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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"夕暮れに包まれる広場で"


 街灯が優しく街並みを照らし出しているとはいえ、時刻はまだ夕方に入ったばかりとなる頃合で、夕食には早いと思われた。

 空からは大樹の合間からオレンジ色に染まった光が差し込み、暖かくもどこか寂しげに思えてしまうような、哀愁を感じさせる姿を現しているようだ。

 食事までもう暫くの間、どこかの店でのんびりとお茶でもしようかと楽しく話しながら、中央広場を歩いていたイリス達だった。


 徐々に人の視線が気にならなくなりつつあったイリス達は、素敵な店はないかと先輩達に尋ねていくも、残念ながら他の街とは違い、無骨なお店が多いと彼らは言う。

 なんでも冒険者に寄せた造りを店側がしているようで、そういったところも特殊な街と言えるだろうとヴァンは言葉にした。


 確かにこの国は、勇敢な冒険者達で護られているとも言い換えられる。

 そんな彼らが質の良い店や素敵な店を好むかと言えば、そうではないようだ。

 イリス達にはとても残念に思えてしまうも、郷に従えという言葉もあるくらいなのだから、それも仕方ないと諦めていく彼女達だった。


 先輩達はというと、ファルは元からそういったお店を選んではのんびりと過ごしていたそうだが、ヴァンとロットに関しては少々違っていたのだと彼らは話していく。

 ロットはパーティーが男性達で構成されたメンバーだったため、そういった店には一切立ち寄らず、ヴァンに限って言えばこの国を長く拠点としていたこともあり、そういった感性すら持ち合わせてはいなかったのだという。


 実際にこの国で淡々と冒険者稼業を続けてきたヴァンだったが、彼が思っていた職業とはかけ離れたものにしか思えなかったと語る。

 いつか話した理想と現実の差が彼の心に重くのしかかるも、生きていくためにはと理由をつけて冒険者を続けていたそうだ。


「イリス達と出逢い、旅をするようになって初めて冒険者というものを知った気がする。それは人によって様々だとは思うが、ファルも言っていたように冒険者とは仲間と苦楽を共にし、新しい何かを共に分かち合う者達のことを言うのだと俺も思う」

「そうですね。俺も同じ気持ちです。そういった意味では、フィルベルグはこの国とは対称的で、穏やかな人達が集まる場所なのかもしれませんね」

「あたし、フィルベルグには一度しか行ったことがないんだ。

 だから皆と行けるのを、すごく楽しみにしてるんだよ。

 それまでの経路も楽しめると確信してるし、今からわくわくが止まらないんだ」


 とても楽しそうに答えていくファルに微笑む仲間達は、彼女と同じように心が躍っていたようだ。




 中央広場へと別の経路から戻ってきたイリス達。

 やはりと言うか、こちらへの注目度はかなり高いようだが、先程のように集団となっていることはなくなっているようだ。

 夕暮れ時が関係しているのか、落ち着きを取り戻したのかは分からないが、盛大に歓迎されることはなかったようで安堵のため息を吐いてしまう先輩達だった。


 さて、これからどうしようかと話し合おうとしたイリス達の下へ、ぱたぱたと可愛らしげな音を立てながらこちらへと向けて走ってくる少女を目にする。

 白くてふわふわの髪を背中まで伸ばした狐人種で、メルンと同じような形の白い尻尾を持つ、七歳ほどの女の子だった。


 後にヴァンから聞いたところによると、白狐(はくこ)族と呼ばれた種族だそうだ。

 言い方はヴァンの種族である白虎と同じではあるが、白狐は祭司になる者がとても多いと言われているらしく、中でもそういった祭祀(さいし)を含む儀式を執り行う司祭となる者のことを総称して"びゃっこ"と人々から呼ばれる特殊な存在になるのだとか。

 彼女達白狐族は、話し方や声色などで人を穏やかにさせるとても不思議な魅力を持つそうで、そういった点から司祭の道を歩む者が多いと言われているらしい。

 それを聞いたイリスはフィルベルグにいるローレン司祭を思い起こすが、やはりああいった方は、穏やかな口調の者がなるべきなのかもしれないと思っていたようだ。

 尤も白狐種の場合は、大人になる手前から変化が見られるらしく、こちらへと笑顔で走ってくる少女にはまだそういったことは感じられない、とても明るく元気な様子を見せていた。


 瞳を輝かせながらこちらへと駆けて来る少女をどこか不安気に見つめていたイリス達だったが、どうやらそれは当たっていたようで、途中で足がもつれてしまい、その場で(つまず)いてしまう。

