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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十五章 問題の存在
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"緻密すぎる細工"

 クレトの率いる隊商から別れて二日が経った。

 パルドゥスと対峙したのちは魔物の出現もなく、とても穏やかで落ち着いた快適な旅をすることができていたイリス達は、街道をゆっくりと進んでいた。


 荒々しい荒野が更に険しく感じられる周囲。

 この辺りはそういった地形となっているようで、視界も背の高い岩で遮られてしまうこの場所は、魔物が突如として襲ってくる可能性のある危険地帯とされている。

 特に馬車での移動は周囲の警戒が疎かになりやすい。魔物に襲われた際もすぐ行動に移せるとは限らないため、見通しのいい場所よりも遥かに気を付けなければならない。


 それはイリス達であっても同じことだ。

 いくら"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"で周囲をより広範囲に警戒できるとはいってもそれに頼りきってしまえば、いざという時に危険な状況になってしまうことも十分に考えられた。

 必要以上に魔法の使用を制限する必要はないが、それでもある程度は各々の目と耳、時には鼻や感覚で、それらが及ぼす危険性を肌で感じることが重要となる。

 既に彼女達はそれなりの経験を積んできているので、先輩達に言われるまでもなく周囲の警戒を厳にすることができるようになっていた。

 それは一つ所に留まる冒険者では決して手にすることができない技術となるのだが、彼女達はそれを気にすることもなく、周囲を注視しながらもどこか楽しそうに旅を満喫しているようにも思えた先輩達だった。


 思えばこの辺りは、随分とフィルベルグからは離れた場所となる。

 水を出せる実力者と馬車があるという点で最短距離を進めてはいるが、それらの条件を持たない者や一般商人達ではこうはいかないだろう。

 先日出会ったクレトの隊商に水属性魔法を使う者がいたのだろう事はイリス達にも理解できたが、それでもこれまでの旅で最短距離を進む者と出会ったのは非常に少ない。

 そういった意味では出会いのない旅とも言えてしまうが、それも仕方ないだろうなと先輩のひとりは言葉にした。


「この最短経路を進むのには、幾つか条件が必要だからな。俺達のように水属性魔法が使える仲間がいるだけでは、こういった道を進むのに少々危険が伴うと言えるだろう。

 一般的に馬車を持つ冒険者というのも非常に少ないからな。そういった意味では俺達のような冒険者は、世界にも他にいるかどうか分からんほど少なくなるだろうな」

「そうですね。俺も正直なところ、馬車持ち冒険者はあまり聞いた事がありませんね。

 クレトさんの隊商にいた冒険者達も恐らく馬車を持っている人達じゃなくて、クレトさんの所有している馬車に乗り込んで移動しているんだと思うよ。

 馬車はその値段そのものは相当高価なものだけど、シルバーランク冒険者くらいの依頼をこなせるようになれば仲間達とお金を出し合って手に入れることができるんだ。

 でも、本来の用途は街と街との移動に使われるものだからね。商売でもしない限り、馬車を購入しようなんて冒険者は少ないんじゃないかなぁ」

「まぁ、移動なら乗合馬車で十分だったりするからねぇ。

 値段もお手頃だし、馬車での移動になるから楽だし、ごはんも皆と一緒に食べられるからね。あたしも随分とお世話になったけど、あれはあれで楽しいもんなんだよ。

 色んな人達がいるからいい話し相手になってもらえるし、中には貴重な情報が手に入ったりすることもあるんだ」


 そう言ってファルは興味深かった情報についての話をしていく。

 移動の際に話されるものの中には、冒険者ギルドで手にする情報よりも早いものがあるそうだ。流石に馬車の中でそれを聞いても有効活用はし難いのだが、彼女は斥候(スカウト)として活動していた冒険者なので、乗合馬車に乗り込んでいる者達に話しかけて情報を教えてもらうこともしばしばあったようだ。

 当然、それらを鵜呑みにすることは危険な場合もあるため、慎重に情報収集を続けて行動に起こすらしいのだが、そういった旅人から得られる情報が決め手になる場合も多いのだとファルは言葉にした。


 斥候(スカウト)と言えば聞こえはいいが、結局のところ情報収集をする事が非常に多いので、そういった行動が苦手なものには全く不向きだと言えるほどの役割となっているらしい。

 そんなことを話していたファルは、何とはなしに後輩達の性格から判断すれば、十分斥候(スカウト)になれると思うよと伝えていった。


「あら、私でも斥候(スカウト)になれるのかしら?」

「そうだね。寧ろ、エデルベルグ城内の探索をしていた時に、俺はそう思っていたよ。

 真剣でありながらも、皆とても楽しそうに周囲を調べていたからね。

 向かない人は全くといっていいほど興味を持たないらしいから、それを踏まえても皆は斥候(スカウト)になれると俺は思うよ。

 俺もそういったことに凄く興味はあったけど、何よりも強くなりたい気持ちがあったから盾戦士(フェンダー)で活動していたんだ。でも、やっぱりどっちも好きだなって思えるね」

