"選択は二つ"
イリス達の元へとやって来たランナルは、先程冒険者達へ言葉にしていた時と同じような険しい表情のまま話していった。
「手数をかけて済まない。聞いての通り、厄介なことになっていてな。ギルド側としては、プラチナランクの諸君らには是非とも参加して欲しいと思わざるを得ないのだ。
当然、冒険者である以上は自由意志に任せるが、どうか今一度良く考えて貰いたい」
そう言葉を伝え、頭を下げたランナル。
それはまるで懇願しているようにもイリス達には思えた。
それだけのとんでもない存在が、この先に待ち構えている可能性がある。
彼の姿に、エルマ評議会で自身がお願いをした時のことが蘇るイリスだった。
一言、失礼すると発したランナルはその場を去り、さてどうしましょうかと考えていた彼女達の元に、グラートの声が響いていく。
「俺は一度仲間達に話をしなければならないが、危険種が出現した可能性がある以上、放置するわけにもいかない。準備に多少時間がかかるが、参加することになるだろう」
「私達も行かないという選択肢はないのですが、準備を含め、仲間達と相談しなければならないでしょうね」
「準備に時間がかかるのも仕方がない。寧ろ、万全の態勢で臨まねば危険だから、しっかりとするべきだろう。他の冒険者もいきなり鉱山へ向かう者はいないだろうし、ギルドマスターの話から察するに、八層には作業員を含む者達はいないようだ。
こういう時こそ、冷静に対処をするべきだと俺は思うぞ」
それではなと言葉にして、グラートは街へと戻っていった。
それを見送ったイリス達は周囲を確認してみると、話し合いを終えたと思われる冒険者達は続々と街へ戻っていくようだ。
さて、どうしましょうかと言葉にしたシルヴィアへ、イリスは返していった。
「現状で取れる選択は二つでしょうか。
ひとつは、一旦街に戻って食料品や所持品等の準備をすること。
そしてもうひとつが、このまま鉱山へと進み、最速で危険種を討伐することです。
前者が尤も安全かつ確実な方法ではありますが、そうなると私達よりも先に他の冒険者達が危険種と遭遇する可能性が出てきます。準備に時間をかければそれだけ危険は伴うでしょう。こうして話している時間も勿体無いのですが、簡単には決められませんので皆さんの意見を伺いたいと思います」
そう長くはかけられない時間の中、考え込む仲間達。この選択自体が危険であることに変わりはないし、それをしっかりと彼らも理解している。
それでも、"街に戻る"という選択を誰もが選べずにいた。
食料品や薬類を確保している間に、鉱山を行き来する冒険者達は次々と危険種へ近付いていくことになるだろう。ともなれば、選択は一つしかないようにも思われた。
「私はこのまま鉱山へと進む方に一票ですわ。時間をかければかけるだけ人の命が奪われていくと私には思えてしまいます。であれば私達の取る方法は一つではないかしら」
「私も姉様に賛成です。とはいえ、相手にする存在の強さ次第では、またイリスちゃんにお願いせざるを得ない状況となることに申し訳なさを感じてしまいますが……」
「それは大丈夫ですよ。私も覚悟はしていましたので、もし問題の存在であれば私が倒します。今回は坑道での戦いとなるでしょうから、それこそ強力な魔法は使えないかもしれません。戦う場所や相手に合わせて変えていこうと思っています」
「俺も二人に賛成だよ。戻る時間を考えてみると、やっぱりかなりの冒険者が討伐に向かうと思えるんだ。正直、このまま戻るという選択は選ばない方がいいかもしれない」
「うむ。そうだな。かなりの危険は付き纏うしイリス頼みにもなってしまうが、俺達であれば最速で向かえるはずだ。幸い、魔物の数は少ないと思える。職員に情報を提供してもらい、歩きながら対策を練っていくのがいいのではないだろうか」
「そうだね、あたしも賛成だよ。
一応ポーションも身に着けてるし、それ程悪くない状況だとあたしには思えるんだ。
……なんていうか、嫌な予感はするんだけど、もしそれが当たっていたら並の冒険者では返り討ちになっちゃう。なら、最速であたし達が行くべきだ。でも……」
そう言葉にしたファルは、ヴァンの腰に携えている獲物を心配そうに見つめている。
今回彼が装備しているのは剣だ。街中は目立つことと大きい武器のため、周りの者への配慮としていつも武器を変えている。それが今回は裏目に出てしまっていた。
確かに大きめの剣ではあるし、彼であればそれほど不自由なく使うことができるが、やはり彼ほどの腕力を活かすにはいつもの戦斧でなければと彼女は感じているようだ。
ふむと呟くヴァンは柄頭に左手を置きながら言葉にしていった。
「確かにいつもと武器が違うが、寧ろ好都合の可能性もある。狭い場所での戦闘の可能性を考慮すれば、こちらの方が戦いやすいかもしれないからな」
そう答えたヴァンだったが、内心ではかなりの不安材料だと感じてしまっていた。
