"二人が元気でいてくれるなら"
世界中を旅するように歩いてきたパストラとメラニアは、これまで沢山のことを体験し続けている。それはこれからも知らないことが尽きることはないと思えるが、そんな旅でも不思議な現象には幾度か感じたことがあった。
それこそとても説明などできないことも、彼女達は経験している。
世界とは不思議で満ち溢れている。
その全てを知ることなど、人の身には余るのではないだろうか。
そしてそれは、恐らくだが間違ってはいない。
それはこれから先も変わることのない事実だと思えた。
しかし、イリスの放ってしまった言葉には、これまで多くのことを経験したと言えるほど旅をしてきた彼女達にであっても、そう簡単に信じられるような内容ではない。
にわかには信じ難い、ではなく、とてもではないが思考が追い付かないものだった。
あまりのことにメラニアは驚愕したまま凍りつき、パストラは真剣な表情で聞き続けていたが、理解の追いつくようなことではない話にしか聞こえなかった。
時間をかけてようやく言葉にしたパストラだったが、イリスの言葉をそのまま返してしまったものになっていた。常日頃から物事を冷静に考えることのできるはずの彼女をもってしても、やはり衝撃的な内容であることには違いなかったようだ。
「……マナを放出させ、爆発させるような力の使い方を、危険種が?」
「はい。ザグデュスが体内に魔石を取り込んでしまったことが、そのような強大な力を手にした原因だと思われますが、正確なことは分かりません。何とか倒すことはできましたが、お二人が対峙していたらかなり危険だったと思います」
イリスの言葉にパストラは、配慮した言い方をしていただかなくて大丈夫ですよと笑顔で答えた。
彼女が嘘を言っているとは微塵も思わない。それは瞳を見れば明らかだ。
想像する事すらも難しい存在と対峙し、自分が無事でいられるとはとても思えない。
それは未だ涙して自分達に抱きついているファルが証明している。
疑いようもない事実であることは理解できるが、それを真実として受け止められる自分がいないような状態で話を聞いているパストラだった。
しかし、そうだとすれば、ひとつ気になることが出てきてしまう。
「……危険種であるが故に魔石を取り込んだのでしょうか。
それとも、鉱山内にいる全ての魔物に関係してくるのでしょうか」
「その調査のために、この先の九層をくまなく調べ、全ての魔物を討伐しました。
幸いそういった存在は確認できず、現在は安全が確保されたと私達は思っています」
「……そう、ですか。ひとまずは安心、ということですね。
鉱山内の魔物が一体どこから出現しているのかは、気になるところではありますが」
「それについて私達も疑問には思っていても、残念ながら明確な答えが出ないんです」
「……それでファルは、今もこうして……」
ファルを撫でながら彼女から離れるパストラは、優しい言葉をかけていく。
満面の笑みで語られたその言葉にメラニアも続き、ファルは更に涙してしまった。
「ありがとう、ファル。私達のことを、そんなにも大切に想ってくれて」
「本当に優しい子だねー。ありがとファル。昔みたいにいい子いい子してあげるよー」
「……ぱ、ぱすとら姉……めらにあ姉……」
パストラはファルを抱き寄せると、それを覆うように抱きしめたメラニアは、優しく丁寧に彼女の頭を撫でていった。
子供の頃は、良くこうしてファルのことを撫でていたらしい。
その頃の懐かしい話を、二人はとても微笑ましそうにしてくれた。
幼馴染は男性も女性も仲のいい友達として接していた彼女だったが、自分達にはとてもよく慕ってくれていたそうだ。
それは他の子達にも言えることではあるが、特にファルには相当懐かれていて、泣き虫だった彼女をこうしてよく慰めていたと、パストラはとても嬉しそうに話した。
「頼られているのがとても嬉しくて、まるで本当のお姉さんになれたように幸せな気持ちになるんですよね」
「あー、わかるー。他の子達も可愛いけど、ファルは特に可愛いんだよねー。
泣き虫なのは大人になれば無くなるもんだけど、いつまでたっても子供でいてくれるファルにアタシは凄く嬉しく思えるんだよねー」
「……もう、泣き虫でもいいや。二人が元気でいてくれるなら、なんだっていい……」
ちょっとだけ拗ねたように言葉にするファルに、くすくすと笑う女性達。
本当に家族のような存在なのだろう。ファルからの印象で怖い存在だと思っていたが、家族想いのとても優しいお姉さん達で心が温かくなってしまうイリス達だった。
