表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この青く美しい空の下で  作者: しんた
第三章 小さな天使
47/543

少女の"洞察力"


 しばらくの間膠着(こうちゃく)状態が続き、先に攻撃を仕掛けたのはオーランドだ。ものすごい速さの前進でレナードとの距離を一気に縮めてしまった。


 重そうなロングソードを両手で叩きつけるように下へと振り下ろす。レナードは盾で上手く左へ受け流し、オーランドの斬撃を地面に叩きつかせたまま直ぐに開いているわき腹へと剣で攻撃した。

 ガン! 鎧に叩きつけた鈍い音が周囲へ響き、瞬間オーランドの顔が歪んだ。どうやら痛さよりもレナードに上手くしてやられたという方が強いようだ。


 続けてオーランドは地面の剣を斜めに切り上げ、振り下ろし、今度は振り下ろしの途中で止めて突きも加えた連撃を繰り出す。だが盾でその全てを上手く弾くレナード。

 イリスはそのレナードの姿に優雅さに似た余裕を感じていた。いくら戦うことが素人のイリスにもわかる。オーランドの攻撃は凄まじい。早さはもちろん、何よりも重さがすごそうな攻撃に見える。でも……。


 ぶん! ぶん! 剣を振り回すオーランドだったが、その全てをレナードは避けるか盾で弾いて回避している。苛立ちを募らせたオーランドの顔は、怒りにも似た色に染まっているようだ。いつもの優しそうな顔は微塵も見えなくなっていた。

 対するレナードは涼しい顔をしている。どうしてだろうとイリスは考えていた。オーランドの力は相当強く見える。だが当たらない、避けられる、弾かれる。しかもレナードは涼しそうに顔色ひとつ変えない。どうしてそんなことができるのか、イリスには全く見当もつかなかった。


 オーランドの攻撃の合間に、レナードは攻撃を確実に加えていき、徐々にではあるがオーランドに変化が見えてきた。

 しばらく攻防が続くと、次第にオーランドの息が上がってきてしまい、その凄まじい勢いがなくなりつつあった。

 そこにレナードが攻撃に出る。盾を前に出し、オーランドに突きつけるようにしながら盾で鎧をまっすぐ攻撃した。これもイリスにはわからない。なぜ、盾を前に出したのか。鎧を攻撃したのにもわからない。

 ガツンとすごい音がして一瞬オーランドは怯むも踏みとどまりレナードに切りかかるが、イリスには先ほどの威力はないように見えた。


 急にオーランドさんの勢いがなくなった? そう思っていたイリスは次の瞬間、思いもよらない事が目の前で起こるのを目撃する。


 オーランドが両手で振り下ろした剣をレナードが盾で弾き上げたのだ。今までは避けるか弾くかだったのに、あんなに大きな剣の振り下ろしを弾いて上にあげてしまう。しかも片手で。これにはイリスも驚愕してしまう。

 言っては何だが、イリスの目にもレナードの力はオーランドには適わないように思えた。圧倒的とは言わないまでも、かなりの腕力の差がありそうにも思えるほど、オーランドの攻撃は凄まじかった。


 もしそれが当たっているのならば、力で勝るはずのオーランドさんの剣を盾で弾き上げるなんて、そんなこと可能なのだろうかと、イリスの疑問は増えるばかりだった。


 どうやらそれが決定打となり、隙を突かれて強烈な攻撃をされたオーランドは膝を地面についたようだ。イリスは瞬きも忘れて見入ってしまっていた。

 必死の形相のオーランドへ、息すら切らせてない涼しい顔のレナードの言葉が放たれる。


 「なんだ、もう仕舞いか?」

 「ぐっ!」

 「やれやれだな、全く。それで嬢ちゃん、見ていてどうだった?」

 「……すごかったです」

 「はっはっは! 初めて戦闘を見たんだろ? それじゃあ何がなんだかわからんだろうな」


 レナードの言った通りだった。正直イリスにとっては何がなにやらわからない事だらけだった。そんな顔をしてるとレナードがイリスに近寄ってきて何がわからないかを聞いてきた。


