"十分過ぎるほどの功績を"
一軒の素敵なカフェテラスを見つけ、お茶を頂きながら小さな旅の疲れを癒していくイリス達。
今回はお茶ではなく、このエグランダでも栽培され、周囲に群生しているという特産品のひとつ、ラコミーという果実のジュースを頂いていた。
乳白色の優しい色合いで、甘過ぎず酸味がほのかにするさらさらとした非常に飲みやすい喉越しを感じる、とても清涼感の感じる美味しいジュースだった。
だが少々癖のある果実だそうで、それを知らぬ三人へファルは話をしていった。
「このラコミーはね、凄く独特な形をしているんだよ。大きさは二十センルほどの果実なんだけど、ふさふさの繊維に覆われていて、中には硬い種が一杯入ってるんだ。
このジュースになっている実の部分は、種の周りを囲うようについているんだよ」
「そういえば、ラコミーはこの辺りから北に生ってるって聞いたことがあるけど、集落でもファルは食べていたのかい?」
「うんうん。あたしこの実が結構好きでね。やたらとたくさん木に生るものだから、食べても食べてもなくならないんだー。よく修練さぼって食べてたのを母さんに見つかって……それはもう、大変な目に……遭ったんだよ……」
楽しそうに語る彼女の顔が徐々に暗く、果てには虚ろな目でかたかたと振るえ出す。
そんな話を聞いたイリス達は、もしかしてお母さんが怖いのも彼女に何か要因があるのではないだろうかと思えてしまったようだ。
彼女のである母フェリエの評判は非常にいい。
寧ろ、悪い噂を微塵も聞いたことがないと、ヴァンとロットの二人は語っていた。
マルツィア、ウルバーノ夫妻もそう答えているし、特にこれといって怖いという印象を受けることができないイリス達にとって、一体何が彼女を怖がらせているのだろうかと思わざるを得なかったが、それを聞くことは彼女の古傷を広げてしまうことになる。
相も変わらず好奇心旺盛な性格からうずうずとしていたシルヴィアだったが、それを興味本位で尋ねることはしなかった。
美味しいジュースを頂いて休息を終えたイリス達は、再び街を散策していく。
街の中央にある建物に視線を向けると、そこには冒険者が集まっているようだった。
何か大きな作戦でもギルドから依頼されたのだろうか。
そう感じてしまうほどに、多数の冒険者が建物前に集まっていた。
そんなことを思っていたイリス達の横から、ファルは言葉にしていった。
「……何か、様子がちょっとおかしいね」
「うむ。そのようだな」
「そうなんですの? 何かの大きな依頼である可能性はないのかしら?」
「いや、もしギルドに貼り出された大規模依頼であっても、こんな場所にこれだけの冒険者が集まるのはおかしい。ギルド依頼であっても普通ならギルドの中や、もっと目立たない場所で話し合うだろうからね」
「問題が起きているのなら、私達でも何かお手伝いできることがあるかもしれません。
とりあえず、お話だけでも聞きにいってみましょうか?」
「そうですね、イリスちゃん。幸い私達もシルバーランク冒険者ですものね。
参加資格は持っていると思いますし、何かのお役に立てるかもしれません」
ネヴィアの言葉に、とても言い難そうに答えていく先輩達だった。
「あー……。三人ともたぶん、ゴールドランクに昇格してるんじゃないかな」
「う、うむ。恐らくではあるが、グラディル討伐における功績で昇格はほほ確定していると思われるぞ」
「イリスに限って言えばプラチナランクの一歩手前、といったところだと思うよ」
「そ、そんなに功績をあげたつもりは、記憶にないのですが……」
そう言葉にするイリスだったが、実際には様々な点から既に十分過ぎるほどの功績を得てしまっている。
プラチナランク冒険者とひと括りにしても、それは様々である。
最低限の強さは必要となるも、斥候に特化した者が昇格する場合もゼロではない。
中には戦う者としてではなく、探索や調査に重きを置いている者もいるくらいだ。
当然それには最低限自分を守れるだけの強さと、並外れた斥候能力が必要となるが、そういった意味で言うのならばイリスは既にエデルベルグの件で、プラチナランク斥候となれるだけの条件を十分に満たしていると先輩達は思えてならなかった。
現在までプラチナランクとならなかったのも、フィルベルグ冒険者ギルドマスターであるロナルドのお蔭ではあるのだが、ファルの件も含め、プラチナランク冒険者であるヴァンとロットの二人と行動を共にしているイリス達の調査が行なわれている可能性が高いと先輩達は話していった。
恐らくエルマでのことも、本格的な調査がされてしまえばすぐに判明するだろう。
いくらエルマ冒険者ギルドマスターであるタニヤやエルマ評議員が黙ろうとも、そういった情報は現状を鑑みるだけで、そう時間もかからずして判明されることになる。
