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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"語ることのない語り部"


 イリス達が去った静けさに包まれる室内で、ヴェネリオとジルドは話をしていた。


「お帰りになってしまいましたね」

「うむ。正直なところ一晩中でも皆さんと話していたかったが、こちらの都合で引き止めるわけにもいかない。本当に残念ではあるが、再会した時の楽しみとしよう」


 だが、他の元老院に報告することもできたと、彼はどこか嬉しそうに言葉にする。

 その姿に微笑みながら言葉にしていくジルドだった。


「とても嬉しそうですね、ヴェネリオ様」

「様はいらんと言うのに。……ふむ。嬉しい、か。実際にそうなのだろうな。

 その用途は依然として分からぬが、最低でも四百年という歳月を経て語り継がれ、文献としても残されるものが判明したのだ。報告する側としても、思わず心が躍る」

「私にはあまりに遠過ぎて、まるで見当もつかないほどの遠い歴史を感じます」

「一般的に見ればその通りだな。私でもそう思うほど遠い過去の話である事は変わらない。しかしそれも事実として残る以上そこに拘りを感じ過ぎては、その先となるものを語る事ができんのだ。物事を柔軟に考えていかねば、その場に立ち止る事になる。

 我らは元老院とは名ばかりの"語り部"だ。その役目を全うせねばならない。

 "語る者"ではなく、"語らぬ者"という意味でこの国の、この世界の安寧の為に、我らは口を噤む存在としてこれから先もあり続けるだろう。

 年寄りの古臭い考えやもしれぬが、それこそが年老いた我らにできる最後の役目のひとつ、なのではないだろうか」

「そのようなことは……。ヴェネリオ様は、今もお若くいらっしゃいますよ」


 あまり聞くことのないジルドの思わぬ言葉に頬を緩ませてしまうヴェネリオだったが、それを返すように彼は話を続けていった。


「世辞はいらぬが、その心はありがたく受け取っておく。

 だが実際に私ももう歳だ。この先、そう長くは生きられない。

 できれば生きているうちに種の真実となるものを知りたいところではあるが、それは流石に叶わぬだろうと諦めていたことだった。

 それがどうだ? イリスさんのお力でそれを知ることができるという。今はまだ可能性として話されていたが、勝手ながら私には確たるものを感じさせる強い言葉だった。

 こんなに嬉しくも心が躍ることが、これまでの人生であっただろうか」


 とても嬉しそうに言葉にするヴェネリオへ、微笑みながら言葉にしていくジルド。


「どうか、ご自愛下さい。貴方様は私の(しるべ)なのですから」

「お前は大げさよの。私はそう簡単には死なんよ。

 真実を知り、それを後世に噤み続けるまでは(・・・・・・・・)生き続けるさ」


 はっきりと、非常に強い意志で言葉にするヴェネリオ。

 ジルドは彼の言葉にした"語り部"というものの意味を深く考えてしまう。

 その言葉は彼だけでなく、三十四名の元老院が多用するものだった。


 彼らは自らを元老院と名乗ろうとも、実際にそんな存在ではないと考えている。

 あくまでも肩書き上はそう言葉にしている、という方が意味合いは正しいだろうか。


 嘗ての元老院は、街の行く末を左右する事まで決めていた者達だったと、残された文献のごく一部には記述がある。それも百名を超える者達で構成されていたようだ。

 今とは違い、歴史を正確に伝える者たる学者でありながらも多くの書物を保存し、この国の為に尽力する非常に影響力がある存在だった事が伺えるが、その確たるものとなる文書の類は眷属によって消失させられている為に、想像の範疇を超えることはない。

 当時と比べれば現在の元老院はその数を半数以下とするほど少なくなり、影響力も威厳と共に失いつつある。先日ヴェネリオがイリス達に語った"闘技大会管理運営委員会"という言葉の通り、彼らにはもうこの国を率いるように護ることはできない。

 自分達の存在はヴェネリオの言葉にしたように、リシルアを率いた元老院から後世に語ることのない語り部となっていることは間違いなく、恐らくはそれですらもそう遠くないうちになくなってしまうだろうと彼は考えていた。


