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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"自然と共に暮らす街"


 涙を軽く指で拭ったファルは、話を続けていく。

 流石にこれを言葉にすることなどできなかったが、いくら凄腕の、それもたとえプラチナランク冒険者がミルリム夫妻の警護に当たったとしても、正直に言えば他の冒険者に護衛させる方は危険だと思えてならなかった。


 それは危険種にも言えることではあるのだが、何よりも危惧したのは"凶種"と鉢合わせてしまった場合だ。

 並の危険種どころではない凶暴性と、マナを使った身体能力強化をされた存在を相手に、たとえプラチナランク冒険者がいたとしても負ける可能性の方が遥かに高い。

 寧ろ、勝つことさえできないと言う方が正しいのだが、どうしてもその考えが恐ろしく思えたイリス達は、それをはっきりとした言葉として発することができなかった。


 言の葉(ワード)の制限された今の世界でそんな存在と出くわせば、まず勝つことなどできない。それこそ、チャージを習得した者でなければ対処はできないだろう。

 しかし、その技術を広めるわけにはいかない。

 もし仮に、そういった存在を倒せるだけの力を手にした冒険者で世界が溢れてしまえば、今度は眷属による脅威が、脅威ですらなくなってしまうと思われた。

 練度や技術力の差はあれど、八百年前に起こったことを大凡の形で再現する結果となるだろうことは目に見えており、この世界でもレティシアの作り上げた技術を持つイリスでなければ対処ができず、多くの者達が悲しむ最悪の事態となるだろう。


 そしてそれは詰まる所、"世界の終焉"を意味するのではないだろうか。

 ミレイもまた、大地を、世界を焼き尽くしてしまうような災厄と呼ばれてしまう、そんな存在になりかけていたのだろうとイリス達は考える。


 こんなこと、ミルリム夫妻には口が裂けても言葉になどできない。

 愛娘の姿をした何か(・・・・・・・・・)が世界を滅ぼしかけていたなどと、言えるわけもない。


 実際にその場にいなかったファルだが、ヴァン達の話を聞いて大凡の想像はできている。もし彼女がその場に居ても、何もできずに茫然自失としてしまっただろうことは容易に想像できることだ。

 きっとイリスのように自分に何ができたのかと悩み続け、イリスとは違いその答えを出すことなく、冒険者であることですら辞めていたかもしれない。

 そんなことを思っていた彼女は仮定の話を止めて、夫妻に話していった。


「……まぁ、不思議な味の話はおいといて。

 あたし達と一緒にフィルベルグを目指すのが、一番安全かつ確実だと思うよ」


 そう言葉にするファルは、彼女達の種族である兎人種について考えていた。

 彼女達の種族は猫人種や虎人種とは違い、戦いに特化しているどころではなく、とてもではないが戦うことなどできないほどの身体能力しか持ち合わせていない。

 たしかに獣人である以上人種よりも強いのだが、彼らはヴァンやファル達とは違い、戦闘向きの種族とは言えない。違うと断言してしまう者も少なくはないだろう。

 それは兎人種である目の前の二人には、痛いほどよく理解していることだった。


 だからこそ兎人種の冒険者を殆ど見かけないのだが、数少ない中でもその全てが自慢の耳を使い、斥候(スカウト)に特化した冒険者のみとなるだろう。

 それもミレイのように魔物を種別で聞き分けるなど、ましてや距離感をしっかりと掴むようなことは、同じ兎人種であろうとまず不可能な凄まじい技術となっている。


 そもそも彼女は、ゴールドランク冒険者として活躍するほどの凄腕だ。

 その一点においても、一般的な兎人種の冒険者を遥かに凌ぐ力を持つことは言うまでもないが、ブーストを使っての戦闘やチャージを習得したことにより、その強さは確実に世界でも最高峰の高みにまで上り詰めたとファルは確信する。

