"そもそもありえない技術"
休憩を取ったイリス達は、それぞれに旅の無事を言葉にしながら、お互いの進むべき道へと向かっていった。
彼との出会いはとても有意義なもので、いただいた原石を手のひらに乗せながら、とても嬉しそうに見つめているイリスだった。
クレトの隊商から別れ、休息を挟みながら四ミィルほど進んだ頃、丁度いい野営場所を見つけたイリス達は、日が暮れる前に夕食の準備を始めていった。
この場所は随分と見晴らしが良く、魔物も視認しやすい地形に恵まれていた。
食材を切り分ける女性達三人は、横で鍋の準備をしているイリスへと尋ねていく。
「そういえば、ブリジット様が書かれたという魔石加工の本とは、どのようなものが書かれているのですか?」
「あぁ、それ、あたしも興味あったんだ。魔石加工の専門家が書いた本なんでしょ?」
「やはり高度な技術を必要とする加工の数々が記されているのかしら?」
「確かに高度な魔石加工技術についての記述はされていましたが、皆さんが想像しているような温水シャワーが出る魔石などに関しては載っていないものになるんですよ」
イリスの言葉にしょぼくれてしまう三人に思わず苦笑いが出てしまうも、そういった類の加工技術は既に四大王国であるリシルア、アルリオン、エークリオと技術提供がされているため、専門家であれば一応は製作ができるようになっているだろう。
勿論そこにはフィルベルグも含まれており、ブリジットでなくとも作り出すことは基本的にできると思われた。
それだけ非常に高度な加工を要求されるという意味で、現実的には作り出すことは可能でも、ブリジットの作り上げた完成度と同等の魔石を作り出すことはできないらしいと、彼女と酒飲み友達であるルイーゼから聞いたことがあるイリスだった。
そういった類について書かれた本ではなく、彼女があの店で日々製作し続けている"子供達"のレシピになるとイリスは答えていった。
彼女があの店で見てきたものを細かく説明していくが、その表情はとても楽しそうで、やっぱりレシピ本を買っておけばよかったかもしれないと残念そうに言葉にした。
そんな話を聞いていたファルとシルヴィアは笑顔で空を見上げ、夕闇に染まる美しい景色を見つめながら言葉にしていった。
「……あぁ、そういったものについて書かれた本なんだね。
あたし、魔石ってもっと凄い可能性を秘めてるものなんだと思ってたよ……」
「……あら、一番星ですわね。……明日も晴れるかしら……」
うふふと楽しそうに話す二人に、イリスは真顔で言葉を返していく。
「仰りたいお気持ちは分からなくはないのですが、実際にブリジットさんが作り上げたおもちゃの数々は、物凄い技術が使われたものなんですよ」
イリスの言葉に目が点をなってしまう二人と、そうなのですかと冷静に尋ねていくネヴィア。ヴァンとロットもその話には興味が湧いたようで尋ねていった。
「俺には個性的過ぎて良く分からない印象が強かったけど、そんなに凄い技術を使っているのかい?」
「ふむ。俺には全くと言っていいほど、魔石に関しては知識がない。
しかし、少ないながらの知識でも、ブリジット殿の作り上げたおもちゃがそれほど高度だとは俺にはとても思えないんだが、実際は違うのか?」
二人の言葉をはっきりと肯定していくイリスは、それについての話を始めていくも、どうやらブリジットの作り出したおもちゃの中には二つの属性魔石を組み合わせられたものがあるらしく、魔石自体が含むマナの量は微弱ながらも組み合わせて作るという、神業とも言えるような技術の結晶なのだとイリスは言葉にした。
「あまりいい例えではありませんが、魔石であろうとも"マナの相反作用"が働く、と言えば分かりやすいでしょうか。実際には少々違うのですが、二つの力が反発して魔石どころかおもちゃ自体が破裂するように壊れてしまうと私には思えます。
そういったことにならずにおもちゃとしての役割を安定させていることは、非常に高度な技術を必要とします。
恐らく、世界の誰にも作り出せない高度過ぎるおもちゃだと私は思いますよ」
その話にぽかんと口を開けながら呆けてしまう仲間達。
とてもそんな凄いものだとは思えないと顔にはっきりと出ているようで、イリスであってもそれをしっかりと理解することができるほど驚きで溢れていた。
だが、彼女の作り上げたものの凄まじさは、また別の所にあるとイリスは話す。
「これはメルン様の知識で知る事のできた情報なのですが、八百年前の時代では、本来魔石は加工などする者がほとんどいなかったのだと記されています。
あれらの力は、かつての"言の葉"と比べると、とても微弱なものという意味も含まれますが、何よりも加工することが非常に難しいと言われていました。
わざわざ苦労してまで作ることも、あまり考えられなかったようではありますが」
街灯やシャワー用魔石など、確かにレティシアの時代にも存在していたのだが、それは今現在で使われている魔石とは全く違った造り方をしていたのだとイリスは話す。
基本的に魔石は、職人がマナを使って結晶化させたものを、それぞれの属性を結晶に覚えさせることで様々な用途に使える状態にしていたらしい。
温水シャワーの魔石も、火と水の魔石を二つ使って実現しているが、どちらの石も少々離されて使われているようだ。そうでもしなければ壊れてしまうというのが魔石の常識のようで、今現在とは全く違う仕組みになっているそうだ。
「フィルベルグで朝のトレーニング中に、ブリジットさんとよくお話をしていました。
その中でシャワーについて伺ったことがあって、その仕組みについて詳しく話してもらえたのですが、今にして思えば凄まじいことをブリジットさんはしていたんです。
当然、当時は何も気が付かなかったことですし、本人も全く気が付いていないようですが、ブリジットさんが作り上げた温水シャワーは、マナの相反作用のような効果をみせるほどの近くに魔石を組み込んでいるらしいんです」
その話に凍りつくように全員の動きが止まってしまう。
これまでのイリスが話してくれた知識の数々を知っている仲間達であれは、その意味を理解できないはずもなかった。
それについて口を開けずにいた一同だったが、イリスは静かに言葉にしていった。
「……皆さんが思われている通りで、大凡は間違っていません。ブリジットさんは魔石を使うという形で知らず知らずの内に、"合成魔法"を完成させてしまったんです」
静まり返るイリス達の方へと視線を向けるエステルだったが、また美味しそうに草を食べ始めていった。
沈黙が続く野営地で、イリスは言葉を続けていく。
実際には合成魔法のようなものであり、少々違うとも言えるとイリスは話した。
合成魔法とは、別属性のマナを二人がかりで組み合わせ、絶大とも言えないような凄まじい力を実現させるという技術になる。
ブリジットは魔石を組み合わせただけだし、それほど強力なものを発言させる事はないとは分かっていても、彼女が作り上げたものはレティシアの時代でもありえないと言い切れるような技術であるとイリスは言葉にした。
「この世界でも彼女の指示通りのレシピで温水シャワー用の魔石を作り上げることが出来るのはブリジットさんだけらしく、随分と各国から製作依頼をお願いされていたと彼女は仰っていましたが、それも当然だと言えるでしょうね。そもそもありえないことを彼女は成してしまっているんですから」
彼女の技術提供から随分と研究が進んでいると思われるので、火と水の魔石を離した状態での温水シャワーは作られているのではとイリスは推察していた。
そしてメルンの知識による魔石加工の仕方も今とは随分違っているのだと、イリスはそれについての話を始めていった。




