"それもいいかもしれない"
店を出ると中央へと進む通りから五人の小さな子達がやってきて、満面の笑みでお礼を言葉にして去っていった。
屈託のない笑顔を向けられて、何とも歯痒い気持ちになる先輩達ではあったが、素直に嬉しそうな表情を浮かべながら言葉にしていく。
「目立つのはあんまり好きじゃないけどさ、あたし達はあの子達を護れたんだなって実感できた気がするよ」
「うむ。そうだな」
「危険種っていうのは、街に住まう人々の心に、それだけ恐怖を落としかねない存在だって事なんだね」
「普通の冒険者じゃ対処できるか分からないくらいの強さだから、危険種出現と同時に悲しみも沢山生まれるからね……」
ロットの言葉に、とても悲しそうに返していくファルだった。
冒険者を続けていれば、様々な事に出合う。
それは何も、人と人との繋がりだけではない。
それは何も、幸せな気持ちばかりを知るわけではない。
出会いの数だけ別れがあると誰かが言っていた気がするが、実際には別れの方がより強く感じられるためか、とても多い気がしてしまう先輩達だった。
その考えは、ひどく物悲しく寂しいものではあるが、人はそれを乗り越えながら生き続けなければいけないのかもしれない。
どんなに深い悲しみの中にいても、どんなに重い体験をしたとしても。
それでも人は、歩めなくなってしまった人よりも更に前へ、前へと進み続けなければならないのかもしれない。
笑顔でお礼を言葉にしてくれたあの子達もまた、悲しみを味あわせてしまっていた可能性だってある。
あれほどの激戦だったのだから、今も悲しみの中に生きる子もいるかもしれない。
その悲しみを生み出してしまっているのは、魔物と呼ばれる存在だ。
魔物が存在する限り、人は悲しみの中を歩かねばならないのだろうか。
しかし、その悲しみを生み出す存在を創り出しているのは人だという。
怒りも、悲しみも、絶望も。
人が人である以上、負の感情すべてをなくすことなどできない。
であれば、魔物と呼ばれる存在が、いなくなることはないのではないだろうか。
世界はこれからも魔物の恐怖に怯える人が暮らし、魔物に狩られてしまった人が絶望し、また新たな魔物をこの世界に生み落としてしまうのだろうか。
「…………せめてあの子達が大人になるまでは、危険種など出ないことを切に願う」
そう言葉にすることしかできないヴァンだった。
だが、魔物をなくすことなど、女神にもできることではない。
イリスの推察では、動物がコアから溢れ出した淀んだマナを浴び、魔物として存在してくれるから、人は変異せずに生きられるのではと話していた。
その答えとなるものをイリス達は知ることはできないだろうが、もし仮にそうだとすれば、魔物がいなくなってしまった世界では、今度は人が恐ろしい存在として君臨してしまうのではないだろうか。
考えたくもないほどの恐ろしい推察ではあるが、そうはならない保障がない以上、その可能性を捨てきれないヴァン達だった。
街並みや空高くまで聳えるかのような樹木を眺めながら、国内を巡るイリス達。
至るところで完成が沸き起こり、人によっては涙を流してお祈りをされてしまう。
若い女性達は黄色い声を上げ、子供達からは憧れと尊敬の瞳で見つめられる。
この国での先輩達は、心休まることはないのだろうということがよく分かったイリス達は、徐々に集まってきてしまう人達から離れるように歩きながら話した。
「……すごい、評価ですわね……」
「……本当に文字通りの英雄扱いなのですね、皆様は……」
「少しは落ち着いたかと思ったんだが、どうやら最初だけだったらしいな……」
「ま、まぁ、善意を向けられることは、とても嬉しいですよ。
俺としては、気恥ずかしい気持ちが強いですけど……」
そんな話をしている中、どこかしょぼくれたファルは、とても言い辛そうに言葉にしていった。
「あたし、ガルドの気迫に飲まれて、ロットに叱咤されるまで動けなかったんだ。
……やっぱりあたしが"勇者"扱いされるのは、なんか違うと思うな……。
もっと勇敢な人が、そう呼ばれるべきなんだよ……」
どこか悲しそうに話す彼女へ、イリスはその言葉を否定していく。
「いいえ。ファルさんも、リシルアの人々からすれば、立派な"勇者様"なんですよ。
以前の私も思っていた事ではありますが、戦えない者達にとっては魔物と戦うという一点だけで、とても凄いことであることに違いはありません。
それは決して、誰にでもできることではないのですから。それも危険種となれば、魔物以上に驚異的で恐怖を抱かずにはいられないほどの存在です。
危険な存在と相対し、戦うことのできる者が勇者と呼ばれないはずがありません。
恐怖し、動けずとも勇気を振り絞り、仲間のため、街の人々のため、自分の為にと武器を振るうことができる者を、"勇者"と呼ぶのではないでしょうか。
憧れや尊敬といったものだけでなく、脅威が去ったことによる安心感を感じて日々平穏に暮らせるだけでなく、何よりも深い感謝の気持ちから街の皆さんはファルさん達を慕って下さっているのではないかとも、私には思えるんです」
イリスの言葉を深く心に刻み込みながらファルはそれを考え、何かに気が付いたように言葉にしていった。
「……そうか。あたし達の存在が、皆の安心感に繋がっていたのか……」
「彼らの視線や感情は、決して悪いものではない。善意からきているものだからな。
自称せずとも、人から呼ばれることには納得するといいのではないだろうか。
極稀にやっかみに近い感情を向けてくる者もいなくはないが、それは血の気の多い冒険者のみだし、そういった存在もまた、憧れや自身の力量と比べて思うところがある者が、嫉妬のような感情をぶつけているだけかもしれないな」
これだけの歓迎を受けて、ヴァンも思うところがないわけではない。
そう言われるだけの存在が、もう二度とリシルアへ戻らないと知られてしまえば、それを聞いた者達は落胆どころでは済まないかもしれない。
ギルドで話をしていた時はそれで十分だろうと思っていた彼らだったが、少々考えなしだったかもしれないと思えてしまっていた。
特にヴァンは、もう二度とこの国に来ることはないだろうと明言してしまっているが、それはあくまでもヴァンとギルドとの話であり、今こうして善意の想いを向けてくれている人々にはなんら関係のないことだった。
それに思いが至らなかったのも、自身の精神が未熟であったからかもしれないと、ヴァンは思わずにはいられなかった。
そんな気持ちを察してか、イリスは彼へと言葉にしていった。
「あの時は、私もあまりのことに感情的になってしまいましたが、この国はとても素敵な国です。穏やかで、暖かでありながら涼しげで。
この場所で暮らしている人々の多くは、とても優しい人達なのが良く分かります。
そんな人達の傍にいること自体は悪いことではありませんから、ギルド依頼のみお断りしながら、のんびりと過ごすのもありではないでしょうか」
イリスの言葉に、瞳を閉じながら考えていくヴァンは、瞼を開き、天まで届きそうなほどの大樹を見上げながら優しく話していった。
「…………そうだな。……それもいいかもしれない。
今しばらくは時間が必要だが、じっくりと考えてみることにする」
ヴァンの出した答えに、微笑みながら応えていく仲間達だった。