自身の持ち味は、腕力と遠心力を使った強烈な一撃にある。それは超重武器と呼ばれるものでなければ本来の力は出し切れないと、本人が一番感じていることだ。
しかし、今回はそうも言っていられないだろう。獲物がどうとか以前に冒険者の命がかかってしまっている。得て不得手を言葉にすることよりも、やるべきことがある。
左手に触れた柄頭に力を込める彼に、決意を感じさせられていたイリス達だった。
しかし、内部の構造や魔物の位置は判別できても、その存在について全く知らないことが気がかりだったシルヴィアは、イリスに尋ねていった。
「鉱山内の魔物について、何かご存知ですか?」
「残念ながら、それについては私も全く分からないんです。
それにザグデュスという存在も魔物図鑑には載っていませんでしたので、恐らくはエグランダ鉱山特有の魔物が変貌した存在だとは推察できるのですが、その程度でしか分からないんです。それについて、何かご存知ですか?」
先輩達へと尋ねていくイリスだったが、彼らも鉱山に入ったことがないだけなく、イリスと同じ程度の推察しかできていない状況だったようだ。
そもそもエグランダ鉱山は、特定の冒険者のみが入る場所となっている。
その資格はシルバーランク以上であれば手にすることができるが、わざわざ依頼の為とはいえ鉱山に入ってまでお金を稼ごうとは先輩達も考えたことすらないそうだ。
残念ながら今いる場所ですら初めてだと、彼らは言葉にしていった。
「となると、やはり鉱山に進むのは、相応の危険が付き纏いますわね……」
「ごめんね。エグランダ鉱山は、あたしも全くわかんない場所なんだよ」
「いえ、フィルベルグ図書館にも情報がなかったように思えますし、鉱山に入ってまで魔物を倒そうとは私も思いませんから気にしないでください」
「とはいえ、情報量不足というのはかなり厄介だぞ。常に危険と隣り合わせとなる。
やはりここは冷静に対処するべきかとも思えるが、それ以上にこのまま冒険者達を先に行かせては非常に良くないと俺は思ってしまうな」
深刻に思えてしまう事態に、さてどうするべきかと考え込んでいくイリス達。
そんな中、ロットは静かに言葉にしていった。
「……俺達に何ができるかは分からないけど、それでも鉱山に進んだ方が後悔はしないかもしれない。それこそ最後はイリス頼みになる可能性もある以上申し訳なく思うけど、それでもこのまま先に進むことが最善のように俺には思えるよ」
「……そう、ですね。私も、ロット様と同じ意見です。
幸い、お薬も多少は持ち合わせていますし、こちらにはイリスちゃんがいますから、他の冒険者さん達よりも遙かに早く危険種と遭遇できます。討伐となるとお役に立てない可能性も高いですが、それでも、私にできる精一杯をしたいと思えます」
ロットとネヴィアの言葉に強く頷いた一同は、それぞれが持つ所持品を話していく。
イリス、シルヴィア、ネヴィアの三名は、鎧に入れられた三種の薬が一本ずつ、ヴァン達の薬を合わせると、ライフポーション十六、スタミナポーション十三、マナポーション十となる。
加えて緊急用の非常食となる食料が三つ。これも先輩達が持っているものとなるが、残念ながら味の保障はできかねることは仕方のないことと言えるだろう。
これを分ければ六人であってもそれなりの食料にはなるよ。ロットはそう答えた。
「十分とは言い難いですが、それでもかなりの数があるようにも思えますわね」
「冒険者の薬品バッグには、基本十本のポーションが入れられるからね。人によって薬の割合は変わってくけど、それでも何かあった時のための準備は必要になるんだよ」
「……やはり、私達もバッグを付けるべきではないのかしら……。
見た目重視で命が危なくなるだなんて、いいことだとはとても思えませんわ……」
馬車での移動となれば話は別だが、こういったダンジョンのような場所、洞窟や遺跡調査などではしっかりとした準備が必要となる。
特にこれから向かう先は、坑道となるような狭く深い場所だと推察される。
ともなれば、たとえ魔物を倒しても火を熾して調理することができない。
当然それは鉱山の内部構造にもよるのだが、魔物を肉を焼いた匂いで呼び寄せる可能性が非常に高い。自分達の方へ直接向かうならいいが、近くにいる冒険者達に襲撃する可能性も十分に考えられる以上、倒した魔物の肉を焼いて食すことはできないだろう。
最悪の場合と周囲に冒険者がいないことが確認できない限り、そういった行為はしないことを強く決めたイリス達だった。
問題は魔物の数とその種類の方だと予想される。
八層まで魔物が確認されていないのに、それでも出現した可能性がある以上、何らかの予期せぬ状況となったことは理解できるが、その具体的な内容についてランナルが言葉にすることはなかった。あとは職員に尋ねて欲しい、ということなのだろう。
いつの間にか冒険者がいなくなってしまった鉱山入り口の扉前にいる職員の下へ、イリス達は足を進めていった。




