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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十五章 問題の存在
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"問題の存在"

 広々とした空間の奥に、十名の兵士達が八層へと続く扉を守護していた。

 ここもこれまでの場所と同じように、多くの者達が配置されているようだ。

 流石に歩いていたとはいえ、最短距離を進んでいたイリス達は相当早く到着したらしく、扉を守る者達は一様に驚愕の表情を露にしていた。当然、他の冒険者達は辿り着く気配はまだなく、現在は三層の中央を進んでいることをイリスは確認している。


 武器は多少違えど同じ鎧を着ていることから、エグランダを守護している者達であることが伺えるが、恐らくは元冒険者といった経験のあると思われる者が八層へと続く扉の守護任務に就いているようだ。

 尚も驚愕しつつも、ひとりの男性がこちらへとやって来て話しかけてきた。

 年齢は三十代後半だろうか。とても渋い顔つきと声の大人な男性だった。


「……思っていたよりも遙かに早く到着したな。一番乗り、という速さですらないが、まぁいい。俺はこの八層への扉の守護任務に就いているオスク・ライロという者だ。

 ここにいる以上話は上で聞いていると思うが、この先に危険種の痕跡が見つかった為、現在封鎖中とされている。八層には作業員を含む兵士、冒険者達は一人もいない。

 まずは冒険者達が集まるのを待ち、幾つかのチームに分けて八層をくまなく調査することになるが、万が一ザグデュスと遭遇した場合は不用意に近付かず、他の冒険者達が到着するのを待って攻撃した方がいいだろう。悪いがここで暫く待機していてくれ」


 オスクが言葉にした作戦は極々当たり前のことであり、同時にそれ以外はないだろうと言われているようなものとなる。ここに異論を挟もうとも、命を懸けている以上明確で確実な作戦でもない限りは却下されることになるだろう。

 この場合の最優先は、勝利する確立をほんの僅かでも上げることだ。

 最低でも冒険者チームが五つは必要だろうと考えていたオスクは、説明を終えると編成についての思案に移っていた。

 イリス達のチームの編成を見ながら、この街に所属している冒険者達のことを考えていたのだろうが、その思考を完全に凍らせてしまう言葉をヴァンが放っていった。


「すまんがここを通させてもらうぞ。俺達は少々急いでいてな。

 あまり時間をかけるわけにもいかない故、先にザグデュスの調査を始める」

「な!? 何を言って――」

「すみませんが、議論している時間もあまりないんです。

 勝手なことを言いますが、俺達は俺達のやり方で調査を開始します」

「悪いけど、あたしも含む全員で決めちゃったことだからね。

 まぁ、それを選ぶのも冒険者の自由ってことで、納得してもらえないかな?」 


 ヴァン、ロット、ファルの言葉に完全に凍り付いてしまうオスク。

 一体何を言っているのかとすら思えてしまう彼らの言葉に、目を白黒させていた。

 彼の横を通り過ぎようと歩き出すと、意識をこちらへと戻した彼は強く言葉にした。


「いやいやいや! 何を言ってるんだお前ら! 相手はザグデュスだぞ!? 危険種なんだぞ!? それをたったの六人で討伐するつもりか!?」

「討伐ではなく、あくまでも調査です。必要以上に危険なことはしませんし、先程も言いましたように俺達には少々時間がありませんので勝手にここを通らせてもらいます」

「あー、そうそう。あたし達がここを通ったら錠をかけてしていいからね」


 イリス達は一切言葉にせず、先輩達に任せていたのには理由がある。

 そして挑発的とも思える言い方をしたのにも意味があるのだが、どうやらオスクはそれに乗って来てくれたようだ。


「正気か!? いくらお前達がプラチナランク冒険者だろうが、相手は危険種だぞ!?

