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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"度が過ぎれば"


 中央部と思われるその開けた場所は、今まで訪れた街とは明らかに違う光景が広がっていた。

 広場と思われる空間の中心に噴水があるのはフィルベルグでも同じだが、思わず空を見上げてしまうほどの光景を目の当たりにしたイリス達はそれぞれ言葉にしていった。


「……これは、素晴らしいですわね……」

「……はい。圧倒されるようですね、姉様……」

「……まるで大樹の中にいるみたいです……」


 この広場は街の中心部に位置する場所で、街のあちこちに空高く樹木が聳え立ち、まるで大きな森の中にいるように思えてしまう、とても幻想的な空間となっていた。

 樹木を避けるように建物が建ち並び、長い月日が経ったその古くから存在すると思われる建造物も、味のある雰囲気を持つ街並みとなっているようだ。

 古代から続く遺跡に人が住み着いているようにも思えるとても不思議な光景に、思わず息を呑みながら圧倒されるように、イリス達はその街並みに見蕩れていた。


 それぞれが見上げるほど大きく背の高い木のようだが、驚くべきはその数だろう。

 数えることすら困難なほどの木々に囲まれ、けれども光がしっかりと差し込まれているのでとても明るく暖かで、風にそよぐ葉がさわさわと耳にやさしく届く、とても心地良く感じられる場所となっているようだ。

 それはまるで、書物に登場する幻想的な世界をそのまま現したかのようで、この場に佇むだけで癒されるような、今まで感じたことのない不思議な空間となっていた。


 この樹木は街周辺にしか存在しない不思議な木で、空高く伸びるその姿から"天上の木"と呼ばれ、護られるように佇むその木に安心感を覚える住民も多いという。

 真っ直ぐ曲がることなく天高く聳えるかのような姿に、先祖達がこの木を伝い、天に存在する女神アルウェナの世界へと向かうための道だと考える者もいるらしい。

 迷うことなく、外れることなく真っ直ぐと進むことのできる道なのだと。



 人は、その命を終えると天上の世界へと向かう。

 この教えは、世界共通だと言われている。


 それは唯一神とも言われるアルウェナの下へと導かれ、新たな命として降り立つのだといった教えではあるが、本当にそうなのかもしれないとイリスは思えてしまう。

 そもそも女神アルウェナは、アルルとレティシアが創り上げた偶像に他ならない。

 本当にいる女神などではない偽者の存在であり、その教えもまた、人々を救うために創り上げたものなのだが、それが今現在でも浸透するように広まっている。


 しかし、どこか本能的に、人はそれを察していたのかもしれない。

 生まれ変わりとも言い換えられる、とても人では体現できない事象のことを。

 おぼろげな記憶の中で、もしかしたら覚えている者もいるのかもしれない。


 今の人生を旅立つことに恐怖した人が、その先となる新たな命として生まれ変わるのを信じることで、心安らかに旅立ちたいために創り上げたものなのかもしれないが、そんな風にも考えてしまうイリスだった。



 一説によるとこの大樹は、数千年は生きるのではとも言われている長寿の木だそうで、これらの木はこの国が始まる前から存在し、その木の周囲に街を造っていったのが建国の始まりだと伝わっているそうだ。

 細かな文献が残っているかは分からないけど、そう聞いてるよとロットは話した。


 イリスがメルンから得た情報から推察すると、少なくとも千二百年は生きていると思われる木々ではあるのだが、時折雪のように優しく降らせる葉を拾ってみると青々としていて、とてもそれだけの長い時を生きているとは思えないほどの生命力を感じたイリスだった。


「そんなところも、この国が活き活きとしている理由に繋がるのかもしれませんね」


 空の彼方へと続くかのような雄大な木々を見上げながらイリスはしみじみと言葉にするも、元気過ぎるのは如何なものだろうかと思ってしまうヴァンとファルは、何とも複雑な表情を浮かべながら彼女の言葉を聞いていた。

 近くに熱帯草原があるとはいえ、この辺りは森に囲まれた場所で、更には大きな木々に覆われたこの国はとても涼しげで、夏の暑さを全く感じさせない快適な国だった。




 "獣王国リシルア"


