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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"気候で大きく変動する国"


 美味しいクッキーとお茶を頂いたイリス達は、そろそろ買出しに行こうかと言葉にすると、一緒に行きたいとリリアーヌは笑顔で話していった。

 家の方は大丈夫なのかとヴァンが訪ねると、リリアーヌは答えていく。


「お母さんとっても忙しいの。お話もできないの」


 どうやら母であるソランジュは、昼前となるこの時間と夕方が非常に忙しいらしく、とても彼女を構ってあげられる余裕はないとイリス達には思えたようだ。

 随分歩くかもしれないが大丈夫かと心配するヴァンに、彼女は元気にうんと答えた。

 大丈夫なのだろうかと心中穏やかではなかった彼の様子に、イリス達は本当に面倒見がいいのだとしみじみと思っていた。

 とはいえ、マルツィアから薦められた店は、彼女の城である"秋空の宴亭"から随分と離れた印象を受ける。彼が心配し、気にかけてしまうのも仕方ないだろう。


 その店は街の西側の城門近くにあるようで、予想通り随分と歩くこととなった。

 ちらりとリリアーヌへ視線を向けると、彼女は笑顔で自分に話しかける姿はとても元気そうで、受け答えをしながらも内心では安堵していた。

 歩く程度であれば問題ないのかもしれないが、少々元気過ぎるようにも見える彼女の姿に正直なところ不安は拭い去れないヴァンではあったが、何事もなく無事にマルツィアに薦められた店へと辿り着いたようだ。



 店内に置かれた食品のどれもが良質だと見て取れたイリスは、目移りしながら食材を見ていた。

 どうやらマルツィアの目論見通りとなっているようだが、そんな彼女の元へとやってきた女性店主は、声をかけていく。


「やぁ、いらっしゃい。冒険者さんが来るのは珍しいね。

 って、ヴァン様にロット様!? ファル様まで!? あわわわ……」


 あわあわと絵に描いたように震えながら驚いているこの女性は貂人種(てんひとしゅ)と呼ばれる種族で、百四十センルほどと思われるとても小柄で細身の若い店主だった。

 肩口まである広大な大地を連想させるような黄土色の髪がくるんと軽く内側に弧を描き、少しだけ大きめの瞳に少々太めの尻尾が印象的な、とても可愛らしい女性だ。

 しばらく取り乱し続け、何やらぶつぶつと言葉にして平常心を保とうとする可愛らしい彼女に思わず笑みがこぼれながら、店内の商品を見させてもらっていたイリス達三姉妹だった。


 随分と時間はかかったようだが、ようやく落ち着きを取り戻した女性は改めて言葉にしていった。


「失礼しました。まさか名高い皆様がうちにいらして下さるとは露ほども思わず、取り乱してしまいました。店主のクラーラです。何がご入用でしょうか?」

「十日分の食料を六人分お願いしたいのですが、何かお薦めはありますか?」

「十日となると、足の速いお野菜を避けて……このあたりでしょうかね。

 幌付き馬車であれば多少は大丈夫ですが、後はそうですね。お肉各種を取り揃えてありますが、現地調達する事も考えて、そちらは控えた方がよろしいかもしれませんね」


 クラカダイルの燻製肉が一匹分残っているので、お肉は大丈夫ですよと言葉にすると、ふにゃりとした笑顔になりながら答えていく店主だった。


「いいですねぇ、クラカダイルの燻製肉は。お酒のおつまみに最高ですねぇ」


 少しだけ上を向いて想像をしながら、じゅるりと音を鳴らしてしまう女性に微笑むイリスは美味しいですよねと返していった。

 少々おつまみ談義に花を咲かせたイリス達だったが、話を戻していくクラーラ。


「この周辺は雨季ともなれば、食材の管理という意味で少々厄介となるのですが、今は乾季ですから暑さに注意する程度で問題ないでしょう。

 あとはお客様が食べたいもの、調理したい食材を積み込むのもいいと思いますよ」


 なるほどと店主の言葉に頷いていくイリス。

 目的地のエグランダまでは凡そ十日で到着すると想定しているが、これは馬車で何事もなく順調に進むことと、今の時期が乾季であることを前提とした予想となる。

 雨季ともなれば突発的に凄まじい量の雨が降る場合もあるようだが、それはごく稀だと言われているので考慮しなくとも大丈夫だと思われる。

 問題は雨季の期間中、晴れ間があまり見られないことだ。


 雨が降り続けるこの地方独特の気候は、食材の管理だけでなく、魔物に対しての安全性を保つことが非常に難しくなる。

 強い雨音で魔物が近付いてくる音が聞き取り辛く視界も悪い上、魔物の接近に気付き難い。これらの対処をするには相当の熟練が必要とされ、"初心者は雨季の間リシルアを出るな"というのが一般論とされるほど、非常に厄介な場所となるようだ。