 それがたとえ、イリスによって教えられた技術であったとしても、結局の所それを戦闘に使うまで昇華させることができるのは、自分自身の努力において他ならない。

 それを彼女は自らの努力で手にし、大切な妹であるイリスの為に戦い続けた。


 彼女もまた、自分と同じように特質的な存在だったのだと思えた。

 もしかしたら、何か他の力が目覚める可能性だって、あったのではないだろうか。


 誰かの為にと強く、思い焦がれた力。

 そこにイリスのような力がなかったとは、とても思えないファルだった。

 その資質たるものを、彼女は手にしていたのではないだろうか。

 残念ながらその力が覚醒する前に眠りに就いてしまったけれど、もしかしたらミレイもまたイリスと同じように、"想いの力"を手にすることができたのかもしれない。

 そんな風に思えてしまうファルの想いに気付いたロットは、言葉にしていった。


「きっとそれは、何も特別なことではなくて、ミレイは護りたい者の為に強くなった。

 ただそれだけのことなんだと、同じ妹を持つ俺としてはそう思うよ」

「……護りたい者の為に、か……。

 そうだな。それは俺にも思い当たるから、そうなのだろうと思えるな」


 彼女はイリスを護りたいと強く想っていた。その為に必要な強さも欲していた。

 だからこそ、あれほどまでに強くなれたのだと思えてしまうヴァン達。

 戦う理由なんて、ミレイからしてみればそれで、それだけで十分過ぎた。


 大切な妹の為にとダガーを振った彼女は、もしかしたら冒険者を辞めるつもりだったのではないだろうかと、ロット達三人には思えてしまう。

 そうすることで、よりイリスの傍に居ようと考えていたのではないだろうかと。


 その答えを知る事はできなくなってしまったけれど、ミレイであれば、きっと……。

 そう感じながら、彼女に想いを馳せるように、静かな時間が優しく流れていった。



   *  *   



 夜も随分と更けて来た頃、アレイはそろそろお暇しようかと言葉にし、ミレーナもそれに賛同していった。イリス達もそうしようかと立ち上がろうとしたところで、ヴェネリオはそれを制していく。

 そんな彼へと視線は集まる中、ヴェネリオは静かに言葉にしていった。


「イリスさんにお渡ししたいものがあるのだが、それは元老院で管理しているものの為にまず承認を得ねばならない。

 申し訳ないが明日の夕刻にでも、こちらへと足を運んでもらえないだろうか」


 笑顔で快諾していくイリスにお礼を言葉にしたヴェネリオは、本来であればこちらから出向くのが礼儀なのだがと申し訳なさそうに話したが、どうぞお気になさらないでくださいと答えたイリスは、仲間達やミルリム夫妻と共にジルドに連れられながら退室していった。


「間違いなく承認されるが、問題はその説明だな。……とても長い夜になりそうだ」


 部屋に独り残ったヴェネリオはぽつりと言葉を発していく。

 誰に返されるわけでもないその独り言を口にした彼は、どこか嬉しそうな表情を浮かべながらジルドの帰りを待つ。

 そう時間をかけずに戻ってきたジルドへ、彼は労いの言葉とともに話していった。



「皆様、お帰りになられました」

「うむ。ご苦労だった。……早速で悪いが、元老院を全て招集してもらいたい」

「畏まりました」


 戻ってきたジルドは(うやうや)しくお辞儀をしながらそう答えると、呆れた様子でヴェネリオ言葉にした。


「……お前は、普通に接することはできんのか……」

「……性分ですので……」

「……やれやれ」


 退室するジルドの背中を見ながら彼の岩石のような頑なさに、深くため息を吐いてしまうヴェネリオだった。



 ほんの少しだけ時間は遡り、建物の外へと戻ってきたイリス達とミルリム夫妻。

 旅立たれる時はご挨拶がしたいと言葉にした二人に申し訳なく思ったイリス達は、それを丁重にお断りしていき、ファルが続くように話していった。


「暫くしたらまた逢えるんだし、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかな」

「そうですわね。きっと、そう長くはかかりませんわ」


 笑顔の二人に釣られるように微笑んでミレーナは応え、アレイも続いていく。

 次はお食事でもしながらゆっくりとお話しましょうねと言葉を交わしながら、ミルリム夫妻と別れていった。


 再会場所を決めていなかったことに気が付いたのは、宿が見えてきた頃となるのだが、目立つ先輩達もいることだし、イリスも既に顔が広まったことだとも思えた。

 この国に戻ってきただけで、今回のように元老院へすぐに伝わると考えたイリス達は何とかなるだろうと、これまでにないほどのんびりとした思考をしていたようだ。


 そう思えてしまったのは、これだけ多くの人々が自然と共に暮らす街だからなのかもしれない。

 フィルベルグやアルリオンも緑に囲まれた国ではあるが、それはあくまでも周囲に浅い森から深い森が続く場所があるという意味となる。

 これほどまでに自然と調和した街ともなれば、その考えも大らかになってしまうのだろうかとも思えていたイリス達だった。


 激しいとも言えるような大闘技場があったり、国王陛下が勇まし過ぎたり、ギルドの長が少々問題だったりと、引っ掛かりを覚えてしまうことも多いし、そのうちの一つに不安感は拭いきれない。

 しかし、そういった考えそのものを全て飲み込み、癒してくれるかのような真っ直ぐと空高く伸びている大樹を見つめていると、不思議と心が穏やかになっていくのを感じていた先輩達だった。


 正直なところ、この国の周辺どころか、ツィードを離れた時点から憂鬱な気持ちが強く現れていた三人だったが、今となってはそんなものは微塵も感じられないほど心が澄んでいるようにも思えていた。


 人は、こうも簡単に心が落ち着けるものなのだろうか。

 そんなことを考えていた三人は、涼しげに感じる夏風をその身に受けながら、楽しげに話している後輩達の後ろを微笑ましそうな表情で、優しい街頭の光に照らされた幻想的な夜道をゆっくりと歩いていった。


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