 総人口凡そ三万五千人が暮らすと言われている、フィルベルグよりも大きな国だ。

 広くゆったりと造られた国内は、多くの人々が暮らしているのを感じさせない。

 中でもこの国の特色とも言えるのは、獣人がとても多いということだろう。


 犬人種、猿人種、鼠人種、豹人種、熊人種、栗鼠(りす)人種、(いたち)人種、狐人種、羊人種、山羊人種、鹿人種、山猫人種、牛人種など。

 多くの獣人達が暮らすこの国はフィルベルグやアルリオンとは違い、人種(ひとしゅ)の方が遥かに少ないと言われている。

 丁度その中間となるエークリオには沢山の獣人を見かけるそうだが、これほどまでに多く暮らしているのはこの国をおいて他にはないだろう。


 そんな中、ふと疑問に思ったシルヴィアは、ぽつりと言葉にしていった。


「ヴァンさんやファルさんと同じ種族の方は、いらっしゃらないようですわね」

「あー。猫人種は自由気ままだから、世界中に散らばってるんじゃないかなぁ。思えばあたしもあんまり会ったことないかも。……特にこの国では見かけないと思うよ」

「虎人種は数多くいるが、俺の種族である白虎は元々数が少ない上に、集落から出る者も非常に少ない。猫人種と出逢うよりも遥かに確率が低いと思うぞ」


 残念ですわねと言葉にするシルヴィアに賛同したイリスとネヴィアだった。

 運が良ければ逢えるだろうと言葉にしたヴァンだったが、若干言い辛そうにファルは言葉にしていく。


「……あ、あたしは同郷の人とは会いたくないなぁ。

 ……そんなことになったら、あたしの居場所が母さんに知られちゃう……。

 …………もしかしたら、すっ飛んで来るかもしれない……」


 真っ青な顔になるファルだったが、どうやら彼女の母フェリエの行動力は、それはそれは恐ろしいものがあるのだと彼女は震えながら語る。

 何故そんなに早く来れるのかという程の速度らしく、まさに神出鬼没と言えるような恐ろしい存在なのだと、既に涙目になりながらどこか遠くを見つめて言葉にした。

 どうやら経典と呼ばれていた"白の書"を持ち出してしまったことを、思い出していたようだ。幾らアルトが適格者に持ち出すようにとレティシアに創るのを手伝ってもらったとは言っても、そんな説明をしたところでフェリエが納得するわけがないと、ファルはカタカタ震えながらはっきりと断言した。

 寧ろ、下手な良い訳だと言い切られる可能性の方が高いと、彼女は予想していた。


「だだだだからあたしは、同郷の人とは会いたくないんだよ」


 一体どれだけ怖い母親なのかと尋ねたくなってしまうシルヴィアだったが、流石に思い出させるのも可哀想に感じ、それを彼女に聞くことはなかったようだ。

 少なくともエリーザベトよりは怖いのだろうと思えてしまうが、その怖さが見当も付かない彼女達には答えなど出せることはないだろうと、話を切り上げていった。



 澄んだ空気が広がる穏やかな場所に、安らぎと心地良さを感じてしまうイリス。

 風が吹く度に優しく揺らす木の葉がとても涼しげで、夏だということを忘れてしまいそうになるほど快適だった。

 逆に言うのならば、これほど穏やかな場所とも言える国で何故、話に聞くような冒険者達が多く集まってしまうのかと疑問に思い、首を傾げてしまうイリスは考えていた。


 国民が熱狂するという闘技場があるからだろうか。

 一国の王様が力で決まってしまうからだろうか。

 それとも何か他に理由があるのだろうか。


 疑問の絶えないイリスだったが、周囲からざわざわとした声に意識を戻し、周りを見回してみると、どうやら先輩達の方を見ながら何かを話しているようだった。

 ある者は目を輝かせ、ある者は尊敬の念を抱き、またある者は話しかけたいけれどかけられないといった様子を見せていた。


 本当にこの国では、彼らは普通の冒険者ではいられないのだとイリス達は改めて知る。その視線は決して悪いものなど微塵も感じないものではあったが、好意であっても度が過ぎれば居心地が悪くなってしまうのだろうと思えてならなかった。


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