"作りたいもの"
実際にブリジットの書いたレシピ本を当時のイリスが読んだとしても理解できなかったと思われるが、その大凡の仕組みはレティシアとメルンから託された知識に含まれていると言葉にした。
中でもメルンの知識は詳細まで克明に記されたもので、今現在では全く知られていない魔石の情報まで知ることができたと、イリスはその知識と自身がこれまでの旅で推察して導き出したものを話していく。
魔石とは、マナを過分に含んだ結晶体のひとつで、原理としては魔法の薬草と同じではあるが、含まれたマナの量は比較にならないほど多いという。
主にこれらは核から溢れ出たものが石に凝縮されていったものと推察されるが、その用途はメルンの時代では街灯やシャワー以外には使われることのないものとして存在していたようだ。
「その理由は"言の葉"の利便性と、魔石が持つ力の弱さにあるそうです。
そもそも道具として使っている現在は、随分と言の葉が抑えられた世界になっているために魔石の有用性が高いと言われていますが、当時はそれこそ、ごく一部の道具としてしか使われていなかったようですね。
火も水も風も土も。全てを体現できてしまうような力を所持した人々には、魔石というものがそれほど魅力を感じさせない鉱石として扱われていたようです」
「これほど利便性のあるものという認識を俺達はしてしまう魔石だが、流石に八百年前の高度な魔法技術が世界に溢れていた時代では、それすらも霞んでしまうほど強力な魔法が頻繁に使われていたということなのだろうな」
ヴァンの言葉に頷いてしまう一同。
だからこそ、眷属の存在が非常に厄介となると考えていた。
今の時代ならばそれほどの強大な力を振るう存在とはならないと思われるが、それでも脅威という点ではなんら変わることがないと言えることは間違いないだろう。
この世界の人も同じように、強い魔法を扱えなくなってしまっているのだから。
眷属に対する直接的な解決法を見出させない以上、結局は八百年前の再現となってしまう事は目に見えている。人が存在する限り、その時は確実に訪れる事となるだろう。
魔石の話へと戻っていくイリスは、その時代でされていた加工方法の話をしていく。
「眷属事件以降、魔石加工を含む魔石の使用も一時的に止まってしまったようですが、当時の加工方法は、今現在で行なわれている物理的に削っていく方法とは違います。
当時はこれにも魔法での加工がされていたらしく、"物質結晶化"を使う事で、鉱石に含まれるマナを十全に使えるようにしていたみたいです。
とはいえ、それでも街灯のようなものを含む長時間明かりを灯すようなものや、シャワーくらいにしか使われていなかったようですね。
特にシャワーは"洗浄"で代用できるどころか、お湯を浴びて綺麗にするよりも遥かに効果的かつ衛生的であるため、趣味の領域とまで言われていたようです」
そんな魔石は、一部の研究者がマナや魔石の仕組みを知るために使われるもの、という認識が非常に強く、一般的には触れることのない鉱石とも言われていたそうだ。
実際には一部の恐ろしい考えを持つ魔術師達が、軍事利用の為に魔石の研究をしていたそうだが、それも眷属の出現により、その考えもろとも露と消えたという。
それは滅びたと聞く問題の帝国のことを指しているのだと理解した仲間達だったが、同時に彼女達はブリジットが提唱したという論文の一部を思い出していた。
『魔石とは人の暮らしを豊かにするだけではなく、幸せにする可能性を秘めている』
きっとこれは、彼女だけが思うことではなく、本来魔石とはそうあるべきものなのだろうと仲間達は強く思っていた。
そこに無限の可能性を秘めていると考えているブリジットは、本当に素晴らしい考えを持つ人なのだと思う一方で、そういった者にこそ、それを扱う資格があるのではないだろうかと思えてならないイリス達だった。
軍事利用という言葉ですら、イリスが説明しなければ察することができないほど平和な世界だと言える現代は、本当に幸せな時代なのかもしれないと思えてしまう。
どうして人を悲しませるようなものを発想できるのか、イリス達には全く理解することなどできないが、それでもそんな考えを持つ人達の下に力が集まるのは危険極まるということだけは察することができたようだ。
「……なんとも……凄い時代、だったのだな……」
ぽつりと呟くヴァンの言葉を、同じように考えていたイリス達。
それは魔法の発達だけではない。その発想すべてが今とは遥かに違う恐ろしい時代。
戦争という危険がすぐ隣にある恐ろしい世界。安寧を保っているように思えるが、実際は本当に微妙な均衡をなんとか保っているだけなのだろう。ほんの少し何かがずれてしまえば、世界は悲しみで包まれてしまうような時代だったのではないだろうか。
だが、穏やかな時間が流れているようにも思えるこの時代でも、それは同じようなことが言えるのではとも思ってしまうイリス達。
今は視点が魔物へと向いているようにも思える人々の意識が、魔物を楽に倒せるような技術や能力を手にしてしまえば、いずれはレティシアの時代のように変わっていってしまうのではないかと考えていた。
世界は穏やかな平和が続いているように見えていても、とても危険な状況であることに変わりはないのではないのだろうか。
それこそ"大災厄"が起こる前に、人々が争い出す可能性も全くのゼロではないかもしれない。いずれは世界を覆うような悲しみが広がり、空へと悪意が噴き出してしまうのではないだろうか。
そんな風に考えてしまう一同は、口を噤むように会話を途切れさせてしまった。
調理を終え、皆で食事をするまで沈黙が続いていた重々しい空気の中、イリスはこれまで考えていたことを話していく。
「色々なことを考え続けましたが、きっと大丈夫だと私には思えます。
特に今の時代の頂点に座している方々は、とても立派なお考えを持つ方ばかりです。
きっと悲しい事にはならないと、私にはどこか確信が持てるんです。
それにフィルベルグには、シルヴィアさんとネヴィアさんもいますし、ロットさんもエミーリオさんも居てくれるフィルベルグ王家はきっと大丈夫ですよ」
イリスの笑顔に癒されるように、頬が緩むシルヴィア達。
美味しい料理を頂きながらもどこか安心したように考えるファルは、クレトに頂いた欠片についての話をしていった。
「それで、魔石の原石はどうするの? 思い出の品にしちゃう? それとも何か作る?
