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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"それを選ぶのもまた自由"


「ホレられたな、お前」

「……いや、そんなはずはない。相手はまだ七つほどだ」


 一瞬だけ思考が凍り付くように固まるヴァンだったが、彼女の言葉にしてしまったものをしっかりと否定していくも、呆れた様子になりながら彼女は返していった。


「分かってねぇなぁ。女ってのは三つから母性本能が芽生えるもんなんだ。男が馬鹿やってる横で、女はしょうがないわねってツラしながら面倒見てくれてるんだよ」

「……マルツィアが女を語るのに違和感を感じるのは、俺だけなのだろうか……」

「…………なんか……言ったか?」

「……いや、気のせいだろう」


 ギロリと鋭い瞳で睨みを利かせながら、重く低い声で威圧的に話す彼女に視線を逸らしていくウルバーノだったが、背中には冷たい汗が流れているようだった。



 中央広場で白狐種の少女を見送ったイリス達は、マルツィアの店で美味しい食事をいただきながら話をしていた。現在は店内も少々落ち着きを見せているようで、彼女達も厨房からやってきてくれている。

 美味しいお料理ですねと彼女に話すと、そうだろうそうだろうとご満悦の様子で答えていく彼女の姿がとても印象的ではあるが、実際には美味しい料理を出せたことよりも、美味しかったと言葉にされる方が遥かに嬉しいのだとマルツィアは語っていた。


 様々な話をしていく中で自然と先程広場であった話になると、含み笑いをしながらマルツィアは言葉にし、ヴァンはそれを否定していった。

 流石にそれはないだろうと心では思っていても、どこか確信の持てない女性の話にヴァンは言葉にできず、考え込んでしまっていたようだ。

 いやしかし、相手はまだ七歳か、それ以下の可能性だってある。


「……"そんなガキが、自分なんてホレるわけがない"ってツラしてるな」


 言葉遣いは悪いが、意味合いは大凡その通りだと思える顔をどうやらはっきりと出していたらしく、思わず瞳を閉じて『むぅ』と言葉を洩らしてしまうヴァンだった。

 だが実際に彼女はまだ子供で、自分はもういい年の大人であることを考慮すれば、やはりそれは勘違いなのではないだろうかと思えてしまっているようだ。

 それも初対面で、しかも数回しか言葉を交わしていないというのに、そんなことが果たしてあるのかと彼の思考は停滞しつつも巡らせていく。


 しかし、その考えそのものが間違いであることを、彼はまだ分かっていない。

 それを指摘するかのように、女性達は言葉にしていった。


「あら、ヴァンさんは大人の男性として(・・・・・・・・)、とても魅力的ですわよ。あの子が好意を寄せるには十分過ぎるほどに。それこそ始めは"憧れ"からなのではないかしら。

 憧れから想い、慕い続けた素敵な殿方に思いを寄せながら、次第にそれは愛情へと変わっていくのが自然なのかもしれませんわよ」

「そうですね姉様。どなたかを想うのに、年齢は妨げにならないと私は思います。

 それはまだ憧れであったとしても、立派な恋なのではないでしょうか」

「ヴァンさんはとても魅力的な方ですし、憧れの人に良くしてもらえたら、きっと誰だって嬉しく思えてしまいますよ」

「幼い恋心で終わることも多いんだけどさ、あの子の瞳はちょっと違ったよねぇ」

「まぁ、どんなだったかは想像が付く。さぞ、うるうるとしてたんだろうよ」

「ええ、それはもう、うるうると。……残念ながらお相手には気付いてもらえなかったようですが、こういったことは時間をかけてじっくりといくべきだと思いますわ」

「……いや、しかし、相手はまだ七つかそこらだぞ」

「んなこたぁどうでもいいんだよ。あと八年もすれば立派な大人の女だろうが。

 そんなこと言ってると、本気で女泣かせることになるぞ」

「……む、むぅ……」


 その言葉は流石に響いたようで必死に先程あった事を思い返していくも、やはり彼には思い当たる節がないといった様子を見せ、彼女に深くため息を吐かれてしまう。

 そんな中、追加注文を頼んできた客の方へと応えていくウルバーノは、そちらへと歩みを進めていき、マルツィアも自分の持ち場へと戻っていった。


 後に残されたのはとても難しい顔をしているヴァンと、自分にも見当が付かないといった様子のロット。そして彼らを苦笑いしながら見つめていくイリスとネヴィア。

 そんな彼らに呆れた様子になってしまうシルヴィアとファルは、食事を楽しみながら本気で分からないのかといった表情を彼らへと向けていたようだった。



 テーブルに置かれた小さな器に、酒を注いでいくイリス。

 美しい清流のような透明度に驚きながらも口に含んでいくと、それはまるで清らかな水を連想してしまうほど体中に浸透していくのを感じられる、とても独特な酒だった。


 これはリシルアで特産品の一つとされる米から抽出して造り上げた酒なのだそうで、特有の香りはあるものの、身体に染み渡る湧き水のような清々しさがある不思議な味わいを感じていたイリス達だった。

