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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"価値観の相違"

 平原をひたすら北東に進み続けるイリス達。

 ファルの集落へと向かうための入り口は、永遠と広がるかのような浅い森林の中にまるでぽっかりと空いたようになっているそうだ。

 だがその道もかなり狭いらしく、この辺りに慣れていないと迷うこともあるらしい。


 それでも滅多なことでは周囲の地形を確認できる"周囲地形構造解析テライン・ストラクチュアル・アナライズ"をイリスが使うことはなかった。もしかしたらこの先はこの魔法が必須になっていくかもしれない。

 であれば、ある意味で普通に冒険する機会がしばらく訪れないかもと考えてしまうシルヴィア達が、ファルの故郷となる場所へ向かうまではそういった情報を入れずに冒険を楽しみたいという考えになったようだ。


 前回と同様に冒険よりも安全性を最重視する男性達にとっては、やはり魔法を使って地形を確認するべきではと心の中で考えていたが、それを言葉にすることはなかった。

 彼女の集落から先となる場所を進むにはイリスの魔法が必須になるだろうと思えてしまう彼らも、この辺りに馴染み深いファルがいるのならばと、それ以上はあまり深く考えなかったようだ。



 あれから二日が経った頃、ひとつの目標となる森の入り口が見えてきた。

 随分と北東を進んできた印象を受ける姫様達だったが、実際にはそれほど街から離れているわけでもないと先輩達は二人に答えていく。

 その距離感とも言うべきものが今までと違ったように感じていたのも、普段の街道ではなくなり、獣道のような荒々しい大地を歩いていたからかもしれないねとロットは言葉にした。


 この辺りはエグランダから数日離れていることや、先には小さな集落しかないということから冒険者は勿論、商人でさえもそう何度も足を運ぶことのない寂れた場所となっている。

 そういった場所となるこの周辺は、既に人の踏み締めた街道ではなくなっていて、荒々しく馬車を揺らしていた。時折下から跳ね上げるような強い衝撃が伝わり、その度に驚きながらも女性達は楽しく笑っているようだ。


 眼前に広がる浅い森の入り口に、臆すことなく入っていくエステル。

 彼女には常に最高の保護とアラームをかけてある。以前は何度か魔物の気配に気付いて立ち止まったりもしたが、最近ではそれもなくなっていた。

 イリスが護っているのを、彼女はしっかりと理解しているのかもしれない。

 それとも"願いの力"で自身を覆うものに、全幅の信頼を寄せているのだろうか。

 もしかしたらその両方なのかもしれないとヴァンとロットは考えるも、言葉でそれを聞くことができない彼女がどう想っているのか、知ることのできない自分をとても残念に思えていた。


 彼女の意思が言葉として理解できるとしたら、エステルは何て言うのだろうか。

 イリスイリスと甘えるように話しながら、彼女に擦り寄るのだろうか。

 そんなことを考えながら周囲を警戒し続けるロットと、用心しながらもエステルの手綱を持ち、彼女任せに歩かせていたヴァン。

 荷台では周囲に視線を向けながらも楽しく話している女性達の声が御者台まで届き、こちらまで楽しい気分にさせられていた男性達だった。


「ここがあたし達の集落に繋がっている道なんだ。小さな獣道みたいなのは幾つかあるけど馬車は入ることができないから、商人さん達はここから出入りするんだよ」

「何とか馬車が通れるような狭い道ですが、エステルを連れて進めそうで安心ですわ」

「浅い森とはいえ、木々で視界が所々隠れますし、左右に注意した方がいいですね」

「道はそれほど悪くないみたいだけど、結構揺れると思うからみんな気を付けてねー」

「わかりましたわ。とはいえ、エステルに連れて行ってもらっている私達は、魔物の方に注意を払うべきかもしれませんわね」

「中々に荒っぽい道が、わわっ! 続きますね」

「あら、これはこれで楽しいですわねっ」

「ふふっ。ここまで大きく揺れる道は通りませんでしたものね」

「いつもは徒歩だったから、ここを馬車で通るのはあたしも初めてだよー」


 楽しげに話す女性達は、周囲を見回していく。

 浅い森に囲まれた細い道。荒々しくも続く道ではあるが浅い森ということもあり、木漏れ日もしっかりと入り込む明るい場所のようだ。

 視界の先まで魔物が見えない以上、襲いかかる存在も今の所いないように思える。

 木々に遮られることも多い一帯だが、遠くまで見渡せるのでそれほど厄介な場所という認識はしなかったイリス達だった。

 当然それだけの理由で油断することなど、今の彼女達には全くなかったようだが。


 これまでの旅でイリス達も、冒険者としての経験を随分と積んできた。

 それは街の周囲を出ることがない同業者よりも、遙かに多くのことを体験している。

 更には危険種や凶種、石碑でのこと、出逢った人々を考えれば、とても多くのことを学んできたと断言できるだろう。


 街と街を移動するだけでは、そういったことを体験できるとは限らない。

 濃密とも言える出来事を体験し続ける彼女達は、一般的な冒険者が一生をかけても経験できないようなことを既に目の当たりにしてきていると、先輩達は強く感じていた。

 自分達にも当てはまるその考えは、ひとりの冒険者を中心としている。

 当の本人には、全く考えもしていないことのようだが。


「あともう少し進んでいくと、少しだけ開けた場所に出ると思うよ」


 ファルの言葉に意識を周囲へと向け直すヴァンとロット。

 ほんの少しだけ呆けながら考え込んでしまっていたようだ。



 十ミィルほど進むと、彼女の言葉にしたように野営に最適な空間が広がっていた。

 浅い森とは言っても、ここまで魔物と出逢うことなく進めているのは少ないよとファルは話し、続けてここで今日は一泊した方がいいよとイリス達に伝えていった。


「次に野営ができる場所まで結構距離があるから、確実に真っ暗になっちゃうんだ」

「あら。危なかったですわね。流石に暗闇を進むのは危ないですわ」

「そうですね、姉様。月明かりも射すとは思いますが、魔物の襲来に対処するとなれば話は別ですものね」

「うむ。月明かりも雲に隠れなければ、という前提での話となる。

 明かりが届かぬ状態での戦闘となると、人種(ひとしゅ)には少々厳しいと言えるだろう。

 俺とファルは夜目が利くし、ロットも含めてそういった状況にも対応できるように訓練をしている。イリスの魔法があれば問題ないが、一般的な冒険者にはそれがないからな。かなり危険な戦いとなるだろう」