 「それで、何がわからないんだ?」

 「はぁ、色々ありすぎて、どこから聞いて良いんだかわからないです」


 うん? とレナードは眉をほんの少しだけ動かした。色々ありすぎてっておかしくねぇか? そう思いつつもその言葉に興味が出たレナードは、イリスに詳しく聞いてみようと思った。


 「最初からでいい。少しでも気になった事があれば言ってみていいぞ」

 「えっと、それじゃあ遠慮なく。……まず最初にあれって思ったのは、オーランドさんの最初の攻撃をレナードさんが盾で防御した時です。あれだけ強そうなオーランドさんの攻撃をまるで流すように……」


 そこまで話すとイリスはぴたっと止まってしまった。なにやら考えているようなのでしばらく様子を見ていたレナードであったが、イリスが発した次の言葉に目を丸くしてしまった。


 「……そうか! これが『盾で相手の力を受け流す』って事なんだ! だからオーランドさんの攻撃は通らなくて、レナードさんはまるで簡単に攻撃を受けているように見えたのかも! 鋭い攻撃を直接受けてしまうと、凄まじい力を受ける事になるから、そうならないように力の方向を変えてレナードさんは受け流したんだ! 威力を最小限にしながら攻撃を回避して、オーランドさんの隙を攻撃していったんですね! レナードさんすごい!」


 目を輝かせてながら興奮気味に話している少女の言葉に目を丸くしているレナードと、ぎょっとしているオーランドだった。

 ほんの少し沈黙が続き、レナードが呟くようにイリスへ言葉を発した。


 「……じょ、嬢ちゃん」

 「え? はい、なんでしょうか」


 固まるレナードにオーランドが恐らく同じ問いをイリスにしてきた。


 「い、イリスちゃんって戦いは素人じゃなかったっけ……?」

 「え? はい。そうですよ。戦っている所を見たのも今日が初めてです」

 「……なんで、そんなこと知ってんだ?」


 若干引いているレナードであった。それもそのはずだ。こんなことを言っては何だが、全くと言っていいほど戦うようには思えない少女が、盾の高等技術を正確に知っていたのだから、それも仕方無い事なのではあるのだが。


 イリスは以前、ロットから盾には色々な役割があると教えてもらった事をレナードたちに話す。盾で攻撃を防いだりする事、盾で直接攻撃したり、盾を構えて体重を乗せて体当たりする事。そして、相手の力を受け流して威力を減らしたりする事を。

 続いて力を受け流す事について、ロットに教えてもらった事も説明するように細かく話していった。


 それを話し終えると、二人はどうやら苦笑いをしているようだった。


 「な、なるほど、ロットか。なら納得だ」


 レナードはこの場所で一度、盾と剣のスタイルに変えたロットの訓練に付き合ったことがある。最初は軽い気持ちで引き受けたのだが、とんでもない速度で上達され、まるで技術を吸い取られた気がするような、そんな体験をしてしまっていた。

 あの日の酒の味をレナードは未だに忘れていない。


 「そっか。受け止めたんじゃなくて、力の方向を変えて受け流してたんですね」

 「お、おう。まぁ、そうなんだが、……い、1回見ただけで、わかったのか?」

 「……」


 静かに語るイリスに若干引いてるレナードだったが、オーランドに関しては唖然としている。何も言葉が出ないらしい。というよりも、時間が止まって見えるようだった。


 「レナードさんがいっぱい見せてくださったので、わかったんだと思いますよ」

 「いや、それにしたってなぁ……。ま、まぁ、それだけ理解してるのは凄まじいもんだったな」

 「あ、でも。まだわからないことがあります」


 え、まだ他にもあるのか? という顔でイリスを見るレナードであったが、念の為に聞いてみた。的が外れた質問かもしれないからな、と思いながら。

 だがその淡い期待とは裏腹に、更に驚かされる結果となってしまう。


 「オーランドさんの息が上がって来た時に、レナードさんが攻撃に出ましたよね?」

 「あ、あぁ。そうだな」

 「その時にオーランドさんへ盾を突き出して鎧を攻撃しましたよね? あれがよくわからなかったです。あの後すぐにオーランドさんが攻撃をして、その剣をレナードさんが盾で弾き上げましたよね? あんなに強い攻撃だったのに、まるで軽々と剣を弾き上げたように…… 軽々と……?」


