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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第三章 小さな天使
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少女の"抱えている"もの


 ふたりはアンジェリカと一緒におままごとを楽しんでいた。しばらくするとミレイがレスティを連れて戻ってきてくれたようだ。

 どうやら小さなバッグを持っているようだ。おばあちゃんありがとう、と思っていたら、レスティもそれに気が付いてくれたようで、目を細めて合図してくれた。


 「おばあちゃん……」

 「おばあちゃん?」


 思わずぽそりと出てしまったイリスの言葉をアンジェリカは拾ってしまい、きょとんと首を傾げてイリスを見てしまう。そのしぐさはとても可愛らしいのだけど、若干、あ。という顔になったイリスであったが今更遅いわけで、言ってしまったことを気にせずにイリスは話していく。


 「この子がアンジェリカちゃんだよ。アンジェリカちゃん、こっちの綺麗なお姉さんはレスティさんって言うんだよ」

 「こんにちは、アンジェリカです」

 「あらあらこんにちは、私はレスティです。よろしくね、アンジェリカちゃん」


 レスティはアンジェリカの目線に合わせしゃがむと、彼女の頭を撫でながら優しく微笑み、その顔を見たアンジェリカは安心したように目を細めてえへへと笑ってくれた。

 そんな中、カーティアがレスティに近づき挨拶を始める。顔には出さないようにはしているが、ほんの少しだけ声が強張(こわば)ってしまっているように聞こえた。


 「アンジェリカの母カーティアです。よろしくお願いします」

 「レスティです。こちらこそよろしくお願いします。早速ですが、診せていただきますね」

 「はい。お願いします」


 カーティアはほんの少しだけ頭を下げたが、娘に不安感を与えないために、お辞儀を抑えたのがよくわかった。そうだ、この子は何も知らない。いや、知らなくていいかもしれない。知るのは大人達だけでいい。この子の笑顔を崩させてはいけない。そうこの場にいる者は思っていたのだろう。まるで心で通じ合ってるかのように話が進んでいく。


 「アンジェリカちゃん、ちょっといいかしら」


 いつもよりも優しさを心がけたレスティの静かな声がアンジェリカに向かう。とても心地よく聞こえる穏やかな声だ。そんなレスティに、アンジェリカは微笑みながら答えた。


 「なぁに? おねえちゃん」

 「このおてての黒いの痛い?」

 「ううん、いたくないよ?」

 「そう、それはよかったわ」


 とても優しい笑顔をアンジェリカに見せたレスティは、どうやらもう診察を終えたようだ。レスティの笑顔にアンジェリカはとても嬉しそうな微笑みで返していく。


 「それじゃあ今度はあたしと遊ぼうか、アンジェリカ」

 「うん! おねえちゃんたちは、あそばないの?」

 「うふふ、おねえちゃんたちはちょっとだけ疲れちゃったから、まずはおうちで休ませて貰うわね。少し休んだらみんなで一緒に遊びましょうね、アンジェリカちゃん」

 「うん!」


 アンジェリカの満面の笑みを見ながら3人は家に入っていった。家の中に入ると客人ふたりに席へ座ってもらい、カーティアは深々とお辞儀をして話し始めた。


 「わざわざ来ていただき、ありがとうございます」

 「いえいえ、お気遣いなく。あ、本当にお構いなく。お話もしたいことですし、どうぞ座ってください」


 お茶を入れに行こうとしたカーティアを制しながら、レスティは彼女を席へ座らせる。


 「では。現状から説明しますね」

 「はい。よろしくお願いします」

 「お嬢様の病名はヘレル病と思われます。恐らくはシロタケを多く食されていたのではないでしょうか」

 「え? はい。安い食材でしたので、頻繁に料理に取り入れておりました」


 シロタケとはフィルベルグだけではなく、世界中で食べられているキノコで、その芳醇な香りと噛み応えのある食感に加え、臭みがなくどんな料理にも合い、使う機会の多い食材のうえに、すごく安価で手に入る食卓の味方という、一般的にとても馴染みのあるキノコだ。まさかこのキノコに毒性のものが入ってるとは誰もが思いもよらない事だろう。


 「一般的にシロタケを口にしても全く問題ないほどとても弱いものですが、極々稀に影響が出てしまう場合があります。特に身体の弱い人や子供がかかる病気とされています。

 ヘレル病を患うと、視力が弱まる、腕に黒いあざのような斑点が出るなどの初期症状が出ます。このまま放置すると大変危険なため、治療が必要となります。

 ですが、お嬢様の状態を診た限りでは、あざが出て半年といった所だと思われますので、病気が悪化するまで2年の期間に余裕がありますのでご安心ください」


 ここまでレスティが説明するとカーティアは、確かに黒いものが出たのは半年ほどだったと思いますとレスティに答えた。初期症状ならばきっと十分に時間はある。問題はお薬の方だ。そうイリスは思っていた。レスティなら作れると思うが、恐らくはあの場所まで採取しないといけなくなる。


