"これもひとつの才能"
リシルアを離れてから五日が過ぎた。
旅は順調に進み、エグランダまでの行程としては丁度半分が過ぎた頃となる。
これまでの旅路で倒した魔物は、ヒョウ型のパルドゥス一頭のみだ。
しかし今回遭遇したパルドゥスは全長三メートラもある大物で、体重は少なくとも二百五十リログラルはあると推定された。
素材を分けるだけでも一苦労となったが、パルドゥス素材はどれもがかなりの高額で取引される為に、そのまま放置するのも勿体無いと判断したイリス達だった。
特に毛皮は非常に高価になるらしく、一部の収集家は非常に高額で購入する者も少なくはないらしい。正直なところ、確かに美しい毛並みではあるが、必要以上に高くなる理由が少々分かりかねるイリス達ではあった。
丁寧に素材をいただいたところで、少々問題が起きてしまっているようだ。
エグランダまではあと五日もかかると思われたが、パルドゥスの枝肉が六十三リログラルと大量に手に入ってしまった。
イリスの魔法による保存が可能なので気温が高くとも腐る心配はないのだが、問題はこれ以降魔物と遭遇すれば、馬車がお肉だらけになってしまうと懸念していた。
当然、とてもではないが食べきれる量ではない。
しかし、魔物の命を奪う以上は、大切に素材を頂きたいと一方では思ってしまう。
さてどうするかといったところで、どうにもならない問題ではあるのだが、それでも今後についての話をしながらゆっくりと馬車は進んでいく。
周囲を森で囲っていたあの国から随分と進んだイリス達は、荒々しい荒野を進んでいた。緑の草は地面に生えているため、エステルの食事には事欠かないと思えたが、彼女にも好みがあるようで、ある特定の草を彼女が食べることはなかった。
それはピラート草と呼ばれた薬草のひとつで、消化に優しい成分を持つ胃薬の材料となるものなのだが、どうやらこの草をエステルは好まないようだ。
その理由もイリスは理解していた。
ピラート草は、非常に苦味のある草だと言われている。
実際にイリスは食したことがないのだが、その味はとても苦く、またかなり渋いと薬師の間では有名なのだと仲間達に話していく。
薬にしなくとも、これをかじるだけでも効果はあるのだが、苦くて渋いと言われて食べる人は少ないでしょうねと、微妙な表情で言葉にするイリスだった。
エステルにもそれらが苦くて渋いのだと分かるのだろう。
鼻で可愛らしく香りを確かめながら、結局は食べる事はなかったようだ。
所々生えている場所を避けつつ、美味しそうに食事を取っている彼女だった。
勿論食べても大丈夫な草ではあるし、寧ろ胃腸が良くなるものではあるのだが、食べない方がいい草という認識を持つ彼女がピラート草を食べるとは思えなかった。
現在は昼前といった時間になると思われるが、そんな時に前方から馬車が数台、こちらとすれ違うようにやってきた。どうやら五台も馬車を引き連れている隊商のようだ。
馬車をお互いに避けるように少々道から横にずれて挨拶をするイリス達に、先頭の馬車の手綱を握る商人と思われる中年男性が驚きながらも答えていった。
「こ、これは、ヴァン殿にロット殿ではありませんか! お初にお目にかかります。私はエークリオを拠点として商売をさせていただいているクレトと申します。プラチナランク冒険者のお二人と出会えるなんて、これも女神アルウェナ様のお導きですかな」
どうやら商人の間でも先輩達は有名だったようだ。
とても嬉しそうに言葉にした彼はファルのことをまだ知らない様子だったが、プラチナランクに昇格したと知れば同じような反応をされるだろうと彼女は考えていた。
プラチナなんてなるもんじゃないねと、思わず小さく言葉にする彼女だったが、どうやらクレトには聞こえていなかったようだ。
周囲も見通しがいいこともあり、一緒に昼食を取ることにしたイリス達。とはいえ、それぞれがそれぞれの食事を作るので、特に干渉をすることもなかったが。
先頭の幌馬車には挨拶をした人種の中年男性商人と、護衛冒険者が五名いるようだ。
二台目から四台目は一般的な商人の馬車で、商品が落ちないようにと大きな布がかけられていた。そして五台目には冒険者がもう五人護衛任務に就いていた。
聞く所によると、エグランダに仕入れに行ったエークリオに店を構える商人らしい。
あの街の特産品を仕入れてこれから戻る所なのだと、商人であるクレトは話した。
護衛もエークリオ所属の冒険者だそうで、全員が人種の男性だった。彼らはかなりの経験を持つ熟練冒険者達らしく、クレトは度々依頼を直接お願いしているそうだ。
ギルドを挟まず直接冒険者に依頼を出すことは、基本的にあまりないことではあるのだが、エークリオでは割と多いんだよとロットは教えてくれた。
あの街は貿易都市と呼ばれるだけあり、非常に多くの商人が拠点としている。
自分もそんな街のいち商人だと、クレトはイリス達に話していった。
「我々商人は、信用を何よりも大切にしておりますからな。冒険者達を一度でも蔑ろにすれば、我々は商人の世界で生きてはいけなくなります。故に、直接我々商人からの依頼を快諾してもらえるのですよ」
そう言葉にしたクレトだったが、それについてはイリスも理解していた。
イリスの父は雑貨屋を経営している。
