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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"願えばきっと叶うと思うんだ"


「よし! エグランダから大回りで北へと向かおう、そうしよう!」


 力強く言葉にするファルだったが、その声色とは打って変わって表情は血の気を失い、虚ろな瞳でガタガタと震えながら右こぶしを胸の前で握り込んでいた。

 そんな彼女には申し訳ないが、それは現実的に難しいと言えてしまう。

 それだけ目的地までの経路に危険が伴うことでもあるし、徒歩で向かうとなれば最短距離を進むのが一番安全かつ確実であるとも言えるだろう。

 ましてや未知の場所を進むのだから、余計な回り道などせずに進むのが上策だ。


 何が起こるかの予想が付かないことくらい、ファルにも当然分かっている。

 分かってはいるが、どうしてもそうしたいんだという意思だけでも彼女は伝えたかったのだろう。正確にはどうしてもそうさせて欲しいんだとイリス達には伝わっていた。

 そんな彼女の元へ斬撃のようなシルヴィアの鋭い言葉が、満面の笑みで無慈悲に振り下ろされていく。


「諦めて下さいな」

「あぁぁ……。どうか、母さんが家にいませんように……。

 そんなことまずありえないけど、奇跡って願えばきっと叶うと思うんだ……」


 滝のような涙を流しながら瞳をぎゅっと閉じ、何かにお祈りを捧げるように両手を重ねていくファルへ、シルヴィアは何やら考え込みながら言葉にしていった。


「……奇跡って、ネガティブ思考の方に訪れるものなのかしら……」

「ね、姉様……」

「それに関しては口を噤みたいところだが、"白の書"については俺達からもフェリエ殿に口添えをさせてもらう」

「そうですね。それに話せば分かってもらえると俺は思うよ」

「……ばんざん……ろっど……ありがどう……」


 遂には泣き出してしまうファルに、一体どれだけ母親が怖いのだろうかと考えてしまうイリス達だったが、人様のご家庭の事情に口を出すべきではない以上、フェリエの対応次第では話にもならないのではないだろうかと考えていた。

 そうなればファルには申し訳ないが、口出しをできない状況となる可能性もある。

 そうなった場合はせめて、彼女の傍にいてあげようと思う仲間達だった。


   *  *   


 ファルがようやく落ち着きを取り戻した頃、話に戻っていくイリス達。

 とはいえ、現段階では推察くらいしかできることはないのだが、それでも突発的に起こる事態への対処をしっかりとできるようにと様々なことを話し合っていった。

 中には凶種と思われる存在が出現した場合や、大量に危険種が襲ってきた場合、更には凶種の同時出現を想定するなどという対処法まで考えていくが、それをありえないことと頭から否定することは、既にイリス達にはできなくなっているようだった。

 それだけ一般的な冒険者では味わうことなどできない濃密な体験をしてきたことと、大陸北の情報量が皆無と言えてしまう未知の場所という不気味さが、彼らをより不安にさせていたのかもしれない。


「少々神経質過ぎるかもしれないが、それくらいで丁度いいとも思えるな」

「そうですね。情報量の少なさは、命に直結する可能性があります。

 できる限りの対策や、対応策は練るべきだと俺は思います」

「そうですわね。中でも凶種が同時に出現した場合などは危険ですわね」

「その場合は私が対処します。通常の魔物や危険種であれば、皆さんと共に倒したいと思いますが、それも危険と判断できればすぐに対処をしようと思います。戦闘による技術向上は必要だと考えますが、何よりも皆さんの安全を考慮して先に進みたいですね」

「とはいえ、やはり未知の場所というものは不気味に思えてしまうのですね。

 一体どんな場所なのかも、ある程度は話しておくべきなのでしょうか」

「んー、話っていってもなぁ。メルン様の情報は八百年も前のものだから、下手に想像すると現地に行ってびっくりすることにも繋がるんじゃないかなぁ」


 正直なところ八百年という月日は、とても想像など付かないほどの歳月となる。

 そもそも彼女達は、フィルベルグ建国やアルリオン建国の礎となり見守ってきた女性達だ。リシルアに関しては既に建国されていたようだが、メルンもまた同じ時代を生きた存在である。

 彼女は伝説のミスリルランク冒険者であり、レティシアは八百年間存在し続けるフィルベルグ建国の母となる。……アルエナのみは今も女神様として人々の心の中に存在し続けるのだが、それだけ長きに渡り世界中の誰もが知っている女神として確立された彼女の存在もまた、それだけの歳月の重さを感じさせてしまうとも言えるのではないだろうか。


 そんな彼女達が生きていた時代とは遥かに違うだろうと思える現在において、石碑の置かれている場所周辺がどのようになっているのかなど、見当が付かなくて当たり前なのかもしれない。



 そんなことを考えていると、部屋の扉をノックされる音が部屋に響いていった。

 現在は夕食も終った、フィルベルグで言うところの夕方の鐘と夜の鐘の丁度合間となる頃合となる。そんな時間に何事だろうかと思ってしまうイリス達だったが、まずは確認をする為にロットは返事をしていった。


