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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"それでも少しだけ前に"


 随分と長い沈黙が流れる中、言葉にしたのはミレーナだった。


「規模が大き過ぎるお話は、私には分かりかねる部分が多いのですが、ミレイがそうなってしまったのは、今の時代で眷族と呼ばれた存在から発せられた、黒く淀んだマナの影響によるものだと思われるのですね」

「はい。あくまでも私とメルン様が考察して手にしたものと、メルン様から託された知識によるもの。そしてその場で共に戦ったヴァンさんとロットさんから伝えてもらった情報を合わせ、私自身が推察したものに過ぎませんが、私は確信しています」


 そうですかと小さく話したミレーナから出た続く言葉は、お礼だった。


「ありがとうございます、イリスさん。

 原因を知ることができただけでも、私達は救われた気持ちになります」

「俺達ではどうしようも、いや、その場にいる者だけでなく、この世界に住まう者ですらどうにもできなかったのですね……。それをようやく知ることができました」


 とても寂しげに言葉にした夫妻。

 あくまでもそれはイリスの仮説だと理解した上で、それでも何もできなかったのだと知った二人だった。

 それを目の当たりにしたその場で共に戦った仲間達は、余程辛かったことだろうと、まるでその光景を感じ取るように彼らが消沈していた姿が、痛いほど伝わってきた。


 きっと冒険者とは、そういった者達のことなのだろうかと、夫妻は思う。

 自分達の知らない壮絶な世界であることくらいしか想像もできないが、娘の葬儀に参列して下さった冒険者は、その作戦に参加した全員と、娘と繋がりのある全ての冒険者達だとロナルドから伝えられていた。

 その誰もが悲しみ、まるで自身が切りつけられたかのような悲痛な面持ちだったと聞く。冒険者とはそのような存在なのだろうと、夫妻はとても嬉しく思えていた。


 そして同時に、足を一歩前に上げたままその場で歩き出せずにいる自分達を恥じ、少しでも前に進まなければ娘が悲しむだろうと思えてしまった。

 もしかしたら今の自分達の姿を見たあの子は、悲しみの中に居るかもしれない。

 あの子はとても優しい子だったから、笑顔で居られない日々を過ごす両親を心配そうに見つめながら悲しみ、涙を流してしまっているのかもしれない。


「……俺達はもう、歩き出さなければいけない時期に、来ているのかもしれないな」

「……そうね。本当は遅過ぎるくらいなんでしょうけど、それでも少しだけ前に進まなくてはいけないわね……」


 ほんの少しだけ元気な声で語る二人へと、イリスは『原因を突き止めただけでは、まだ半分ですから』と言葉を続けていった。


「私が冒険を続ける理由の一つが、お姉ちゃんがそうなった理由を突き止めることではありますが、同じようなことが起きれば、また悲しむ人が出てしまいます。

 私はそういった人達を限りなく少なくする方法も、この旅で探しているんです。

 少々言葉にするのは気恥ずかしいですが、"誰もが笑って、幸せになれる世界を"、

私は言葉だけでも信念だけでもなく、本気で探してみようと思っています」


 だからまだ半分なんですと、美しく、とても強い意志を秘めた笑顔で二人に話した。


 それは詰まる所、世界に住まう全ての人達を救おうとしている事にも繋がるだろう。

 実際にそれができるかできないかは問題ではなく、彼女がそう望み、世界とはそうあるべきだと強く想い、心から願っているのを感じた二人は、娘が何故あれほどまでに彼女を大切に想っていたのかを理解できた気がした。


 彼女は見目麗しいが、それだけで妹と言えるような存在にはなりえない。

 その理由が必ずあるだろうと思っていた二人だったが、こうして対面してみると、その意味をはっきりと知ることができたようだ。


 彼女はとても美しい。

 その見た目だけではなく、内面そのものが。

 彼女に惹かれない理由の方が見当たらないと断言できるほどに。

 だからこそ、彼女の傍にいる者達も娘と同じように自然に惹かれ、集まっているのだろうと思えたミレーナとアレイだった。


 もしかしたらイリスと出逢う為に、あの国へと向かって行ったのかもしれない。

 本人の意思とは別の、強い何かに突き動かされるように。まるで導かれるように。


 それは"宿命"と人が呼ぶものなのだろうか。

 娘はそれを自らの意思で手繰り寄せ、彼女の傍にいたいと願ったのかもしれない。


 これまでの彼女が話していたものの中で、強い意志として娘が生きていると感じられたミルリム夫妻は、イリスと出逢えたことをこの世界をお創りになられたという女神、エリエスフィーナへと感謝を捧げていった。



