"純度が高過ぎて"
「……相当、驚かれてしまいましたわね……」
「……そ、そうですね、姉様……」
「……やはり早過ぎる、ということなんでしょうね。
特に私達は、ここを進むのは初めてだと知られているでしょうし」
「んー。まぁ、想定の範囲内っちゃ、そうなんだけどさ……」
「多少ゆっくりと進むか? ……いや、何か問題が起きた時、危ないか」
「俺としては最優先で危険種を討伐したいところですね。遭遇したことのない相手との戦いには、様々な問題が起こり得る危険性を考慮するべきですから。
目的地へ予想以上に早く到達して目立つことよりも、危険種を野放しにすることの方が遙かに影響力が強いと思います。
俺達の風当たりは強くなるだろうけど、街の人の安全を最優先に考えたいよ」
ロットの言葉を賛同していく一同は、現在エグランダ鉱山の三層を歩いていた。
二層の先となる場所にもしっかりとした門が設けられていて、その頑強な佇まいに、ここでも魔物の侵入を防ぐ盾として用意されているのが良く分かった。
階層に魔物がいないのだから門など必要ない、とはとても言えないだろう。魔物の出現に関する確かな情報が乏しい状況でできることは、何よりも安全の確保になる。
その考えは決して間違ってなどいないし、メルンの知識やダンジョンでの推察がなければイリスであっても疑問に思うことはなかったと思える。
本音で言えば、何が起こるか分からないのだから、命を繋ぐものとなるポーションはいくらあってもいい。食料は最悪の場合、九層に向かえば手に入らなくはない。
だが、やはり気になることがはっきりと見えているイリス達。気にならないわけがないとも言えるようなことではあるのだが、それを誰もが言葉にできずにいるようだ。
それはここにいる誰もが明確な答えなど持ち合わせていないし、議論したところで確かな答えなど得られない。
それでも尋ねてしまうシルヴィアに、自身の姿を重ねてしまうロット達。まぁ当然の疑問だよねとファルは小さく呟くが、どうやら全員同じ気持ちだったようだ。
「……どうして鉱山内の魔物は、一般的な魔物なのかしら……」
誰もがそれを考えていたことではある。
ここはマナを過分に含む鉱石が多く採取できる、地下となる場所なのだから。
メルンの話では、ダンジョン内の魔物はマナを含んだ石を喰らうという。
イリスも同じように推察したが、どうやらそれは間違いではないと思われた。
であれば、ここエグランダ鉱山内の魔物にも同じことが言えるのではないだろうかとシルヴィアは言葉にするが、イリスの考えでは少々違っているようだった。
「推察しかできませんが、ここの魔物は岩壁を食べて広げるようなことはしていないと思います」
「どうしてですの? 魔石とは、それこそマナを過分に含んだ結晶体のようなものですわよね。魔物にとっては、最高のご馳走になるのではないかしら」
彼女の問いはとても自然なことに思えてしまうが、それをロットは否定していく。
もしシルヴィアが考えているように魔物が壁や魔石を食しているのなら、ここにいる魔物がそういった存在であると人々に伝わっているはずだと彼は答えていった。
この鉱山の歴史はそれなりにあるようで、先輩達もその詳細までは分からないそうだが、それでも彼らが生まれるずっと以前から採掘がされていただろうことが伺えた。
鉱山の内部構造から考えても、かなり広く深く掘り進めていることがイリスの魔法によって理解できている今、それはないだろうとイリスを含む先輩達は考えていた。
「確かにあの場所とは違い、綺麗に掘り進めているように思えますわね」
「横幅もある程度一定間隔で開けられ、補強もしっかりとされていますから、そういった点から考えて、魔物が魔石の原石を食しているわけではないと思われたのですね」
「はい。それと、もうひとつありまして……」
ネヴィアに答えたイリスは少々考え込んでしまう。
他に理由があるのだろうかと考えてしまう二人へ、それについて話し始めていった。
「仮定の話ではあるのですが、もし魔石を食していたのだとすると、鉱山内の魔物はそれこそ異形の姿に変わってしまうのではと、私には思えてしまうんです。
これには当然確証などない持論となるのですが、マナを含む鉱石を食しただけで"地底魔物"となるのであれば、更に高純度のマナが含まれる魔石を取り込めばそれ以上の存在になってしまうのでは、とも私には思えてしまうんですよ」
それらと対峙しているシルヴィアとファルは、ぞくりと寒気が背中を走る。
あれほどの存在ともなれば、それはもう魔石採掘などできないどころか、完全に危険地帯として封鎖されるだろうと思われた。
クリーチャーですらチャージなくしては倒せない。だが更に強い存在ともなれば、たったの一匹であろうとイリス以外は倒せない強さを持つかもしれない。