 そういったものに対する修練を積んでこなかったイリス達にとって、"暗視(ノクトヴィジョン)"なしでの冒険ともなれば、世界は全く違って見えるのだろうと感じていた。

 今にして思えば、イリスの魔法があったからここまで滞ることなく街へと予定通りに進めていたのかもしれない。

 実際にはエステルにブースト系魔法を使っていないし、無理に歩かせているわけでもないのでそれほど変化はないだろうが、それだけ便利な魔法であることは変わりない。

 イリスの便利で強力な魔法がなければ、これほどの笑顔で冒険を続けられていなかったのかもと思わず考えてしまう姫様達だったが、それならそれで楽しめるのではとも思っていたようだ。


 全ては"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"あっての冒険かもしれない。だが同時に仲間達と一緒であるのなら、何ら変わることなく旅を楽しめていたのではないだろうか、とも思えてしまう。

 たとえ便利な魔法がなかったとしても、冒険を楽しむ心までは魔法でどうこうできるものではないのではと姫様達は思い、結局は大切な仲間達が傍にいることそのものが、彼女達をこうして笑顔にしている要因のほとんどなのだろうと感じていた。


 そんな話を月明かりに照らされた野営地で、美味しい食事をいただきながら話していくシルヴィアにヴァンはしばし考え込み、優しく輝く月を見上げながら答えていった。


「俺はパーティーメンバーに恵まれていると、強く実感している。

 これまでの旅もそうだが、これほど穏やかに過ごせているのは記憶にない。

 始めは戸惑いが強かったが、それも今では完全になくなった。

 気心の知れた仲間達と、こうして美味い食事を取ることに幸せに思う。

 リシルアでのことも解決した今、まるで霧が晴れたような鮮明さと、清冽(せいれつ)な湧水の清々しさを心に感じている」


 しみじみと言葉にする彼にくすくすと笑うファルは、素直にみんなといられて楽しいよって言えばいいのにと答え、ヴァンは照れくさそうに瞳を閉じながら『むぅ』と小さく言葉にした。


 種族や年齢、性別の違いなど重要なことではない。価値観を含む物事の捉え方や、趣味嗜好が似通っていることの方が遙かに大事なのかもしれない。

 当然それは人によって違ってくることだろうし、それは違うと断言するものもいるかもしれない。

 それでもイリス達には、それが何よりも大切な事のように思えてならなかった。


 旅とは長い時間を共にし、時には命を助け合いながら目的を目指していく。

 それは次の街という目的地であったり目標であったりと様々ではあるが、それを仲間達で決め、それに向かって歩いていくという意味では、イリス達のように相性の良いと言えるような者達で旅をするのが一番なのかもしれない。


 特に冒険者には、それが顕著に表れる。

 言葉通りに命を懸ける職業なのだから、それも当然だと言葉にする者もいるだろう。

 だからこそ、ホルスト達やドミニク達のように、気心の知れた仲間達でパーティーを結成しているのだと思えた。

 そう思えてしまうからこそ、リシルアにいる冒険者のように、知らない者達でパーティーを組むことに、言いようのない怖さを感じてしまうイリス達だった。

 彼らも冒険へと行く前に、どういったことをメンバーができるのかを確認するはずだと思えるが、急ごしらえとも言えるような即席パーティーで凶暴な魔物を狩ることは彼女達にとって信じられないといった印象を強く感じてしまうと後輩達は言葉にした。


 それも経験が物を言うらしく、実際にパーティーを組んでみると何とかなるもんだよとファルは笑いながら答え、話を続けていく。


「まぁ、魔物を倒せるからといって楽しいかは、全く別の話なんだよねぇ」

「そうだな。正直合う合わないで言うなら、俺には全く合わなかった」

「俺もです。それも価値観の相違と言えるんでしょうね、きっと」

「みんなもあたしと同じ考えだと思うんだけどさ、やっぱり冒険ってのは仲間で達成してこそ冒険なんだよ。次の街に行く。たったそれだけのことでもはっきりとした違和感を感じるものだから、こうしてみんなで笑顔でずっといられていることが、きっとこれからも幸せでいられることの証明になるんじゃないかなって、あたしは思うよ」


 そんな彼女の想いに同調していくイリス達。"冒険とは"という考えそのものも恐らくは十人十色で、様々な考えや価値観で行動するものが多いと思えた。

 だからこそ、何よりも大切に考えるべきなのではないかと思える彼女達は、出逢うべくして出逢った者達なのかもしれないと感じていた。

 そしてそれは珍しいかもしれないが特別なことではなく、これまで出逢ってきた冒険者達と同じように、イリス達も自然と集まってパーティーを組んでいるのだろう。


 そんな風に思えるようになったイリス達は、これまでのことやこれからのことを楽しく話しながら、普段はしない夜更かしをみんなで楽しみながら過ごしていった。

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