 それにお前、ファル・フィッセルだろう? ゴールドだろうが同じことだ!」

「問題ないと思うよ。あたし達、ここにいる六人でグラディル倒してるから」


 冷静に言葉を返していくファルの発したものは、オスクだけでなくこの場にいる者達を完全に固まらせてしまうだけの威力を秘めたものだった。

 当然、イリス達は表情を変えずにいるが。


 ここに来るまでにイリス達は決めていたことがある。

 八層への扉前で必ず冒険者を待ってから討伐に向かえと言われてしまうと、先輩達は予想していた。どうやらそれは合っていたようで、案の定先へ進めなかった。

 もしこうなってしまった場合、他の冒険者達が非常に危険な立場に置かれることを懸念したイリス達は、こうすることで強引に通ってしまおうと考えたようだ。

 挑発的な言い方をしたのも感情的にさせる為で、呆れられて通してもらえれば上々だとファルは思っていた。

 残念ながら彼女の名声は流石に届いていないようだが、ヴァンとロットはエグランダでも相当有名である。リシルアから近いという意味もあるが、プラチナランクとは実力なくしてなれる存在ではないのだから、当たり前といえばその通りだと言えるだろう。


 プラチナランク冒険者二人だけでは門を突破するのに弱いだろうが、ここにグラディルを討伐したと言葉にすれば話の流れは大きく変わると思われた。

 現にオスク達は、内心ではかなり混乱しているように見える。


 この隙にささっと通っちゃえばいいんだよ。

 そうファルが言葉にしたのは、ほんの十ミィルほど前のこととなる。


 扉を勝手に開けていくロットとヴァン。

 それに続くファルとイリス達は先へと進み、安全の為に扉を閉じてしまった。

 呆気に取られたまま閉められた扉を見つめていたオスク達が解凍されるのは、それから二十ミィルほど先のこととなる。


   *  *   


「大成功だねー!」

「う、うむ。成功はした、とは思うのだが……」

「……後々問題になりそうだなぁ……」

「だいじょーぶだいじょーぶ! 危険種も倒しちゃえば何でもござれだよー!」

「……それは、お説教も含めてのことなのかしら?」

「…………ぇ?」


 半目で尋ねるシルヴィアの言葉で、目が点になってしまうファル。

 それをイリスとネヴィアを除く全員が、深くため息をしてしまった。


 ここを通る為のいい方法が思いつかなかったイリス達だったが、そこへ満面の笑みで言葉にした彼女の方法を試した形になった。

 実際に扉を越えることはできたが、それだけで済むとは思えなかったシルヴィア達。

 ネヴィアとイリスは尚も苦笑いをし続け、ファルは表情を変えずにいるようだ。


 あれだけのことを仕出かしたのだ。

 正直なところ、お小言では済まない可能性だって十分に考えられる。

 何よりも作戦をぶち壊した責任を追及されることにもなりかねないが、それに関しては危険種を倒してしまえばこれといって問題にはならないだろうとも思えた。

 しかし、ああいった挑発的な言い方が苦手な一同ではあったが、上手く虚を衝いた形となったことに幸運も味方をしてくれたようだった。


 恐らく、こんなやり方はもう二度と通用しないだろう。

 確実に危険種を討伐しなければならなくなった。

 挙句倒せませんでしたなどと報告すれば、色々と厄介な問題となる可能性が高い。

 お説教で済めば重畳ではないだろうかと思えてしまうイリスとネヴィアだった。


「ま、まぁ、無事に通ることはできた。

 これからのことは後に置いておくとして、さてどうする?」

「現在ザグデュスと思われる存在は八層の奥、丁度広い空間の中央にいるようですね」


 "内部構造解析ストラクチュアル・アナライズ"の効果で大凡を把握している仲間達は、作戦を立てていく。

 とはいえ、できることは非常に少ないと思えた。

 並の危険種であればシルヴィア達でも苦しませずに倒すことができるが、凶種であった場合は逆に苦しめてしまうことになるだろう。

 イリスとしては、なるべく痛みを与えずに倒したいと思っている。

 そしてそれを了承してくれた仲間達だった。


 彼らとて、魔物を切る趣味など持ち合わせていない。

 必要に駆られて戦ってはいたが、魔物の存在を聞いてしまった今、シルヴィア達もまたイリスと同じような気持ちになってしまっていた。

 そういったところもイリスと感性が似通っていると言えるのだが、魔物の存在理由を聞いても尚冒険者として魔物を捜し歩いて倒し、生計を立てていくことに違和感を覚えぬ者は少ないのではないだろうかとイリス達は思っているようだ。



