表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
410/543

"逸脱し過ぎているようで"


 街の中心部へと出たイリス達は、宿屋のある城門付近へと向かおうと足を進めていると、どうやら広場の方が騒がしくなっているようだ。

 何か問題事でも起きたのだろうかと思っていたイリス達だったが、どうやらそうではないらしい。ざわざわと何かを話していた五十人ほどの集団の中にいた一人の男性がこちらへと視線を向けると、大きな声で言葉を発していった。


「ほ、本当にヴァン様だぞ! ロット様も、ファル様もご一緒のようだ!」


 その声にこちらへと振り向いていく集団と、中年男性の言葉に反応した街の人々が一斉にイリス達へ視線が集まると、盛大な拍手と歓声で迎えられてしまった。

 どうやら先程は街に着いたばかりということが大きかったらしく、この国ではやはり歓迎を受けてしまうものなのだと、改めて知ることとなったイリス達だった。

 思えば厩舎の方にも相当驚かれていたほどなのだから、この反応も想定できたことなのかもしれないと考えていたシルヴィアは、イリスとネヴィアに視線を向けるも、彼女達はあまりのことに目を丸くしているようだ。


 しかし、ギルドであったことを思い返すと、この国の人々を落胆させてしまうかもしれない。それだけのことをしてしまったし、自分達もここを離れしまえばもう来ることはないだろうと考えていた。

 英雄は一人しかいないし、ヴァンもまた唯一無二といえる存在だ。

 そんな彼らが一度に抜けてしまえば、この国に途轍もない衝撃を与えてしまうかもしれないと思えた彼らだったが、"勇者"は他にもいるし、まぁ、問題ないかなと、ファルは自分の存在を割と軽く考えていたようだ。


 確かに勇者は沢山いるし、その中でもこの国に滞在しているものも少なくはない。

 だが、ファルは気が付いていなかった。"英雄"と"猛将"の二人と共に抜けてしまうこと自体に、大きな意味を含んでいるのを。


 彼らの周りに集まることは流石に自重して貰えているが、熱い視線を向けられた先輩達は複雑な表情をしながらも宿へと向けて歩いていき、それを付いていくような形で続くイリス達だった。




 リシルアの宿泊施設は多数あれど、そのどれもがとても古い建物を修繕して使っているという。それは雑貨屋でも鍛冶屋でも、花屋でも飲食店でも変わることはないのだが、宿に関して言えばその内装もしっかりと直しているらしい。

 雨が少ない国とはいえ、雨季となれば纏まって降るらしく、修繕をしっかりとしなければ色々と問題が起きてしまうようだ。


 ヴァン達三人が勧めたこの目の前に建つ宿も、三年前に修繕工事を終えたばかりのとても綺麗な宿だと話した。

 当然それだけではなく、この宿は料理屋としても経営しているらしく、出された食事もかなり美味しいと、国中から評判を受けるほどの腕を持つ料理人がいるという。

 それも宿屋と隣接した建物に料理店を開いていて、食後にそのまま宿の受付へと向かえるような構造となっている、とても不思議な構造なのだそうだ。

 特殊な建物ということで、思わずわくわくとしてしまっているシルヴィアは、お食事は是非そちらでいただきましょうと目を輝かせて答え、それを微笑ましそうに了承していくイリス達だった。



 宿の玄関を開けると、涼しげな音がドアの上部から聞こえてきた。

 その心地良い音色を出していたのは、あのツィードグラスで作られた小さな鐘のようで、この国にはツィード産のこれらが取り付けられている店は割と多いそうだ。


 清涼感のある響きに心を打たれていると、宿の人が奥の扉からやって来た。

 しかし、やはりここでも彼らの姿を見付けると驚きを露にした中年女性は、すぐさま満面の笑みに戻して言葉にしていった。


「まぁまぁまぁ! ヴァン様、ロット様、ファル様、ようこそお出で頂きました。

 どうぞ、ごゆっくりご滞在下さいませ」

「うむ。また世話になる」

「よろしくお願いします」

「またよろしくね、バジーリアさん」

「こちらこそ、よろしくお願いします。お連れ様もご一緒ですね。

 はじめまして、"朝月(あさづき)の泉亭"の主人、バジーリア・アンフォッシと申します」


 そう名乗った女性は、二十代後半で茶色の髪を右肩で綺麗に編んで纏めた、とても綺麗な女性だった。

 彼女は代々続く、鹿人種の家系なのだという。彼女達の種族は、男性であれば頭に生えている角で見分けがつくが、女性に角はなく、他の種族と判断がし辛いと良く酒の肴にされるのだと彼女はくすりと笑いながら話した。