 これは商人にも言えるようで、雨季の間はこの国を離れる者は殆どいないらしい。


 水辺に生息する魔物、特に高さの低いクラカダイルが厄介となるらしく、乾季の今とはまるで違う動きとなる雨季にそれらを相手取ると、非常に危険だと言われている。

 気候によって大きく魔物の生態が変わるこの国の周囲は、まさに初心者や、成り立て冒険者では厄介な場所と言える場所のようだった。

 恐らくだがミレイもまたそういった理由から、この国で冒険者を目指そうとは思わず、様々な理由で穏やかなフィルベルグへと向かったのだろう。

 何よりも彼女の性格であれば、この国の冒険者気質に合ったとは思えなかったが。


 現在はまだ乾季なのでそれほど気にしなくともいいが、あまりエグランダより先で時間を使い過ぎてしまうと、ミルリム夫妻を護衛してフィルベルグを目指す時期が雨季と重なる可能性もあるだろう。そうなれば、様々な点で悪影響が出かねない。

 食材の鮮度という意味ではイリスの調理技術や食材知識が、視界が悪い点や魔物の危険性という意味では"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"で対処ができるのだが、それらよりも注意するべきは、ミルリム夫妻の体調管理を考慮しながら進まなければならないことだろう。

 獣人ではありながらも姉とは違い、見るからに一般人と思われた二人の体調を気にして進むのは、護衛経験が乏しい自分達にはいささか不安が残ると考えるイリスは、できればあまり時間をかけず、乾季の間にこの国へと戻ることを想定しなければならないと思っていた。


 だがその細かな話は、エグランダに着いてから考えてもいいだろうと思えたイリスは、食材選びを姫様達と続けていった。



「……食料の買出しなどを見ても、あまり面白くないのではないか?」


 リリアーヌへと言葉にしたヴァンだったが、どうやらそんなことはないようで、瞳をきらきらと輝かせながら店内に置かれた商品を見ている彼女は答えていった。


「とっても楽しいよ、ばんさま! 見たことないのがいっぱい!」

「そうか。それならばいいのだが」


 頬を少々緩ませながら答えていくヴァンだった。


 そんなやりとりを背中で感じたイリス達は、商品を吟味しながら微笑んでしまう。

 エルマでも分かっていたことだが、ヴァンはとても面倒見がいい。手馴れているとも思えた彼は、どうやら故郷の集落でも随分と子供に懐かれたのだと語っていた。

 リシルアへ向かう日には相当泣かれてしまったようだが、やはり彼には子供を惹きつける不思議な魅力があるのだろう。

 そんなことを考えながら、食材を選び終えたイリスだった。


「では、夜までに配送を済ませておきます」

「よろしくお願いします」

「ありがとうございました。皆様の旅の無事を祈っております」


 素敵な笑顔で軽く頭を下げて言葉にする。

 ヴァン達の下へ戻ってきたイリスはリリアーヌに疲れていないか尋ねるも、まだまだ元気だと笑顔で答えていった。

 昼には早い時刻となるので少し休憩を取ろうかと決めたイリス達は、来た道を戻りながらリリアーヌと楽しく話を続けた。


 中でも印象的だったのは、あれだけ美味しいクッキーが作れるのにアーモンドプードルだけでなく、お菓子作りに必要な素材を知らないという知識の少なさだろうか。

 しかし、最初に食べたクッキーはそれなりに美味しかった点を考慮すると、恐らく彼女は感性であれだけのものを作り出した可能性があった。

 もしかして、お菓子を作りながら独りの寂しさを紛らわせていたのだろうかと思えてしまうイリスだったが、どうやらそうではないようでホッと胸を撫で下ろす。

 彼女の話から推察されるに、どうやらリリアーヌは試行錯誤をすることが楽しくて仕方がないのだと思っているようだ。

 ほんの少し勉強しただけであれほど味が劇的に美味しくなったとなれば、将来は凄い菓子職人になれるとイリスは思っていた。


「もしかしたら私達は、未来の超一流菓子職人になる子と一緒にいるのかしら」


 何とはなしに言葉にしたシルヴィアだったが、本当にそうなれるのではと思えてしまうリリアーヌの話に耳を傾けながら、中央広場へと向かっていった。


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