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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十五章 問題の存在
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"いいことなんだ"

「はぁ。やっぱり、リシルアの清酒は美味しいねぇ」


 まったりと言葉にするファルに同調しながら、イリス達も透き通るような酒を堪能しつつ、美味しい料理に手を伸ばしていく。

 原材料が違うだけでこれほど大きく差が出てしまうことにも驚きの姫様達だが、実際には造る工程も随分と違うらしい。これについては聞いたことがある程度の知識しか持ち合わせないイリスとロットではあったが、そんな酒の話をしながら楽しいひと時を過ごしていた八人だった。


 次第に話は明日以降のものへと変わっていく。

 これからどうするのかと姉達に尋ねるファルへ、二人は答えていった。


「アタシ達は、このまま冒険を続けるよー。

 どこにいくかも決めてない、気の向くまま旅を楽しむんだー」

「本当はフェリエさんにファルの取った行動について口添えをしようとも思ったのだけれど、ファルには頼もしい仲間達がいてくれるから安心してるわ。

 昨日も言ったけど、私達の目的は持ち出した本についての詳細と、元気なファルの姿を見ることだから。私達は私達らしく、自由に旅を楽しもうと思うの」


 これに関してはフェリエも理解しているはずだと、パストラは笑顔で答えた。

 彼女の性格にも言えることではあるのだが、何よりも自由たるべきと教えられ、その信念を大切に思う彼女達にとってそう行動することは、とても自然なことなのだとメラニアは続けた。

 二人の言葉に納得するもやはり寂しさの方が強かったようで、とても寂しそうに言葉にしていくファルへ、姉達は笑顔で妹に答えていった。


「……そっか。……また、しばらく逢えなくなっちゃうね……」

「だいじょーぶだいじょーぶ! アタシら、これでも結構強いからねー!」

「油断は禁物よ、メラニア。……でも、そうね。ローブが完成したら一度戻りましょうか。フェリエさんにも元気な姿を見せたいですし。その頃になるとイリスさん達も先へと進んでしまうでしょうけど、折角だからのんびりと過ごすのもいいんじゃない?」

「でもさー、イリスさん達って、相当遠くへ行くんでしょー?」

「はい。予想では皆さんの故郷から、凡そ二十日ほど離れた場所になります」


 その細かな場所について話していくイリスだったが、流石に二人も集落より遙か北となる場所へ行ったことなどないそうだ。

 北には街も存在しておらず、未開の地と言われているらしく、開拓をする必要もないことから確認したという話すら聞いたことがないと二人は答えた。

 ある程度なら先へと進んだことはあっても、流石に三日以上集落から北へは向かったことがなく、どんな場所になっているのかも見当が付かないという。

 その先は深い森へとなっていき、徐々に光すら通さぬ場所になっているらしい。


「"暗闇の森"。あたし達はそう呼んでるんだ」

「アタシ達は冒険が好きでよく森にも行ったけど、その奥には近付こうとも思わなかったよねー」

「そうね。あの森は危険な存在がいるとも噂される場所で、魔物の数も相当多いと思われていて、冒険なんて言っていられないような場所として認識されてるのですよ」


 視界も悪く、魔物も多数存在し、更にはどこまで続くかも分からない光の届かぬ深き森を調査するのは並大抵のことではない。それこそ大勢の冒険者で少しずつ確認して、遭遇する魔物を全て倒しながら進む方が安全かもしれないほどの危険な場所となる。

 そこをイリス達が様々な魔法を使いながら進むにしても、やはりかなり慎重に進んで行かねばならないと予想された。

 いっそのこと、ブーストで魔物のいない場所を走り抜けた方が安全かもしれない。

 これについても彼女達の故郷を出るまでには決めなければならない。

 しかし、恐らくではあるが、集落の先人達もそういったことを残していないらしく、年配者達も詳細は知らないと思われた。


 そういった危険地帯を進まなければならないが、イリスであれば周囲を確認する魔法を持っている。魔物の居場所を確認できる彼女であれば、ある程度ではあるが安全を確保できるはずだ。

