"野に解き放たれてしまえば"
閃光に遅れて凄まじい爆音が周囲に響き渡る。
あまりの眩さに手や腕で目を覆う一同。
光が収まると、周囲の状態が見えてきたようだ。
ザグデュスを中心として、その周囲が円状に破壊されていた。
イリスが防御結界を張っていなければ、確実に蒸発していただろう威力を持つその一撃は周囲を大きく抉り、綺麗な半球体状の地形へと変化させてしまっているようだ。
幸い、上層となる七層には影響がない場所だったようだが、もし真上に門が設置されていたら大変なことになっていただろう。
驚愕しているイリス達は更なる追撃を許してしまうが、ぎりぎりではあったもののイリスは白い衣で仲間達を優しく包み、護ることに成功する。
あれほどの魔力を放出する攻撃を連続で発動させたことに、強い違和感を覚えるイリスだったが、戦闘中となる現在はそれを心の奥に押し込めるべきだと判断した。
意識をザグデュスへと向けた刹那とも言える短い間に、三度攻撃を許してしまう。
冷静にそれを防いだイリスは駆け出し、上級身体強化魔法と強力な魔法剣を発動させつつもセレスティアを鞘から抜き放ち、右に軽く薙ぎ払いながら力を込めていった。
「"身体能力極大強化魔法"、"属性強化魔法剣"、"暴風よ斬り裂け"」
首元を深く切り込んで一度横を抜けた後、瞬時に仲間達の元へと戻っていく。
同時にザグデュスは地面へとゆっくり伏していき、サーチの反応が消えた後も視線を反らさずに警戒を続けるイリスだったが、凄まじい攻撃を繰り出してきた存在が起き上がることはなかった。
討伐には成功するものの、唖然としてしまう一同。
それはザグデュスを倒したイリスであっても例外ではなかった。
様々な疑問を脳内に巡らせていくが、一向に考えが纏まる気配はないようだ。
その感情を一言で言い表すならば、信じられないといった表現が近いだろうか。
とても複雑なそれらを言葉にすることは難しいと思われるが。
「…………倒したの……ですわよね?」
ようやく言葉にできたのは、ザグデュスが倒れこんで五ミィルほどが経過してからのことになる。
シルヴィアの声に、思考がこちらへと戻ってきたイリスはそれに答えるもすぐさま歩き出し、対峙した存在に左手を触れていく。
セレスティアを出したままだったことに気が付き鞘に収めていくと、イリスは両手をザグデュスにかざして力を使っていった。
「"この子が取り込んだものを摘出"」
イリスとザグデュスを純白の魔力が覆い、倒れこんでいる存在の腹部から何かが光り、かざしている手に吸い寄せられるように現れていく。
徐々に視界に映るそれは、三十センルほどの青白い光を鈍く放つ大きくて黒い塊。
歪な形をしたそれを見たヴァン達は、全身から血の気を失ってしまう。
「……それは……そんな、まさか……」
言葉が続かないヴァンだったが、それを理解できないわけではなかった。
それどころか明確な答えが出ているにも拘らず、それを言葉にできないようだ。
難しい表情を変えることなく問題のそれを見つめるイリスは話していく。
「……これは魔石の原石ですが、高密度のマナを含んだものだと私には思えます。
この原石は、ここからでもマナを感じられるほどの結晶体だと感じます。
青白く光っているのは、恐らくこの子のマナに反応してだと思われますが、それについての確証は持てません。メルン様の知識にも含まれていないようですね。
……ですが、ひとつだけ確かなことは、魔石を取り込んでしまったこの子が身体を崩壊させずに存在していた、という事実でしょう。
この部分については非常に危険だと言い切れますし、これが危険種となったこの子が取り込んでしまったのか、それとも取り込んだことで危険種へと変貌を遂げたのかですら、今の私には分からないです」
これについては、かの悪名高いかつての帝国がそういったことについても研究しているらしいという程度の情報は記されているが、流石に詳細は一切載っていない。
それを聞いたネヴィア以外の者は、碌でもない国があったものだと本心から思っていた。この世界でそんな思想を持つ者が現れたら、世界中から忌避され、最悪武力で持ってそれらを潰しかねない。
それはあの穏やかとも言えるフィルベルグ王国や、アルウェナ信仰をしている聖王国であろうが立ち上がると思えてならなかったシルヴィアだった。
ここに思いが至らないイリスとネヴィアに安堵する長女だが、ことはそう単純な話ではない。魔石を体内に含めばどのような影響が出るかは推察でしか分からない以上、危険極まるものだという認識にしかならなかった。
人々の生活の基盤となり、人々を幸せにする魔石。
ここに、使い方を誤れば途轍もない事態を導いてしまうことに恐怖し、こんな危険なものが存在しなければという極論にまで達してしまっているようだ。
「……ごめんね。痛かったよね? エリエスフィーナ様のところに行こうね?」
膝をついて優しくザグデュスを撫でながら言葉にするイリスに、意識を向けていくシルヴィア達。
立ち上がったイリスはガルドの時と同じように両手をかざし、力を使って彼の魂を天上へと送っていった。
濃紺の混ざった青に乳白色が合わさったとても複雑で美しい彼の魂は、そう遠くない天井に溶け込むように上がっていくのを見上げ、見送るように見つめ続けた。
