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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"それでいいんだ"


「おいしー!」

「そうか。取ったりしないから、ゆっくり味わうといい」

「うん!」


 すっかり仲良くなった二人に微笑ましく思うイリス達も、冷たい緑茶を頂いていた。

 温かいお茶も絶品ではあったが、どうやらこれは冷たくしても美味しく飲めるものだと知ったイリス達。

 そんな中、気になったことを言葉にするロットに、マルツィアは答えていった。


「温かいお茶も美味しいですが、冷たいお茶もまた違った味わいで美味しいですね」

「そうだね。不思議と渋みが少ないように俺には思えるんだけど、気のせいかな」

「そいつぁ、水出しって技法で抽出したもんで、お湯じゃなくて水で淹れたお茶なんだ。多少時間はかかるが、茶葉本来の旨みを引き出すことができる技法なんだよ」

「普段から私達が飲んでいるお茶も、お水で淹れたら美味しくなるのかしら?」


 ふと疑問に思ってしまうシルヴィアだったが、そいつはちと難しいかもなとマルツィアは言葉にした。


「そっちの茶葉は、お湯で淹れた方が旨みが出るとアタシは思うぞ。水で淹れたら渋みも押さえられるとは思うが、旨みが出ないんじゃ飲んでもつまらないだろうな」

「緑茶ならではの淹れ方ということなのですね、マルツィア様」

「まぁ、アタシも全部の茶葉を試したわけじゃないからな。

 確証はないが、そんな気はするって程度で感じたもんだから、話半分で聞いておけ。

 それとどうでもいいが、アタシに様を付けないでくれ。なんか、背中が痒くなる」


 毎度言われているか分からないこのやり取りに答えていく姉の言葉に、マルツィアは難儀な性格だなと苦笑いしながら答えた。

 その度にお姫様ってそんなものなんだろうなとしみじみと考え込んでしまうファルと、その波長を受け取ったかのように半目で彼女を見つめてしまうシルヴィアだった。



 現在は食材屋からマルツィアの店まで戻ってきて、ゆっくりと休憩がてら飲み物を頂いているイリス達だった。

 リシルア特産ということもあり、冷たい緑茶というものをご馳走になっていたイリス達と、緑茶は苦くて嫌いと、ひとりジュースを美味しそうに飲むリリアーヌだった。


 彼女がこくこくと両手でグラスを持ちながら飲んでいるジュースもまた、この地方から北によく実っているという果実を絞ったものだ。

 これについてはイリスの世界にも名前違いで存在していたようで、食べ方や飲み方も同じような扱いをされているらしく、懐かしいなぁと言葉にしたイリスだった。


「昔はこればかり食べていた時期があって、私の好物のひとつなんです。

 ジュースにするとトロリとしたものになってしまうので、私は果物のまま食べていましたが、このミシュカの実は甘くてさっぱりと頂けて、栄養価も高いと言われているんですよ。なんでも、疲労回復にも効果があるのだとか」


 少々うっとりとした表情を浮かべながら言葉にするイリスに、マルツィアも笑顔で答えていく。


「アタシも実の方が好きだな。ジュースにすると甘さが相当増すから、アタシは少し苦手なんだ。残念ながらウチには置いてないが、旅先で見つけたら食ってみるといいぞ。

 木に生っているやつをそのままもぎって食べたら、比較にならんほど美味いぞ」

「そうなんですよね。この実は木から取ってしまうと、割と早く熟してしまう不思議な果物ですからね。熟す前の状態を食べるのが一番美味しいですよ」

「そうだな。アタシも依頼受けながらミシュカの木をよく探したもんだ。

 その味のまま店で出せるなら大量に仕入れるんだがなぁ……」


 どうやらミシュカの実は、採取してから三アワールほどで熟しきってしまうそうだ。

 完熟の実は芳醇な香りが強くなるだけでなく、ねっとりとした独特の食感と、重ったるく甘過ぎるクドイ味に変わってしまう果物らしい。

 流石にジュースにすると成長は止まるらしく、今リリアーヌが美味しそうに飲んでいるものも完熟前に加工しているのでそこまで悪くはないのだが、それでもとろっとした感じや甘さがかなり強くなってしまうようだ。

 熟しきる少しだけ早めに食べると、しゃきしゃきとした食感にほんのりと甘く芳醇な香りが口一杯に広がるという。熟す前に食べるのがとても美味しいのだが、時期が少々早いそうで、ある意味で育ちきっていない今が探し時だとマルツィアは言葉にした。