既に彼女達は危険種であるギルアム二頭と、グラディル一頭を倒し、更にはダンジョンとギルド側には推察される場所を封じたとツィードギルドに報告していた。
これだけの功績をあげた冒険者など、プラチナランクですら存在しない。
それもこれほどまでの短期間で成し遂げてしまったことに、驚愕されるだろう。
ルンドブラードで遭遇したガルドの一件は知られることはないが、もしそれすらも知られていたら、イリスだけでなくシルヴィアとネヴィアもプラチナランクに昇格させられることは確実だろう。
寧ろガルドを少人数で討伐したという意味は、それだけでは留まらない。確実にロット以上の英雄として賞賛され、敬意を持った視線を向けられてしまうことになる。
恐らく史上最年少かつ最速のプラチナランク冒険者の誕生と同時に、こちらも史上初のプラチナランク冒険者のみで構成されたパーティーとなるだろう。
先輩達は心に留めていたのだが、どうやらそれを後輩達も察したようで、とても微妙な表情になりながらも言葉にしていった。
「……色々と、目立ち過ぎていたのですわね……」
「……正直、あまり考えもしないことでした……」
「……思えば危険種と遭遇していますものね……」
「まぁ、今更気にすることもないだろう。ランクの昇格する期間が短過ぎる点に思うところはあるが、俺達は今までと同じように旅を楽しみながら目的地を目指せばいい」
そう言葉にしたヴァンは、それについての話を始めていった。
そもそも彼女達が冒険者登録をしたのも、今年の四月のことであり、時期的に考えても新人としか扱われていない存在が危険種を倒すことはもちろん、その場に居合わせるだけでも凄まじいこととしてギルド本部に判断されるのは確実である。
その影響はプラチナランク昇格ということではなく、エークリオ冒険者ギルド統括本部からイリス達に出頭要請が出される可能性が非常に高いと先輩達は思っていた。
彼女達の経験の浅さを考えれば当然と言えるだろうが、もしそうなれば一度エークリオへと戻らなければならない。その通達を無視して旅に出れば、一体どんな影響となるかの見当も付かないので、その選択肢は選べないだろうなとヴァンは言葉にした。
「まぁ、大方同じパーティーに所属しているだけで、倒したのは俺達だと思われるだろうな。そういった意味ではプラチナランクも使いようがあると言えるか」
「そうですね。恐らくはゴールドランク冒険者となったイリス達の調査が、それなりの時間をかけて行なわれるはずだよ。だから冒険に支障は出ないだろうね」
「エークリオに招集されるとか、あたしとしてはそういうの嫌いなんだよねぇ。
なんかこう、背中がぞぞぞってするんだよ……」
瞳を閉じ、とても微妙な表情をしながら身体をふるふると震わせるファルに、思わず苦笑いが出てしてしまうイリス達だった。
しかし残念ながら、ヴァンの予想は大きく外れていると言わざるを得ない。
ツィードで遭遇したグラディル戦を、街門兵士であるレグロとベラスコがそれを目視している。彼らへの口止めもしていなかった以上エークリオからの調査が入れば、すぐに知られることとなるだろう。
そしてそれは、エルマでの一件にもイリス達新人冒険者が関わっていると判断され、更には孤児院の件や新たに評議会を創り上げたという話にも広がる可能性があり、そう遠くないうちにプラチナランクへと昇格することは間違いないと言えるのだが、残念ながらヴァンを始めとした一同はそれについて気付いている様子はなかったようだ。
中央の建物へと向かっていくイリス達一行。
その周囲にいた冒険者達は、建物内へと入っていったようだ。
重々しい扉は開かれたままの状態だが、この先に頑強な門があるらしいと聞いていたイリス達は魔物が溢れる心配を心中でするも、それをすぐに否定した。
そういったことで冒険者達が集まっていたわけではないだろうと考えながらも、扉の横に待機している男性の兵士に話を伺っていくイリス達だった。
「こんにちは。何か問題事でも起きたのでしょうか?」
「お前達も冒険者だな。シルバーランク冒険者以上の者であれば、中に入って話を聞いてもらいたいのだが……まさかその二人は、ヴァン殿とロット殿なのか!?」
「そうだ。とはいえ詳細を知らぬし、現在はパーティーを組んで旅をしている。
役に立てるかは話を聞いてみないと答えようがないが」
そんなヴァンへそれでも構いませんと強く答えていく男性兵士は、中に入って話だけでも聞いてもらいたいと言葉にした。
なんでも通路の先に大きな部屋が設けられているらしく、多くの冒険者達がそこに集められているのだと、なるべく小さな声で伝えていく男性兵士。
ここでは街人の目がある。話せない内容となることも彼の言葉で大凡の見当を付けられたイリス達は、それ以上言葉にすることなく建物内へと足を進めていった。