「俺は自身の能力から重戦士(ウォリア)が一番だと疑うこともなかったが、どうやら斥候(スカウト)の活動にも興味を持っているのだとアルリオンで気付かされた。

 ああいった歴史や文化に触れる機会が今までなかっただけだと知って、正直、自分自身に驚いていた。エルマでの事もそうだが、今までにない斬新な冒険になっているな」

「アルリオンかぁ。秋になったらみんなで行ってみたいなぁ。

 黄金の平原を見ながら飲む葡萄酒は格別なお味で、とっても美味しいんだよ」


 楽しげな話に盛り上がりながら、荒々しい荒野をゆっくりと進んでいく。

 時折見える草木を横目に街を目指すも、イリスはふと何かを注視しているように右前方を見つめているのに気が付いたファル。

 何かあったのかと尋ねると、イリスは言葉にしていった。


「……いえ、あったというか、あるかもしれないというか……」


 歯切れの悪い言い方をするイリスは、手綱を握るヴァンへエステルを右前方の場所で止めてもらうように言葉にした。その場所まで来たイリスは一人馬車を降り、地面の砂を摘むように拾って何かを確かめるように指を動かしていく。

 それに釣られるように続いて馬車を降りる女性達は、イリスの指先に視線を集める。

 御者台からその様子を見ていたロットは、彼女の考えていることを察したようだ。


「……そうか。それを使えるね」

「はい。使えそうですね」

「なるほど。でもイリス、加工なんてできるのかい?」

「恐らくは大丈夫だと思いますが、正直なところ試してみないとまだ分かりませんね」

「どういうことですの? その砂が何かに使えるんですの?」


 考えながらロットの問いに答えていたイリスは、意識を仲間達へと戻して苦笑いをしながら説明不足を謝り、地面に広がる砂についての話を始めていった。


「この砂は珪砂(けいさ)と呼ばれているもので、石英の粒が多く含まれているんです。

 グラニットが風化されてできたものと言われていますが、私もそれほど詳しくは分かっていないんですけど、この砂はガラスの原料になるんですよ」

「……ということは、これを使ってお花のランプが作れるってことかな?」


 ファルの問いを肯定しながらも、本来ならばそこからガラスの加工をする為に専用の大きなかまどを使い、高温で溶かしていかなければならないそうだ。

 イリスの力であれば、そういったものを使わずにしてガラスを作れるかもしれないと、先程ロットと話をしていたのだと彼女は説明をしていった。


 折角ですから、まずは試してみますね。

 そう言葉にしたイリスは意識を集中し、必要となるガラス製作を始めていった。


「"不純物を除去リムーブ・インピュアラティ"」


 地面が黄蘗色の光に包まれていき、それが収まると地面に透明な石とそれ以外が綺麗に分けられているようだった。

 なんとも不思議な光景を目の当たりにした仲間達だったが、今イリスが使った魔法は頭の中で必要なものを想像すれば、それ以外を除外してくれる便利な魔法だという。

 当然この魔法は、鉱物や調薬、はたまた調理にまで様々な用途で使われるものらしく、多方面で活躍する魔法のひとつとなっているのだと言葉にした。


「今回分けたのは、ガラスの原料となる石英の粒です。

 小さくともこれだけ透明な石が纏まっていると、とても綺麗に見えますね」


 微笑みながら答えたイリスは続けて"物質結晶化クリスタライゼーション"を使い、全ての小さな石英粒をひとつに変えていく。

 多くの粒を集めたことにより、結晶の大きさは七センルほどとなったようだ。

 これを更に"願いの力"を使って、希望の形となるランプの原型を作っていく。

 純白の光に包まれたガラスの塊は、徐々に美しい花の形状を見せていった。

 あとはこれに魔石をくっつけるだけですねと言葉にするイリスへ、とても言い辛そうにしながらファルがあることを指摘していった。


「あー……イリス……その状態だと、色々と不味いんじゃないかな……」

「その状態、ですか?」


 首を傾げながらもガラスの花へと視線を向けていくと、その意味を理解できたようだ。思わずイリスもこれじゃ目立ち過ぎますねと言葉を洩らしていった。

 大きさは全く支障ないと思われた。寧ろ、たったの一度で魔石に丁度いい大きさにランプを作り上げたことに驚きを隠せないが、問題はそこではない。

 出来上がった花は茎から伸びた葉や、おしべやめしべなど、細部に至るまで緻密に作り込んでしまっているようだった。


 ある意味ではとても素晴らしい作品と言えなくはないのだが、ガラスでこれを造ったとなれば話は別である。そんな凄まじい技術などこの世界には存在しない。

 故に、この状態では悪目立ちし過ぎてしまうと断言できるだろう。

 思わず苦笑いしか出なくなっていたイリスだったが、彼女の性格がこれだけ緻密な作品として作り上げてしまったのだろうと仲間達は思っていたようだ。


 斯くも"願いの力"とは凄いものだなと彼らは思う中、イリスは再び力を使って修正を施していった。

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