ギルドの"訓練場"
次の日、イリスは昼に噴水広場でぼんやりとしながら、魔法の事を考えていた。今日もいい天気だなぁとまったりしていながら、どうすれば強い魔法の盾ができるかを考えていたのだが、横から声をかけられ意識がそちらに向いてしまった。
「よう、嬢ちゃん。今日はのんびりしてるのか?」
「こんにちは、レナードさん。はい、まったりとしてました」
隣いいか、とレナードはイリスに尋ね、どうぞと笑顔で答えるイリス。どうやらレナードも休みに来たらしい。やっぱりこの広場素敵ですよねと聞いてしまう。
「だな。ここはすごく居心地がいい街なんだよ。色々旅をしたが、ここが一番俺には落ち着くな」
「冒険者さんですもんね、やっぱり色んな所に行かれるんですね」
「まぁ依頼次第だけどな。大きい国にも行ったが、やっぱここがいいな、俺は」
「そうなんですね。やっぱり過ごしやすいってことですか?」
それもあるけどな、とレナードは言う。ここは南に位置しているため気候が穏やかなのだそうだ。魔物も比較的弱いのが多くてとても過ごしやすい場所なのだそうだ。
「まぁ、夏は割と暑いんだけどな」
そう言いながら彼は豪快に笑っていた。春は春の、夏は夏の良さがあり、イリスはどちらも好きだった。寒いので冬は少し苦手ではあるが、それでもまた春が近づくと幸せな気分になるので冬も嫌いではなかった。
そんなことを話していると、そろそろギルドで訓練の時間だとレナードが立ち上がった。
「ギルドで訓練って、何かの催しですか?」
「ん? そうか、嬢ちゃんは知らないよな。ギルドの地下に訓練場があって、冒険者なら自由に施設を使う事ができるんだ。まぁ、施設っつっても何もないんだけどな」
そう言いながらまた豪快に笑うレナード。はて、それならばなんの訓練をするんだろうかと、イリスは首をかしげていると、彼はそれに察してくれたようで、興味あるなら嬢ちゃんも見てみるか? と誘ってくれた。少々興味が出てきたイリスは、レナードに告げる
「よければご一緒させてください。魔法の発想に繋がるかもしれませんし」
その言葉に苦笑いするレナードは、俺は魔法は使えねぇぞ? と教えてくれた。
「今、防御魔法の練習をしてるんですよ。でも私、盾とか使ってるところを見たことがないので、何かの参考になればと思ったんです」
「ふむ。盾か。それなら教える事はできそうだが、嬢ちゃんは盾を持てそうもないからなぁ。扱う所を見るだけでも参考になるんだろうか」
「それでも十分勉強になると思いますよ」
笑顔で語る少女に、それなら俺でも何かの役に立てそうだなと呟くレナード。それじゃあギルド行って見るか? とイリスに聞くと、微笑みながらお願いしますとレナードに答えた。
そんなイリスに、いい笑顔をしてるが嬢ちゃんにはあまり面白い場所でもないと思うんだがなと付け足しながら、ふたりはギルドへ向かって行った。
ギルドに入ると昼ということもあり、依頼書の前に人はほとんどいなく、食事をしている人やお酒を飲んでいる者たちで溢れかえっていた。わぁ、人がいっぱいだぁって顔になっていたらしいイリスにレナードが教えてくれた。
「ここの飯は安くて美味いってのがウリらしくてな。俺らはここでよく飯食ってるんだ。割と頻繁に利用してるから、俺らの誰かを探してるならここに来てみるのもいいと思うぞ」
「そうだったんですね、今度用事がある時はここに来て見ますね」
そう言うイリスにおう!と笑顔で語るレナード。このニカッて気持ち良さそうに笑う顔がレナードさんの魅力のひとつだなぁと思いつつ、受付に向かって行った。今日もシーナさんがいるようで、久しぶりの挨拶ができた。
「シーナさん、こんにちは」
「イリスさん、こんにちは。今日は珍しい方と一緒ですね」
「そういえばそうだな。俺は訓練場を借りる。嬢ちゃんは見学で」
「見学、ですか? それはまた珍しいですね」
「あはは、ちょっとお勉強したい事がありまして」
イリスがそう伝えると、訓練場で得られる事があるかはわかりませんが構いませんよと、シーナは言ってくれた。
「こちらの施設は正式な冒険者カードを提出していただくか、レナードさんのような先輩冒険者に引率してもらえれば訓練場は利用できますので、もしまた必要になったらいつでもいらして下さいね」
「はいっ、ありがとうございますっ」
そう言ってレナードについていくイリス。二人がギルド地下に向かう階段に降りていくのを確認した後、再びイリスの話できゃっきゃする受付嬢達であった。
階段を下りるとすぐに大きな訓練場が広がって見えた。中は1階ギルド施設の三倍近くあるような広い場所になっていて、中央に大人の腰くらいまである板の壁で囲われた円形の場所が設けられていた。
そのすぐ周りには数々の武器防具が並んでいて、レナードによるとこれらは冒険者なら誰でも扱える訓練用の武具なのだそうだ。
「当然、武器の刃の部分は取ってあるから、安心してこの囲いの中で対人訓練できるようにはなっているんだが、それでも武器には違いねぇからな。万が一に備えて、近くに治療用のポーションも置いてある」
「対人訓練って人同士で戦うんですか?」
イリスには人同士で戦う理由がよくわからなかったが、次のレナードの言葉でそれをなんとなく理解したようだ。
「そうだ。模擬戦って言ってな、魔物とは違う意味で戦うのに頭がいるんだ」