それはエグランダという街そのものの存在意義が、消失することとなるだろう。
現在までそうはならずに採掘が続けられている点から察すると、そういったことにはなっていないことは確実であり、異形の姿にもなっていないということから、マナを含んだ鉱石と高純度の魔石とではその意味合いが随分と違うのだろうとイリスは考えた。
残念ながら魔石についてメルンから託された知識は、言の葉を用いての加工技術が殆どとなっている。
ダンジョンのマナを含んだ鉱石と魔石の違いについては、記載されていないようだ。
尤も、そういった時間の余裕などなく、石碑に移入することになったと思われるが。
魔石の加工についての知識は中々に豊富で、様々な技術を含む情報が記されているが、現在それを使ったものを世に出せば話題性に事欠かないだろうと思われた。
それこそ手直しした魔石ランプであっても、それに通ずる職人が見れば一瞬で目の色を変えてしまうこととなるのは確実であるし、それを作り上げたイリスは世界最高の加工職人と呼ばれることになるだろう。
それは魔石加工だけではなく、ガラス加工という点でも言われることは揺るがない。
それだけの凄まじい技術力で作ってしまったランプを、やはりもう少し手直しして簡易的なものへ作り返るするべきだろうかと考えていたイリスだったが、その考えに気が付いたシルヴィアとファルは、懇願するような瞳で現状維持を彼女に強く訴えた。
どうやら表情には出ていなかったが、妙な気配でそれを悟られてしまったようだ。
一拍置いて話を戻すイリスは、マナを含んだものを食していた存在についての話に戻っていく。
「変異するには相応の時間が必要となると思いますし、それこそ最近発見された洞穴が
"コルネリウス大迷宮"へと繋がっていた点も考慮すれば、数十年以上はマナを取り込んでいた可能性も出てきます」
だから大丈夫だということでもないのだが、それだけの時間をかけて変貌を遂げるのではないでしょうかとイリスは言葉にした。
大きな理由として、大迷宮内がそれほど掘り進められていなかった点が上げられる。
それこそ何十年単位で掘り進めたにしては、それほど多く穴が開けられていたとは思えなかった。
尤も、イリス達が歩いた場所は上層部ではあるが、メルンの知識によれば下層に行けば行くほど巨大な空間が多くなる傾向があるらしい。それはつまり、濃度の濃いマナを含んだ鉱石であれば、喰い付き方も激しくなると言えるのだろう。
結局メルン達もその瞬間を目の当たりにすることはなかったそうだが、もしそれが正しいのであれば、やはり魔石とは別物として考える方が妥当なのかもしれない。
これらの話をしていくうちに、イリスはひとつの仮説を立てていった。
「……魔石とマナを含んだ鉱石の違いは、マナを含んだ密度によるものだと思えます。
これにダンジョンで長期間食べられていたと思われる点やその摂取された鉱石量、魔石を食しているとは思えないことを考慮すれば、魔石は純度が高過ぎて魔物であろうとも体に変調を来たすのではないでしょうか」
イリスの唱えた仮説であれば、辻褄が合うようにも思えてしまう。
だがその考えそのものは、非常に危険な状況へと変化する可能性も十分に感じられた一同は、彼女の話に言葉を失ってしまう。
それは以前、彼女の口から教えてもらったひとつの真実。
そしてそれをイリス以外の者は目の当たりにし、命を失うことすら覚悟した。
ルンドブラードで遭遇したガルド。
まるで生き返ったかのように目覚めたそれは、途轍もない力を手にしてしまったようにも思えた。現在はその理由も、イリスのお蔭で彼らは確証を得ている。
一言で表すのならば、"マナの相反作用"を用いた強化法と同質となる。
他人のマナを体内で爆発させるように自身のマナを一時的に崩壊させ、それを自然修復させることでより強大なマナを手にすることができるという恐ろしい訓練法。
ほんの少しでも送り込むマナの量を間違えれば、命すらも落としかねない危険な方法ではあるが、それと同じようなことがガルドの体内で起こっていたと推察された。
では、マナを含む鉱石以上のものを過分に含む魔石を摂取してしまえばどうなるか。
考えるのも恐ろしい事態となることを、魔物も本能的に察しているのではないだろうかとイリスは考える。
そうでもなければ、次々と途轍もない存在が生まれ続けているはずだ。
魔物ですら食さないほどの強大な力を秘めた魔石。
それですら人は利用する為に採取し続けている。
人が豊かになったり、幸せに繋がる使い方をしているのだから、それはきっといいことなのだろう。
嘗て存在していた恐ろしい思想を持つ者が出ないとは限らないが、それでも均衡を保っているようにも思えるこの世界は、分からないことで溢れていると感じるイリス達だった。