ファルが落ち着きを取り戻してきた頃、それじゃあお話を続けましょうかと言葉にしたパストラの声色にぴくりと耳が動くファル。
イリス達には分からないが、とても微妙な彼女の変化に気が付いたようだ。
「私達は、ファルを探してここまでやってきました。とは言っても、流石に鉱山内へ来た理由は別でしたが、運良く逢うことができたようで安心しました」
「アタシ達はファルと、とある大切なものを探しているんだよー」
二人の言葉にファルは見る見る表情が曇り、虚ろな目でかたかたと振るえ出した。
徐々にがたがたと強く震えてしまう彼女に対し、満面の笑みで言葉にしていくパストラだったが、ファルには姉が怒っているとしか思えなかったようだ。
「……さて。それでは、そのお話をしましょうか、ファル?」
「ああの、ぱぱ、パストラ姉? ああのね、ああたしのせいじゃ、ななないんだよ?」
「いーから話してごらんー。内容によっては理解できるかもしれないしー」
そう言葉にしたメラニアだったが、その笑顔とは裏腹に瞳の奥は笑っていなかった。
パストラは普段と表情は変わっていないが、ファルにしか分からない何かを感じ取っているようにも思えたイリス達は、それについて口を挟むべきかを考えていた。
そんなことを考えていると、かくんと身体が崩れてしまうファル。それを優しく支えるお姉さん達だったが、どうやら彼女は完全に意識が飛んでしまったらしい。
困ったわねと呟くパストラは可愛い妹を起こすべく、少々強引な方法を取った。
「……あらフェリエさん、おはようございます」
「ぴ!? 違うんです母さん! 私じゃなくてアルト様がそうさせたんです!」
がばっと飛び起きた彼女は必死の形相で言葉にするが、その発したものは姉達にとって少々刺激的な意味を含んでいたようで、周囲の空気が一瞬にして変わっていった。
「あらあら。いくら言い訳でも、アルト様の名を出してはいけないわよ、ファル」
「そうだよー。それはとっても良くないと、アタシは思うよー」
姉達の迫力にがくがくと膝が笑ってしまうファルに代わり、イリスが説明をする。
話ができないような状態では、彼女にとっても良くないと判断したようだ。
* *
彼女の見たもの、聞いたものを話しているうちに、ファルも少しだけ元気を取り戻したようで説明に加わるも、若干声は震え、瞳には今にも涙が零れそうな顔をしていた。
それでも賢明に話していく姿に心打たれて目尻に涙を溜めるネヴィアと、とても複雑な表情で見つめていくシルヴィア、苦笑いしか出ないヴァンとロットだった。
「"適格者"……"白の書"……あの経典が、そんな意味を……」
目を丸くして考え続けるパストラに、イリスは旅の目的と、これまで体験してきたことについての話を二人へとしていった。
その内容もまた凄まじい意味を持つもので、驚きが止まらない二人ではあったが、ファルがパーティーにいるということがその全てを肯定しているようにも思えた。
個人的なことまで話してくれたイリスの誠実さに二人は感謝しながらも、出逢うべくしてファルは大切な仲間に出逢ったのだろうと感じていた。
全てを理解するには時間がかかるが、それでも納得することはできた二人は、優しくファルを撫でながら言葉にしていった。
「この子は少々不器用なところがありましてね、格闘に関しては私達よりも強いのですが、他はからきしで。格闘術なんかで戦っていたら危ないと幼馴染達に言われても、頑なに鍛えることを止めなかったんです。
自分は間違ってない、アルト様はきっとそう言って下さる。そう涙を溜めながら、とても真剣に答え続けていました。どうしてあれほどまでに格闘術をと思っていましたが、そういったところもアルト様がお認めになられた存在だったのかもしれませんね」
「アタシとしては、格闘で戦ってるファルが無事でいてくれるだけで十分だよー」
「……パストラ姉……メラニア姉……」
嬉しさのあまり、涙が溢れてくるファルだったが、続けて言葉にする二人に寒気を感じてしまった。
「ですが、ダンジョンに落ちたという点は、とても褒められることではありませんね」
「だねー。ここは要相談ってとこだねー」
「……ぱ、パストラ姉……? め、メラニア姉……?」
「少々ぽやっとしている子だとは思っていましたが、まさかそこまでぽやぽやしていたとは思ってもみませんでした」
「いくら暗かろうが、猫人種が地面を見誤るだなんてねー。それも斥候で活躍してる冒険者が落ちちゃダメでしょー」
二人の言葉に全身から寒気が出てしまうファルだったが、どうやら相談という名のお説教はされることが決まってしまったようだ。