「開いています。どうぞ」


 扉の向こうから失礼致しますと言葉にしたその声は、バジーリアだったようだ。

 部屋に入ってきた彼女は、室内にいる者達を確認して言葉にしていった。


「やはりこちらにいらしていたんですね」

「すみません、勝手に。男性専用のフロアだとは分かっていたのですが、お話をさせていただいていたんです」

「いいえ、どうぞご自由になさっていただいて構いません。三階での談笑ですとあまり宜しくないと思いますが、二階であれば問題にはなりませんので」


 ありがとうございますと答えていくイリスに、微笑むバジーリア。

 そんな彼女は、用件となる話を始めていった。


「実は受付に、イリス様とお逢いしたいという方がいらしています」


 バジーリアの言葉にぴくりと眉が動いてしまう先輩達。

 彼らが思わず警戒をしてしまう中、彼女は言葉を続けていく。


「こんな時間ですし、後日改めていただくようにとお願いをしたのですが、せめてお伝えだけでもして下さいと言われてしまい、こちらに伺った次第です」

「イリスに用事? ……リオネスの手の者か?」


 まさかとは思うが奴ならばやりかねないと考える一方で、時刻を考えれば非常識だと分かった上で来たと思われる以上、流石にそれはないかと考える先輩達三人だった。

 しかしリシルアについたのは今日の昼過ぎだ。彼女の存在を知る者は限られてくる。

 恐らくは昼間に散策していた間に話が伝わったのだと考えられるが、となれば大凡の答えは導き出されてくると、先輩達には心当たりがあったようだ。


「……元老院か」


 短く言葉にするヴァンに、はいと答えていくバジーリアは、話を続けていった。


「受付でお待ちになられている方は、元老院の使いの方だとお答えになられました。

 私としましては、元老院からの使者を無碍(むげ)に扱うことはできませんので、申し訳ありませんが言伝を優先させていただいたのです」

「いえ、とんでもないです」


 そう笑顔で言葉にしたイリスだったが、この国に存在する元老院が街の人からどのように思われている者達なのかを十分に理解できた気がした。


 この国は君主制の国家ではない。

 リオネスはリシルア王と呼ばれ住民から慕われているが、それはあくまで形だけの存在であり、本人もまた王ではないと明言していた。

 バジーリアの反応から推察するに、それとは全く別の組織として確立されているのが、"元老院"と呼ばれている組織なのだろう。

 そしてそれこそがこの国の中枢と言えるものであり、この国の基盤を支えている組織なのだろうとイリスは考えていた。

 そうであれば、それだけの重要な人物達からの召喚に応じないわけにはいかない。


「わかりました。すぐに受付へと向かいます。仲間達と伺っても構いませんか?」

「ありがとうございます。使者の方もご希望であれば是非にとの事ですので、どうぞ皆様でいらして下さい」


 満面の笑みでお礼を言葉にするバジーリアだったが、イリス自身にも元老院からの招待というものに興味があったようだ。

 仰々しくも思えてしまう案件ではあるが、応じないという選択肢はイリスにはない。

 仲間達も元老院からの使者と会うため、受付へと向かっていった。



 バジーリアを先頭に一階へと戻ってくると、黒に近い茶色のローブを纏った格好の男性がひとり、イリスを待っていったようだ。

 細身で身長百七十センルに少々鋭い瞳をしたその(いたち)人種の男性は、イリス達が傍まで来るのを見守ると、頭を深々と下げながら挨拶を始めていった。


「夜分遅くの無礼な申しつけを、どうかお許し下さい。

 既に店主殿から伺っていることと存じますが、私は元老院から貴女様に言付けを言い渡された者で、名をジルド・パローロと申します。

 元老院の一人が貴女様にお逢いしたいとのことで、私がこちらまで伺わせて頂いた次第ですが、よろしければご同道をお願いできれば大変恐縮にございます。

 当然、お連れの皆様もご希望であればご一緒にと、申し付かっております」

「私がイリスです。どうぞ畏まらないでください。

 仲間達と共に伺わせていただきますので、ご案内をお願いできますか?」


 そう言葉にするイリスへありがとうございますと笑顔を向けたジルドは、元老院のいる建物の場所を先に口頭で伝えていく。

 その場所は、街の北側に建つ闘技場の更に奥、位置としてはここから反対側となっているようで、少々離れているのですがと申し訳なさそうに彼は言葉にした。

 そんな彼へと疑問に思った先輩達三人はジルドに尋ねていくと、彼はそのすべてを丁寧に答えていった。


「ふむ。用件は分かった。しかし、何故この時間に訪れた? 明日では難しいのか?」

「無礼は承知でこちらに参りました。明日にも旅立たれてしまう可能性を考慮しての行動となります。それにつきましては、心からのお詫びを申し上げます」

「元老院は何故イリスを召喚したんでしょうか?」

「そちらにつきまして、私には知らされておりません故、お答えしかねます」

「まさか王様の差し金、なんてことは……」

「リオネス殿はこの件には無関係となります。尋ねられた際はそうお答えするようにと仰せ付かっている程度でしか、私には知らされておりません」


 なるほどなと言葉にしたヴァンに続き、二人もとりあえずは納得したようだ。

 しかし、用件が分からぬ以上は警戒をしてしまうのもまた、仕方のないことだろう。


 当然それを理解しての行動とも取れる彼の対応に、厄介な事にはならないと思えた先輩達は、以降はジルドに尋ねる事はなく、彼に続くイリスの後方から歩いていった。


夕方の鐘と夜の鐘の丁度合間とは、7時半から8時頃となります。

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