"真の言の葉"の"物質結晶化"なら、相当純度の高い結晶体が作れるんでしょ?」
「そうなんです。実は作りたいものがひとつあるんですが、他に何か作りたいものがあれば、それを皆さんで考えたいと思っていたんですよ」
「作りたいものと仰られても、魔石に関しては素人ですので分かりかねますわね」
「そうだね。俺もあまり魔石には馴染みがなくて思い当たらないなぁ」
「ふむ。属性を強化するという方法もあるのだろう? ネヴィアの杖などに付けて、魔法の強化を図れないだろうか?」
「私だけ強くなるのも申し訳なく思えてしまうのですが、ヴァン様……」
「あら、いいではありませんか。あのガルド戦で見せた魔法の威力は素晴らしかったですわ。更なる強化となるのであれば、必要に応じて使える強さを手にするのも悪くはないと思いますわよ」
「それなんですが……」
とても言い辛そうに言葉にしていくイリスは、原石について話をしていく。
「この石は大きさから見てクレトさんが仰ってたように、とても微弱なものしかマナが含まれていないと思うんです。正確にはそれを解析魔法で確かめてみなければ分からないのですが、恐らく"真の言の葉"を使って結晶化したとしても、ネヴィアさんのミスリルロッドについてる魔石以上の性能にはならないと思いますよ」
あら、そうなんですのと、残念そうに言葉にしたシルヴィア。
彼女だけでなく仲間達は全員、イリスの魔法であれば凄い結晶になるのではと期待を持っていたようだが、実際にこの小さな鉱石にはそれほどの力は持ち合わせていないと話を続けていくイリスだった。
「とはいえ、これだけの大きさでも十分なほどのものが作れちゃうんですよ」
とても嬉しそうに微笑みながら言葉にする彼女に、一体何に変化させることができるのだろうかと考える仲間達は思いを膨らませていくも、その見当も付かないといった顔をしているようだった。
そんな仲間達へ笑顔のまま、作りたいものを話していく。
「この小さな魔石を使って、ランプを作りたいと思うんです」
「――! それはとっても素敵ですねイリスちゃん!」
「それなら魔石が小さくても十分なんだね。その発想はあたしにはなかったなぁ」
「ふむ。いい考えだな。それもまた、旅の思い出の一つになりそうだ」
「そうですね。でも、ランプを作るための部分とかはどうするんだい? 結晶を吊るすような感じになるのかな」
「あら。それはそれで野趣溢れる感じでいいですわね」
「ランプ作りでいいんでしょうか? 何か皆さんで作るものを話し合いませんか?」
自分の案ばかり受け入れてもらえているように思えてならないイリスだったが、実際に全員が思い当たらないらしく、ランプを作る以外には考えられなかったようだ。
正直に言うとこれだけ小さな魔石ともなれば、その作れるものは非常に限られてくるだろうし、冒険に必要となるものも特にない今、ランプの光源を手にするのはいい考えではないかと思えていたようだ。
早々に話は纏まってしまい戸惑うも、その先となる話へと移っていくイリス。
「で、では、材料についてはおいおい手にするとして、どういったデザインのランプにするかを考えたいと思うのですが……」
「ふふふ。これはあれかな? あれだよね、シルヴィアさん」
「ええ。そうですわね、ファルさん。今度は負けませんわよ」
「勿論だよ。今度こそ自信作を作るからね」
「あらあら。今度こそ勝つのは私ですわよ」
含み笑いをしながら見詰め合う彼女達を、瞳を閉じて小さく『むぅ』と言葉にするヴァンと、苦笑いで二人を見つめるロットとイリスだった。
静かな星空の下で美味しい食事を楽しむイリス達の中で、唯一ひとりの女性だけが満面の笑みを向け、意識を飛ばしながら真っ青で微笑み続けていた。