「熟すどころか、まだ青くて食べられないのではないかしら?」

「いや、こいつぁそれでいいんだ」

「真っ青な状態で採取して、数アワール保存するだけで食べ頃の状態になるんです。

 本当に不思議ですよね、この果物。でもそのお蔭で自分の好きな味のタイミングで食べることができますから、ある意味では青い方がありがたい果物ですよね」

「だな。アタシもそういった食い方をしてるよ。

 尤も、熟す直前を見極めるのには、それなりの技術と経験が必要になるが。

 ミシュカ以上に美味い果物が思い当たらないくらいアタシは好きだな」

「私はルセクの実も好きですよ」

「あー、ルセクか。そうだな。美味いな、ルセクも。

 だが、あれは貴重だからな。滅多には食えない高級果物だ」


 首をかしげているシルヴィア達に、ルセクを説明していくイリス。

 ルセクは東部地方に実る、大きめの葡萄のような房になる木の実だ。

 りんごのように皮ごと食べられて、中の種もかりかりとした食感で食べられるのが特徴だが、早い時期のルセクは非常に渋く、とてもではないが食べられたものではない。

 それも完熟すれば、えも言われぬ上品で芳醇な香りが広がり、一粒食べるだけで至福の味で満たされるというほど美味しい果物らしい。

 しかし滅多にお目にかかれない、とても貴重な果物でもあるそうだ。

 温度や湿度だけでなく、土や周囲に他の植物が離れている等の条件が関係するようで、中々お目にかかることができないとマルツィアは答えた。

 ミシュカは栽培もされているらしいのだが、ルセクは今現在でも作り出すことはできていないという。

 残念ながらミシュカの方も、自然に群生しているものと比べるとかなり味が落ちるようで、正直なところ作られた実はあまり好きではないと、マルツィアはどこか寂しそうに話していた。 


「だが、いつかはその二つも作り出せるだろうさ。

 いつになるかは分からないが、アタシが生きているうちに食いたいもんだな」


 窓から見える遥か彼方の空を見つめるようにして言葉にする彼女に、可愛らしい声が届いてくる。

 そんな彼女に視線を戻したマルツィアも、笑顔で言葉にしていった。


「わたし、ジュースだいすきだよ! あまあまとろとろでおいしー!」

「リリアーヌ嬢ちゃんはそれでいいんだ。菓子職人になりたいんだろ?

 なら甘くて美味いもんをしっかり味わって、沢山覚えていかないとな」

「うん! わたし、お母さんのお菓子よりもおいしーの作るんだー!」

「おー! 強気だな! いいぞ! アタシはそういうの大好きだぞ!」


 可愛らしくも凄まじい言葉を発した彼女の頭をぐりぐりと少し強めに撫で回していくマルツィアに、きゃっきゃととても嬉しそうに喜ぶリリアーヌ。

 そんな彼女に微笑んでいいのか悩んでいたシルヴィア達だったが、本当に実現してしまうのではないだろうかと思えてならなかったようで、言葉にならない彼女達だった。



   *  *   



 休憩も終わり、そろそろ戻らないと昼食時となってしまうのではと思えたイリス達はリリアーヌへ尋ねていく。

 彼女の方もそろそろ戻らないといけない時間だと思っていたようだが、やはりというかなんというか、ヴァンと離れるのが嫌という気持ちが前面に出てしまっていた。

 リリアーヌはまた明日も来ていいかとヴァンに尋ねるも、残念ながら明日の朝にはリシルアを出発してしまう旨を彼女へと申し訳なさそうに話すヴァンだった。

 それを聞いた彼女は、初めは何を言っているのか理解できなかったらしく、ぽかんとした表情で固まっていたが、次第にその意味を理解できたようで、一気に涙がこぼれんばかりに溜まってしまう。

 そんな彼女にヴァンは、とても優しい声色で言葉にしていった。


「俺達はエグランダで少々用事があってな。どうしても向かわねばならない」

「…………えぐらんだ?」

「そうだ。ここより十日ほど進んだ先にある街だ。

 しばらくは帰って来れないだろうが、必ずリシルアへと戻ってくる。

 その時にはまた、美味いクッキーをご馳走してもらえるだろうか?」


 その言葉にぱぁっと花が咲いたように明るい笑顔になるリリアーヌは、元気にうんと言葉にした。

 その瞳の奥に宿る潤んだものを目にしたマルツィアは、大笑いしたい気持ちを必死に抑えながらヴァンへと話すも、それを全力で聞かなかったことにした彼だった。


「……お前は惚れさせたいのか、惚れさせたくないのか、どっちなんだ?」


 腹を左腕で、口を右手のひらで強く押さえながらぷるぷると震える彼女は、どう扱いたいのか自分でも分からないのかよといった表情でヴァンをとても楽しそうに、そしてどこか哀れんだ瞳で見つめていた。

 そんな彼女の姿に苦笑いをしながらも、同じような事を考えてしまうイリス達だった。


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