 尻尾は付いているがとても小さいものらしく、スカートに隠れてしまうらしい。

 バジーリアの話に、思わず姉を連想してしまったイリスは少々考えさせられてしまうも、すぐに笑顔に戻って自己紹介を始めていった。

 そんな彼女達の様子を見ていたバジーリアは、笑顔で何かを考えていたようだが、それを察したファルは彼女へと言葉にしていった。


「うん、そうなんだ。あたし達、パーティーを組んで旅をしてるんだよ」


 ファルの話に、ぱぁっと花が開いたように明るくなったバジーリアは、瞳を潤ませながらとても嬉しそうに言葉にした。


「……そうですか。ようやく、大切な仲間が見つかったのですね」

「……うん。心配かけちゃって、ごめんね」

「とんでもございません。私が勝手に想っていたことですから」


 話に聞く所によると、彼女は英雄視されていたファル達三人を含む、あの戦いに参加した全ての者達を気にかけていたそうだ。

 必要以上にもてはやされ、時には自意識過剰になったり、時には無謀な冒険へと出かけたりと噂に聞き、心配事が絶えずに日々を過ごしているという。

 中でもファルは、彼女にとっても特殊だと言えてしまうような客だったらしく、かなり心配させていたんだよねと、ファルは申し訳なさそうにバジーリアへ視線を向けながら話した。


「ファル様は、常にお一人で行動をされていましたから、内心では心配で心配で……」

「ごめんごめん。でも、もう大丈夫だから、これからは安心してね。

 っと、あたし達の四人部屋を一つと、ヴァンさん達の二人部屋を一つお願いします」

「畏まりました。それでは、お部屋へとご案内させていただきます」


 そう言葉にして部屋の鍵を用意するバジーリア。

 この宿は階層によって男女部屋が分かれているらしい。

 二階は男性の部屋、三階が女性の部屋となっていて、その更に上の四階は女性専用の長期滞在者の部屋となっていると、バジーリアは説明をしていった。


「以前お酒を嗜まれた男性の方が、女性の部屋を間違えて開けてしまったという事がありまして、色々と問題となりますので、修繕工事を終えた三年前から女性専用の部屋として扱っております」

「殿方にいきなり入られては、女性の方も驚いてしまいますものね」


 苦笑いをしながら言葉にするネヴィアに、とても言い辛そうにしているバジーリアとファルはその説明をしていくも、どうやらネヴィアが思っているようなことでは全くなかったようだ。


「……あー、いや……なんて、言うかね……。

 ま、まぁ、確かに女性がいる部屋に入った上に、その人は着替え中で色々と問題だったけど、開けた男性に同情するっていうか、流石リシルアだなーというか、この国らしいなっていうか……」


 引きつったような声で言い淀むファルの言葉を、バジーリアは補足するように続けて話していった。


「……その……お泊りになられていた女性は大層お強い方でして、その気性もあってか男性を壁ごと(・・・)殴り飛ばした上に、更なる追撃をしようとしたところをファル様にお止めいただいた、という経緯がありまして……。

 端的に申しますと、間違えてしまった男性の身が危険と判断しました当店は、壁の修繕と同時進行で大規模な内装の改築工事を行い、以降は女性専用として長期滞在者を募った次第です……」


 バジーリアの言葉に、目が点となってしまっていたイリス達。

 完全に彼女達の思考から逸脱し過ぎているようで、何も考えられなくなっていた。

 何よりも気になるのは、今も昔も長期滞在者の部屋は変わらない階層だという。

 ……ということは、つまるところ……。


「あの時は本当にびっくりしたよね。今でも思い起こすと冷や汗が出て来るもん。

 まさか四階からウルバーノさんをぶっ飛ばしただけじゃなくて、更にそこから彼に直接飛び降りてぼっこぼこにするんだもん。流石マルツィアさんだよ。おっかないね、ほんと……」


 さぁっと血の気が引いていくイリス達は、それ以上深く尋ねることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