 度数も少々強めのようで葡萄酒やエールとも全く別の酒として造り出されたようだが、その歴史はとても古く、いつから存在するのかも記録として残ってはいない。

 そしてツィード特産の花酒(はなさき)とも違い、きついほどの度数を感じさせないとても飲みやすい酒となっているようだ。

 透き通る味わいに、清々しい特有の香り。度数の強さを感じさせない清涼感で、いくらでも呑めてしまいそうな酒に、イリス達は味わいながらその深みを堪能していた。


「…………これは、素晴らしいですわね……」


 ぽつりと言葉がシルヴィアからこぼれる。

 葡萄酒のようなえぐみは一切ないその味わいに、瞳を大きくしていく。

 ネヴィアもイリスもどうやら同じような表情で驚き、その余韻に浸っていた。


「んー。やっぱり美味しいね、リシルアのお酒は」

「うむ。葡萄酒も捨てがたいが、やはりこの酒は格別だな」

「喉を潤すような酒の飲み方も俺は嫌いではありませんが、味わいながら楽しむのはいいですね。ゆっくりとした時間を過ごせます」

「そうだな。この酒であれば、四季折々の楽しみ方ができるからな」

「四季折々の楽しみ方、ですか? ヴァン様」


 ネヴィアの言葉にうむと答えた彼は、それについて話していった。

 この酒はとても清涼感のある湧き水のような酒で、自然を感じながら飲むのが美味いのだと彼は言葉にしていく。


「例えるのなら、そうだな……。

 春の花、夏の星、秋の月、冬の雪、といったところが一般的だろうか。

 当然、夜でなくとも酒は美味い。美しく澄み渡る空や、そこに浮かぶ雲。夏の暑い日ざしや茜色に染まる空。雨がしとしとと降り注ぐ音や、雪が降り積もる静かな日にも美味く感じるものだ。昼間でも自由に酒が飲めるのも、冒険者の特権と言えるだろうな」

「春夏秋冬は世界中で感じられるものだし、この国は熱帯地方と呼ばれる場所にあるんだけど、リシルアは大樹で護られるように存在してるからね。

 雨だけでなく、暑さまで聳える木々が押さえて快適に過ごせる不思議な国でね、この国の中だけはまるで季節を調節してくれているように四季を感じる事ができるんだよ」


 ロットの言葉を不思議に思いつつも、本当に不思議な国なんだと思えてしまうイリス達は、身体に優しく染み渡っていく酒を味わいながら四季折々の姿を想像していた。

 それはどんな姿をしていてもこの酒が美味しく思えてしまう光景で、とても魅力的に感じられたイリス達だった。


「……本当にこの国は、とても魅力的な場所なのですわね」


 静かに発していくシルヴィアの言葉が、賑わいをみせる店内に優しく響いていく。

 残念ながらそれだけではなく、あの方がいる時点でそういったこの国の良い所すべてを帳消しにしてしまっているのが残念でならない彼女達だったが、それを察したヴァン達は言葉にしていった。


「……もう大丈夫だ。一方的に終らせたとはいえ、片をつけたつもりだ。

 既に息苦しいような空気を感じてはいない」

「そうですね。俺も以前ほどの居辛さを感じてはいません」

「うん。あたしもそう思えるかも。何でだろ。皆が傍に居てくれるからかな?」

「……不思議な感覚だな、これは……。今まで感じた事もないほど身体が軽く思える。

 つい先日までは、この国に来ると考えただけで重々しく感じられたが、今となってはそれもすっかりなくなっているようだ。寧ろ、清々しくさえ思えている」


 だからもう大丈夫だ。

 そう彼は言葉を続けた。


「もう二度と来ることはないと言葉にしたが、仲間達と共にするのであればこの国も悪くはない。それを選ぶのもまた冒険者の自由、という事なのかもしれないな」


 とても穏やかに言葉にした彼は、右手に持っていた器を口へと運んでいく。

 透き通る味わいが彼の喉を潤すように満たしていき、小さく息を整えるように出していく彼の瞳は、この国の酒のように澄み切っている光を宿していた。


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