラニアの二人よりも遙かに早い。


 カエルの子はカエルという言葉があるが、彼女達に限ってそれは全く当てはまらない。絶対的な強さを持つ母が産んだ娘は、類稀なる技術と感覚を持っている。

 残念ながらそれは格闘に限ってのことではあるが、アルトもまたファルと同じように格闘以外の技術習得を苦手にしていたとメルンの知識から引っ張り出してきた情報を彼女に話すと、憧れのお方と同じだと知った彼女は瞳を輝かせながら心から喜んだ。

 そんな彼女の実力を知る覇闘術を体得した指導員以上の者達は、文句なく師範代になれるだろうと判断したが、流石に後輩達の引率ともなれば話は変わってくるそうだ。




 厩舎が見えて来ると、放牧地で作業をしていた中年女性がこちらに気付き、軽く手を振りながらこちらへとやって来てくれた。

 この方も猫人種でファルの知り合いらしく、とても仲良さげに話をしていたが、ここにいる集落の人はみんな家族なんだよとファルは笑顔でイリス達に答えた。


「それじゃ、ベレンさん。この子をお願いするねー」

「エステルをよろしくお願いします」

「気にしないでおくれ。こんなにも可愛い子の面倒が見られるんだ。こっちからお願いしたいくらいさね。ファルはみんなに元気な顔を早く見せてあげるんだよ」

「うん。あたしも早くみんなに逢いたいよー」


 いつものようにエステルを放牧地に連れていき、抱き付きながら撫でるイリスがその場を離れていくと、少々寂しげに彼女達の背中を見つめているエステルをベレンは優しく撫でながら言葉にしていった。


「どこにも行ったりしないさね。あんたはここで安心してゆっくり過ごすといいさ。

 ……それにしても、本当にあんた美人さんだねぇ。それに凄く賢い子で驚いたよ。

 久しぶりだねぇ、こんなに賢い子は。お近付きのしるしにニンジン食べるかい?」


 着ていた作業着から小さな包みを取り出し、今夜の夕食のサラダにでもしようと思って畑から採ってきて水洗いまで済ませてあるニンジンをあげていくと、手からぽりぽりととても美味しそうにエステルは食べた。

 嬉しそうに尻尾を揺らす彼女に、笑顔になりながらも撫でていくベレンだった。

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