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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"古き良き美しい街"


 食事を同席しながらマルツィア夫妻と話をしていたイリス達。

 明日の朝にはここを発つ旨を改めて伝えると、彼女は明るく言葉にしていった。


「冒険者ってのは自由であるべきだからな。気にせず行って冒険を楽しめよ!

 っと、そいつはファルに強く当てはまることだから、まぁ大丈夫だな」

「まぁね。でも、毎日とっても楽しく過ごしてるよ。みんな居てくれるからね」


 そう彼女に言葉を返していくファルはとても楽しそうな表情を浮かべ、マルツィアは微笑みながら一言そうかと呟くように話していた。

 その顔はどことなく安心した様子を見せていたようにもイリス達には感じられ、バジーリアやホルスト達も含め、様々な人に心配をかけてしまっていることに申し訳なく思うファルだった。



 現在"秋空の宴亭"はラストオーダーを済ませた後となっているので、イリス達と相席しながら遅めの夕食を取りつつ、今日の話を興味深げに聞いていたマルツィア夫妻。

 イリスの話を聞きながら、この国特産の酒をちびちびと飲みつつ彼女は言葉にする。


「……種、ねぇ……。料理人からすれば食えんのかなって発想になっちまうんだが、そういったもんじゃないんだろ?」

「はい。大樹になるような樹木の種なので、食べられないと思いますよ。

 そもそも硬質化してしまっているので、そういった用途には使えないでしょうね」

「大樹かぁ。そいつぁいいもんだな。アタシも冒険者やりながら木は良く見ていたな」

「マルツィアさんは、リシルアを拠点として冒険者は続けなかったのですわよね?」

「ああ。前にも言ったが、この国の冒険者達の感覚に付いていけなかったクチでな。

 とは言っても、行ったり着たりって感じだったな。依頼の関係上この国にも多く立ち寄ったが、この国自体は好きなんだが、ここ所属になろうとは全く思わなかったな。

 アタシは大陸南西寄りの場所を拠点として活動していたんだが、たまたまこの国にやって来た時、長期で情報収集するっていう斥候(スカウト)の護衛依頼を受けちまってな。

 報酬も良かったし、店の資金にもなるってんでアイツんとこの部屋を借りたんだ。

 仕事も終ってのんびりしていたところに、コイツと出会ったんだよな」

「俺は元々リシルア出身ではあるが、やはりこの国の冒険者気質には合わなくてな。

 正直なところ、冒険者を辞めようと思っていた矢先にマルツィアと出逢った。

 以降は何だかんだ美味いものをご馳走になりながらも、マルツィアの店を持ちたいという夢に共感してな。少ないながらも資金の足しにと金を渡そうとしたが断られた」


 当然だろうがと言葉にするマルツィア。

 彼女からすれば、自分の夢に資金を出されても困ると話した。

 確かにそうかもしれないと思うイリス達のところへ、とんでもない言葉がマルツィア夫妻から飛び出していった。


「まぁ、金出してくれるってんなら、アタシと夢を共有してダンナになれって言ったんだよ、アタシは! そしたらコイツ、悩みもしないでいいぞと答えやがったんだ!」

「いい切欠であったのは事実だし、マルツィアの夢を聞いて素直に面白そうだと思えた。やりたいことを考えても他には何も浮かばなかった俺としては、マルツィアの店は光溢れる場所に思えてならなかった。

