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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"変わる意識"


 予定通りの時刻となった頃、どうやら無事に街へと辿り着いたようだ。


 眼前に広がるは、巨大な城門。

 その石造りと思われる城壁のような佇まいは、頑強な鎧をその身に纏っているようにもイリス達には思え、これがあの国に住まう人々が安心できる理由の一つなのだと理解することができた。

 これだけ立派とも言える鎧に護られているのであれば、やはりそれだけでも心にゆとりを持つことができるだろうし、何よりもこの国には屈強で頼もしいとも言い換えられる"強者"が多く集うというのだから、戦えない者にとってこれほど安全な国はない、と思う人も多いのではないだろうか。


 ……尤も、"戦える側"と言えなくもないイリス達一行にとって、それは必ずしも良い結果を生むとは限らない、とも言えてしまうのだが。

 しかし、そんなことよりもまず目に留まったのは、これまで旅をしてきたどの街とも違う風景を城壁が囲うようにしている点だろう。


 思わず感嘆のため息を出してしまっていたイリス達三姉妹。


 それも当然なのかもしれない。

 今、その目にしている巨大な国は、とても特殊だと言える姿をしているようだ。

 そんな不思議な光景に見えてしまう彼女達は、驚きと感動が入り混じる様子で言葉にしていった。


「……す、凄いですわね、この国は……」

「……そ、そうですね、姉様……。言葉が、出てきません……」

「……まるで、森を囲い込んだようにも見えてしまいますね……」


 あまりのことに驚きを隠せない彼女達。

 イリスの言葉にしたように、この国は少々特殊だと言えるような場所となる。

 巨大な樹木が数え切れないほど立ち並び、大きな森をそのまま強固な壁で覆い囲ったようにも思えてしまう、とても不思議な印象を受ける。それは大きな木々がまるで一本の壮大な木を連想してしまうほど、圧倒される風景だった。

 流石にアルリオンほどではないにしても相当大きな国のようで、その全貌が見えても、暫くは歩き続けなければ辿り着けないほど巨大な王国だと見て取れた。


「……四つの国の面積としては、フィルベルグが一番小さいかもしれませんわね」

「そうなんですか?」


 エークリオを知らないイリスにとって、フィルベルグほど大きな王国が一番小さいとはとても思えないようだが、実際に壁で囲われた面積で言うのならば、イリスの過ごしたとても大切なもうひとつの故郷だと思える場所は、本当に一番小さいらしい。

 当然それは大きさのみであり、それぞれの国にはそれぞれに良いところも、勿論悪いところも存在する。住めば都、などという言葉もあるくらいなのだから、そういった世界四大王国よりも、もっと小さな街で暮らす方がいいと思う者もいるだろう。

 そんな中、ヴァンはとても言い難そうにしながらも、小さな声でぽつりと呟いた。


「……戦える者の"質"が他国と同程度であれば、俺はこの国を出ることはなかっただろうな……」


 一体どれだけ凄いのかと思わずにはいられないイリス達ではあったが、ヴァンほどの者がそう言うのだから、それほどのことだということなのだろうと彼女達は思っていると、言葉を返すようにファルが続いていった。


「……いや、ヴァンさん。あの国にはまだあの人がいるよ……」

「……むぅ。そうだったな……」

「……あまり人様のことを悪く言いたくはないけど、残念ながらこの国の住み心地は俺達には合わないと言わざるを得ませんよ……」

「……あの人、ですか? ファル様」

「あ。随分と城門が近くなってきたよ。

 そろそろ皆でも、はっきりと目に映って来たんじゃないかな?」


 ファルの言葉に導かれるように視線を向けてしまうイリス達。

 何だかはぐらかされてしまったようにも思えたが、それだけ言いたくないということなのかもしれないと彼女達は思いながら、目の前に見えてきた城門を見つめた。


 徐々に鮮明に見えてくるその巨大で強固な鉄製の門は、この世界にある全ての街よりも一番頑強に造られているそうだ。その強度は計り知れないほど強いらしく、未だ嘗て突破されたことはないと言われているらしい。