「……皆さんは、このまま北へと向かわれるおつもりか?」

「はい。仲間達と相談して、明後日にはリシルアを発とうと思っています」

「そうか。……残念ではあるが、引き止めるわけにもいかない。

 しかし、目的地としている場所は、予想など付かぬ未踏の地となる。

 正確にはレティシア様やメルン様の時代ではそうではないとも思えるが、それも想像も付かぬほどの大昔となっている。十分に気をつけて行かれるといいだろう」


 内心では止めたい気持ちで溢れているのだろう。これからイリス達が向かう先は地図に記されていない場所、それも大雑把な地形ですらも判明していない世界となる。

 言うなればそれは、地図上に黒く塗り潰された場所を目指すのと同義だ。

 そんな場所を目指すとなれば、相応の覚悟と準備が必要となるだろう。


 その一つである覚悟を彼らは既にしてしまっている以上、引き止めることなどできよう筈もなく、口を閉ざすことでしか応えられなかったヴェネリオだった。

 そんな中、互いを見遣るミルリム夫妻は、頷きながら言葉にしていった。


「私達は次の乗合馬車で、フィルベルグを目指そうと思います」

「イリスさんにも直接お礼を言えたことも含め、あの子に報告します」


 二人が出してくれた言葉に満面の笑みを見せるイリスは、まるで自分の事のように喜びながら、是非そうしてあげて下さいと言葉にしかけたまま固まってしまった。

 そう言葉にできない理由が、思考を凍り付かせてしまう不安が、彼女の頭をよぎる。

 それはまだ可能性を超えることはないのだが、それでも必要以上に冷静になるべきかもしれないと思いながら、イリスは神妙な面持ちで夫妻へと言葉にしていった。


「暫くは、この国を離れない方がいいかもしれません。

 先程話しましたように、危険種の出現が多発しています。偶然と判断するにはいささか危険だと思われますので、暫くは様子を見た方がいいと私は思います。

 どれほど待てばいいのかも答えられない、曖昧で漠然とした私の勘のようなものなのですが、言いようのない不安感や、とても嫌な予感がするんです」

「……ふむ。イリスさんは、とても不思議な方という印象を強く受ける。

 対面した時にも思ったことではあるが、その言葉に妙な説得力をお持ちのようだ。

 冒険者の勘というものは時として、予言じみた的中をする場合があると聞く。

 ならばお二人も、今しばらくはこの国で様子をみては如何だろうか?」


 ヴェネリオの言葉をしっかりと考えていた夫妻は、その提案を呑んでくれたようだ。

 ならばとファルは、ひとつ提案をしていった。


「あたし達もフィルベルグへと向かうし、ならいっそ一緒に行っちゃえばいいんだよ。目的地まで行ってリシルアまで帰ってくるのに結構時間はかかっちゃうから待たせることにはなると思うけど、乗合馬車って割と高いから金銭面でも安心だし、正直そこいらの冒険者に護ってもらうよりは遥かに安全だと思う」

「ふむ。それはいい考えやもしれない」

「ですね。俺もそれであれば安心です」

「でしょ? 一口で三度美味しいってやつだよ」

「……なんですの、その言葉。初めて聞きますわよ」

「三つの味が楽しめる、という意味なのでしょうか、ファル様」


 ネヴィアの言葉に、違う違うと苦笑いをしながら右手を横に振っていくファル。

 今彼女が口にしたものは、彼女の母フェリエに修行を付けてもらった際に、彼女自身が感じ取ったものを言葉にしたという。

 何でもあまりの壮絶な修行の果てに口にした食事が、この世のものとは思えないほど美味しいものだったと、彼女はうっとりとした様子で話していった。


「……あの時食べた味は、あたし一生忘れないと思う。

 本当に不思議な味だったよ。一口で三度も味が変わったような気がしたよ。

 あれのお蔭で拷も……じゃなかった、とてもとても厳しい修行に耐えられたんだ」


 瞳を閉じてそう言葉にしながら、ファルの頬には一滴の涙が零れ落ちていった。

 その姿に一同は、何も言葉にできずに固まっていたが、唯一シルヴィアだけは一体どんな修行だったのだろうかと、彼女に尋ねたくてうずうずとしていたようだ。

 そのとても楽しそうに瞳を輝かせ、イリスを挟んで隣に座る姉の波長を感じ取ったネヴィアは、とても複雑そうな顔になりながら微笑んでいた。


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