 冗談半分だったかもしれないが、俺はそんな道も悪くはないと本気で思えたんだ」


 笑顔で話す二人にイリス達も微笑んでしまう。

 なんだかんだ喧嘩は絶えないが、それでも毎日楽しいぞと二人は言葉にした。

 尤も、強い口調で言葉にするのも手を上げるのも、マルツィアのみのようだが。


「アタシは対等でありたいから、殴ったら殴り返す勢いでも一向に構わないんだが、コイツは一切そんなことしない紳士って奴らしくてな。正直、調子が狂う時がある」


 そんな彼女に向かって、彼は即答でもって答えていく。

 その誠実な姿に、そんなところも魅力的に思えるのだろうとイリス達は感じていた。


「マルツィアと対等であることはありえない。俺はお前に惹かれているからな。

 何をされても手を上げることなどできないし、するつもりもない。

 これもひとつの惚れた弱みというのだろうか。マルツィアに対しては怒りの感情をこれまで抱いたことがない。これからも俺はそうあり続けるだろうな」

「…………んだよ。……そういうところが調子狂うっつってんだよ……」


 ウルバーノにそっぽを向きながら静かに呟いた彼女の頬はほんのりと赤く彩っていたが、彼はそんな彼女へと視線を向けずに涼しい顔で透き通る酒を堪能しているようだ。

 そんな二人を見て、本当に素敵な夫婦だと心から思えるイリス達だった。




 尚も話は弾んでいき、それから随分と時間が経った頃、あることを思い出したマルツィアは言葉にしていった。


「……そういや、一週間ほど前にこの店で、パストラとメラニアに逢ったよな?」

「ああ、そういえばそうだったな。美味そうにここで食事をしていったな」


 酒を飲みながら語る夫妻の言葉に、ビシリと一瞬で凍り付く笑顔のファル。

 おずおずとそれについて尋ねていくも、頬は引きつり、その声は震えていた。


「ぱぱパストラ姉とめめメラニア姉が、なな何でリシルアに来たのか知ってるの?」

「んなこと知らんし興味もなかったから聞かなかったな。

 ……だが、なんか言ってたな。……なんだったか?」


 横に座る夫へと視線を向けて尋ねるマルツィア。

 ふむと思い出すように考え込むウルバーノはしばらく時間をかけ、思い出したように言葉にしていった。


「……確か"探しものがある"、だったか? それに近いようなことを言っていたな。

 ……そういえば、"フェリエさんから頼まれた"、とも言っていたか?」

「ぴっ」


 びくんと席から飛び跳ねるようにしながら悲鳴のような声を上げるファル。

 すぐさまその顔色は悪くなり、虚ろな目でかたかたと小さく震えてしまった。

 彼女のその様子を白い目で見ていたマルツィアへ尋ねていくシルヴィア。


「……一体どういったお方なんですの? そのお二人は」

「ん? あぁ、猫人種の女達だよ。ファルの同胞で、なんたらって武術の姉弟子にあたるんだっけか? どっちも物すげぇ強いらしいから一度手合わせを願いたいが、アタシは現役を退いちまったからなぁ。今更アタシじゃ勝てねぇだろうな」

「……マルツィアは今も十分、現役の腕力をしているよ……」

「…………なんか……言ったか?」

「……いや、気のせいだろう」


 目線を反らして言葉にする夫に、ギロリと鋭く睨み付ける妻。

 どうやらこのやり取りは、これから先もずっと続くのだろうなと、仲睦まじくも微笑ましく思えてしまうイリス達だった。


「……そういや、冒険者やりながら、なんか探してるって言ってたのを思い出したな」

「うむ、そうだったな。それが何かは俺もマルツィアも詳細は聞かなかったが、何やらとても大切なことだとか、大事なものだとか、そういったことを言ってた気がするな」


 彼の言葉を聞いた彼女は虚ろな瞳に涙を溜めながら、激しくがたがたと震えていた。

 そんなファルにマルツィアは呆れた様子で話していった。


「……お前、一体何やらかしたんだよ……。尋常じゃねぇ顔してんぞ。

 まだかーちゃんが怖いのか? 姉ちゃん達が怖いのか? それともその両方か?