 流石に突破されてしまえば、アルリオンのように多大な犠牲者を出してしまう。

 全ての街や国に言えることではあるが、戦えない者にとってそれは、命を失うことと同義となってしまうだろう。故に、城壁や城門は、全て最高のもので護るものなのだとロットは言葉にし、納得してしまったイリス達だった。


「特にこの国の周囲には、凶悪な魔物が非常に多い。

 "魔物による脅威"という点ではどの街でも同じことではあるし、それらから身を護る為にはしっかりとした城門と城壁が必要となるが、この王国を護る為のそれらは、その一部として破壊されたことがないほど強固に造られていると聞いたことがある。

 そうすることで安全は勿論、この国に住む人の安寧にも繋がっているのだろうな」

「確かにこれだけ立派なもので護られていれば、私でも安心して暮らせると思います。

 ……魔物に対しての恐怖心は、流石に拭えないとは思いますが……」


 苦笑いをしながら言葉にするイリスへと、それは仕方ないんじゃないかなとファルは答えていく。


「イリスはちょっと特殊だからね。魔物っていう存在そのものに恐怖心を抱くのは当たり前のことだったんじゃないかな。でも今は随分と気持ちも変わったんでしょ?」


 ファルの言うように、イリスの心の中では魔物への恐怖心は既になくなっていた。

 あの感情は一生なくなる事はないと思っていたのだが、その存在理由を知ってしまった事による心の変化が生じても、なんら不思議なことではないのかもしれない。

 確かに、魔物に襲われている人のことを想えば、恐怖心は今でも感じてしまう。

 だがそれは、人の命が失われてしまうことに対するものであり、魔物に対してのものではない。寧ろ、魔物と人の関係性を考慮すれば、狩る者と狩られる者という点において、当たり前のことだと言う者もいるかもしれない。


 その命をいただき、恩恵を得る。

 命がけである以上、逆の事も十分にありえるだろう。

 残念ながらそれは、一般論での話となるのだが……。


 魔物とは、人の過ぎた悪意によって変貌させられた動物であり、その感情が抑制できなくなり襲い掛かる存在だが、そこに悪意はあっても、魔物自体が悪ではない。

 それを生み出しているのが人であるという驚愕の事実がある以上、イリスにとって魔物とは、恐怖の対象にはなりえない存在へと変わっていた。


 それはとても当たり前のように受け入れていながらも、大好きな姉が言葉にしていた教えが違っていたのだと知る事のできた、言葉では言い表すことのできない不思議な感覚を感じていたイリスだった。


 姉の言う通り、魔物に言葉は通用などしない。

 言葉を理解して行動する存在では、そもそもないのだから。


 魔物と対峙して、躊躇ったりもしてはいけない。

 その間に自分だけでなく、大切な人が危険に晒されている可能性があるのだから。


 でも、それらは決して悪ではない。

 そのような感情に支配されるように襲い掛かるだけ。

 そこに悪意はあっても、存在そのものが悪であるとはとても思えない。


 しかし同時に、一度その視線に捉えられてしまえば、戦わざるを得ない。

 そうすることでしか、魔物となったものの魂を救ってあげることもできない。

 イリスにとって魔物とは、そういった存在となっていた。


 魔物も、コアも、眷属も。

 前の世界では聞いたことすらない存在だ。


 であれば、そこに解決の糸口があるのではないだろうかとイリスは考える。

 その手がかりとなるものを、もしかしたらイリスは既にあのひと(・・・・)から聞いていたのかもしれないと思えてならなかった。

 ほんの僅かでも思い出せればと思いながら記憶を呼び起こしていくも、残念ながら未だ記憶の欠片を手にすることはできないようだった。


「……大きな門ですね。これだけ大きければ、安心だと思えてしまうほどです」


 ネヴィアの言葉に、意識をそちらへと向けていくイリス。

 少々考え込んでしまっていたようで、気が付けばもう目の前まで来ていた。


 重々しい音と共に徐々に開かれていく強固な扉。

 この先に待ち受けるのは彼らにとって、いや、イリスにとって悪いことではないようにと心から祈る先輩達三名は、これから何が訪れるのかと期待に胸を膨らませている後輩達の姿に微笑みながら、不安感の抜けない王国へと進んでいった。


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