 「このヘレル病を治すための治療薬に必要な薬草があります。ここから南西にある森の奥にある聖域の泉周辺に群生する薬草で、ルナル草といいます。

 ですが、これはまだ例年では2週間ほど後に咲くと言われておりますので、今探しに行ったとしても生えていない可能性が高いです。

 もうしばらくは時間をいただきますが、まだまだ初期症状ですので、いきなり視力が低下する事もないと思われます」


 とても丁寧に、穏やかに説明するレスティの言葉をしっかり聞いているカーティアは、ずっと気になっていたことをレスティへ質問する。

 我が子の病気に関することなのだから、当然気になってしまう。


 「もしこのまま悪化させてしまったら、あの子はどうなっていたんでしょうか?」


 大事なひとり娘のアンジェリカに何かがあれば、カーティアは生きていけなくなってしまう。


 「もしこのまま放置していれば、恐らく2年半から3年の間に、失明している可能性が高かったでしょう」


 レスティの口から発せられたあまりの衝撃の言葉に、両手で口を押さえ青ざめて絶句してしまうカーティア。それもそのはずだ。あの子は主人の大事な忘れ形見で、自分の命よりも遥かに重い大切な存在なのだから。


 でも、治る病気だといわれ、安心し(せき)が切れたように涙が止め()なく溢れてしまっていた。カーティアの顔は涙でくしゃくしゃになり、両手で顔を押さえるようにしながら擦り切れるような声で懸命にお礼を言った。


 「あ、ありがとう、ござい、ます」


 言葉が途切れ途切れ聞こえてくる。あぁ、なんて温かい言葉なのだろうかとイリスは思っていた。本当に良かった。悪い方向には行ってしまったけれど、治療法も見つかっているし、初期症状だと言われたのだから。大丈夫、きっとアンジェリカちゃんは元気になってくれる。そう心から喜んでいるイリスだった。

 

 そんな中、お礼を言われたレスティはカーティアに返すように話した。


 「いいえ。話に聞くところによると、イリスが気づいたようですから、お礼は彼女へ言ってください。彼女が気づかなければ、どうなっていたかわかりませんから」

 「ありがとうございます、イリスさん。本当にありがとうございます」


 少々落ち着いたカーティアはイリスへお礼を述べる。とても嬉しく温かい言葉だった。心が温まっていくように感じられた。


 「私が気が付いたのも偶然だと思います。以前おばあちゃんに、この病気の事を聞いていなければわかりませんでしたし、なによりも今日アンジェリカちゃんが噴水広場に来なければ、きっと私は出会えなかったと思いますから。私はアンジェリカちゃんに巡り会わせていただいた事を女神様に感謝したいです」


 綺麗な笑顔で微笑むイリスにカーティアはまたお礼を言った。アンジェリカはとても素敵な人に出会えた。これはきっと奇跡なんだと、女神に心からの感謝をするカーティアだった。


 そうだ。もし店から出ていなければ、噴水広場にイリスが行っていなければ、ミレイと話し込んでいなければ、ミレイがイリスの後を追いかけてくれなければ。本当にどうなっていたかわからなかった。それはとても悲しい事に繋がってしまうかもしれない。

 病名がわかり、治療法がわかり、薬の材料も作り方も知っている人がここにいてくれる。これは偶然かもしれない。けれど、その偶然に救われる人もいるという事を改めて知ることができたイリスであった。


 「まずはお薬のためのルナル草探しだね」

 「うふふ、そうね。けど、ちょっと時期が早いのよね。例年ならあと2週間ほどかしらね」

 「まだ時間はあるようですし、待たせていただきます。どうか娘の事をよろしくお願いします」


 イリスは笑顔でレスティに言い、それを笑顔で返すレスティ。そしてそれを安心しきったように頭を下げて応えるカーティアであった。


 「えぇ。病気に効くお薬は私でも用意できますし、ルナル草は聖域にいっぱい群生しますので、大丈夫だと思います」

 「はい、ありがとうございます。本当に何と言っていいのか」

 「うふふ、大丈夫ですよ。この病気はお薬を飲めば治りますから」


 そう言って3人は席を立ち、家の外へ出て行くと、アンジェリカが満面の笑みで迎えてくれた。なんて可愛い子なのだろうかと思う3人であった。


 「あ、おねえちゃんたち! おやすみはもういいの?」

 「うふふ、ええ、ゆっくりできて疲れも取れたわ。ありがとうね、アンジェリカちゃん」

 「それじゃあいっしょにおままごとしてくれる?」

 「えぇ、もちろんよ。みんなで遊びましょう。うふふ、楽しみだわぁ」

 「あはは、大家族になったねー」

 「ふふっ、そうですね」

 「おかあさんもあそんでくれるの?」

 「ええ! もちろんよ! お母さん、今日はいっぱい遊んであげるからね!」


 その言葉にとても喜ぶアンジェリカに、一同はそれを微笑ましく見つめている。


 外はいつの間にか夕暮れになっていて、空は夕方特有の優しく美しい色をしていた。素敵な笑顔を魅せている可愛らしいアンジェリカを4人は微笑ましそうに見つめ、日が落ちるまで彼女とのひと時を楽しんでいった。



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