当然、お客様を相手にするのだから、商品もしっかりとしたものを用意するし、丁寧な対応を心がけていた。
そしてそれはイリスもしっかりと学んでいる事なので、父譲りの対応をしながら売り子をして働いていたが、そういった意味では仲間達の中でも一番商人に近い立場の考えを持つことのできる存在と言えるだろう。
食事も終わり、小休止としたイリス達は、クレトの話に聞き入っていた。
ヴァンとロットがいるからだろうとは思えるが、中々に興味深い商人の話を聞くことができて、非常に勉強になったイリスと姫様達だった。
やはり書物で知るよりも、その道で生きる人物の話を聞いた方が遥かに学べることが多いと知ることができたようだ。
「商人の多くは、クレトさんのように隊商を組んで仕入れるものなのかしら?」
シルヴィアの問いに、そんなことはありませんよと笑顔で答えてくれた。
本来隊商を率いるのは、相応の資金力が必要になると彼は言葉にする。
冒険者を大量に雇い、数台の馬車を手に入れ、街と街の間に必要となる食料や水を用意する。最低でもこれらは必須となる為に、それなりの資金を持たぬ者には難しいとクレトは答えていった。
冒険者の依頼料や仕入れるための資金もそうだが、何よりも馬車が高いのだとクレトは話す。それは一般的に手に入るような額ではないし、旅に必要となる馬車の改良もしなければならないという。そういったことを考えると、どうしてもかなりの資金が必要になってしまうと、苦笑いをしながら彼は言葉にした。
尚、旅路で手に入った魔物素材に関しては、倒した者達のものとなるのが主流なので、それらは全て商人が手にする事はないという。
当然、その場で査定し、そのまま商人が購入する場合も珍しいことではない。
そういった意味では、わざわざ素材買取カウンターまで持っていく必要もなく、馬車を所有する者に付いて仕事をすることとなるので、一般的な冒険者よりも遥かに儲かるんだよとファルは言葉にした。
尤も、依頼を受けるには相応の実力が求められるし、彼女の場合はひとりで活動していたので、どこかの冒険者チームのサポート要員くらいしか依頼は受けられなかったのだが。
「ところで、どんな商品を積んでいるんですの?」
男性商人は微笑みながら積荷にかけてある布を軽く外し、イリス達に見せてくれた。
しかし、その中身は少々特殊過ぎたようで、なんの変哲もない黒い石にしかシルヴィア達には見えなかった。
どうやらそれはヴァンもファルも同じようで、何だろうかと視線を向けていく。
そんな中、少ないながらもそれについて学んでいたイリスはクレトに尋ねた。
「……これはもしかして、魔石の原石でしょうか?」
「はい。見た目は真っ黒で艶やかな石ですが、これらは非常に貴重な鉱石となります。
これを加工するには相当の技術が必要となりますが、エークリオには専門の加工職人が居ますので、彼らに依頼して結晶を取り出してもらうんです」
「魔石加工は非常に難しいと本で学びましたが、加工を専門に扱う方はエークリオに多くいるんですか?」
魔石について少々知識のあるロットも彼へと尋ねていくと、その通りですと答えて話を続けていった。
「魔石加工の初歩的なものは、ある程度経験のあるものであれば問題ないと言えるのですが、高度なものを加工するには相応の技量が求められるようです。
そういった魔石加工職人は、世界にはそう多くないと言われていて、その少ないと言える職人のほとんどがエークリオに集まっています。
それでも、あの"稀代の魔法付呪師"であられるブリジット殿とは程遠い加工しかできないのが現状なのですよ」
苦笑いをしながら、それについて話してくれるクレト。
イリスとロットは、ブリジットからある程度魔石について話を聞いているので知っている事ではあったが、高度な魔石の加工は非常に緻密なものを必要とする高等技術となる。それは魔石加工を熟練するまで磨き上げた職人であれば可能とする技術では断じてなく、あまりの緻密な作業に、ブリジット以外に作り上げるのは不可能なのではないだろうかと現在では言われているらしい。
それほどの正確さと繊細さを持って加工しなければならないとクレトは話すが、正直なところそれほど凄い技術を持っているとは思えないあの性格に、思わず苦笑いが出てしまう姫様達とヴァンだった。
ファルに関しては、魔石については全く知らないようで、ブリジットの名は知っているが、どれだけ凄い事を成したのかという程度で逢った事もないのだと言葉にした。
思えばイリスの周りには、とても凄い人達が自然と惹き付けられるように集まっているとも思えてしまったファルだった。
それはフィルベルグ王国の王女である二人にも言えることではあるが、ヴァンとロットというプラチナランク冒険者が二人もイリスの傍にいたこと自体、とても特別な存在なのかもしれないと考えていた。
そしてそれは、運命的な出逢いとも言い換えられなくはない自分との出逢いもまた、とても特別なものだったのかもしれないと思えてしまうファルだった。
イリスに不思議な魅力があるのは間違いないだろう。
だがそれだけで、これほど多くの偉人達が集まるとも思えない。
これもひとつの才能なのかもしれないと、何とはなしにファルは思っていた。