 身体を倒れないようにと堪えていたようだが、残念ながらそのまま倒れ込み、両手で必死に持っていた大きめのボウルを手放してしまい、盛大に中身を広げていった。


 倒れたまま目を丸くしてそれを見た少女は、すぐさま瞳一杯に涙を溜めていく。

 片膝をついて優しく両手で少女を立たせていくヴァンは大丈夫かと安否を気遣うも、どうやらそれどころではなかったようで、今にも泣き出してしまいそうな様子で言葉にしていった。


「……せっかく……ばんさまに、食べてもらおうと……がんばったのに……」


 震える声で呟く少女の目線の先にある転がるボウルへと視線を向けると、そこにはクッキーが地面に沢山転がってしまっているようだ。

 そんな光景を見たヴァンは、ふむと言葉にしながらボウルに残ったクッキーを手に取り、口へと運んでいく。

 もぐもぐと食べる彼の姿に驚く少女は、瞳に涙を溜めたままぽかんと口を開けながら呆けてしまっているようだが、続くヴァンの言葉に満面の笑みを見せていった。


「美味いな。甘さが絶妙だ。これは一人で作ったのか?」

「――! うんっ」

「そうか、それは凄いな。これだけ美味いクッキーをその歳で作れるとなれば、将来は菓子職人にもなれそうだな」

「ばんさまありがと! でもね、あんまり上手にはできなかったの。さくさくしてないし、いい匂いもあんまりしないの。……どうしたらいいのかな?」

「ふむ。菓子作りに関しては全く分からないが、仲間であればそれも分かるかもしれないな。ひとつクッキーをあげてもいいだろうか?」


 ヴァンの言葉に思わず聞き返してしまう少女は頷きながらもおずおずと答えるが、仲間の一人へと視線を向けた彼は尋ねていった。


「え? うん。……で、でも、落っこちちゃったし……」

「イリスなら分かるだろうか?」


 少女に歩み寄るイリスは目線を合わせ、食べてもいいかなとお願いをしていった。

 その言葉に再び頷きながらもクッキーが落ちたことを話していく少女だったが、全く気にする様子もなくボウルから手にして口へと運び、食べてしまった様子を目を丸くして少女は見つめてしまった。

 もぐもぐ食べていたイリスはクッキーを喉に通していくと、少女に尋ねていく。


「アーモンドプードルって分かるかな?」

「……あ。そう言えば、お母さんがよく使ってるいい匂いの粉かな」

「なるほど。貴女のお母さんは、お菓子職人さんなんだね」

「うん。……でも、お母さん忙しいから、お仕事中は一人で練習してるの」

「そっか。でもね、一人でこれだけ上手に作れるなら、すぐにもっと美味しいクッキーが焼けるよ」

「ほんと!?」


 目を輝かせて尋ね返してくる少女に笑顔で頷きながら、イリスは話を続けていく。


「生地の分量にもよるんだけど、アーモンドプードルを十五グラルから十七グラルほど入れてみると、外はさくさく、中はしっとりとしたクッキーが作れると思うよ。

 アーモンドの皮付きと皮なしで作った二種類のアーモンドプードルがあるから、詳しくはお母さんに聞いてみて。色んなお菓子にも使われるものだから、上手に使ってみてね。香ばしくていい香りも出てくるし、もっと美味しくなると思うよ」

「わぁ! ありがと! お姉ちゃん! さっそく作ってみる!」


 そう言葉にした少女は、空になったボウルに落ちてしまったクッキーを手早く拾い集めていく。ヴァン達も拾うのを手伝いながら彼は、少女に話していった。


「今日はもう日が暮れてしまう。俺達は"朝月(あさづき)の泉亭"という宿にいるから、良ければ作ったクッキーをまた明日食べさせてくれ」


 彼の言葉に満面の笑みで返していく少女は、足早に帰っていった。

 何度も振り返り、大きく手を振りながら離れていく姿に微笑ましく思えてしまうヴァンとロットだったが、帰る間際に見せた少女の瞳に宿った想いを知った女性達は思い思いに言葉にした。


「あらあらあら。可愛らしい子ですわね」

「そうだねー。ヴァンさんもやるねぇ。

 いつの間にそんな感じになったのかな」

「ヴァンさんは出逢った時から変わらず素敵ですよ」

「ふふっ。そうですね、イリスちゃん」

「む? ありがとう、と言葉にするところなのだろうか?」

「あー、いいのいいの。ヴァンさんはそのままでいてあげてね」

「さて。そろそろ日も暮れて来ますし、お食事にしましょうか。

 今夜はいいお酒をいただけそうな気がしますわ!」


 笑顔で言葉にするシルヴィアに首を傾げてしまうヴァンとロットだったが、残念ながら彼らには、少女の潤んでいた瞳に気付くことはなかったようだ。


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