一度だけイリスの手の位置で光が止まったことに、やはり何らかの言葉を投げかけているようにも思えてしまうシルヴィア達だったが、前回とは違い、どこか申し訳なさを感じているようだ。
魔物のあり方は、たとえ危険種だろうと変わらない。
であれば、それが魔石を取り込んでしまった存在だろうとも変わることはなく、こちらが一方的な思考で敵意を向けてしまうことは間違いだと感じていた。
イリスは最初からそれに気が付いていたのだろうか。
だとしたら、一体どんな気持ちで彼に刃を向けたのだろうか。
それに察することができず、攻撃の強さにばかり目が向いてしまう自分達に申し訳なさを強く感じてしまっていた。
彼を見送ったイリスは尚も考え込み、今回のことを話し合っていった。
正直なところ明確な答えなど出ないことではあるのだが、それでも話し合わずに入られなかったイリス達は、意図的にではないにしても魔石を取り込んでしまったことの危険性を非常に強く感じていた。
メルンから託された知識やイリスの推察から導き出された答えは、そんなことをすれば肉体が崩壊し、命を繋ぎとめることなどできないというものではあったが、現にそれを目の当たりにしてしまった以上、これをしっかりと考えなければならない。
あんな強大な力を持つ存在がもう一度出現すれば、エグランダは確実に崩壊する。
それだけではなく地底魔物とは違い、外を歩く危険性もないとは言えない。
それを否定することはもちろん、それらはまるで違う存在となってしまっているとも思えた。魔石を食す理由も分からないが、もし仮に、空腹を満たすようなことから来ている行為なのだとすれば、高密度のマナが含まれる魔石を体内に取り込んだ時点で、まるで満足するようになってしまうのではないだろうか。
もしそうなれば、地下に居続ける理由がなくなってしまう。
その仮説の先に待っているのは、世界の危機という最悪の未来だ。
それが野に解き放たれてしまえば、破滅を齎す"漆黒の雪"とは違った意味で文字通り世界が崩壊しかねない。
放置すればするほど、その危険性は増すような気がしてならないシルヴィア達だったが、ここにひとつの恐ろしい疑問が浮かび上がる。
どうやらその推察はイリスも持っていたようで、それこそが彼女を思考の渦から抜け出せずに尚も考え続けていたことだった。
魔物がある特殊なマナを体内に取り込み続けて発生したものが、更にそれを捜し歩くように取り込んでいくと発生する災厄。
女神ですら震撼させたその存在を連想してしまうのも、仕方がないことだ。
寧ろ、それ以外に思いつかないと言った方が正しいだろう。
それについてロットが尋ねると、イリスは険しい表情をしたまま答えていった。
「……恐らく、皆さんが推察していることで大凡は合っていると思われます。
今回遭遇した魔石を取り込んだ存在は、女神様が仰るところの魔獣である可能性もありますが、ここに私はそれとは似て非なるものではないかと考え続けていました」
その場を動くことなく世界を滅ぼす災厄と、エリエスフィーナが警告した存在。
だがもし本当にそうだったとすれば、今のイリスであっても対処などできないのではないだろうか。女神が顕現していないことも気がかりではあるが、恐らくはまた別の存在である可能性が高いとイリスは言葉にして、シルヴィア達を驚かせる。
理由のひとつとして挙げられるのは、その発生条件となる黒いマナを浴びずに魔石を取り込むという方法で変異した存在であることだ。
マナを取り込みながらも無事でいられたことは、正直ありえないことと断言できてしまえるのだが、それを現実としてされてしまった以上、考えを改めなければならない。
問題はコアから浄化しきれずに放出された所謂黒いマナと、長年に渡り蓄積されるようにマナを蓄え続けた魔石との差だ。
ここに大きな差が生まれるとイリスは推察し、持論を述べていく。
「危険種となった存在が、魔石を偶然に体内へ取り込んだことによるものだと思われます。そうでもなければ、これまで同じような存在が生まれなかったことに疑問を持ってしまいますから。今にして思えば、偶然とはいえ手にしてしまった力を抑えきれず、暴発するように放出していたようにも思えます」
「つまり、女神様が言うところの魔獣ではなく、魔石を偶然に取り込んでしまった危険種だった、ということなのだろうか」
ヴァンの言葉に、あくまでも推論ではありますがと言葉にするイリス。
確かにそうであれば説明は付かなくもない。残念ながらそれを確かめる術はイリス達にはないが、もしそれが合っているのなら違った問題が生まれると彼女は続けた。
「やはり、ここから先にいる九層の魔物を調査する必要があると思います」
「まぁ、そうだろうね。イリスなら魔物の正確な位置も把握できてるし、普通の魔物ならあたし達でも対処ができる。もし仮に、とんでもない存在がいたとしても、今ここで解決しなければ大変なことになる」
「そうだな。色々と問題にはなるだろうが、魔物を倒すこと自体は悪くはないはずだ」
チームの目的は達成されたが、新たに出た問題の為に先へと進む決意をした一行。
そんな中、周囲を見ていたネヴィアは、ぽつりと呟いていった。
「……この地形は、どうすればいいのでしょうか……」
そんな彼女の言葉に、思わず思考が止まってしまうイリス達だった。