 また話が止まってしまうイリスを、既にレナードも驚愕の顔色を浮かべている。

 ありえない、この子はまだ子供で、戦闘の()の字も知らない子のはずだ。ありえるわけがない。そう思ってるレナードのもとにイリスの強靭な刃(ひとりごと)が連続で振り下ろされた。


 「オーランドさんの勢いを盾で止めた? ……ううん、あれは勢いというよりも体勢を崩したように見えた。それならオーランドさんが地面を踏ん張って体勢を立て直すのにも繋がりそう。その状態で攻撃すると弾き上げられるの? でも現実に弾き上げたように見えた。だけど、今までレナードさんはそれを見せなかった。出来たのにしなかった? ううん、そんな風にも見えなかった。オーランドさんの攻撃は本当にすごかったから。……なら、あの時だけ出来たって事なのかな?」


 ほぼ正解まで辿り着きつつある少女を口をあけてみている二人。そんな事に気づきもせず、自問自答をしていく少女の姿がそこにあった。


 「あの時だけ限定で出来たって事は、あの一撃だけオーランドさんの攻撃に力がなかったって事? それなら理屈は通る。でもどうして? なんであの一撃だけなの? ……そうか、きっとそうなんだ! あの盾の一撃でオーランドさんの体勢を崩すことで、次のオーランドさんの攻撃に制限をかけたんだ! 体勢が悪い状況だとしっかり力を入れた攻撃が出来ないんだ、きっと。……でもそれならなぜ、オーランドさんはそんな体勢で攻撃しちゃったの? 焦って攻撃しちゃったのかな。途中ずいぶん熱が入っていたようにも見えたし。……そっか、冷静に対処できなかったから攻撃しちゃったんだ。だからそのまま攻撃しちゃったオーランドさんの剣が弾かれて隙が出来ちゃったんだ!」


 どうですか、合ってますか? 瞳をきらきらと輝かせた表情を浮かべながら、素敵な笑顔でレナードたちを見る少女は気が付いていない。……完全にどん引かれている事に。


 「あ、あれ? レナードさん!? オーランドさん!?」


 はっと気が付いたようにレナードは動き出す。オーランドの意識は、遠くの国へ旅立って行ったようだ。


 「……じょ、嬢ちゃん」

 「はい。どうでしたか? 合ってました?」

 「……すごすぎて言葉にならねぇよ」


 はて? 想像していた反応(こたえ)と違うと思ったイリスは首を傾げてしまう。なんとも微妙な空気に包まれた訓練場ではあったが、レナードは末恐ろしく思っていた。ド素人が熟練の領域を軽々と超えて、達人の領域まで行っちまったとレナードは思っていた。


 それも仕方が無いだろう。たった一度の訓練を見ただけで、レナードが扱う盾の高等技術に気づいてしまったのだから。


 そしてイリスには気が付いていない。オーランドの弱点をも一度で見破られたという事に。


 さすがのオーランドも理屈ではわかっているのだが、性格上それを許さない戦いをしてしまう。それは癖であり、弱点にも繋がる大きな隙だった。猪と呼ばれる由縁もここにある。


 要するに熱くなりすぎてしまい、冷静な戦いが全く出来ないのだ。それは魔物相手では致命的になりかねない危険なものだ。レナードは口をすっぱくするほど注意をしているが、まるで改善はされなかった。

 何度も何度も訓練に付き合っているが、一向に直りもしないどころか、理解する気も無かったようで、ほとほと困り果てていたくらいだ。もしかしたらもう直らないのではないだろうかと思っていたくらいだった。


 だが、これだけたこ殴りにされては、さすがにレナードもフォローできずにいた。自覚はないにしても、戦闘とは無縁のド素人の少女にあっさりと自分の弱点を見つけられたのだから、心中は穏やかではいられないだろう。

 ……今夜は酒に付き合ってやるかと思えるほど、レナードは深く同情してしまっていた。


 当然知識だけなのだから、実際やってみると全く出来ないのではあるのだろうが、それでもその洞察力に驚愕していた。

 度肝を抜かされる、とはこういう時に使う言葉なんだなと、まるで遠くを見つめるように、イリスとは違う方向をレナードは眺めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