 流石に危険種が襲来した時のような対処となると難しいだろうが、それでも一般的な冒険者よりは遙かに時間をかけずに暗闇の森を抜けられると思われた。


 気になるのは、一体どれほどの距離が深い森となっているのかだろう。

 こればかりは実際にその近くまで行ってから魔法で確認しなければならないが、最悪の場合を想定しておいた方がいいかもしれない。

 そんなことをイリス達が話していると、メラニアは笑いながら答えていった。


「まー、ここで話しても分からないことだらけだよねー。

 そういう時は、なーんにも考えずにお酒飲むに限るよー!」

「もう、メラニアは……」

「でもメラニア姉の言うことも、分からなくはないよ。ここで話してても分からないことばっかりだし、結局は行ってみないと分かんないんじゃないかなー」

「確かにそうですわね。詳細を推察するのも安全の為には必要ですし、あらゆる可能性を考慮する必要もあると思いますが、あまり考え過ぎてもいけないのではないかしら」

「確かにそうかもしれませんね。まずはファルさん達の集落へとお邪魔させてもらって、そこで情報収集をしてみましょう。もしかしたら何かご存知の方もいらっしゃるかもしれませんし」

「んー。あたしとしても異論はないんだけど、あまり期待しない方がいいかも」

「集落に残ってるのは冒険に飽きたりして、のんびりと過ごそうって人ばっかりだからねー。おじさまやおばさま、おじいちゃんおばあちゃん達とちみっちゃいのくらいだし、暗闇の森とその先を知ってる人はいないんじゃないかなー」


 そう言葉にして手に持っていた酒瓶を上げたメラニアは、近くを歩いていた店員のお姉さんへ同じものを笑顔で注文していった。


 彼女達の故郷へと行っても、情報が得られない可能性は高いだろう。

 誰もそんな遠くの地まで行こうなどとは思わないだろうし、誰もそんな場所まで行ったとも思えない。

 そういった場所へ行こうとしているのだと改めて考えさせられるイリス達は、安全を最優先に考えて行動するべきだと感じていた。


 食料品や薬品に関しては何とかなるだろう。

 問題は目的地までの経路に、どんな危険が潜んでいるのか想像も付かない事だろう。

 出現する魔物がある程度分かれば、そこから大凡の生息状況が把握できるのではとイリスは思えたが、結局は行ってみなければ分からない事だという結論に戻ってしまう。

 難しい顔をしていたイリス達に、ほんのりと頬が赤いメラニアは笑顔で話していく。


「きっと、なんとかなるよー。難しく考えないで、てきとーくらいでいいと思うよー」

「メラニア、ちょっと飲み過ぎじゃないかしら?」

「だーいじょーぶだよー。まだまだ飲めるからー」


 お酒の入ったメラニアは、とても楽しそうにけらけらと笑い出すも、しばらくするとどこか寂しげに天井を見上げながら言葉を続けていった。


「……ほんとはアタシも一緒に行ってあげたいけどさ、きっと足手纏いになると思うんだ。再会した時からファルが凄く強くなってたのを肌で感じてた。あぁ、ファルはもう、アタシの助けなんかいらないんだなぁって思えて凄く寂しかった。

 これまでと同じように、頼られるお姉ちゃんでいられなくなっちゃったのかなって」

「……メラニア姉……」

「でもそれはきっといいことなんだ。アタシ達の助けなんてなくても頑張れるってことは、それだけファルが強くなったってことだから。肉体的な強さだけじゃなく、心も強くなったんなら、それはファルにとってはいいことなんだ。……すごく寂しいけどね」


