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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十五章 問題の存在
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"そういった流れの中を"

 八層へと向かうための門を開けると、オスク達が目の前にいた。

 その表情は非常に緊迫した様子で、イリス達が危険種から逃げてきた可能性も考えていたからなのかもしれないと感じられる表情をしているようだ。

 既に冒険者達も戦闘準備に入っているのが見えたが、これから襲い掛かる存在など出て来ることもなく、落ち着いた様子でイリス達はその場へと入っていった。


 ここで取り乱すように言葉を投げかけない方がいいと、パストラとメラニアを含む先輩達がここに来る前に教えてくれていた。人の心理とは難しいもので、たとえ大丈夫だと落ち着けるように言葉にしても、酷く混乱させてしまう場合があるという。

 時と場合により、それが生死を分かつ事態へと向かう可能性もあるらしく、常に冷静な対応を心掛けた方がいいと彼らは後輩達に教えてくれた。



 あれから様々なことを話し合い、全員で決めたことがある。

 ギルドでの報告のこと、イリスが創り上げてしまった宝玉のこと、今後のことなどを含むことが話し合われた。


 その中のひとつが、この八層への門をくぐる時の対応だ。

 多くの冒険者達が続々と集結する中、慌てた様子を見せてしまえばどうなるかは分からない。とはいえザグデュスは討伐しているし、それ以上の危険もないと確認されている現在では、たとえ冒険者達が取り乱そうと特に大きな問題にはならないのだが。


 この場の責任者が分からないので、オスクの方へと足を進めるイリス達。

 彼の近くまで来ると、ヴァンが代表して言葉をかけていった。

 ギルドでの報告はリーダーであるイリスがするべきではあるが、この場では目上の、それもプラチナランクであるヴァンが言葉にした方が説得力が増す。

 ここに参加していないパストラとメラニアが口を挟むことはなかった。

 これも、先に行なわれた話し合いで決められたことになる。


「ザグデュスを討伐した。念の為その階層を調べたが、安全の確保を確認している」

「…………ほ、本当に、たったの八人で、ザグデュスを討伐したのか……」


 この場所に来た時点では想像もできないような彼の驚いた姿は、そのまま表情を変えることなくヴァンへと尋ね返してしまうが、彼らが無事に戻ってきたことがそれを証明していることを知った上で聞き返しているのも彼は理解していた。

 それでも聞かざるを得なかったのだろう。それだけの衝撃的な話だった。


 彼も元冒険者だと思われる。その眼光が、その立ち振る舞いが経験者であることを物語っているとイリスと先輩達は感じていた。そんな彼であっても思考が止まり、ヴァンの言葉を何度も思い返しても尚理解できないといった様子をはっきりと見せてしまう。

 だがここに居続けても良いことだとは思えない。ここにいる多くの冒険者達も現状を把握するのに必死のようで、その間にこの場を離れようとイリス達は既に決めている。

 恐らくこうなるだろうことは想定していたので、予定通りの行動に移していった。

 イリス達が離れた後も固まり続ける者達は、小さな声で囁き合いながら事の把握に努めるも、一向に考えが纏まることはなかったようだ。



   *  *   



「んー! 久しぶりのお日様だー!」


 両手を太陽に触れるように伸ばしていくファル。

 そんな彼女をくすくすと笑いながら姉達は微笑ましそうに見つめていた。

 日も落ちかけているとはいえ、夕方までには戻ってくることができたようだ。

 随分と濃密な時間を体験していたせいか、日が暮れていないことに驚いている後輩達三人だったが、やはり日の当たらない場所で過ごしていると時間の感覚が掴み辛い印象を強く受けたようだ。


 このまま食事に向かいたいところではあるが、ギルドマスターに報告へ向かわねばならない。残念ではあるが泊まっている宿を教え、パストラとメラニアの二人と別れた。

 流石に当事者ではない二人を連れて行くのも良くないだろう。二人の後姿を寂しげに見つめていたファルだったが、気を取り直したようにイリス達へと話した。


「さ、ギルドにいこっか!」


 そう言葉にした彼女は、普段通りの元気な笑顔を見せていた。



   *  *   



 エグランダ所属冒険者ギルド。

 ここで受けられる依頼のほとんどは、鉱山に関係するものが非常に多い。

 街の外にいる魔物の駆除を目的とした依頼もあるが、そういった類のものも他の街へと商人が安全に移動するためのものといった意味合いがここでは強いそうだ。

 勿論、一般的な魔物討伐もないわけではないが、やはりこの街最大の特産品である魔石に関連する依頼書が多く貼り出されているという。その内容も、魔石の運搬護衛、鉱山内にいる魔物の討伐、採掘現場の安全性の確保、鉱山内巡回等の依頼が主となる。

 変り種では魔石採掘の手伝いや運搬、坑道補強のための木材確保など幅広く募集するらしく、この街では他とは違い、冒険者のように戦えない者でも冒険者登録をするのが割と一般的だと言われていると先輩達は聞いたことがあるそうだ。