 ……まぁ、どっちにしても、どんだけビビリなんだよお前は。

 大体フェリエさんは、あんな女になりたいって奴がぶっちぎりで多い、この国じゃ英雄的な人だぞ? ……まぁ、アタシはアタシのままがいいんだがな」


 豪快に笑うマルツィアに、ウルバーノは続く。


「強く、優しく、気高く、美しい。性格も良く、謙虚で悪い話を一切聞かない。

 笑顔を絶やさずいる姿に、今も尚憧れる女性が非常に多いと聞くほどだ。

 ……正直なところファルくらいだぞ。フェリエ殿を怖がっているのは……」

「だな。アタシもそんな奴、見たことも聞いたこともないな。

 新人の頃にアタシも何度か逢った事があるが、すっげぇ綺麗で優しい人だったな。

 あの容姿と中身じゃ憧れる女もさぞ多いだろうよ。アタシにはまずない魅力だな。

 ……まぁ、ありえないくらい強かった方が、あたしには遥かに印象的だったが……」

「マルツィアはフェリエ殿にはない魅力を持っている。

 料理もその魅力のひとつだと俺は思っているぞ」

「お! 嬉しいこと言ってくれるな。今度新作を作ってやるよ」

「楽しみにしてる」

「まぁ、頭で考えてるもんだから、そんなに美味くはないかもしれないがな」

「マルツィアが作るんだ。問題ないだろう」


 とても楽しそうに会話する夫婦の対面で、尚も虚ろな目をしながら強く震え続けるファルと、それを何とも言えない表情で彼女を見つめていた仲間達だった。



   *  *   



「ばんさま、お姉ちゃんたちも気をつけてね? おなか空いたらクッキーたべてね?」

「うむ。ありがとう。大切に食べさせてもらう」

「しばらくは戻れないけど、必ず戻るからね」

「うん! お姉ちゃんたちが帰ってくるころには、今よりももっともっとおいしいの作れるようになってるからね!」


 それは楽しみだなと笑顔で言葉にするヴァンは、リリアーヌの頭を優しく撫でる。

 瞳を閉じながら満面の笑みを見せる彼女の可愛らしさに、思わず抱きしめてしまいたくなるイリスだったが、必死で気持ちを押さえつけているようだった。


 厩舎の方にお礼を言葉にしたイリス達はエステルを優しく撫でて荷台へと乗り込むと、リリアーヌへ再び別れの挨拶をして城門へと向かっていく。

 後方から元気でありがながも震える声で言葉を投げかける彼女に向けてイリス達は手を振りながら声をかけ、とても可愛らしい少女の姿は次第に見えなくなっていった。



 城門まで来ると、来た時と同じように勤務していた兵士達が笑顔で迎えてくれた。

 ギルドでのことはまだ伝わってはいないようだが、それを知った彼らは落胆することになるだろうと思えてしまったヴァンは、名残惜しそうに城門を開くようにと指示していた兵士達二人へ、しばらく時間はかかるが、雨季までには一度戻ってくる予定だと言葉にしていく。

 そんな彼へと笑顔を向けた二人は、徐々に開かれていく城門へと手で指し示しながら言葉にしていった。


「「皆様の旅のご無事を、このリシルアよりお祈りしております!」」


 ここに来た時と同じように息がぴったり合う二人に微笑ましく思ってしまうイリス達は、城門を抜け、外壁を回るように北へと向けてエステルを進めていく。



 進路は北北東の街、エグランダ。

 とはいえ、街までの道はしっかりと続いているので迷うこともない。

 二日ほど歩いていけば周囲の森は開けて視界も良好となり、魔物も変化がないと言われている。そんなところから、『これまでと同様に警戒しつつ進んで行きましょう』とイリスは事前に話をしていた。


 徐々に暑さを増す太陽が照りつけるように燦々(さんさん)と降り注ぐ中、感慨深く訪れたリシルアをイリス達はそれぞれ想っていく。

 来る前には考えもしなかった清涼感を感じている先輩達と、来る前からは想像もしていなかった自然と調和する古き良き美しい街並みに、深く感銘を受けた後輩達。


 巨大な城壁とその内側に見える大樹を横目にしながら、エステルはゆっくりと歩く。

 果てなく続くかのように思える道をひたすらに、最北に位置する大きな街へと向けて進み続けていった。


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