 問題の空間が近付くにつれ、緊張感が漂う雰囲気に包まれていくイリス達。

 サーチを含む、必要となる魔法をかけ直すと、イリスは作戦の確認をしていった。


「まずは視認による確認の後、一旦戻って話し合いをしましょう。

 もし気付かれてしまった場合は戦闘になりますので、十分気を付けていきましょう」


 イリスの言葉に強く頷いた一同は、問題のそれの確認ができる距離まで詰めていく。

 視界に広い空間が広がっていくが、ここもこれまでの階層にあったのと同じように採掘現場となっているようだ。

 つるはしや樽などが転がっている様子から、どうやら相当焦っていたと見える。

 危険種と思われる存在の痕跡が見つかったのだから、それは仕方ないと言えるが。

 その遙か前方、九層の扉が置かれている空間へ繋がる道の手前に問題のそれがいた。

 とても濃い緑色のそれは、遠くから見てもフロックに良く似ている印象を強く感じるが、特にこれといって気になるところもないと思えてしまう一同は、口を噤みながらもザグデュスの観察を続けていく。

 暫しの時間を挟み、仲間達へ後退のハンドサインを見せるイリス。そのまま来た道を少々戻ると、音に反応させないために"防音空間(サウンドプルーフ)"を使用して話し合っていく。


「いたな。問題のザグデュスとやらが」

「やはり俺の知らない危険種のようですね」

「新種ではなく、エグランダ鉱山固有種のようなものなのかしら?」

「ギルドマスターであるランナル様はご存知のご様子でしたから、恐らくはこれまでも何度か出現しているのでしょうね」

「んー、でもさ、地底魔物(クリーチャー)みたいなヤバイ気配は感じなかったよ。

 あれは普通の危険種なんじゃないかなって、あたしは思うんだけど」

「そうだな。俺もガルドと相対した時とは違う、普段通りの落ち着いた感じだな」

「断定は危険だけど、これまで遭ってきた凶種と思われる存在とは違う気配だ」

「そういった意味では、危険種ですら疑わしいと思える強さじゃないかなぁ。

 でもまぁ、ギルマスがあれだけ緊迫した空気を出してたんだ。あれも危険種であることには違いないんだろうね」


 ファルの言葉に頷いていく仲間達だったが、唯一ひとりだけ何かを考え込むように一点を見つめながら言葉を発せずにいるようだ。


「……イリスちゃん?」

「……え? あ、すみません。ちょっと考えごとをしていました」

「何か感じるのか、イリス」

「いえ、そういったことでもないのですが、なんていうかこう、気になると言いますか、マナのようなものが体から溢れているようにも見えたと言いますか……」


 曖昧な表現をするイリス。

 しかし本来マナとは、魔法として具現化させて初めて色を認識できるようになる。

 それを前もって識別することができたのかは分からないが、何かしらをイリスが感じているようにも思えた一同は躊躇い、どうするかと彼女に尋ねてしまった。


 だが、これからやるべきことは何も変わらないだろう。

 このまま危険種を放置するわけにもいかない以上、前に出るしか方法がない。

 形状の形から想像できる攻撃法を話し合い、突発的なことにも対応できるようにと警戒を促していくイリスは再び戦いに必要となる情報を交換していった。

 見た目から推察できるフロックの攻撃方法を仲間達へと伝え、可能な限り早急に片を付けたいと言葉にしたイリスだった。


 気合を入れ直し、仲間へと向けて距離を詰めるサインを出していくイリス。

 一気にザグデュスの眼前へと出るとそれぞれ武器を構え、戦闘へと行動に移そうとした瞬間、そう明るくもない空間全体が光に包まれていった。

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