 その仕組みを興味深そうに聞いていた後輩達だったが、実際にはフィルベルグでも同じような依頼書が貼り出されているという。

 思えばイリスも最初は冒険者に仮登録をしてお手伝いのような依頼を受けたことが、大切な祖母との出逢いだけでなく、ここにいる者達とも逢う切欠になっていた。


 仲間達は言葉にしないが、イリスとは出逢うべくして出逢ったのだと信じているが、イリスは誰もがそういった流れの中を生きているのだと思っていた。

 もしかしたら出逢えなかったかもしれない人と巡り逢えたのだから、それは人が運命と呼んでいるものなのかもしれない。

 それでもイリスは、きっと誰もが似たような体験をしながらも気付かずに過ぎ去ってしまっているだけなのかもと、受付までのとても短い距離でそんなことを考えていた。


 受付にいたのはひとりの若い女性。危険種の件でギルドマスターに面会したいと言葉にすると、彼女は驚きながらもランナルの下まで案内をしてくれた。


 残念ながら彼は所用で席を離れているらしい。

 しばらくお待ち下さいとお辞儀をして、受付の女性は退室していった。

 三人がけのソファーに腰掛けるネヴィア、イリス、シルヴィア。相変わらず三人だけ座ることに申し訳なく思う彼女達に、気にしなくていいよとファルは笑顔で答えた。

 ギルドマスターの部屋とは、やはりこういった質素な部屋になるのだろうかと考えてしまうイリスとネヴィア以外の者達は視線をテーブルやソファーなどに向けていると、そう時間をかけずにランナルは入室してきた。


「待たせて済まないな。

 ギルドマスターとはいえ、雑用のようなこともしなければならないのだ。

 今はどこも人手が足りない。仕方がないことではあるのだが、少々体には堪えるな」


 苦笑いをしながらイリスの対面へと腰掛けるランナルは、一息ついて話を始めた。


「さて。ザグデュスの件と聞いているが、間違いないか?」

「はい。私は、ここにいる仲間達とパーティーを組んで世界を旅しているイリスと申します。僭越ながら、チームリーダーを務めさせていただいています」

「若いのにその役に付くか。いや、若さは関係なかったな、失礼した。続きを聞こう」

「私達は、他の冒険者達とは行動せず独自に鉱山の奥へと進んで行き、八層の中ほどにある作業現場にてザグデュスと遭遇し、ここにいる仲間達と撃破しました」


 この報告に驚くなという方が無茶だと言い切れるだろう。

 ただでさえ危険種である存在をひとつのチームで倒したというだけでも驚愕してしまうが、何よりも驚くべきはその速さだ。彼の見立てでは準備を終えた冒険者達の合流がようやく完了し、休憩を取りながら今後の作戦を話し合っている頃合だと思われた。

 多くの冒険者達を揃えて戦うことが当たり前と言われるような存在を前に、臆することなく対峙して討伐まで成し遂げてしまうとは、彼の長い人生経験の中でも噂でしか耳にしたことのないことだった。


 確かに彼らはプラチナランク冒険者だ。並の冒険者ではない強さを持つ。更には先日のエークリオ冒険者統括本部からの通達によれば、新たにファルも昇格したとあった。

 プラチナ冒険者が三人もいるのであれば、そういったことも可能としてしまうのかもしれない。ここに驚くことはあっても、どこか納得してしまうランナルだった。


 しかし、討伐した速さが尋常ではない点に、多くの疑問は残る。

 なぜ、どうやってといった謎とも言えるような話を聞いて、まず真っ先に頭を過ぎったのは虚偽の報告だが、彼らに限ってそんなことはそれこそあり得ないことだ。

 まずそんなことをする意味も意図もない。調べればすぐに分かるどころか、そんな報告をして危険種が存在していたとすれば、除名どころでは済まない大事件となる。

 それを彼らが分からないはずもないし、言葉にする必要すら感じない。


 であれば、それが真実であることは疑いようもないだろう。

 その報告に喜ぶのが普通なのかもしれないが、どうしてもその言葉が出ない。

 瞳を閉じながらじっくりと考えるも、ランナルはこう答えるしかできなかった。


「……危険種討伐報酬に関しては明日の夕方には準備ができるだろう。申し訳ないが今は少々気が動転している。この場での話は以上とし、明日改めて話をさせて頂きたい」

「……その……よろしいのでしょうか……」


 思わず言葉を挟んでしまうネヴィアに、ため息をつきながら彼は答えていった。


「話せる内容であれば既に話しているだろう? そうしない理由を聞くのは野暮というものだ。私もかつては冒険者であった身である故、それなりの経験をしてきた。

 憶測のようなものなら幾らでも出てくるが、それを言葉にするのは失礼に値する。

 エグランダを救ってくれたことに対しては最大限の感謝を述べたい所ではあるのだが、今言葉にしたように頭の整理が付かない状態では言葉にするのも誠意を感じない。

 以上を考えると、この場で語ることは何もない、という結論を出した」


 彼の対応に申し訳なく思ってしまうイリス達は、やはり討伐後に時間をかけるべきだったかと思わざるを得なかった。しかし、冒険者達が危険種討伐へと動き出すことを考慮すれば、そう時間も変わらずに報告へと向かわなくてはならなかっただろう。

 こればかりはどんな方法をとっても、彼を驚かせてしまう事になっていたと思えた。


 失礼しますと言葉にし、一礼しながら退室していくイリス達。

 一人残った彼は天井を見上げながら深くため息をつくと、感謝すると小さく呟いた。

 ひとつのチームで危険種を討伐したということは、つまるところ被害者をゼロに抑えることに成功したという意味にも繋がるだろう。

 負傷者の報告もなかった以上、死者はいなかったと判断できる。ここにようやく思いが至った彼は、深くため息をつきながらその事実に胸を撫で下ろしていた。


「……女神からの使者、か。……いや、彼らは彼らだ。そんな言葉は失礼だな」


 そうランナルは小さく呟くと、安堵からか笑いが込み上げてきてしまったようだ。

 イリス達がエグランダへとやって来てくれていたことに最大限の感謝をする彼は、そのまま瞳を閉じ、微笑みながら安全が確保されたことの幸せを噛み締めていった。

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