 視線をテーブルに置かれた酒瓶へと戻し、口に含ませながらゆっくりと味わった酒は、どこか物悲しい味がした。


 大切な妹の心が強くなったとはいえ、それほど今と変わらないのかもしれない。

 でも、絶対的に追い越せない強さにまでの高みに行ってしまったことに、どうしようもなく寂しさを覚えてしまう。

 同じようにそれを肌で感じていたパストラも、寂しそうな瞳をする。

 酒の入った器を持ち静かに口へと運んでいくと、透き通る清酒が身体に染み渡りながら、彼女もまた言いようのない寂しさを感じていた。


 確かに彼女達は、世界にいる冒険者の中でも相当強いと言えるだろう。

 並のゴールドランク冒険者どころか、プラチナランクでさえも彼女達には敵わない。

 それだけの凄まじい強さを彼女達は持っている。


 しかし、それでも思わずにはいられない。

 ファルは勿論、とても戦いには不向きと言えてしまうネヴィアにすら勝てないと。

 経験の差を考えれば彼女達に分があるし、模擬戦であれば勝てなくはないだろう。

 だがこれから向かう先は、何があるかなど全く予想も付かない場所となる。

 今まで感じたことのない危険地帯へと足を踏み入れる可能性だってあるどころか、それが高いと言えてしまうような場所へと向う彼女達に付いて行くなど危険極まる。


 内心では付いて行ってあげたいと思う一方で、現実的に彼女達を危険な目に合わせてしまうことになるかもしれない。

 取り返しの付かない事態にもなりかねない以上、我侭を通すわけにはいかない。

 妹を大切に思うのならば、付いて行く選択肢を彼女達が選べるはずなどなかった。


 言葉にしても仕方がないことだとはいえ、それでも自身に対して無力感を感じてしまっていたパストラとメラニアだった。




 翌日。

 よく晴れた暑さの残る早朝に、厩舎で出立の準備をしていたイリス達。

 そこへパストラとメラニアの二人がやって来て、挨拶をしてくれた。

 先日言葉にしたように、彼女達は一週間滞在したのち、故郷へと戻るそうだ。


「暫くは家で過ごそうと思うから、イリスさん達ものんびり行って来るといいよー」

「イリスさん達なら問題ないと思うけれど、ちょっとでも危ないと感じたら引き返して下さいね?」

「ありがとうございます。安全最優先で進もうと思っています」


 イリスの言葉に安心した二人は笑顔で返していくと、感極まってしまったファルは姉達に強く抱き付いて言葉にしていった。


「パストラ姉もメラニア姉も気を付けてね」

「ありがとう、ファル」

「よしよし、いい子だねー。アタシ、ファルは泣くんじゃないかって思って――」

「――泣いてないもん……」

「……ん。そうだね」


 優しい声色でファルを強く抱きしめていく二人。


 この世界は時として理不尽なことが起こり得る。

 それがいつ、誰の身に起こるかなど、誰にも答えられない。

 魔物が存在する限り、その危険性がなくなることはないだろう。

 だからこそファルはどうしようもなく姉達を心配していた。

 いつ訪れるかも分からない最悪の出来事など来ませんようにと女神に祈りながら。


 そんな妹の気持ちをしっかりと理解した二人は、優しく彼女に語りかけていった。


「大丈夫よ。無茶なことも、危ないことも、私達はこれまでしなかったもの。だからきっと大丈夫。ファルはファルの思うまま、大切な仲間達と自由に旅を続けなさい」

「またすぐに逢えるよ。だから安心して冒険にいっておいでー」

「……うん……ありがと。パストラ姉、メラニア姉……。いってきます……」

「いってらっしゃい、ファル」

「アタシ達は家で待ってるからねー。のんびり旅を楽しむんだよー」

「……うん」


 震える声で優しい姉達へと言葉にするファルは馬車へと乗り込み、イリス達は彼女の故郷へと向かってエグランダを出立した。

 そう遠くないうちに再び再会できることは頭で理解していても、やはり寂しいと思ってしまう感情を抑えることはできなかったファルは、姉達に強く手を振りながら家路へと進んでいく。


 今日は珍しく、雲ひとつない快晴だった。

 じりじりと照り付ける夏の日差しもどこか心地良く思えてしまうような空の下、エステルを歩かせていく一同は、どこまでも続くかのような道を進み続けていった。

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