「考えながら戦うって事ですか?」
「まぁそうだな。魔物とは違って、人はどうすれば相手に攻撃が通るかを考える生き物だからな。やたらに攻撃してもだめなんだ。相手の隙を見つけ、そこを冷静に攻撃する。こういった練習をすることで、実践である魔物にも様々な対処が出来るようになっていくんだ」
「模擬戦って難しそうですね」
「そうだな。訓練する相手によってまるで違うからな。色んな攻撃方法を考えなきゃ相手を制せない。まぁ、猪突猛進しかして来ないアホウもいるけどな」
『猪突猛進しかしてこない』、ですか? と、イリスがきょとんとレナードを見ながら聞くと、言葉の通り直線的なやつもいるんだとレナードが答えてくれた。
そんな中、ふとレナードはこの子があれをどう思うかを聞いてみることにした。当然戦いには素人だからそんな立派な答えは望んでいないが、こういった質問の類は本人の内面や性格が見える場合がある為、イリスの考えに興味を持ったようだ。
「嬢ちゃんはどう思う?いざ魔物と対峙した時に、真っ直ぐ攻撃するか?」
その問いにしばし考えてみるイリスは、時間を空けてレナードにこう答えた。
「そうですね、魔物を見たことすらないですけど、私ならまずは遠くから様子見をしたいですね」
「ほう。それはなんでだ?」
レナードは聞き返すが、内心その意味を理解しているようで、少し頬が緩んでしまっているようだ。
「どういう魔物かわからなくて不安なので、まずは確認したいですね」
出来ることなら戦わずに逃げられる方法を探すと思いますけどね、と苦笑いで付け加えるが、その答えを聞いたレナードは、うちの馬鹿に正座させてこんこんと言い聞かせてやりてぇよと言っていた。どういう意味だろうかとイリスが考えているうちに、後ろから声をかけられた。
「うぉっ!? なんでこんなムサイ所にイリスちゃんがいるんだ!?」
後ろを振り向くイリスは見知った顔を見つける。その顔はとても驚いている表情をしているが、イリスはお構いなく挨拶を始めていく。
「こんにちは、オーランドさん。少々お勉強の為にレナードさんに連れてきて頂いたんですよ」
「そうなのか。まさか武術に、ってそんな訳ないか」
断言しやがったなこいつとレナードは呟くが、オーランドには聞こえてないらしい。
「んじゃ、早速やるか?」
「あぁ! 今度こそ絶対勝ってやる!」
「……お前に負けるくらいじゃ引退だな、俺は」
「ぐぬぬ、絶対勝ってやる!」
きょとんとするイリスに、半目をしながらオーランドに答えていたレナードが、普段の顔に戻りながら答えてくれた。どうやら今日はオーランドとの訓練の日だったようだ。そう言って武具を付けていく二人。
レナードはハーフプレートアーマーにブロードソードと円盾で、右手に剣を、左手に盾のスタイル、オーランドはハーフプレートアーマーに大きいロングソードの両手持ちのスタイルのようだ。二人とも、胸部・腕部・脚部に重そうな鎧を身に着けて守っているようだ。イリスにはそれがとても重そうに見えたが、二人は難なく着こなしているようで、軽々と歩いている。
その勇ましく見える二人の姿は、イリスにとって真新しく見え、これが冒険者さんなのかと目を輝かせて二人を見ていた。
そんな中、オーランドを横目に見たレナードは、少し低めの声で彼に告げた。
「念の為に言っとくが、嬢ちゃんにいい格好を見せようとか思ってるなら一瞬で叩き潰すぞ?」
「な!? なに言ってんだかわかんないし!?」
その言葉に半目になってしまうレナード。どうやら当たってしまったらしい。
「図星かよ、馬鹿が。……さて、嬢ちゃん。役に立つかはわからんが、盾なら俺も扱えるからな。盾がどんなものか見てみるといい」
「はい! ありがとうございます!」
いい返事だな。それにいい瞳をしてる。オーランドよりも遥かに慎重派だし、嬢ちゃんはミレイ寄りか。少々怖がりにも見えるが、それくらいで丁度いい。少なくともこの馬鹿よりは、生き残れる可能性が遥かに高いだろうな。まぁ嬢ちゃんが戦う所なんざ、想像もつかねぇけどな。
レナードは準備を進めつつ、イリスに高評価を持ったようだが、同時に冒険者にはならんだろうなと思っていた。イリスは見た目から言って、まず冒険者向きじゃない。体つきがそもそも同年代と思われる普通の娘達よりも遥かに華奢だ。
そんな子が身体を鍛えて冒険者を目指す姿が、レナードには見当も付かなかったからだ。恐らく将来は魔法関係の研究者、と言ったところだろうか。
さて。この模擬戦で何かひとつでも嬢ちゃんの役に立てるといいが、まずはこの猪の鼻っ柱を折りたい所だな。……だが、全く理解をする気がねぇやつの鼻って、どうやって折りゃいいんだ?
そんなことをしばらく考えていたレナードは、気持ちを戦いの準備へと切り替えていく。とは言っても、相手はあのオーランドなのだから、普通に勝つだけでは意味が無い。
何とかして理解させなければならないのだが、レナードがいくら言っても、訓練で叩き伏せても全く効果が無く、もしかしたらもう無理ではないだろうかと、最近ではそう思い始めているほどだ。
やがてレナードは円形に囲われた小さな戦場へと足を進めていく。対するオーランドは反対側から入ってくるようだ。思えばイリスは誰かが戦う所をはじめてみる。
言いようのない不安に似たような気持ちを感じながらも、イリスは相対している二人をとても真剣に見つめていた。