 現在の元老院の平均年齢は六十八歳となる。

 ありがたいことに彼らを慕うジルドのような者は、自然と惹き付けられるように数多く居てくれるが、次期元老院となれる者が全く育っていないのが現状だ。

 若い元老院がいなければ、確実にそこで終ってしまうだろう。

 そんなことを考えながら、ジルドにちらりと視線を向けて言葉にするヴェネリオ。


「……いずれは私の代わりに、お前には元老院になってもらいたいのだが」

「いえ。そのような大役、私には荷が重過ぎます。私にはヴェネリオ様に恩義もあります故、お仕えするだけで十分幸せでございます」


 これである。

 どうにも妙な"威厳"とやらが未だ残っているのだろうかと思えてしまうが、これはジルドに限ったことではない。全ての元老院に一名、ないしは二名お付の者がいる。

 その誰もが例外なくジルドのような謎の忠義心を見せているのだが、実際に元老院の誰もが恩義を感じされるようなことをした覚えがない。


「……真、奇なるものよの……」


 深くため息を吐きながらとても小さく言葉にするヴェネリオの横に佇むジルドは、自分のことを言われているとは微塵も感じていない様子を見せていた。

 そんな頑なな彼にやれやれと呟くヴェネリオは、先程あったことについての報告をするために元老院を招集してほしいと、ジルドへ言葉にしていった。

 それを聞いた彼は、主君の様な扱いをするヴェネリオへと向けて言葉を返していく。


「既に全員、会議室で待機していると、先程リディオ様から伺っております」

「む? そうなのか? それは初耳だな」

「ヴェネリオ様にはこちらに集中して欲しいと、リディオ様は仰られましたので」

「リディオめ、さぞかし嬉々とした瞳で私の話を待っているのだろうな」

「い、いえ、他の皆様も同じような表情をされていましたよ」


 ジルドの言葉に先程よりも深くため息を吐いてしまうヴェネリオ。

 そういった点も嘗ての元老院とは全く違うのだろうなと呟いた彼は、これから話すだろうことについて考え、席を立ちながら言葉にしていった。


「今夜は長くなることはないだろうが、それでも衝撃的な事実を知ることができた。

 更にはその存在意義を含めた詳細も、そう遠くない内に知ることとなるだろう。

 ……イリスさんには心からの感謝をしても、しきれるものではないな」

「そうですね。こちらの不躾な対応にも笑顔で応えて下さった皆様には、感謝という言葉しか出てきません」


 本来であれば、いくら元老院と名の付く者からの召喚だろうが、冒険者が従う義理などない。一言で断られる可能性だって十分に考えられた。

 それを快諾した上に、こちらへと非常に貴重な情報を齎してくれた彼女達には、頭が下がる思いだった二人。

 内容としては途轍もない秘密と言えるだけのものを、包み隠すことなく話してくれたイリスの器の大きさを知ったように思えた。

 逆に、生い立ちまでも話してくれた彼女に、申し訳なく思ってしまう二人だった。


 彼女は何故、そんな大切な事まで話してくれたのだろうかとヴェネリオは考える。

 それは彼女なりの我々に対する誠意なのだろうか。それとも、真実を隠すようにして世界を護ってきたつもりの我らへの敬意の表れなのだろうか。

 答えなど出ない問答ではあったが、ジルドには不思議とそれが分かる気がした。


 彼女はきっと、これまで長きに渡り世界を護るようにと口を噤んできた元老院に感謝をしつつ、非常に言い難い個人的なことまで話してくれたのではないだろうかと。

 それが正しいかは本人に尋ねなければ分からないことではあるが、それが答えなのではないだろうかと思えてしまうような人物であったという印象を彼は持っていた。


 本当に魅力的な人であったと彼らは思う。

 いや、元老院すべてが同じ気持ちなのではないだろうか。

 彼女はどことなく我らとは違うような印象を持つ、とても神秘的な女性であったと思えてならない彼らだったが、それを明確に言葉にすることはなかった。

 彼女がたとえ何者であろうと、彼女も我らと同じ、世界を護ろうとする者であることに違いはない。そういった意味では、元老院として彼女をとも思ってしまうヴェネリオではあったが、すぐにその考えを一蹴する。


 彼女は冒険者だ。

 その精神や生き方が自由そのものと言えるだろう。

 ならば、こんなカビの生えたような我らのところに居てはいけない。

 彼女にはもっと大きな世界が、広い空の下がとても良く似合っている。


 そんなことをヴェネリオは考えていた。



 ふと隣に佇むジルドへと視線を向けたヴェネリオは、何とも言えない表情をしている彼に疑問を持ち、どうしたのかと尋ねていく。

 その言葉に彼はとても言い難そうに言葉にしていった。


「……い、いえ、それが、ですね……。既にマリーナ様が酒盛りを始めてしまっていまして、今頃はかなり、その……出来上がった状態(・・・・・・・・)だと思われます……」

「……マリーナめ……。何でもかんでも酒を煽りおって……。昨日の今日でまだ飲むのか、あやつは。一体どれだけ飲めば気が済むのだ。国中の酒樽を空にする気か?

 ……仕方がない。奴が酒瓶を抱いて眠る前にさっさと行くぞ」

「は、はい!」


 急ぎ足で部屋を出て行くヴェネリオ達は賑やかな会議部屋へと向かっていくも、そんな彼の表情もまた、とても楽しそうなものをしていたのを横目にしたジルドだった。


 そんな彼らの夜通し続く会議という名の宴会は、二夜連続で行なわれていった。


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